書かれていない。
この作者は、自分が書いた設定を忘れている!
忘れていないと思う。
以下、簡単に異論を述べておこう。
まず最初に、すでにはてなブックマークのコメントなどでかるく指摘している人もいるようだが、実はこの小説のエンディング近くの箇所(以下、「エピローグ」と記す)では「全人類の意識がハーモニクスされた」とははっきり記されていない。
そう読むことも可能だが、べつの読み方をすることもできるのだ。
おそらく、上記の文章の書き手が「全人類の意識がハーモニクスされたように書かれている」と考えたのは、結末間近の以下の箇所から推測したからだろう。
これが全世界数十億人の「わたし」が消滅した日。
「人類の意識最後の日」ということは、この日を境に全人類が意識を喪失したはずだ。おかしいじゃないか、矛盾しているじゃないか、破綻しているじゃないか、こんなものを崇めるSFファンなんてろくなものじゃねえ、と考えることはわからなくはない。
しかし、ここでは「人類」とは書かれていても「全人類」とは書かれていない。したがって、この「人類」という表現には解釈の余地がある。ここで書かれている「人類」は「一部の人類」のことなのでは?
いや、何も言葉遊びをしようというわけではない。ほんとうにそう読む余地が残されていると思うのだ。というのも、このエピローグでは、かなり慎重な書き分けがされていると考えるからだ。たとえば、この箇所。
トァンが下山して間もなく、老人たちは意識の消滅、社会と構成員の完全な一致を決断した。権限を持つ老人たちそれぞれの部屋で、端末にコ ードと生体認証が入力される。瞬間、その調和せよという歌を天使たちは携えて、WatchMeをインストールしている人々の許へ、あまねく世界へ、その羽を広げていった。天使の羽が人々の脳をひと触れすると、もうそこに意識や意志はなかった 。
ここでははっきり「WatchMeをインストールしている人々」と書かれている。また、以下の箇所。
皆それぞれが思い出したかのように社会システムに戻っていった。WatchMeをインストールしていた世界数十億人の人間は、動物であることを完全にやめた。
ここでも「WatchMeをインストールされた世界数十億の人々」と限定的な表現が使われている。これらを読む限り、作者は「ハーモニー・プログラム」の効果がWatchMe使用者に限定的であることを自覚しているように思われる。
そう考えることのほうが、作者が突然健忘症にかかって自分の書いた設定を忘れてしまったと考えるよりも常識的ではないだろうか。
しかし、このエピローグでは再度「人類」という表現が出て来るところがある。
今からは推測することも難しいが、かつて「わたし」や「意識」「意思」が選択において重要な役割を果たすと信じられていた時代は決して短くなかったのだ。システムに完全に準拠した現在の人類にとって、旧人類がヒーローや神と呼んでいたようなアイコンはまったく不必要だが、それを知っておくことも無駄ではない。
完全な何かに人類が触れることができるとしたら。
おそらく、「進化」というその場しのぎの集積から出発した継ぎ接ぎの脊椎動物としては、これこそが望みうる最高に天国に近い状態なのだろう。社会と事故が完全に一致した存在への階梯を登ることが。
といった箇所、そして、ラストの、
とても、
とても。
という結びのことである。これらの「人類」をも、「一部の人類」のことだと強弁することができるだろうか。
実はできると思う。というのも、二番目に引用した個所でさりげなく「現在の人類」と「旧人類」が分けられているからだ。
ここから、これら一連の引用個所で書かれている「人類」とは「現在の人類」だけを指し、「旧人類」とその子孫を廃した言葉であると推測できる。
「現在の人類」とは、当然、ハーモニー・プログラムによって変容した人類のことを指しているから、つまり、エピローグで書かれている「人類」はすべてハーモニー・プログラムを受けて変わった人類「のみ」を指していると考えることができるだろう。
ようするに、そのプログラムによって一段階「存在への階梯を昇」った人物にとって、もはやそうでない存在は人類として認識されていないと考えられるということなのだ。
これは、エピローグの書き手がプログラムを受けて「進化」した人類のひとりであるらしいことを考えればさほど無茶な想像ではないと思う。
つまり、エピローグにおいてもなお、広い意味での人類すべてがハーモニー化したわけではないかもしれないということである。
そう考えれば、この結末に特に大きな矛盾はないし、破綻しているわけでもないということができる。
老人たちがそれぞれのコードを入力し、ハーモニー・プログラムが歌い出した瞬間、人類社会から自殺は消滅した。ほぼすべての争いが消滅した。個はもはや単位ではなかった。社会システムこそが単位だった。システムが即ち人間であること、それに苦しみ続けてきた社会は、真の意味で自我や自意識、自己を消し去ることによって、はじめて幸福な完全一致に達した。
「ほぼ」すべての争い、と記されていることに注目してほしい。
これを読みかえると、「(人類社会から)完全に争いがなくなったわけではない」というふうに読める。
それでは、いったいなぜ争いが残っているのだろう? ハーモニー化して「たましい」を失った人類に争いの種があるわけがない。考えられる結論は、ひとつだ。
少なくともこの時点では「人類の外部」との戦いがまだ残っていたのだ。その「外部」とは何か? それはまだWatchMeをインストールされていない子供たちかもしれないし、WatchMeが普及していない地方の住人かもしれない。真実はわからない。
いずれにしろ、ハーモニー・プログラムがエピローグの時点で完全無欠でないこと、そしてどうやら作者がそのことを意識していたことはこの箇所を読めばはっきりしていると思う。
あるいは作者は、さらなる続編を意識していたのかもしれないが、いまとなってはすべての可能性は失われてしまった。しかし、
この作者は、自分が書いた設定を忘れている!
この作品を日本SFのオールタイム・ベストに挙げることが正しいかどうか、その成否はぼくが決めることではないが、少なくとも作者が自分の作品の設定を忘れているに違いないというのは、端的に正しくないと考える。
ぼくとしては最低でも上記に引用した箇所はみな作者の計算の範疇であると読むほうがよほど常識的だと信じる。
裸の王様なんていなかったのだ。
そう思いませんか。
基本的に、これまで僕は匿名で文章を書くということをしてこなかった。 パソコン通信にしろブログにしろmixiにしろTwitterにしろ、誰かと議論したり何かを主張したりするときは、...
にもかかわらず、エピローグでは、全人類の意識がハーモニクスされたように書かれている。 書かれていない。 この作者は、自分が書いた設定を忘れている! 忘れてい...
ハーモニーのラスト、すでに技術的に可能で、先進国でそれを阻む者がいなくなったんだから、最終的に世界はその方向に行くってことなんだろうなーと思って、あんま気にならなかっ...
「私」という自我は、私の人生を体験しているだけであって、その人生を主体的に生きているわけではない。あなたが自分の意志だと思っているのは本能の集約にすぎず、あなたの意識...
横だがそれって破綻批判への論点に答えてないよね
ハーモニーは読んでないから知らないけど、虐殺器官は正直がっかりした。 プロットが、じゃなくて解明した謎の理屈がまるでチープだったからだ。 記憶を頼りにネタバレするけど...
んー、あれはもともと「意識から言葉が産まれるのか、言葉から意識が産まれるのか」っていう問いが根底にあって、ナイーブに考えたら前者だけどもし後者だったらどうなるっていうwh...
なるほど勉強になった。
誰だろう…id:kaienとかか?
ネタバレっぽいんで読んでないけどそんなことより映画公開が早まったことによってうちの近くの映画館だと上映スケジュールから外れちゃって困ってる
SF繫がりで前から疑問だったんだけどアニメの時をかける少女、 あれって一般的なタイムスリップじゃなくて昔の自分に戻るってタイプのタイムスリップだから 最後男の子が未来に帰っ...
そんなのは問題じゃない。 それよりひどいのはETMLがXMLとしてまったく整形式になってないこと。読んでて気持ち悪くて気持ち悪くて仕方がない。あの部分だけでいいから、だれか直し...
伊藤計劃「ハーモニー」のETMLってさ、文法的におかしいじゃん? こういう指摘もあるくらいだし。 https://anond.hatelabo.jp/20151024094324 俺も直してほしいって思ってたんだけど、こういう風...
これの続きね。 https://anond.hatelabo.jp/20210216210426 ついでだから、同じ人が書いた、伊藤計劃「ハーモニー」の大嘘について https://twitter.com/MamoruSatuma/status/1361266783059996673 伊藤計劃って、「...
こういう人がちゃんともっといいアナザーストーリーを書いてくれればいいのにといつも思うけど 結局元よりよくなったためしはないのでかなC
伊藤でなく山本弘が死ねばよかったのにな
遠くない業界(非SFのエンタメジャンル商業出版)から、小声でそーっとコメントする。 SF業界っていうのは、もうすでに業界っていう言葉を使うのも躊躇われるくらい小さくて脆...
お前全然ちゃんと読んでねぇだろ、というのはすでに指摘されてるからいいとして、これが山本弘の匿名だってのは …まあ違うだろうな。 でも「こういうことやってそうだしこういう...
時期をはずした気がするが、さきほどハーモニーを読了したので書く。 16歳未満の子どもには、WatchMeがインストールされていない。WatchMeを入れられたくないからこそ、ミァハたちは16...