はてなキーワード: ミーアキャットとは
「塩村文夏さんの『恋のから騒ぎ』での活躍」http://anond.hatelabo.jp/20140625000320の元増田です。
続きを書く予定だったんですが、とりあえず思いっきり話はそれます。
『恋のから騒ぎ』のミーアキャットさんの名前を書いたのですが、はてなブックマークでid:meerkat00さんから「そのミーアキャットは私ではないです。念のため。」というコメントをいただきました。
で、アイコンを見るとなんか猫っぽいじゃないですか。…猫?
ミーアキャットはキャットとはいっても猫ではありません。では何なのかというのは知らなかったので調べてみると、マングースの仲間なんですね。
じゃあなぜキャットなのか。
犬じゃないのにプレーリードッグ、みたいな感じなのかと思ったら、調べてみると意外なことがわかりました。
語源は、アフリカーンス語←オランダ語←サンスクリット語とたどれるみたいなんですが、誤解があったようで、借りた言葉はミーアキャットを指す言葉ではなかったのです。
語源は何かというとサンスクリット語の「摩斯咤(マシタ)(markata)」で、意味は猿。これが一方ではミーアキャットになり、日本では猿の別称である「マシラ」に変化したようです。
まず、『恋のから騒ぎ』がどのような番組だったかを伝えるために、13期ご卒業スペシャルのナレーションを紹介します。
「昨年3月、女たちはテレビでかわいらしい恋愛話をしようと、希望を胸に秘めオーディションに参加した。
しかし、晴れて出演切符を手にした彼女たちをスタジオで待っていたのは トークの鬼将軍。
そこで女たちははじめて気付く。自分たちがとんでもないトーク地獄の最前線に放り込まれたことを。
「戦場や言う話しとるやろ」
容赦なく加えられる砲撃。どこに仕掛けられているかわからない爆弾。
「出て来んなアホンダラ」
あるものは息絶え、あるものは重傷を負って戦場を去っていった。
「替りはいっぱいおんねん」
この13期は評価の低い期です。
17年間続いた恋からでピークは8期とする声が多く、後期の評価は低いのですが、13期はその中でも一二を争う評価の低い期です。
個人的には13期はそんなに嫌いではないですし、二番手三番手のキャラは豊富だったと思いますが、たしかに、メインを担える人が一人もいなかったのは致命的だったかもしれません。
ご卒業スペシャルのゲスト沢村一樹さんは「去年は、みんなバトルしてたイメージがあるんですけど、今年、仲いいじゃないですか」と述べています。
引用したナレーションの後には、さんま師匠の叱責シーンが特集されています。
翌年度の14期に番組を立て直した功労者の一人が塩村文夏さんです。
塩村さんは美人なのですが、『恋のから騒ぎ』では美人枠ではありません。
恋からでは、かわいい子は主に前列に並びます。前列はトーク力はそれほど期待されていません。前列で年間MVPを受賞したのは15期のラリカンさんぐらいです。
それに対し、塩村さんが座っていた三列目は、飛び道具的なネタキャラとトークの実力者が配される笑いの最前線です。14期において、塩村さんはミーアキャットさんとともにツートップの位置にありました。
14期ご卒業スペシャルでは塩村さんはゲスト三人とさんま師匠から総攻撃を受けます。特に当たりが強いのはウエンツ瑛士さんで、座る姿勢などどうでもいいことで塩村さんを攻撃します。
それらに対し強気で言い返す塩村さんに、東国原知事は、あの気の強さは政治向きと評します。
年間MVP発表を控えCM入りする前に、ウエンツさんは塩村さんに「ちょっと言わしてもらっていいですか。お前じゃないからな!」という言葉を投げつけます。ちなみに、年間MVPは、さんま師匠ではなくゲスト三人の協議で決まります。
そして塩村さんがMVPを受賞。
塩村「えーっ」
「いやな女っていうのを演じるっていうかそういうポジションををね、あのキープするって非常に勇気のいることだと思うんですよね」
「最後ちょっとグッと来ちゃいましたね(中略)ま、ホントの涙かどうかはわかりませんけど」
VTRとトークで叩いて叩いて叩いて、そして持ち上げて、最後にちょっと落とす。塩村さん側の反応も含め、とんだツンデレ合戦です。
当時の2ちゃんねる塩村スレッドでも、次のような感想が書かれています。
「ウエンツは明らかに塩が好みみたいだったがね。
でもあのやりとりは、息の合ったコントみたいでよくできてたな。」
昨年、塩村さんは、宝満さんをはじめとした歴代の大物卒業生とともに『明石家さんまの転職DE天職』の恋から同窓会企画に出演しました。またそういう機会があれば、ぜひ出演していただきたいと思います(しばらくは色々と大変でしょうけど)。
http://rlee1984.hatenablog.com/entry/2014/03/03/190909
読んだよ。
正直俺は、お前のことが好きだ。
だから、お前のことを悪く言う奴が嫌いだ。
とは言っても、増田の十一人の中でも俺はまだ地位が低いから、今のこの流れをどうしようもできない。
だけどこれだけは知っていて欲しい、俺はお前のことが好きだよ。
もちろん全肯定するわけじゃないけど、君の真面目な所や、丁寧な言葉遣いや、一所懸命さが大好きだ。
それは君がはてな村の入村届けとしてあの長文のレポートを投稿したときも、教育論を語っている今も変わらず好きのままだ。
会話ができないとか言われてるけど、俺はそうは思わない。
君は間違ってない。
このまま良い所を存分に伸ばしていって欲しい。
いや、もう君はそのままあるがままに十分素敵だ。
お願いだ、そのままの君でいてくれ。
増田たちやアルファブクマカーたち、もうコウモリを叩くのは辞めてくれ。
彼は何一つ悪いことはしていない。
コウモリをカゴの中で飼って、オウムのように芸をしないと怒るのは辞めてくれ。
コウモリは洞窟で狩りをして生きる動物なんだ、俺達の愛玩動物じゃない。
俺達の愛玩動物はクラゲやミーアキャットやわる子やトピシュだけでいいんだ。
本当にお願いします。
池田氏はまだブログ論を述べたり、はてな村がどうとか言ってるが、私はそういう記事には興味が無い。
むしろそういった話題ではない、上に挙げた2つのエントリのようなものにとても魅力を感じる。
これらの記事は全く「かっこつけていない」。何かが氏の中で吹っ切れたのだろうか。ナルシズムが見えない。
モヤモヤグネグネしていながらそれでいて切り良く終わる自己省察。
大胆に開示される彼の心と、大胆に使われる言葉(他者を理解する気も無いし、他者に期待しない。全部の努力を他者にアウトソースしていきたい。等々・・・)。
サッパリした(正直になった)村上春樹、もしくは、すねた松本人志、とでも表現したらいいのだろうか。
格段に文章に魅力が生まれている。
こういった文章や、こういったブロガーこそ、私が求めているものであり、間違ってもミーアキャットのような人物は求めてはいない。
「社会生活を営む」という共通点のみでヒトにも同じ事が言えるの?
恋愛からドロップアウトしてる人の役割は何か?ということについて、
ひとつの答えは、あなたが書いたように↓
「研究のために時間を使いたい」とかそう言う人はいいと思うのね。っていうかそう言う人は(一般人から観てかどうかは別として)魅力あるし。
他のなにか社会の役に立つために費やす役割。
余談だが、おれは性欲を超越したお坊さんみたいな生き方も憧れだったりする。
まあ、無理かなとも思うが…
でも恋愛至上主義批判してる人のほとんどはそうじゃないよね。逃げ道見つけて逃げ込んでるだけじゃないの?
逃げ道見つけて逃げ込んでるだけなら、
恋愛で配偶者を獲得できるかどうかって尺度で測ってもいいと思う。
ただ、今までの議論で、
おれは「役割」っていうのを、なにか一生その個体に固定されたもののように
話してきたんだけど、それも違うよね。
生まれてから死ぬまで、時間や場所、誰と居るかなんて状況に応じて、
役割が変わるのが人だからね。
社会生活を営むという点では同じだけど、アリよりはミーアキャットの方が、
ミーアキャットよりは人の方が、社会生活の中で個体が果たす役割の変化が激しい。
だから、たとえば、いま恋愛から逃げている人が死ぬまで配偶者獲得競争の軸の上で、
劣っているとは限らないし、ニートや浮浪者が何も役割を果たさないまま死ぬとも言い切れない。
それから、これについてだけど↓
時間的・空間的に局所で見れば、一見不必要な現象が、
実はもっと大きな視点からは必要だってこともあり得る。
何の役に立っているのかすぐには分からないけど、ニートや浮浪者は確かにいる。
恋愛で勝てないでイジイジしてる人もいる。(あ、言い過ぎかもしれんが)
さらには、アリの世界でも、コロニー全体の働きアリのうち、2割は巣の中でサボってるとか、
自動車のハンドルには遊びがないと、うまくハンドリングできないだとか、
まあ、世の中には色々と、必要そうじゃなさそうだけど、実は必要なことが転がってる。
一見無駄そうな現象も、大きな歯車の中では、なにかしらの機能を担ってるんだとおもう。
すべての現象は因果関係でつながってるからね。
あと、今まで「役割」って言葉を乱発してきたけど、
世の中の全ての現象について「役割」があると思うのも、厳密には、おかしな話だ。
本当は、ただ、ある現象とある現象のあいだには「因果関係がある」としか言えない。
太陽があることによって、地球上の生物の大半が生きているとは言えるけど、
太陽は生き物の「ため」に輝いてるわけじゃない、みたいな。
生きるために食べること、寝ること。交尾をして子孫を残すこと。これらは生き物として最低限の活動であって
その「最低限の活動」を全うできない個体が「劣っている」と評価されるのは至極当然のことだと思う。
って書いたのは俺だけどさ、こういう議論の際に
「ただし○○という動物の場合は違う」だとかそう言った例外を書かなくちゃならんのかな。
一般論としていったまでだったんだけども。とは言え、誤解を招いたとしたなら誤ります。
ついでだから聞いてみたいんだけども、
ミーアキャットなんかの場合は種の習性としてそういった役割分担が行われているわけだけども
「社会生活を営む」という共通点のみでヒトにも同じ事が言えるの?
ヒト社会の役割分担って何?現在、日本で恋愛からドロップアウトしてる人達はどういう役割を負っているの?
「研究のために時間を使いたい」とかそう言う人はいいと思うのね。っていうかそう言う人は(一般人から観てかどうかは別として)魅力あるし。
でも恋愛至上主義批判してる人のほとんどはそうじゃないよね。逃げ道見つけて逃げ込んでるだけじゃないの?
それとも、自分が知らないだけで何か重要な「役割」があるのかな?
ハチやアリはそもそも繁殖形態がまったく異なるし、ミーアキャットのような形態も非常に珍しいのだが、人間もそちらに分類されるという根拠は?
これは、まず、全生物をひとくくりで考えてた人(おれがトラバ打った人)↓に聞いてくれ。
生きるために食べること、寝ること。交尾をして子孫を残すこと。これらは生き物として最低限の活動であって
その「最低限の活動」を全うできない個体が「劣っている」と評価されるのは至極当然のことだと思う。
おれは、これに対して、ひとくくりで考えられるわけないじゃん、
例外なんていくらでもあるよって意味で、まず、ハチやミーアキャットの例を出しただけだから。
でも書き方がうまくなかったかもしれない。すまない。
一応、質問に直接応えておくと、人間もハチもミーアキャットも社会生活を営む点で共通する。
社会生活を営むということは、群れ全体として生き残って、その中の誰かしらが遺伝子を残すように、
群れの中のそれぞれの個体が違った役目を果たすということだ。
役目ごとに有能さの尺度は変わる。
違う役目を持った個体間で同じ尺度を使って、個体の有能さを測るのはナンセンスだ。
ハチやアリはそもそも繁殖形態がまったく異なるし、ミーアキャットのような形態も非常に珍しいのだが、人間もそちらに分類されるという根拠は?
生きるために食べること、寝ること。交尾をして子孫を残すこと。これらは生き物として最低限の活動であって
その「最低限の活動」を全うできない個体が「劣っている」と評価されるのは至極当然のことだと思う。
自分自身の繁殖を犠牲にして自分の属する集団に貢献するミーアキャットだとか、
交配しない個体もいなければ、ミーアキャットの一集団全体の生存が危ぶまれるし、
働きアリとして育てられて働くメスがいなければ、雄アリや女王アリは生きていけない。
生殖する個体だけが「優秀」だとするのは、思い込み。
生殖する個体が優秀だといいたければ、
生殖する個体は、生殖活動をするためには「優秀」だ、とは言えるかもしれない。
しかし、それは、たいして意味のない主張だ。
社会生活を営む生物である人間においても、同様のことが言える。