2021-08-02

anond:20210801064035

GOODな自由研究です。いくつか補足させていただきます

あなた10%はどこから?私は通説から

元増田さんは「民間調査機関ドイツ全体の新生児10%が血縁関係がないと推計したよ」とおっしゃっています

元増田さん的にはドイツの托卵率10%という数字元ネタをこれだと推測しているのかもしれません。

しかし恐らく10%という数字は別のところからきています。その理由は、"托卵"率が10%と言うのが一昔前の通説だからです。

例えばLancetの1991年論文MacIntyre & Sooman (Lancet:1991)では

"Medical students are usually taught that the rate is 10-15%; 10% is a figure widely used in DNA studies and quoted in standard genetics textbooks;"

医学部生は通常その比率(non-paternity rate: 非父系率=托卵率)を10~15%と教わります10%という通説は広く範囲DNA研究に用いられ遺伝学の教科書でも引用されています

と述べられています1991年の時点でそう言われるほど人口膾炙した説だったわけですね。

この論文はその通説に批判的で、

"We would guess that the higher estimates are probably exaggerated for the general population in the UK, but have no way to assess the accuracy of the frequently quoted figure of 10%. We would be interested to hear of any reliable data."

我々はそのような高い推定値が、UK一般的母集団に対して過大評価であろうと考えていますしかし我々はこの10%という頻繁に引用される通説の正確性を評価する術を持っていません。我々は信頼できるデータを求めています

結論しています

事実比較的近年の研究では托卵率の推定値は1~4%程度(e.g., Anderson (Curr Anthropol:2006)、Voracek et al. (Psychol Rep:2008))、ごく最近研究では1%前後(e.g., Greeff & Erasmus (Nature:2015)、Larmuseau et al. (Trends Ecol Evol:2016))と従来の10%と比べてかなり低く推定されています

私としてはドイツに限った話じゃない"10%"という数値が、何の拍子かドイツ特異的な話になり、いくつかの逸話と一緒にネットロアと化したのではないかと推測しています

ドイツの実際はどうなのよ

ドイツの托卵率についての論文は3つあります。Krawczak et al. (Forensic Sci Int:1993)、Henke et al. (Forensic Sci Int:1999)およびWolf et al. (Hum Nat:2012)です。

Krawczak et al. (1993)では托卵率が16.8%、Henke et al. (1999)では50.2%とくそ高いですが、これは係争中の父子鑑定の結果です。「お前は俺の子じゃない!」と父子鑑定をしてそれが的中したパーセンテージですね。ドイツ一般母集団を反映しているとはとても言えません。

その点Wolf et al. (2012)は質が良く、ドイツ一般集団を反映していると考えられる研究です。

概要を軽く説明しますと、この研究は小児白血病患者とその骨髄ドナーのHLA型を用いて托卵率を調べたものです。

骨髄移植にはドナーレシピエントのHLA型が一致する必要があるためデータ化されているのですが、このHLA型は親子の推定にも使用可能です。

時に皆さんは自分の子供が白血病になって骨髄移植必要という時にまずどうしますか?そうですドナー登録ですね。

まり、小児白血病患者とその骨髄ドナーデータを使えば子と親の鑑定用DNAデータがセットで山と手に入るわけです。

さら病気人間よりかは平等ですので、バイアスも少なくなりますプライベート情報を削除してしまえばコンプラ的にも安心

賢い方法ですね。

この研究の結果、推定されたドイツの托卵率は0.94% (95%CI: 0.33-1.55)でした。

Wolf et al. (2012)も完ぺきではありませんが、ドイツについて現状手に入る中で最も質の良い研究ですので、「ドイツの托卵率は?」という質問に対しては「約1%です」と答えるのが科学的な態度と言えるでしょう。

法律の話

父親のみによる勝手DNA鑑定はダメだよ→母子同意を取ってやってね(2005年から)

これは2008年です。2005年にあったのは別のもっとマイナー改正です。

元増田さんの引用にもある"否認手続から独立した父子関係明確化のための法律/Gesetz zur Klärung der Vaterschaft unabhängig vom Anfechtungsverfahren"が発効したのが2008年なのです。

さらにややこしいのですが、これとは別に"遺伝的診断法/Gendiagnostikgesetz"、正式には"ヒトの遺伝検査に関する法律/Gesetz über genetische Untersuchungen bei Menschen"というものもありまして、こちらは2010年に発効してます

さらさらにややこしいことに、勝手DNA鑑定を禁止したのは"遺伝的診断法"で、"否認手続から独立した父子関係明確化のための法律"の方は"秘密の父子鑑定(当事者同意を得ない遺伝子鑑定)"は証拠採用されないとされた一方で、裁判所から命令があれば当事者拒否してもDNA鑑定を命令できるという、双方向配慮された法律なのです。

ややこしすぎるので個別説明します。

遺伝的診断法

正式名称からわかる通り、遺伝子診断全般に関わる法律です。親子関係推定については法律の"セクション3:親子関係を明確にするための遺伝学的検査/Genetische Untersuchungen zur Klärung der Abstammung"で規定されています

要約すると

親子関係を明確にするための遺伝学的検査は、当事者(父、母、子)の同意を得た上で一定資格を持つ専門家によって行われなければならない。無断でやったら罰金

です。

ちなみに

なんで妻の同意必要なの?→……わからん……

これはシンプルでして、同意必要相手未成年場合親権者が決定の代行者になります父親が鑑定の請求である場合自動的に残った母親が代行者として同意/非同意することになります。つまり仮に母親請求者だった場合父親同意必要になるわけです。

この法律が求めているのは、遺伝情報という究極の個人情報を親とは言え勝手に使うな、あと品質保証のない民間企業に頼るのはやめなさい特に家族崩壊しかねない親子鑑定では、というもの

近年の分子生物学の発展的にみて、いずれ必要となる法律であろうな、というのが私の評価

否認手続から独立した父子関係明確化のための法律

これについて説明するには前提知識がいるので少し長くなります

ドイツには法的父親/母親というものがあり、出生に合わせて自動的に決定されます

  1. 法的母親は"その子供を出産した女"です。代理母だろうが出産後に性転換して男になろうが、産めば法的母親です。後述の法的父親とは異なり、異議申し立てによる回避はできません。代理母出産をした場合養子縁組手続きしなきゃ親子になれません。
  2. 法的父親は(a)嫡出児の出生時に法的母親結婚していた男、(b)非嫡出児を自分の子である認知した男、(c)裁判所が異議申し立てに従って指定した男、です。こちらは法的父親とされたことについて異議申し立て可能です。
異議申し立てプロセス

まず異議申し立て資格者は(1)法的父親ab、(2)受胎時に法的母親と親密(意味深)だった男、(3)子供、(4)母親、です。

「お前は俺の子じゃねえ!」という異議申し立ての他に「お前なんて俺の/この子父親じゃねえ!」という異議申し立てもあるわけですね。

ここでは(1)の場合だけ解説します。

まず(1)による異議申し立て裁判所に申し出る場合、親子関係に対する合理的な疑いの根拠提示しなければなりません。

判例にもとづけば、

  1. 実は子供結婚前に生まれていた(嫡出児の法的父親要件を満たさない)
  2. 母親浮気示唆される
  3. 推定される受胎期間中母親と親密ではなかった(セックスレス、別居等)
  4. 男性不妊

などが合理的な疑いとして認められています

一方で「自分と(子供の)容姿が似てない」程度の疑いでは異議申し立ては認められません。

"否認手続から独立した父子関係明確化のための法律"が出てくるのはまずこのタイミングです。

この法律合理的な疑いの証拠として遺伝子診断の結果を用いることを合法化しました。以前は証拠として使えるか曖昧(たいていは却下)だったのですが、この法律基準明確化とともに採用可能になったのですね。

ただしこのタイミングで提出する遺伝子診断の証拠には、母親(と子供)の同意必要となります同意のない診断結果を出しても証拠として採用されず、 2010年以降は遺伝的診断法に基づいて罰せられます

そしてこのプロセスがつつがなく進んだ結果、最終的に裁判所遺伝子診断による父子鑑定を命令します(既に遺伝子診断の結果が証拠として提出されていない場合)。

これは母親(と子供)の同意が無くてもできるため、これによってほぼ決着がつくわけです。

そして、この裁判所による鑑定命令もまた"否認手続から独立した父子関係明確化のための法律"によって制定されたものなのです。

初手秘密鑑定結果ぶっぱが封じられた一方で、丁寧に手続きを進めれば裁判所権限DNA診断による親子鑑定をしてもらえるという点で、バランスの取れた法律であると思います

以前は初手ぶっぱしても証拠採用されるのは厳しかったわけだから、異議申し立て側にとっては正味プラスでは?とも。

2016年のアレ

これもちょっと前提知識必要

前述の父親認定に対する異議申し立て成功裏完了し、法的父親から他人に変わるとどうなるでしょうか?

元法的父親過去遡及して養育等の父親の責務として支払ったもの等々への請求権を得ます

請求先は母親でも子供でもなく真の父親です。真の父親の払うべきものを立て替えてた扱いになるのですね。

そして真の父親は異議申し立て完了後、法律に従って裁判所が法的父親として指定します。法的父親説明で挙げた(c)のことです。

しかし……真の父親はいずこに?それがわからなければ請求も何もできません。

知っているのはきっと母親でしょう。聞きださなければなりません。真の父親候補……"推定上の父親"を。

しかしかし、2015年に「母親に"推定上の父親"について話すことを強制するのはプライバシー侵害である」という判例が出てしまいました。

はい詰んだー。

流石にそれはちょっと……ということで、父性の異議申し立てが成立した場合母親は"推定上の父親"について"重大な理由"が無い限り黙秘できないという法案が出てきたわけです。

まだ成立はしてなかったはずなので、この先どうなるかは分かりませんがね。コロナもいるし。

記事への反応 -
  • の自由研究。 ネット上でよく見る話。ネットロアっていうのかしらん。違うかー! ドイツの托卵率が10%。 DNA鑑定により家庭崩壊が多発することを懸念し国がDNA鑑定を禁止した。 って...

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      • 本筋ではないけれど、 Herokey Aveこと阿部広樹氏はゲーム関係だけど本もたくさん書いてるお人らしいので、まさか適当なソースからそう論じることはないでしょう。 いや、かなりア...

      • 百パーセント元気ー、もうやるきるしかないさー

    • 托卵って言葉だけで吐き気がする、聞くだけで悲しくて辛いことだよね

      • 子どもからしても、父親だと思っていた人間が実は父親じゃなくて、母親に騙されていたとか想像すると、この世を呪いたい気持ちになると思う 結婚するくせに浮気する人間なんて滅べ...

        • 朝晩の変態セックスしないからそうなる 疲れたりしててセックス断ったんじゃないか? 断ってるなら義務を放棄してるわけだから浮気もやむなし 結婚するくせに浮気する人間なんて...

        • 托卵は浮気だけとかおもってるレベルだと 性虐待、ぶっちゃけどうしようもない状況でレイプされた女性とは結婚しない独身弱者男性がますます孤立して老化して孤独死するよ

        • 一番の被害者は母親だよ。 お腹の子の父親が誰であろうと、自分がお腹を痛めて産んだ子なのは変わらないのに。 その子に逆恨みされたら浮かばれない。

    • 日本もドイツを見習って人権国家を目指さないとな DNA鑑定なんて古き良き江戸時代には存在しなかった

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