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2016-08-07

有料コンテンツの不便さに文句を言うと

最近は必ず、仕事に対しての対価が云々、自分仕事をただでやれと言われてみろ云々を脊髄反射的に喚き出す情けないクリエイターきどりが増えた。

 

そういうこっちゃないだろ…

 

確かに、エンタメってのはたいてい「一度見たらお終い」だから金をとりっぱぐれればそのままだ。

だがそれは逆に、宣伝の難しさをも同時に意味している。

バッグを売れば、それを街中で使ってる人間が同時に宣伝にもなってくれる。

店頭で手に取って触れてそれを持ち歩く自分想像して、殆どそれを買ったときと同じ体験をフルで味わいながら、なお金をとりっぱぐれないなんてことが別に難しくも何ともない。

しかエンタメは違う。

見られたら終わり、遊ばれたら終わりでありながら、見て遊んで得られるものを売らなきゃいけない。

 

しかし、どこの誰が、そもそも面白いかもわからない、どこぞの馬の骨が書いた落書きにひとまず金を出してくれるんだ?

 

中身も見せないで落書きを売りつけて、それが本当に金の無駄しかなかったときに、逆にお前はちゃんとその金銭への「対価」を補償出来るのか?

お前のその中二からずっと温めてきた陳腐で中身のない妄想は「亜書」と何が違うんだ?

 

エンタメってのは、「労働力」を買ってもらえる生温い商売じゃない。

まらないものを売りつけたら、今度はお前が詐欺師呼ばわりされる覚悟をしなきゃいけない。

社会を舐めてるのは、そんな時間給がきっちり貰えるアルバイトかなんかの気分でエンタメなんて水商売をやってるお利口ちゃんたちの方だ。

 

そして、そんなお利口ちゃんが作るセセコマしい「エンタメ」に、いつまで人が興味を持ってくれるだろう…

 

エンタメは、言うまでもないが生活必需品ではない。

誰もエンタメに金を払う義務なんて持ち合わせちゃあいない。

エンタメ」が不便なだけで面白くもなんともないものになったら、誰もそれを求めなくなるだけだ。

 

対価が欲しけりゃアルバイトでもやってれば良い。

クリエイターになるということは、自分という資産を育て、その名声だけできっちり回収出来るビジネスモデルをつくりあげると言う事だ。

 

お金の発生する仕組みについて一ミリも考えたことのないおバカボン以外は普通知ってると思うが、いわゆる芸能世界はこういう意識でみんなやっている。

 

テレビに出てもせいぜい数万円から多くて数十万円。

準備にかける手間や時間も入れると時給換算でも決して高くない上に、番組の枠というのは物理的に限られる。

ラジオに至っては、2時間番組(もちろん準備を入れるともっと)で数千円なんてまさにアルバイトの時給以下の金で一生懸命プロ仕事をこなしている。

 

ミュージシャンCDを出しても、歌唱印税はたったの1%作詞作曲を入れてもせいぜい数%。

こちらはテレビに出てもそもそも「プロモーション」だからギャラも貰えないなんてことも少なくない。

普通の人が「芸能人仕事」だと思っていることだけで稼げる額は、超大御所でも微々たるものだ。

 

ではどこで稼ぐのか。

イベント収入、グッズ収入

営業」と呼ばれる地方回り。

テレビラジオで売った「顔」を、直接見せるという体験を買ってもらう。気軽に買え、日常の中でも邪魔にならないようなものに「変換」して売る。

そこまでやって初めて人は金を払う、ということが常識なのだ

 

彼らに比べて、「コンテンツ制作生業にしているつもりの「クリエイター」きどりの連中のなんと甘ったれたことか。

 

漫画立ち読みするな?人から借りるな?古本で買うな?

そこまでとやかく言って気軽に作品に触れる機会を奪っても、てめーごとき落書きを誰もが進んで金出して読んでくれると本気で思ってるのか?

 

テレビでだけアニメを見て円盤を買わない奴は客じゃないだ?

プロモーション」を貴重な時間を使ってしっかり見てもらって、この上必ず買わなきゃ泥棒扱いとか何さまのつもりだ?

 

無料ユーザーが楽しめないのは当然だ?

プロモーション」で満足を与えられないようなものにどこのアホが金を払う?

 

クリエイターは、労働者じゃない。資産家なんだ。

「顔」や「名前」を売ってナンボ。

「顔」や「名前」で稼いだ金を回収する戦略を持ってナンボ。

てめーの資産をてめーで育てる戦略も立てられねー、労働者気分のボンクラが手を出していい商売じゃねーんだ。

 

このまま水商売謙虚さを忘れた思い上がりを続けるようなら、遅かれ早かれこの業界はお終いだ。

2013-09-04

承前

http://anond.hatelabo.jp/20130904155613

あまちゃん』の配役が面白いなと思うのは、80年代女性のある種の典型が描かれているからです。

天野春子キャリアおい挫折した、しか挫折たか結婚して子供を得た。

鈴鹿ひろみキャリアをまっとうした。しか子供は出来なかった。天野アキに、可能性的はいたかも知れない自分の子供を投影するしかない。

薬師丸ひろ子には全共闘世代から流れてきたジェンダーフリー的な雰囲気があると指摘しました。それがジュヴナイル的なるものの正体だと。しかし人はいつまでもジュヴナイルにとどまってはいられません。キャリアをとるか、子供をとるか、それがその後の80年代女性に突き付けられた二者択一の選択です。天野春子鈴鹿ひろみはこの意味おいても裏表の関係になっています

鈴鹿ひろみ薬師丸ひろ子自身をモデルにしている印象があります


歌手になることは難しいのですが、歌手であり続けることはさらに難しい。ほとんどのアイドル歌手キャリアを重ねるにつれ、歌手から撤退し、女優に移行しています。ただ、いったん売れてしまえばビジネスとして歌手の方が旨味があるのも確かです。桜田淳子歌手に早くに見切りをつけて、女優として一応の名声を確立しました。まだそこそこ売れていた時に歌手から撤退したものですからもったいないという声もあったのです。映画一本作るのには何百人、何千人が関わりますが、CD制作コンサートでは関係する人数がはるかに少なくて済みます。それだけ一人頭の取り分が増えるということです。桜田淳子結婚後、芸能界事実上引退して、今では彼女収入で一家が生活しているようですが、歌手には歌唱印税が入りますから彼女クラスになれば働かなくても一家が生活できる程度の収入は見込まれます。これは役者より歌手が恵まれている点です。

薬師丸ひろ子は元が女優ですから歌手活動に一区切りがつけば女優に専念するのは当然なのですが、ずいぶん長い間、テレビドラマには出演しませんでした。キャリア最初期、70年代にはちょい役で出た経験はあるのですが、それ以後、1997年の『ミセス・シンデレラ』までテレビドラマに出演例はありません。テレビドラマ映画の違いは何よりもまずその長さにあります映画は長くても2時間テレビドラマはワンクールでも延べで言えば9時間以上になりますから、掘り下げ方が違ってきます連続テレビ小説では延べで39時間になります映画が引き算ならテレビドラマは足し算、アプローチも違ってくるのです。

生活のためで言えば薬師丸はおそらくもう働く必要はないでしょう。蓄えもあるでしょうし、歌手として定期収入もあるでしょう。映画に拘って、映画女優としての人生をまっとうする生き方も選べたはずですが、そうはしませんでした。2000年代に入って、薬師丸は積極的にテレビドラマに出演していますが、当人が女優と言う仕事のものに、別の角度の意味合いを見出したのかも知れません。

薬師丸ひろ子1991年玉置浩二結婚、そして1998年離婚していますが、恋愛に関する報道が少ない人です。これもジェンダーフリー的な意味いから来ているのかも知れませんが、玉置浩二と言う人選はいかにも薬師丸らしいと思ったものです。玉置浩二安全地帯80年代日本ミュージックシーンをリードした一人ですが、なまじテレビで売れたために、かえってアーティストとして評価される機会が少ない人ですが、ソングライターとしては(そう、ソングライター、としては)まごうことなき天才の一人です。彼の人となりを知っていれば、なんでまたああいう男と、という疑問が生じなくもないのですが、才能に惚れるタイプ女性もいるものです。ただ、結婚はままならない他人との共同生活ですから、最終的には自分が折れるか相手が折れるか、双方が折れるしかありません。玉置浩二のような人であれば、何よりも自分の才能が大事で当たり前なのですから、当人同士の好みは別にして、自分を押し殺せる人が相手でないと結婚生活は無理です。あれで薬師丸は結婚は無理、自分には要らないと思ったのかも知れませんが、選んだのが一番、劇薬に近いタイプですからね。まだ先の人生は長いのですし、こうと決めつけてしまって人生の幅を狭めて欲しくない、他人事ながらそう思います


最後にもう一度、『あまちゃん』の話をしましょう。あの中で天野春子は「主演が一番楽。全部自分に合わせてくれるので演技力が要らない」と言っています。まさしく真理です。実は薬師丸はデビュー以来ずっと主演、もしくは準主演の形で映画出演を続けてきました。映画Wの悲劇』ではチャンスを必死に求める下積み女優を演じていますが、公開当時のインタビューでは、「自分はずっと主演だったので、そういう下積みの人たちの心理が分からないところがある。今回演じてみてそう言う人たちって大変なんだなと実感した」と何気なく述べていますが、下積みの人たちからすれば相当カチンとくる発言でしょう。この無意識ぶりが、薬師丸が徹底して主演の人、最初から王道の中でキャリアを積んできた人だと物語っています。薬師丸はずっと主演だったために、演技が上手いとか下手だとか、そういう部分は焦点があてられずに来たのです。海のものとも山のものとも知れない時から相米慎二に鍛えられたわけですから、これ以上贅沢な環境ちょっと考えられません。マリー・アントワネットが少し入っている発言ですが、マリだってハプスブルク家に生まれてフランス王妃になったのは彼女が選んだわけではないので、そこをどうこう言われても困るでしょう。

薬師丸は日本映画産業おいてこれ以上は無いという環境キャリアを築きました。それは反面、彼女自身の役者としての技量に誰も注目してこなかったということを意味します。

今回、『あまちゃん』では演技においては神がかり的な技量を持つ鈴鹿ひろみを演じています。その鈴鹿ひろみ女優として本領を発揮する場面を、薬師丸が演じるという二重構造の中で、演技において卓越した鈴鹿ひろみが演じる姿を演じるという、『』付で切り取られた形で、私たちは薬師丸の演技力のものすごさを目の当たりにしました。それは彼女寄りにあらかじめ作られた数々の主演映画では見られないものでした。

彼女もまた、80年代の遺産の一人なのです。

2012-09-25

初音ミク契約に際し、売上げに応じた歌唱印税と5万円の買い取り契約のどちらかを選ぶことになり、 
「そんなに売れるはずないだろう」と思った藤田は買い取り契約を選び、 
初音ミクの吹き込みの仕事で得られた報酬は5万円にとどまった 
しかし、藤田には後にヒット記念としてクリプトンから100万円と白いギターが1本贈られている。

この話ってソースは何なの?ぐぐったけどわからんかった

2007-10-23

http://anond.hatelabo.jp/20071023191219

プロが歌手ではなくボーカロイドを使うメリットは、歌唱者に渡る印税を自分がもらえる事。デメリットは作業時間がかかる事(つまりこれはコスト)。

で、歌手に渡るのはいくら位か調べたが、CDの売り上げの1-2%程度らしい。いっぽう作詞作曲家レーベルは全部で6%程度持って行く。作詞作曲者ならば3%くらいか。

つまり、本来歌手が歌うべきところをボーカロイドにし、作詞作曲演奏者がその分の印税をもらうとすると、もともと3%だった印税が4-5%くらいになる。収入3-6割増になるわけで結構デカい。浮いた歌唱印税レコード会社と折半する契約だったとしても1-3割増えるわけだしな。

ミク、というかボーカロイド技術ヴァーチャルシンガーを作りたいと言い出すレーベルがあってもおかしくないな。

 
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