(身内の人間がこの文章を読めば、私が誰だかすぐにわかってしまうかもしれません。 気付いた方も、何も言わずにそっとしておいてくれるとありがたいです。
タイトルのしりこだまさんとは、今ベストセラーのあの話題の本の著者であるこだまさんのことです。
私がこだまさんとインターネット上でほんの少しだけ接点を持ったのは今から8年程前のことだ。
女性審査員だけを集めて男性の大喜利に点数を付けようという企画で、この企画が当時2chで叩かれた。
女性の大喜利はつまらない、女に上から目線で審査されたくない、女だからって調子のんな等、まあ今であれば流せるような悪口が書き立てられたのだった。
まだ二十歳そこそこでインターネットに慣れていなかった私は深く傷付いたものである。
このとき同じく審査に協力した10名ほどのメンバーで、私たちはスカイプのグループを作りチャットでやりとりをしていた。
皆どっぷりネットにはまったような人たちで、私を含め現実の人間関係ではどこか疎外感を感じているような人間の集まりであった印象だ。
当時私はインターネットの世界に触れることで初めて自分の居場所を見つけられたような気がしていて、それまで自殺のことしか考えられなかった自分がこんなにものびのびと発言出来る場所があったのかと毎日新鮮な日々だった。
引きこもり、統合失調症、大学中退、自殺未遂とめちゃくちゃな転落人生のなかで、インターネット上でなら自分がまるで普通の女子みたいに他人とおしゃべりが出来るのだと知ったことは嬉しい驚きだった。
ある日手違いでそのスカイプのグループから抜けてしまい、ちょうどそのタイミングでグループに入ってきたのがこだまさんである。
こだまさんは審査員のメンバーでありながら、それまでスカイプのチャットグループには入っていなかった。
塩で揉むというブログがある。こだまさんが当時から書いていたブログで、私は彼女の大ファンだった。
偶然私がチャットを抜けたそのタイミングでこだまさんがグループに参加したことを、私はこのブログで知った。
そこには、おぼろげな記憶ではあるが以下のようなことが書かれていた。
「女子のみなさんは可愛らしく眩しくて、私は脇をぱかぱかさせながらワキガでーすと言うことしか出来なかった。」
私や他のメンバーのことを悪く書いていたということも一切ない。
この内容でショックを受けてしまったのはあくまでも私の個人的な出来事であって、こだまさんに非は一切ない。
記事には例の企画の参加者たちが多くコメントを寄せており、「やっぱりこだまさんは馴染めなかったんですね、こだまさんさんは俺らの仲間ですね」といった雰囲気で、彼らは2chの悪口のことを私に思い出させた。
それらのコメント群に対しこだまさんは同調することも否定することもなく、誰から見ても感じの良い返事などを返していたし、コメントを寄せていた人たちだって、こだまさんのファンであり仲間意識があったというだけで、2chの書き込みの人たちのように私たちを下に見ていたという訳ではなかっただろう。
しかし当時の私は「こだまさんに疎外感を与える女子たち」対「2chに私たちの悪口を書き込む虐げられた立場の仲間たち」の図式が頭に浮かんでしまった。
これまでずっと「普通の人」たちと馴染めないことが悩みだったはずの私にとって、これは衝撃的なことだった。
より疎外感を感じている人たちに、「俺らとは違う普通の女子」として、自分は憎まれるような立場になってしまったのだと感じた。
さらには、「なぜ普通にできないの」と馬鹿にされ普通になりたいと心から切実に願った子供の頃の私や、普通じゃなくてもいいじゃん、と我が道をゆく決意をした筈の10代後半の頃の私、そしてインターネット上で普通の女子として振る舞うことに浮かれていたそのときの私とが、こだまさん前では酷く不潔なものであるかのようにさえ感じられた。
もちろん当時でさえ、被害妄想であり加害妄想であることはわかっていた。
私は彼らに脅威をもたらす女子として「加害者側」にいる、というおかしな自意識と、その反動からくる強烈な被害妄想とで、頭が混乱しはじめた。
自分でも、こんなのは馬鹿げた自意識過剰な妄想であると自覚しながらも、こだまさんと私は対立関係にあるような錯覚に陥ってしまったのだった。
8年経った今でも、こだまさんのブログを読むとまるで自分が無神経にこだまさんの部屋に押しかけてくる押しの強いこだまさんの同級生であるかのような、こだまさんの職場の理解のない同僚であるかのような、または現実と空想の境目が薄い妄想癖のあるけんちゃんであるかのような、不思議な感覚に陥ってしまう。
私は所謂「普通の人」、「あちら側」の人間であり、ブログを読むことで秘密を共有できる「こちら側」には二度と戻れないのだと。
いい歳になっても周りと馴染めず、常に疎外感を抱く私にとって、こだまさんの文章はときに処方箋のように私の心を勇気付け、と同時により強い副作用をもたらし続ける。
この文章がもしこだまさんの目に触れてしまったとき、彼女が傷付くようなことだけはありませんように、それだけ祈って終わりにします。