はてなキーワード: トリニトロンとは
非常に強力でエキセントリックな人物を想定し、世間の不条理は全て彼が糸を引いているという仮説の元生活していると、世の中のありもしない側面が次々に浮かび上がってくる。
彼はリアリティ番組に出演していた美女が軋轢の中でボロボロになって果てるという通常考えられないような状況を見てみたいと所望した。
また、次期検事総長と目された人物が賭麻雀の露顕で更迭されるというどう考えてもありえないような状況を見てみたいと所望した。
むごたらしい話だが、彼の存在を仮定することでうまく説明できる。大きな意志がそうさせるのだ。彼にとってはありえそうもない事象が最高のショーなのだ。
彼の名前や姿は誰も知らない。しかし、一方でリアリティ番組に出演する美女をも、実際には知らない。検事という人種の実在も証明できない。私には何も分からない。
かつてギリシャ人が熱狂した演劇は、舞台と観客との間に約束という謎の仕切りがあって、芝居を見ることはできても神々に触れることはできなかった。手を伸ばせばたちどころに劇は崩壊し、寸前まで神を演じていたアクターの熱い体温だけが手の中に残っていた。
トリニトロンの世界は厚いガラスの板に阻まれて、触れることはできなかった。触れればわずかな電撃だけが感じられるばかりであった。
いよいよiPhoneの世界では触れられる感があった。触れればたちどころに静止する世界。しかしやはり触れられない。触れきれない世界であった。
彼の世界はどうだろうか。彼の世界と私の世界の間に壁はなく、ついに連続の世界に到達した。考えられないようなことをなし得る夢のような世界。一票によって歪な長期政権が実現される誠の世界。その彼の世界にあって、ふと、花ちゃんが本当に居たのかどうかわからなくなってしまった。さっきまでNetflixに出ていたのに、応援していたのに、触れたはずなのに、触れたかどうかがわからなくなってしまった彼の世界。テレビの電源を落としたように、急に彼女は見えなくなってしまった。
高学歴が増えたこととゲームがつまらなくなったことに、ある程度の相関はあると思う。
僕がゲーム業界に就職したのは二十年以上前だが、そのころはゲーム業界に就職するなんて、親にも親戚にも反対される場合が少なくなかった。そのまた十年前には、芸能界に入りたいと願う子供たちも、「そんなヤクザな世界はダメだ」と言われていたと聞いた。
だから、それにもかかわらず願いをかなえたいという情熱を持つ新人の比率が高かったわけだ。
それが、元増田の言うように
> その原因としてゲーム業界がある程度ステータスをもつようになり、(後略)
親や親戚が喜ぶ人気業界になったために、就職をゴールとする新人が増えてしまった。
ウォークマンやトリニトロンの頃は、面白そうな仕事ができそうな会社だけど松下や東芝や日立に入った方が親が喜ぶし友達の敬意も得られる、という状況だったのではないか。それが今ではソニーこそがステータスとなった。
僕が就職した時にゲーム業界に苦言を言った親戚も、後年僕が Sony Computer Entertainment の仕事に携わると喜んだ。
能力がどれだけあろうと、情熱がなければそれは十分に発揮されないだろう。
これは高学歴だけの話ではない。
じゃあ高卒や専門学校卒やFラン卒ならどうなのかというと、その人たちにとっても業界がステータスなのは変わらない。「低学歴からの志望者は情熱のある人ばかり」ということもないし、「情熱の無い低学歴は業界を志望しない」ということもない。
また別の問題として、ユーザーの経歴の話がある。
僕は JRPG とか SRPG を好まない。ゲームバランスはだいたい俺TUEEできるようになっているし、ストーリーは小説を読んだ方がマシだと考えているからだ。それでSRPGが好きだという後輩に「どれやっても一緒じゃん」と言ったら「全然違いますよ!」と怒られた。
ゲーム黎明期を生きてきたオッサンにとっては、それぞれのSRPG毎の違いなんて、スライムとスライムベス、ストリートファイターIIと飢狼伝説、戦場の狼と忍者プリンセス、くらいの違いにしか感じられない。
次々と新しいジャンルが創造されていた黎明期を生きてきた我々は、マーブルマッドネスとかドルアーガの塔とかアウトランとかグラディウスとか現代大戦略とかウルティマIVとかスーパーマリオブラザーズとかの登場を見てきた我々には、ここ十年くらいのゲームが刺激に乏しいと感じてしまうのは仕方がない。
また、クソゲー比率でいえば、ファミコンブームの頃に比べれば、おそらく格段に下がっているだろうと思う。それがまた刺激が足りないということに通じているのではないだろうか。
さらに言うと、「ゲームがつまらなくなった」なんてわざわざ主張するのはオッサンだろ? オッサンが若いころよりもゲームに情熱を注げなくなったという個人的なところも大きいんじゃないの。
他にも、ゲームがつまらなくなった理由や、つまらないと感じるようになった理由はいくつもある。
しかし僕は悲観していない。これはただゲーム業界が成熟したというだけのことだ。
小説や音楽や映画や漫画など、さまざまなエンターテインメント業界が似たような道を歩んできた。
新しいジャンルがどんどん出てくる黎明期、人気が出て粗製濫造になる発展期、大金をかけた駄作とインディーズが共存する成熟期、とゲーム業界も同じだ。インディーズの参入しやすさはエンターテインメント業界にとってとても大切なことだと思うが、ゲームも含めた成熟期にある業界は、程度の差こそあれ、素人がすぐに手を出すことができる。
というわけで、個別の開発者や会社の話は別として、業界の先行きについては悲観していない。波があるのが当たり前で、どの業界もそうだし、浮き沈みがあることは健全な現象だ。
というわけで、相関はあったとしても、高学歴は原因ではないのだ。
地震が起こったとき、多数の人がそうであったように僕も寝ていた。
何かワケの分からない叫び声を上げながら目を覚ましたのを記憶している。
再び目を覚ましたとき、頭から10cm横に、25インチのトリニトロンテレビが落ちていた。
今でも思い出すと背筋が凍る。
確かその日はとても寒いが快晴で、生活圏だった大阪からも、西の空が燃えている事が分かった。
別に悪い事してたわけじゃない、震災でニーズが生まれただけの事だけど、当時いた会社の社長が嬉しそうに震災を喜んで語っていたのには流石に腹が立った。
その前年暮れ頃まで付き合っていた彼女がいた。
当時僕は29歳。
もちろん高校生だ。
可愛いし、ほんとにべたべたいちゃいちゃ、ところ構わずキスばっかりしてたように記憶する。
旅館の布団の上で一仕事終えて、眠りにつくと、数時間後に彼女が胃の痛みを訴えて苦しそうにしてるのに、僕は手を繋いであげる事が精一杯で眠気に負けて寝てしまった。
でも、再び目を覚ますと治ってて、2回戦目。
…をしていると「ご朝食はどうなさいますか~?」と仲居さんがノックしてきたので、慌てて中断したっけ。
いやしかし、それを「後で」とかいって、一応フィニッシュまで持っていったんだったかな(笑)
ふられたわけでもなく、ふったわけでもないが、ともかく、その年の暮れにその彼女とは別れる事になった。
僕は震災の年に、地震の数日前から新しい彼女と付き合い始めていた。
たまたま、正月明けに知人に紹介されただけだったんだけど、別にタイプってわけでもなかった。
ただ、僕の隣の席が空いていたからに過ぎない。
実は僕は、その別れた大好きだった彼女と、被災地域となったある場所で同棲しようと思っていた。
結婚を前提に。
地震後、半年程経ってからその場所をたまたま訪れたんだけど、そこは完全に更地となっていた。
どうして更地にされていたのかは知らないけども、もしかしたら、全壊とか火災とかあったのかもしれない。
ひょっとしたら、別れず、同棲していたら、死んでいたのかも知れない。