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2017-04-28

能動的な意思決定は本当に大事か?

先日、某フリマアプリ運営する企業の人事が「就職/転職活動に悩むみなさんへ」と言う記事投稿話題になっている。

twitterなどの反応をみると割と好意的意見が多いようだが、私はとても違和感を感じたのでそれについて書いてみる。

この記事の内容を要約すると、

「豊かな人生をおくるには、他人評価意見に委ねるのでなく自分意志決断たか大事である。よって就職/転職先は、自分意志で決めましょう。」

と言うことになると思う。果たしてこれは正しいでしょうか。

私の意見としては、そんなに夢みたいなことを言っていては何もできないし、はっきり言って幻想にすぎないと思う。

その根拠は2つある。

まずひとつは、人生というのは自分意志コントロールできる部分が極めて少ないと言うことだ。

これは、歴史勉強すればわかることで、どんなに強い意志や才能を持っても不遇な一生を送る人間は山ほどいる。逆に自分意見を殺して決断他者に委ね、時代迎合することで豊かに暮らしてきた人間も山ほどいる。

決断というのは、自分意志で決まると言うよりは環境などのしがらみで"そうせざるおえない"状況で決まることが多い。

身近なところで言えば、仕事部署自分意志と言うよりも、組織の都合で決まることが多い。

また、政治世界で考えてみると、財政問題外交問題は現役の総理大臣責任というよりは、歴史的に蓄積されてきた問題であることがほとんどだ。他人がこれまでしてきた決断の積み重ねの上に現在業務があり、本意でない仕事も多いはずだ。言い方は悪いが他人の尻拭い的な仕事が大半だ。それでも葛藤しながらも日々の業務をこなしていることだろうし、それが仕事というものだ。

天災社会情勢、歴史的なしがらみなど、自分では如何ともしがたい運命翻弄されながら、それを受け入れた上でベスト妥協策を探ることが重要なんではないかと私は思う。

ふたつめは、自分の知りうる情報は極めて限定的であるという問題だ。

自分収集しうる情報から論理的な最適解を導いてもそれは局所解でしかない。

これについて興味深い示唆を示しているのが、アメリカ社会学者マーク・グラノヴェッター提唱している「弱い紐帯の強み」と言う概念だ。これは、例えば転職活動をする際、自分のことをよく知っている人より関係性が薄い人(パーティーたまたまあった人とか)からもたらされた情報で選んだ会社の方が満足度が高いという話である

これは、自分帰属している環境から日常的に得られる知識はかなり偏りがあるということを意味している。

この問題を解消するためには、意図的自分意志に反することをする必要があると思う。

冒頭で紹介した記事の中に「人に言われて何か学ぶ」「流行りだしたから始めて見る」っていうことに否定的意見が述べられているが、私はむしろ自分普段選択しないものから自分思考が発展していくと思っている。

特に変化が激しい現代社会においては、自分が最適だと思っている選択陳腐化しやすい。

自分思考の幅を広げながら柔軟に生活するには、受動的な決断に身を委ねることも必要なんではないかと思う。

このように、これら二つの要因から能動的に意思決定することが必ずしも有効とは限らないと思う。

確かに決断の回数が人を成長させることは一理ある。

しかし、その決断が豊かな人生につながるほどシンプルではない。

私の周りを見回してみると、自分意思決定をしたいとロマンを追い求める人ほど社会に出てから思い悩むことが多いし離職率も高いように思う。「自分の本当にやりたいことは別にあるんじゃないか?」など答えのでない問いを繰り返す傾向がある。

逆に自分意志が反映されない環境・状況であっても、これが現実と割り切って粛々と実務をこなすタイプの方が長続きするし周囲から評価も上がり豊かな生活を送っていることが多い。

環境を変えるより自分自身を変えることの方が簡単だし効果的だ。

まとめると、偶然や不確定性を受け入れ、自分ではどうすることもできない残酷運命翻弄されながらも、それを楽しむ度量が必要なんじゃないだろうか。

身も蓋もないことだが、人生運ゲーだ。

 
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