2015-07-25

いきなり異世界ファンタジー問題点


■異世界に行く手段

現在常識では不可能です」終わりになってしまうので、本来なら説得力のあるガジェットを用意しなければならないはずだが「ある日、目が覚めたら異世界にいた。」これだけで終わってしまい以降その現象について付言する作家は極端に少ない。

十二国記レベルEなんかは頑張っていると思う。

言語

いきなり異世界に訪れたとして、偶然言語が同じであったというのは不自然まりない。言語文化は渾然一体である。話が通じるならそれなりのバックグラウンドを説明する必要があるが、

世界現代日本妥協点は皆無であり。「なんだかわからないが、話は通じるようだ。」で終わってしまう。

そのわりには、単語を知っている知らないという茶番は多いのだが。(特にネットスラング関係

そもそもエルフなんかの場合、外見から可聴域で会話していない可能性もあるのだが。

ファンタジーである場合はこの問題はそれほど難点ではないが、旅をする場合日本のような狭い国土でさえ東北弁に字幕必要であったりするので言語リアリティを求めるならば行く先々で言語学習というステップを踏んだほうが良い。

でなければ「カタコト」程度の意思疎通ぐらいしか望めない。大陸共通語等の便利な定義は可能ではあるが、文化的背景が同じであるのだとすればこの異世界は恐ろしく狭いことになる。(四国ぐらい?)

識字はさらに難しくなるが会話ができる状態なら識字については物語の進行上それほど問題にならない。

単位

いきなり異世界ではこの点は問題にならない、素直にメートルキログラム、で記述して問題ない。

逆に純ファンタジーでは格段に難しくなる、キログラムポンドに、メートルマイルになっただけで何がなんだかよくわからないのに、数値を使わず何がどれくらいの大きさでどれくらいの距離にいるのか説明するのはものすごく面倒であり。

また、正しく読者に伝えられるかどうかと言うと疑問符が付く。

馬ほどのモンスターというのがどれくらいの大きさなのか普段馬に接していないと感覚にわかりづらい。家ほど竜といってもその世界の家がどれほどの大きさなのかをまず説明せねばならず、「どこそこ街まで馬車で3日の距離」馬車の速度を知っている読者は少ないだろう。

いきなり異世界では、主人公独白物語が進む場合これはさほど問題にならないが、異世界人と交流する際、相互認識のずれを修正する描写を毎回挟まないとならない。いきなり異世界であってもやはりその異世界には独自単位存在しているのは自明であり、5kmをkmを知らない人間に説明する描写が不可欠である。これは逆でも可。

■食料

いきなり異世界では現代日本人が異世界に赴くパターンであると思う。

だが、現在日本人虚弱であり異世界食生活になじむのには相当に時間がかかると思われる。そもそも食材が異世界であるので食べられないという指摘もあると思うがハビタブルゾーン考慮してある程度地球に近い食べ物があるという推測は一応立てられる。

世界技術水準が中世である場合日本人胃腸が耐えられる可能性は非常に低い。飲み水の確保すら難しいと思われる。

インド人ならいけそうな気もする。

病気

世界歴史が数千年を超えている場合、未知の感染症寄生虫リスクがあるのはほぼ確定的であり。耐性をもっていない現代人は即死の可能性が高い。

インド人でも無理だろう。

■暦

世界の年単位、昼夜の間隔、さらに言えば時間間隔が偶然地球と同じであることは想定しにくい。

最悪天王星のような自転であるかもしれない。

その相互の違いの説明無しに時間制限を設けたりするとリアリティと言う側面では違和感が残ってしまう。

世界人の年齢をいちいち10代に設定してあるのは何基準なのだろうか。

国家形態

本来なら最も異文化象徴し、十分に説明しなければ異世界世界観を説明できないのでは無いかと思うが。

あいまいなままなんの説明も無く、貴族国王といった地球由来の価値観定義してしまっている。(それも地球のものよりも、すごく雑な形で)

大体において貴族国王ギルドという言葉だけで理由は無いがそういうものだということで説明を放棄し、これらが前提として話が進む。

ここは作家にもよるが概ね、いい加減である

※白熱光を読んだけどもうね、何一つ理解できなかった。

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