当時のことを思い出しながら書いたので、良かったら読んでみてほしい。
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俺が中学生だった、ある日のこと。
朝登校すると、校舎の一階にある理科室の前に人だかりができていた。
10数名の野次馬らしき学生と、バケツと雑巾を持った数名の先生たち。
よく見ると、校舎内の廊下の床が濡れている。
野次馬を避けつつ廊下から理科室を覗いてみると、理科室の床も一面水でひどく濡れていた。
水が少し溜まっている箇所さえある。
さらによく見ると、四方の壁が、高さ1メートルくらいの部分まで濡れている。
「何があったんですか?」
「私が朝学校に来たら、理科室の中に水がプールみたいに溜まってたんだ。
扉を開けると一気に水が出てくるから開けるわけにもいかず、バケツで水をかき出して窓から出してたんだよ」
先生は、汗だくになった顔をぬぐいながらそう答えた。
「えっ、なんでそんなことが起きたんですか?」
理科室には、実験等で使うため、蛇口と流し台が各テーブルに備え付けてある。
「そうだったんですか。ということは、蛇口が壊れてたんですか?」
「いや、そうではないんだ。水をバケツで汲み出した後、部屋の中に入って蛇口を閉めたんだけど、
ちゃんと水は止まった。何度か開け閉めしたが、壊れた様子はなかったんだ」
「え、じゃあ何が原因なんですか?」
「それなんだよな・・・」
先生はため息をついた。
先生によると、蛇口の栓は最大まで開けられて、蛇口から水がすごい勢いで出ていたそうだ。
「じゃあ、誰かが夜に忍び込んで、蛇口を開けたとか?」
「いや、それはない。部屋の入り口の扉の鍵は閉まっていた。窓の鍵も全部閉まっていたんだ」
「え?」
「昨日の鍵閉め担当の先生にも聞いたんだが、確かに昨日の夕方、理科室の窓が閉まっていることを確認して、
入り口の扉の鍵を閉めたと言っている。」
「ということは、誰かが夜に入ることは?」
「ありえない。蛇口から水が漏れてたこともなかったそうだし・・・」
相当参っている様子だ。
「でも私は、これは誰かがイタズラでやったんだと思ってる」
「え、そうなんですか?」
「理由はいくつかある。一つは入り口の扉の隙間に、雑巾が詰められていたことだ」
「雑巾?なんでまた?」
「水が隙間から漏れないようにさ。入り口から水が漏れたら中に水がたまらないだろう?
雑巾は外から詰められていたから、鍵が閉められた後、誰かが詰めたんだろう」
「そんな・・・」
「もう一つある。水が出ていた蛇口の流し台。そこの排水溝にも雑巾が詰められていた。
水が流れていかないように、そして水が跳ねて外に出やすいように」
「・・・ということは、誰かがやったと?」
「そうとしか思えない。残りの5つの流し台の排水溝は開いていたから、幸いそこから水が流れていき、
それ以上は水がたまらなかったようだが」
「でも、中に入れないのにどうやって蛇口を開けたんですか?」
「分からない。でもきっと方法はあるはずだ。これは意図的に仕組まれたものだ」
先生はそう言って床の清掃に戻った。
教室に戻っても、俺は理科室の事件のことが気になって仕方がない。
授業にも集中できない。
よし、明日になったら先生を捕まえて、その後どうなったか聞いてみよう。
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早速呼び止め、昨日の事件について聞いてみた。
「うん。推測でしかないが、きっとこれだろうというのは分かったよ」
「えっそうなんですか!?」
「まあ断定はできないんだけどね」
「まず気になったのが、蛇口の水の勢いだ。なぜ最大まで栓が開けられていたのか。
すごい勢いで水が出ていたんで、これは何か意味があると思ったんだ」
「意味?」
「いや、知りません」
「大抵の学校の水道の水は、一旦貯水タンクに貯められ、そこから学校中の蛇口へ給水されているんだ。
この中学校もその仕組みになっている。
貯水タンクは校舎の外の庭の一角にあり、そしてその貯水タンクを調整するバルブもそこにある。
フェンスで囲まれてはいるが、校舎内に比べれば簡単に入れるんだ」
「なるほど。そんな仕組みになってるんですね。
「理科室には鍵がかかっていて入れない。
でも貯水タンクのバルブは校舎の外にあるから、誰でも操作できるのさ。
すると、バルブが最大まで開けられてたんだ」
「最大に?」
「そう。管理している係の人に聞いたら、普段は中間までしか開けてないそうだ。
最大になんて開けたりしないって」
「・・・じゃあ誰かが最大にしたんですか?」
「?」
「夜の学校は全ての蛇口は閉まってるだろう?犯人はそこに目をつけたんだ。
学校すべての蛇口の栓が閉まっているのに、たった一つだけ蛇口が開いていたら?」
「・・・?」
「犯人は夜に理科室の蛇口を開けたんじゃない。元々蛇口は開いていたんだ。
すると水は止まったままだ。
しかし、貯水タンクのバルブを最大にしたら、それ以外の蛇口は閉まっているのだから、理科室の蛇口に一気に水圧がかかる。
すると理科室の蛇口の栓が抜けて、水がドバッと流れてくるってわけさ」
「・・・!」
「もしそれなら、きっとその栓が理科室に残っているはずだ。
私はそう思って、理科室に戻って探したよ。
昨日みんなで部屋を片付けてた時に捨てたのかもと思い、
ゴミ箱を漁ってみた。するとこれが出てきた」
「これが・・・」
「まあ、これも推測にしかならないけどね。
でも理科室でこんなコルク見たことないからね。誰かが詰めたんだろうな」
そこで私は、理科室に水が溜まっている時に浮かんでいたものを思い返してみた。
確かめるためにゴミ箱を見てみると、やはり雑巾とビニール紐があった。
雑巾とビニール紐・・・・つまりコルクで栓をし、その上から雑巾をかぶせ、ビニール紐でくくったんだじゃないかな。
これなら水圧に耐えられる」
理科室の床に実験器具や資料を置いてたんだけどね。それらが全てテーブルの上に置かれていたんだよ。
水はテーブル横の流し台の排水溝から出ていくから、それ以上は水位は上がらない。
だから濡れなくて済んだんだよ。
つまり、今回の事件で被害を受けた物は一つもないんだ。教室は濡れたけど、乾けば元に戻るし。
まあ、椅子だけは水にプカプカ浮いてたけどね」
「ということは、被害がなかったということですか」
人を傷つけない愉快犯、イタズラといったところかな」
いつもと変わらない授業風景。
しかし、生乾きの椅子に座り、しっとりと湿る床に足を置くと、事件が本物であったことが実感として湧き上がる。
ふと、昨日水が出ていた蛇口を見る。
そんなことを思いながら時間は過ぎていった
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20年以上が経ち、今に至る。
犯人は誰だったのか?
俺はこれを書きながら、一つの仮説を思いついた。
それを聞いてほしい。
一体犯人は誰なのか。
動機は何だったのだろうか。
どこかで聞いたトリックをやってみたのだろうか。
もしくは、自分でトリックを思いついたから、試してみたかったのだろうか。
きっと後者だろう。犯人は、自分の発想が正しいか試したかったのだ。
頭で考えた理論を立証する。
そう、実験。
なぜ理科室だったのか?
そのためには、鍵担当の先生が扉の鍵を閉めた後に理科室に行き、扉に雑巾を詰める必要がある。
それなら、学校外の人間が校舎に入り理科室に行くのは、相当リスクがあるのではないか?
つまりその人物は、理科室の前にいてもおかしくない人物なんだ。
先生だ。
そもそもなぜ理科の先生がそこまで推理ができるのか、不思議ではないか?
都合よくコルクや紐が見つかるのも怪しい。
またトリックも学校の仕組みに精通していないとできないし、その実験が成功したかを現場で見たいはずだ。
・・・いや、何考えてるんだ。
そんなはずがない。
自分が授業で使う理科室を水浸しにしたくないだろうし、当日の慌てっぷりは本物だった。
こんな罪の押し付けはもうやめよう。
先生はそんなことをする人じゃない。
俺がそれを保証する。
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もし今度、同窓会があったら。
そしてもし先生に会えたら。
俺は悪戯心を込めて、こんなことを言ってみるつもりだ。
長年秘めていた隠し事を明かすような顔をしながら。