はてなキーワード: QuarkXPressとは
自分と同じ富士通のFM−Vを買うとは・・・でも年金暮らしの祖父のことだ、父親や叔父たちが買ってあげたのかもしれない。
ただ、祖父が買ったのはiMac17インチ(当時Core2Duo搭載の最新のやつ)だった。驚いた。
「テツと同じアップルのパソコンだ」・・・。最初は何を言ってるのかと思ったが、話を聞いてわかった。
自分は5年ぐらい前までデザイン事務所でDTPオペレーターをやっていた。
なんとなく東京のデザイン系専門学校を卒業したが当時は就職難で職につけず、バイトの日々。
転々とバイトしていくうちに、知り合いの紹介でデザイン事務所に入ることになった。
素直にうれしかった。一応デザイン系の学校をでたのだから、その道でメシが食えると。
ところが、仕事はフォトショップでキリヌキをしたり、QuarkXPressで文字の修正など
簡単な仕事がメインだった。正直つまらなかった。もっとクリエイティブな仕事をしたいと思った。
淡々と仕事をしてくうちに正社員になるかならないかの面談があった。
その時に意を決してきいた。デザイナとして働きたいと。返ってきた言葉は冷たかった。
「君のデザイン力じゃ、うちじゃつかえない」
専門学校に入学した時、入学金を出すことは出来た親でも、
デザインを勉強する為に必要なパソコンを買うまでの資金は無かった。
そんな時、祖父がパソコンならおれが買ってやると、
どこで得た知識かわからないが、ちょっと安めの大福iMacを買ってもらった。
「これはアップルコンピュータっていうところのマックっていうんだ、すごいんだ」と
あまりMacに詳しくない私は祖父になんとか解ってもらおうとイロイロはなした。
「ビルゲイツのやつよりもずっとすごいんだ、先進的なんだ」とか。
祖父は解ったようで解らなかったようで、ウンウンと笑顔でうなずくだけだった。
大福iMacは買ったものの、肝心のソフトが無かった。フォトショップ、イラストレーター、
どれも10万近い値段だった。バイトをしてヤフーオークションで買おうと思っていたが、
学生時代は遊びほうけてしまってバイト代は彼女とのデート代に消えてしまっていた。
大福iMacはネットや音楽にしか使わなかった。デザインの勉強なんてほとんどしなかった。
よくフリーズするMac、突然爆弾が出て再起動を余儀なくされる。おもしろそうなゲームは
みんなWindowsだった。次第に使わなくなっていった。
いろいろあって、そのデザイン事務所ではオペレータとして働いていた。
しかし、この業界にいるひとなら解ると思うが、徹夜連続あたりまえ、残業代なんて1円もでない。
カラダよりも先にココロが倒れてしまった。会社は辞めデザインとは全く関係ない業界に転職した。
祖父から時々「買ったパソコンはどうだ」ときかれた。「うん、便利だよ」と答えるが、
大福iMacは売り払ってしまい、FM-Vを買いなおしていた。Macにはあまり良い印象は無かった。
ある時、父が自室にやってきた時その事実を知ったが、
「こわれちゃったということにしておいて、出来れば言わないで」と支離滅裂なことを言って逃れた。
転職をしたのは祖父は知っていたが、特に何も言ってこなかった。そうするうちに5年が経過し、
よく調べずにヤマダ電機へ行って「アップルのをくれ」だったそうだ(父親談)
iMacか〜。2chのMac板やニュース速報でMacスレを軽く流してみる程度の知識で、
どうせフリーズもするだろうし、未だにワンボタンマウス、特定業界の人しか使わない絶滅品種なのにと
なんで祖父はそんな使えないものを、と思っていた。
祖父は理系で工場の機械を製作する人だったから、機械にはめっぽう強かった。
でもパソコンなんて触ったことすらない人なもに。「テツにいろいろ教えてもらうかもな」と電話の向こうでは笑っていた。
ある時、祖父から電話がかかってきた。「テツ、アイチャットAVできるか?」
驚いた。祖父はMacOS X をはじめ、インターネット(これはNTTの人にイロイロ教えてもらったようだ)、
メール、プリンタなどもほとんど自力でセットアップしていた。関連書籍は1冊だけだ。ヘルプをみたり相当苦労したようだ。
祖父の話では、iMacにはiLifeがインストールされていたため、写真アルバムもできるんだぞと、
これからやってみると元気そうにしゃべっていた。
iChatAVというかMacOS X がインストールされたiMacを所有していない自分は「自分のじゃできないんだ」とその場は逃げていた。
祖父はコンピュータに関する専門用語をほとんど習得することなく、MacOS X を使いこなしているようだった。
思えば、Windowsなら「デスクトップのマイドキュメントの…」「シードライブに…」なんて専門用語を
すんなりと受け入れられる老人達はそういないだろう。四苦八苦して解りやすく説明させるので精一杯だと思う。
印刷時のプレビューだって、プレンビュウと間違った覚え方をするぐらいなのだから。
祖父とのやりとりを聴いてみると、MacOS X は考え込まなくても、アプリケーション全体で統一されたインタフェイス、
iLifeをはじめとするアプリケーションとOSとでもデータのやりとりが簡単にできる、などなど、
リクツで扱うものではないんだな、という道具だと伝わってきた。
確かに、Windowsであればソフトウェアは豊富だ。2chビューワしかり、普通のブラウザしかり、メーラー、ゲーム、など。
ソフトウェアが豊富であるということはそれだけ熟したプラットフォームだ。
しかしMacは正反対の立ち位置だ。使い勝手は決して良くないと思いこんでいた。祖父がiMacを使いこなすまでは。
iMac、MacOS X 、キヤノンのプリンタとデジカメ、それらを使いこなす祖父のPCライフは充実していたと思う。
電話のたびに知り合いの**はデジカメでとった写真を印刷するだけだ、オレはDVDもつくれるんだ、と鼻高々だった。
祖父にはWindowsかMacなのか、そんなことはどうでも良いことだと思う。
何でもない普通の老後を送っている人がコンピュータに対して期待するほとんど一通りのものが詰め込んである。
それがMacなんだと痛感した。
もしメーカー製のWindowsPCだったらどうなんだろう?少なくとも自分が買ったFM-Vには
iLifeのようなソフトは無かったし、結局はオフィスや年賀状ソフトを買ってきてインストールしたり、
使い勝手が悪いからとフリーウェア・シェアウェアを大量に入れ、アニメがみたいからとP2Pに手を染める・・・。
もちろん、WindowsだろうがMacだろうが、目的のことは両方とも難なくやれるというのは知っているつもりだ。
しかし、操作が直感的で祖父のようにパソコンを極限まで使いこなさなくてもなんとかなる環境の人に、
MacOS X がここまでほぼノントラブルで柔軟にとけ込むとは予想だにしなかった。
そんな祖父の葬儀が先月にあった。胃ガンを煩っていた。最初に見つかったのあ3年ほど前で
余命を宣告されたのが2年ほど前らしい。祖父はそれを私に知らせないよう周りに口止めしたらしい。
そして祖父は自分がデザイナとして失敗し、買ってもらった大福iMacをすでに処分していたことを、
母を通じてこっそり知っていたようだった。
お通夜の前の晩、それを知った私は親戚一同集まる祖父の亡骸の前で大泣きをした。
祖父は私と同じパソコンがどういうものなのだろう、
アップルというアメリカの会社の製品が使われている、どんなものなのだろうと、
死を知りながらも探求しようとした、いや、死を宣告されたからこその行動だったのだろう。
葬儀には棺の前にiMacを起動させ、iPhotoで祖父が撮影した写真をスライドショーさせた。
さすがに棺にも入れられないし、お墓にも置けない。iMacは私が引き取った。
アプリを沢山立ち上げても爆弾マークもでない、ファイルの検索は驚くほど速いし、
単語を入れればメールからPDFからテキストファイルの中の文字まで探しだす。
手放しで全てを褒め称えるほどの機能ではないかもしれないが、
祖父がほとんど誰の手助けも得ずに使いこなしていった理由が、このMacOS X には随所に見受けられた。
デザイナの道へ再チャレンジすることは現実的ではないから仕事では使うことはないだろう。
けれどもMacOS X は普通に生活していく上で十二分に役立ってくれることは祖父が証明してくれた。
ありがとう、iMacをつくった人たち。ありがとう、大好きだったおじいちゃん。いつか天国で会おう。
#長い文章を読んでくれてありがとう。一部脚色してますけど、ほぼ実話です。
DNPのQXP3とOCF受付終了の裏事情
そもそも出版デザイン関係の仕事で、仕事道具であるソフトをワレズしてちゃダメだと思うんだが…(汗) しかも、QuarkXPressを? そりゃひどいね。(さっきはてなダイアリーキーワードで調べたら、今のバージョンは6だそうだ。つまり、相当古い版ということか)
いずれにせよ、かなり日本語環境に特化した形で開発されてるInDesignがすでにWindows環境で出てきてる以上、ますますアドビ優位になるのは間違いないだろう。MacromediaもすでにAdobeに吸収されちゃったしね。
ただ厄介なことに、ソフトウェアってのは、操作上の「慣れ」というものがある。キーボードショートカットでも、バージョンが上がると変更されてる、なんて例は割と聞く。ここらへんが、ビジネス・デザインなど業務で使われるソフトウェアの乗換えが進まない点でもある。(あとMacの場合、OSのバージョンと各種フォントとの整合関係があるから、さらにややこしい話になってる)