逆鱗に触れるだとか琴線に触れるとか使うな、ってツイートが炎上して、「馬鹿でいることの危険性は女王の教室やドラゴン桜が証明しているぞ!!」って反論されてるけどさ、
まぁ反論してるやつの中に将来不安定な新米研究員、○○研究家(という名の一般人)、イラスト描きじゃなくて歴史研究同人誌書いてるタイプのオタクみたいなのが見受けられるんだよな。
もうはっきり言っちゃうけど、
お前らほんとは学問や学術や研究で食っていきたかったしその能力もあるんだけど、自民党が学問を疎かにしたからーみたいな理由であきらめざるを得なかったんでしょ。
それが嫌で嫌で仕方ないし、いまさら別の仕事なんてやりたくないから、何とかして学問が大切にされる方向に持って行きたいんでしょ?
それこそ桜木が言うような「自分たちがもうかる仕組み」を、自分が大好きでライフワークでアイデンティティになっている学問や研究で作りたいんでしょ?
ちょっと話ずれるけど、ぶっちゃけお前ら上に立ったらスポーツ事業ガンガン縮小するでしょ。
体育会系への怒りや憎しみがすさまじいし、アスリートへの敵視すごいし(北島康介が変な宗教の会合行ったら「アスリートなんてこんなもんだから持ち上げるな」とか)、ことあるごとに「体育廃止!!体育廃止!!」と叫ぶし、「スポーツの語源は気晴らし!」とツイッター上でミニ講義開講するし…
タイトルの通りだけど、だいたいこの手の話題は、机に向かって書籍を読むみたいな「学校のお勉強」がもてはやされるんだよ。
友人との交流、アルバイト、恋愛などで培われる「社会経験、社会勉強」みたいなのは話題にも挙がらない。
本で偉い先生が考えたご高説ではどうしても身につかない、知りようがないリアルな社会。
こういうことはあんまり言っちゃいけないだとか、なんとなく世間的に受け入れられているルール、不文律とかね。
学校のお勉強を重視する人たちって、ちょっと理不尽なルールがあろうもんなら「ならぬならぬぞっ!!!」って否定するよな。
正直そういう不文律みたいなものを学ぼうとしても、否定するでしょ。
こういうのを学んでおかないと結構大変なことになってさ
みたいな「うわぁ…」なことしちゃうわけよ。
そのうえ、仲間はそれを諫めるどころか褒めるんだよ。
知識・教養はあるけど社会の「普通」からは大きく外れている人を、うまくおだてて利用しているみたいな構図になっちゃってるのよ。
言い方悪いけど、悪い大人に騙されてる、良いように使われている。
桜木が言う「馬鹿」とは別方向の「馬鹿」が産まれちゃってるのよ。
両方やりゃいいって話なんだけど、これは正直水と油の関係でしょ…
自称進学校の「モットーは文武両道」みたいなものと同じで、言うのは簡単だけど全く別方向すぎて結局どっちかしか頑張れない。
生き残ることを考えるなら、机に向かって古文漢文や三角関数や微積を必死に頑張るより、友達と遊んで「こんな人間がいるんだな」、バイトして「働くってこういうことなんだな」っていう勉強を頑張ったほうがいいと思うけどな。
前半はちょっと思い込みが強すぎるかなと思わないでもないけれど、後半は全く同感。 人間やっぱりバランスが大事だよね。
「学校の勉強は、間違いなく自分たちの生活の役には立つけど、自分が仕事をする上ではなかなか役立たない」 「選挙には行くべき。だが、深く政治に関心を持ちたいなら、相当の覚悟...