今思い出してもとてもきらきらしていて、本当にあったことなのだろうか、と思うほど素敵な時間だった。
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私は高2の時にいじめられていた。とはいえ、「いじめ」と聞いて想像しただろうものほど凄惨なものではない。
せいぜい"嘘告"(嘘の告白をすること)の標的になったりとか、単語帳を隠されたりとか、それくらいだ。
全ての声が自分を馬鹿にしている気がして、休み時間には机に突っ伏しながら耳を塞いで流れる血の音を聞いていた。
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そんな私も、いわゆるいじめアンケート的なものでSOSを発信したことで、状況は変わった。2年生のうちはなにも変わらなかったのだが、これがきっかけで私が救われたのは間違いないのだ。
あと、いじめてきたやつらに謝られた気もするが、よく覚えていないなぁ、ということを今思い出した。
前提として、私の学校では2、3年のクラスは変わらず持ち上がりだった。
しかし、恐らくは私の救難信号がきっかけで、3年のクラスは変わることになった。
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新しい環境を与えてもらった私は、自分を変えることにした。いじめられた原因は自分にあると思ったからだ。
ただ、いじめの原因はいじめてきた奴らにあるし、自分が"悪かった"とも思ってはいない。
しかし、当時の私が弱そうで、暗くて、ひとりぼっちで、抵抗しなさそうで、いじめてもリスクがなさそうなクソゴミ陰キャだったのは事実だったのだ。だから、変わることにした。
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手本にしたのは自由奔放な友だちだった。人の目を気にする私に「他人のことなんてみんなそこまで気にしてないよ」みたいなことを言ったやつだった。いじめられていたときは「はぁ?」と思ったものだが、これを信じてみることにした。
他人のことなんてみんな気にしてないから、自分を卑下しすぎず、相手を信用して"対等に"いることを心がけた。
当時の日記を見たら、
とも書いてあった。
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そんな感じで、ギャルとか、一軍女子とか、すごい明るい体育会系とかに話しかけられても、ビビっているのを隠して必死で会話した。
正直なところ、とても怖かったと思う。
変な人だと思われたらどうしよう、キモいって思われるかも、また人に笑われる、そういう気持ちとの戦いだった。
キモいとも思っていないようだった。ちゃん付けで呼んでも不快な顔なんてしなかった。会話を重ねていくと話しかけられる頻度も上がっていった。
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本当に優しかった。
今でも涙が出そうなくらい、優しい人ばかりだった。
今までもそうだったのかもしれないが、高3で初めて気づいたのだった。
人は意外と優しい。
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そんな環境で私は、
から、
"人間"
に戻っていった。
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自分が人間に戻る中で、周りもまた人間だと気づいていったと、今思う。
"ギャル"は「掃除場所が一緒で破天荒なYちゃん」だったし、"一軍女子"は「体操でペアになるお洒落なTちゃん」、"体育会系"は、「席が近くの明るいMちゃん」だった。
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そこに優劣やカーストなんかなくて、みんな対等だった。そして、クラスメートで、友だちだった。
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彼女は"クソゴミ陰キャ"の私にも明るく話しかけてくれて、初めから友達のように接してくれた。その明るさと、多少の強引さが私を引っ張ってくれた。
Mちゃんがきっかけで、彼女の友達のNちゃん(彼女も運動部だった)ともぎこちない会話を積み重ねて仲良くなった。Nちゃんは今でも付き合いがある。
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部活も引退して久しい11月には、私たちは"友達3人組"で、一緒に帰るようになっていった。
休み時間にお菓子を交換して、テスト難しかったね、なんて笑い合った。
それも1人じゃない。
小学校のときに『挨拶は義務』といい感じで半強制的に挨拶させられていたが、このとき初めて挨拶の価値に気付いた。
挨拶は友だちの確認であり、繋がりが切れないようにする小さなコミュニケーションだと感じた。
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12月には「1秒でも長く、このクラスでいたい。」と記している。
毎日が本当に幸せだった。死にたいなんて全く思わなくなっていた。本当に眩しい日々だった。
うまく会話できたことが嬉しくて、幸せな気持ちいっぱいで帰った青空の日を思い出す。
きっと他の人には普通のことばかりだったけど、私にとっては全ての出来事が宝石のように輝いていた。
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大学に入り、私はさらに変わろうと思い、自分なりの大学デビューをした。お洒落を一から勉強して、自分なりに陰気を消そうと努力した。入学してすぐ声をかけ、友達を作った。
優しい環境が私を人間にし、そしてそこで出会った人たちから様々なことを学んだからできたことだった。
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成人式があった。
私はいかなかった。
いじめてきたやつらに会いたくなかった。同じ空間にも居たくなかった。今の自分が、高校時代の自分の顔や態度をするのも嫌だった。
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高校3年生のあの1年間は、私にとってかけがえのない宝物である。
しかし、その日々はもう戻らない。
この先も同窓会には行かないだろう。
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私の中だけで、過ごした日々も出会った人たちも永遠になっていく。
思い出は美化され、輝きを増す。
そうしてできた"夢のような時間"を思い出して、今これを書いている。
夢のようだけど、当時の日記見ると本当にあったんだなぁってまた涙が出てしまう。
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就活、頑張るかぁ。