2017-03-18

私刑好きの異常な執念にはドン引きしてしま

私と妹は現在運転免許取得者かつ車両を持つ側である。今現在私と妹が持っているのはそれぞれ50ccと250ccの共有しているバイクで、自転車は両親のものを除き一台もない。四輪車ゼロである高校大学が車・バイク通学が禁止されていて自転車で通っていたため、その反動でもある。だから10代、20代の頃は車やバイクもっと寛容になって欲しいと切実に感じていた。当時も「自動車バイクの駐輪駐車できる大学」はあったが、その数はわずかで、自転車や徒歩を嫌う人達で大混雑していた。

それが時が経ち、立場は逆転した。今では駐車場駐輪場付がどこも当たり前になり、逆にわずかな「駐車場駐輪場のない学校」が残るのみとなった。ここまではいい。だが社会人になって、私は「転向」することになる。

例によってノンポリブログへの異論である

運転免許証がありなおかつ金銭身体的に余裕のある人の公共交通利用を制限すべき」と何の疑問もなく自分正義を述べている。だがはっきり言おう。これは徳治主義であると。

私は「良心的な対応」を要求してきたのである。信頼できれば、あとは自己責任にしてもらえば結構と考えている。ところが世の中というのは流れが自分の方に寄ってきたと見るや図に乗って居丈高になる人が多いようで、今度は完全に制限をと言い始めたのだ。

ここで私は交通徳治主義者とは決別することにした。

外国のように日本では満員電車お金時間に余裕のない人や交通弱者が優先になった。もちろん車やバイクと使える人とそうでない人がいれば、譲るべきなのは前者であることは間違いない。ここで言う交通弱者とは、単なる未成年者や高齢者免許自体ない人ではなく、鉄道が満員でグリーン車などにまで人があふれ出したら、その時は交通強者や余裕のある人に満員電車を遠慮してもらうくらいの配慮はあってもいい。

だが譲歩するのはこれくらいまででいい。ネット書き込みを見ていると「鉄道好きは右翼」というもはや「お前が心の病気じゃないのか?」と思うほどの意味不明意見も見られるようになった。ならば満員電車の数千倍、数万倍は害悪を撒き散らしている左翼右翼はどうなのだ

こうした書き込みノンポリに多いが、政治信条のある人も満員電車敬遠するのである

最近鉄道好きを見ていると昔とは違い、随分遠慮がちに鉄道を使うようになった。見てて気の毒なほどである

前述のブログも「少なくない鉄道好きたちの自覚のなさは極めて残念です」とあるが、今時そんな人の迷惑顧みず、混雑している列車バス笑顔で乗り込む人などまずお目にかかれない。脳内オタク存在はこの際消してもらいたい。

旗色の悪くなった鉄道好きにここぞとばかりに「キモイ」と文句を付けるのは、オタクキモヲタである私や妹から見ても不愉快光景になったのである

鉄道の信頼率や法人税に影響されるのだから満員電車必要悪であることは言うまでもない。だが公共交通商売になっている現実がある。

倫理的には悪だが、改善するのは現実的ではない」

というものだ。

「いや、鉄道好きの暴走によって車・バイク産業バス会社の停滞という迷惑を蒙っている」

と主張する人もいる。ならばポルノはどうなのだ?娯楽だって迷惑の元である。逆に娯楽に関心を持たない人は?

こうした考え方は「健康義務だ」と言って国民を縛ったナチスと同じ思想である

世間の片隅で小さくなって鉄道を愛し、車やバイクを酷く憎む人にまで、地獄まで敷き詰められた「善意」によってそれを攻撃する、そんな度量の狭い人間は私と妹も大嫌いだ。

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