2021-06-15

ジャイアンの倒し方(あるいはPR会社としての出木杉くん)

日々のつらさに耐えかねたのび太は、出木杉くんに相談を持ちかけた。出木杉くんはその協力要請こころよく承諾し、のび太にこう助言した。

ジャイアンを倒したければ、学校を動かさなければならない」

剛田武くんは少し乱暴な子として職員室のあいだでも有名であった。しかし、公立小学校には様々な問題を抱えたクラスや複雑な家庭事情を持った生徒が数多く在籍しているため、教員たちは剛田武くんの言動にいちいち構っている暇はなかった。

いじめ慣れしている剛田武くんはひとの目に付かない暴力強奪がうまく、クラスで大きな問題になることはこれまで一度もなかった。それは彼のいじめっ子としてのセンスのよさであり、また「剛田武は少し乱暴な生徒」というレッテルによって彼の乱暴性を個性として許されてきたところがあった。

のび太くんの声なき声を出木杉くんが拾い上げたのは、彼の中にある揺るぎない正義感に加えて、政治的意味で次第に声が大きくなっていく剛田武くんに対して個人的に嫌気が差し始めていたからだった。のび太くんはそのことも承知の上で、助かるならなんでもいいという気持ちであった。

「でも、どうすればジャイアンに勝てるんだろうか」と弱気になるのび太に対して、出木杉くんはエリートらしい得意げな笑みを浮かべながら、もうひとつ踏み込んだ助言をした。

ジャイアンに勝ちたければ学校を動かすしかない。学校を動かしたければ、世論を動かすのが有効だ。そして世論を動かしたければ、メディアを動かすんだ」

出木杉くんはあくまでもクラス内戦に過ぎないこの紛争を、"学校ごと"に格上げさせる方針を示した。

まず出木杉くんは友人である朝日くんに情報提供を行った。朝日くんは学校新聞編集長で、学校新聞編集室の中でもっと発言力を持っていた。

出木杉くんはこれまでの剛田武くんによる悪行をまとめた資料(以下、デキス資料と呼ぶ)を朝日くんに手渡した。朝日くんはデキス資料に目を通しながら、出木杉くんに対してこう言った。

「確かに剛田武くんの行いは非人道的かもしれない。だけど、これくらいのことはどこのクラスにもよくあることだよ。それに、大きな声では言えないけど剛田武くんを敵に回すことは我々にとっても得策じゃない。我々学校新聞報道することに意義を感じないね

出木杉くんはその反応が返ってくることをわかっていたかのようにうんうんと頷く。

「確かに朝日くんの言う通りだ。5年2組のちょっとした暴力なんて、学校にしてみれば裏庭で起きている猫の諍いみたいなものだろうね」

「じゃあどうして持ちかけたのさ、出木杉くんらしくないぜ?」

出木杉くんはその言葉には応えず、にっこりと爽やかに微笑みながら席を立った。

「とにかく、これからも連絡はするよ。記事にしたくなったらいつでも言ってくれ」

のび太くんはこれまで殴られた回数や奪われたおもちゃの数を数えて、デキス資料をより具体的な数字で補強していた。それはもちろん出木杉くんの指示であったが、出木杉くんはそんな数字よりももっとセンセーションもの必要性を感じていた。

出木杉くんはデキス資料改訂版を何度か朝日くんに送っていたが、この日はたった一文だけを載せて送った。

「来週の朝礼で、野比のび太氏が剛田武氏に宣戦布告します。」

毎週月曜に体育館で行われる朝礼では、校長先生あいさつと各委員会からの報告が行われる。出木杉くんはのび太所属する美化委員からの報告時間を巧みにハッキングすることで、のび太宣戦布告を告げる機会を与える作戦に出た。

校長先生定型的なあいさつが終わり、学級委員から順に今月の報告が行われる。美化委員会の順番は最後であることは出木杉くんにとって都合がよかった。続いては美化委員会からのお知らせです、という進行役の声を合図にして、のび太くんが全校生徒の前に立った。

のび太は美化委員として、校舎前の花壇が何者かに破壊されていたことを報告した。本来であれば報告はここで終わりだが、のび太は続ける。5年2組の剛田武くんが教室備品勝手に持ち出したり、箒とちりとりを剣と盾に見立てて遊び、すぐに掃除用具を壊してしまうことを報告した。そして、剣のように振りかざされた箒によって、自分の肩や腹に青あざができていることを、お気に入り黄色カットソーをめくって見せた。体育館内がざわつく。

のび太の手足は緊張で震えていた。声も震えていた。しかし、出木杉くんにとってはそれも計算済みであった。全校生徒はのび太の震えを見て、緊張ではなく剛田武くんへの恐怖心を連想するはずだと確信していた。のび太の震えは、今まさに剛田武くんから殴られてきたかのようなリアリティを持たせていた。また、のび太の弱々しい外見が同情を引き寄せることも計算に入れていた。

教員たちが異常事態気づき、近くにいた教員のび太の近くまで駆け寄ってくる。だらだらと演説している時間的な余裕がないことを察したのび太は、演説最後剛田武くんを象徴する3つの行為「モノを奪う行為」「モノを壊す行為」「人に暴力をふるう行為」をまとめてこう呼ぶのだと強く訴えた。

「これはジャイアニズムだ」

朝礼は中断され、それぞれのクラスがぞろぞろと体育館を出て教室に戻っていく。その道中、全員が校舎前を通る。つまり破壊された花壇を見るのだ。そして全員のこころの中で先程の言葉リフレインされる。

ジャイアニズム

実際に花壇を破壊したのは出木杉くんであった。しかしあの朝礼が終わったあとに全校生徒が目撃する象徴的なものを壊すことによって、それが剛田武くんによる破壊行為であるかのように印象づけられる。それに、一見は百聞にしかずという言葉があるように、報告を耳で聞くよりも実際に破壊されたものを見てもらうほうが印象に残ると考えたからだ。

次の日には、学校新聞のび太演説トップ記事として伝えた。ジャイアニズムというキャッチー見出しもさることながら、これまで出木杉くんがデキス資料として学校新聞に送っていた剛田武くんの悪行が記事内容に厚みを持たせていた。のび太演説破壊された花壇は全校生徒が知っている。それ以外の皆がまだ知らない情報が載っていることにニュース性はある。新聞が貼られた廊下の前で、あれもこれもジャイアニズムだったんだと誰もが語り出した。メディアが動いたことで学校話題剛田武くんの悪行に一気に傾くのをのび太は感じた。

ジャイアニズム」という言葉はあっという間に一人歩きをし出した。具体的な事実であろうがなかろうが濫用され、よくある単なるケンカではなく、ジャイアンという特別な力による暴力であると印象付けることに成功した。

剛田武くんは怒りに震え、一度教室のび太の胸ぐらを掴んだことはあったが、周りの目が明らかに自分悪者として見ていることに居心地の悪さを感じ、それ以降はのび太無視するようになった。クラスだけでなく学校から悪のレッテルを貼られた剛田武くんが廊下をとぼとぼ歩いていると、教頭先生が「剛田くん。放課後校長室に来なさい」と声をかけた。しょんぼりしながら小さな声で返事をする剛田武くんの背中はこれまでにないくらい小さく見えた。

のび太はその様子を遠くから眺めていた。気が付くとのび太の隣には出木杉が立っていて、ふたり剛田武くんの背中を眺めていた。

情報を制するものが勝つんだよ」

最初にのび太に助言したときのように、出木杉くんはエリートらしい笑みを浮かべながら言った。

「でも間違った情報もあった。ぼくがジャイアンや妹の悪口を言ったがばかりに殴られたこともジャイアニズムとして処理されてしまったし、それに、花壇を破壊したのは出木杉くんだろう?」

「花壇を壊したのがジャイアンだなんて一言も言ってないよ。君の読み上げた原稿にも書いてないし、学校新聞にも書いてない。みんなが勝手に誤解したんだ。でもまあ、実際に剛田武くんが花壇を踏みつけたり蹴り飛ばしたり姿を見たことがあったんだ。後日誰かがきれいに整えたので、ぼくは破壊されたときの様子を忠実に再現した。つまり演出したんだ」

「危なっかしいね

「そうさ。情報誘導の仕方次第では、世論はどちらにも傾く可能性があったんだよ」

「でもきみは上手に情報操作することで、クライアントであるぼくを勝利に導いた」

ジャイアンに勝つにはそれしかないんだよ。ジャイアンが実際の暴力を行なってくるのであれば、きみは虚構の拳を振るわなくちゃならない」

虚像の拳か。情報武器になる、っていうのはこういうことなんだね」

感心するのび太の顔を見ながら、出木杉くんは微笑んでこう言った。

「いいかい、のび太くん。情報武器に仕立て上げる何者かが、その背後には常にいるんだよ。仕掛ける必要のなかった戦争次世代通信規格の主導権争い、あるいは新型コロナウイルスワクチン接種まで、情報武器扇動する者がいることを、もっと意識しなければならない」

おしまい

※この記事フィクションです。実在人物や団体などとは関係ありません。のび太ジャイアンといったキャラクターたちは実在しますが、記事中のような人格ではありません。ジャイアン誕生日おめでとう。

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