「iTunesU」を含む日記 RSS

はてなキーワード: iTunesUとは

2013-07-13

公教育無償化

たぶん、大学教育無償化していくんだろう。

財源はどうするんだ?なんていう野暮な話はなしで。

そりゃ最初iTunesUとかYoutubeでの講義だろうよ。

「一般向けじゃあ高度な講義は出来ない」

「討論はどうなる?」

そういうのもとりあえず置いておこう。

技術的な問題は、想像している以上のスピードで解決する。

技術的な問題が解決されれば、その次の問題である

おそらく、学生の質の担保が次の問題になるよな。

それだって、評価方法効率化、正確化によって解決される技術的な問題にすぎない。

そもそも、なんのために学生の質を維持する必要があるのか。

一つは、質の高い学生を集めることによって、質の高い講義を行えるということだと思う。

しかし、入学試験学生の数を絞ることによって学生の質を保つよりも、入学者を増やし、いや、実質的入学などという制度はなくし、無限に聴講生を増やしたほうが、質の高い学生の頭数は増やせるはずである

もちろん、活発な討論を期待したかったら、それは有害だと言わざるを得ない。

無数の駄馬の中にG1馬が何馬いたって、いいレースになるわけがない。

しかし、そんな問題も、結局は技術的な問題に過ぎない。

もう一つは、大学ブランディングという意味でであろう。

でも、それだって技術的になんとかなるはずだ。

無限の聴講生を受け入れたところで、成績によって学士資格を絞ることは可能なはずだからだ。

ここで、考えを切り替えたい。

古今の大学が、学生を絞っている本質的な理由は、技術的な問題で絞らざるを得なかったからだと思う。

そもそも、土地建物必要で、一つの教室に座れる学生の数は物理的に限られる。

声が届く範囲も限られる。

定員に対して希望者が多い場合、なんらかの方法で選抜を加えなければならない。

ただそれだけの理由が第一なんじゃないだろうか。

第一、大学講義は、入学者だけしか知ることが出来ない、隠された真実を教えているわけではない。

普通に出版されてた書籍論文学会発表という形で世間に発表された内容を講義しているにすぎない。

もちろん、研究室での活動はそうではない。

研究の内容は、実験データから推論まで、基本的に発表されるまでは秘匿事項で、他言無用だ。

(個人的には、それは修士博士やらせればいいんじゃないかって思う。だって研究ってつまるところビジネスじゃないか。どんな基礎研究だろうと、哲学研究だろうと、どっから予算を引っ張ってくる飯にするわけで。学生をタダで使えればそりゃ安くあがりはするが、タダほど高くつくものはない。)

でも、それ以外は、基本的には開かれた知識を伝えてるに過ぎない。

大学根底には、知識を外に外に伝えたい、という思いがある。

ハード面の制約と、財源が許す限り、イデオロギーを広めたい、そう思って開学してるわけじゃん。

私学助成金なんかない時代になんとか塾、かんとか塾っていう具合に。

そんなわけでね、技術的な問題さえクリアすれば、高等教育もっともっと開かれ、低コストになれば低価格化、ゆくゆくは無償化していく。

急激に進んだり、揺り戻しで逆行したりはあるだろうけど、長い目で見れば確実に。

たぶん、歴史のある大学レベルの高い教育ほど、その波が早く来る。

イデオロギーを広めることが出来るってことは、教育を施す側にだってメリットだ。

金がなくたって、借金したって、それを行う価値がある。

極端な話、タリバンとか無償教育を施してるでしょ?

あれで立派な神の兵隊になるわけだけど、それって、途上国から留学生を受け入れて、その留学生が国に戻って革命を起こしてきた20世紀大学の在り方と、つまりは同じでしょ。

繰り返しになるけど、教育を広めることは、教育を通じてイデオロギーを広めることこそが、大学の本懐。

大学全入時代学生の質の低下が、なんていう問題は、無償化の大きな波のなかのほんの一部でしかない。

追記

ブコメを見る限り、伝えたかったことが伝わってない。

文章力がなくて申し訳ないが、補足説明として追記する。

知識、イデオロギーというのは、自己増殖する性質がある。

資本主義経済と似ている。

例えば、知識の積み重ねがなかったら、偶然の発見は、ただ一つの発見にすぎない。

知識の積み重ねがあるので、偶然の発見は、過去に累積した情報と照らし合わせて、さらにもう一つの発見、時には、二つ、三つの発見につながる。

知の再生産のためには、過去の知を多くの人に与えることが重要だ。

ただし、知を伝えることは、大きなコストだった。

Aという知を伝えるために、コスト100かかり、財源が1000しかなかったら、10人にしか伝えることが出来ない。

大半の人間に、Aという知を与えても、あらたにBという知見を返してくることはなく、ノイズばかりが返ってくる。

ならば、希望者の中からなんらかの方法で、新たな知見を返してくる可能性が高そうな人間10人選抜して、そのものにAという知を伝える。

じゃあ、知を伝えるコストが劇的に下がったら、ノイズの中から知を拾うコストが劇的に下がったら、どうなるか?

という話が一つ。

もう一つ、アメリカ途上国から研究者の卵を招き入れて、Ph.Dとらせて国に帰しているのはなんのためか。

外国人MBAとらせて帰らせていたのはなぜか。

そんな馬鹿なと言われそうだけど、思想というのは、生活スタイル社会制度に相当に影響される。

資格や規格はすべてアメリカのものになれば、思想だってアメリカに近づく。

資格にも規格にも設計思想が生きていて、使う人は思想にも、その根底の思想にも影響されるからだ。

実際、イヤホンは白くなり、ジョブズ信者は増えた。

知であったり思想であったり、製品であったり、人であったり、そういうものに乗せてイデオロギーは発信される。

発信することは、発信者にとって大きなメリットだ。

たとえそれが、アラブ諸国親米政権崩壊させることになっても、民主主義と自由を広めつづけたように。

そんなわけで、大学はこぞって無償化していく。

おそらく、レベルの高い大学から

 
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん