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2010-12-08

http://anond.hatelabo.jp/20101208173933

否。バカは不良債権だ。

有能無能以前に子どもを作らぬ奴に価値はない。強者になることを放棄した個体に国が食わしてやる飯はない。私が話しているのはその後だ。

いや、なるほど。無能には種付けになってもらうのもベターかもしれんな。そちらの方は考察が済んでいないゆえ、今即断はできないが、無能の3割ほどは強制的に労働力を死ぬまで生産してもらうというのも、できなくはないだろう。

しかしどのみちバカは無能で価値がないゆえ、受給に見合う数だけ排除せねばなるまい。

2010-09-24

http://anond.hatelabo.jp/20100924205913

金正男旅券違反とか一瞬で話題が消えたよな~。

やっぱり即断即決が大事ってことか。

2010-06-26

http://anond.hatelabo.jp/20100626154643

俺は、いわゆる「おたく部」に入った。

確かに、駄目な連中ばかりだったね。俺は小説メインで当時は絵が書けなくて、絵の勉強したくて、漫画イラスト描いてる人がいる「おたく部」に入ったんだけどね。

最初デッサンも知らず、頭の中に立体を組み立てるということもサッパリだったけど、1年ぐらいで出来るようになった。

そこまでは部活の連中の技術吸収だったけど、それから先は自己流だった。

「どうすれば面白いストーリーが組めるか」を思考することに、大学の大事な時期に費やしていた。おかげで、自分なりに「面白い漫画の描き方」を発見した。これに関してもサークルメンバーはちっとも力にならなかった。というか周りの連中の漫画を見て「ここが悪いな」「どうしてここはこうしちゃったんだろう」と反面教師にしてた。当然、口には出さなかったけど。一人だけ凄過ぎなヤツはいたが、凄過ぎなのと自分とは方向性が違うので参考にはならなかった。

でも、色々と収穫はあった。

常日頃から落書き帳を肌身離さず持ち歩く習慣もこの頃身に付いた。とにかく描く量=絵の上手さ、その体現には落書き帳を持ち歩く。簡単な事だが思いつかなかった。

コミケという存在を教えてもらった(当時はネットなんてなかった)。一緒に行ってイベントノウハウを教えてもらった。

俺は絵が描けない状態で部活に入ったので、部活ではかなり評価の低い扱いだった。イベントというものがどういうものか判った時点で「コミケに参加する、でもって大手サークルになってやる」と宣言。周りは笑ってた。

でもってコミケに申し込み。当選コピー誌作る。部数の相談を回りにしたら20部ぐらいだろ、といわれる。

ムカついたので60部作った。結果、初参加でコピー誌60部が午前で消えた。それ以降とんとん拍子でジャンル頂点に上り詰めた。ピコ手の集団だったのでオフセの存在を周りが知らず、読者に教えてもらったりとか、コミケ初参加あたりの頃ぐらいからもうサークルメンバーは完全に参考にならなかったな。

まぁ、他の環境自分がこうならなかったかどうか、は判らない。自分ひとりでここまで来るのは無理だったろうな、とも思う。

また、今は社会人十ウン年目だが、この年齢になってもサークルメンバーは友達だ。

一人だけすごかったヤツはプロ漫画家になって今でも活動中だが、部数の割りにプロ収入が低いのと、編集との関係とか色々聞いてると「プロにならんで良かったなぁ」と思う。俺は社会人としても結構いい収入を得ている上に同人もかなりの売り上げだ。同人だから締め切りは気にせず生活を締め付けない程度にのんびりやってるし、描きたいものを自由に描いてるだけ。

ちなみに、一応は編集からお声がかかった時期もあった。ただ、なぜか夜の11時半に電話かけてきたり等、こいつら常識無いなぁと思うような感じのところだったので即断った。

俺を評価低く見てた連中は、ニートやら工場務めやらの集団。数人は大手企業の偉い人になってるらしいが、そいつらはもともとサークルに顔をよく出したが作品はサッパリ作らないような連中だった。創作に力を入れつつ、社会人として成功するのって難しいと思う。

大学で友達が出来て楽しかったのも事実だし、つまらん試験の対策に去年の試験問題とその回答のコピーが部室に置いてあるのも魅力的だし、俺の大学はマズかった学食だが部室でカップラーメンとか弁当とか食べられたりとか、創作以外の利益がすごく大きかった。

まぁ思いついた事を適当にゴチャゴチャ順序メチャクチャに書いたが、いいたいことはひとつ

ゴールに必要だと思ったら、何でもやりゃいい。

2010-05-25

短大に行って勝ち組になった好きなあの人と大学に行って負け組になったクズ

高校のときに好きだった人は短大に進路を選んだ。

一方私は、そのまま大学に入学した。

高校のときに告白して「今付き合っている彼とはすごいしあわせだから」と言われ、交際を断られた。

私も高々同じ部活という程度の薄い間柄で、なぜか好きになってしまっただけのことだ。

彼女が付き合っているのは知っていたし、単なる確認行為に過ぎない。

寧ろそこで「しあわせ」などと言われたら、付き合う理由などないはずだ。

そう、所詮その程度の関係だったのだ。

彼女短大に進んで、そこで学んだことから資格を取得し、私より二年も早くに仕事に従事していた。

一方私は文学部に進学し、適当サークルをこなし、適当講義を取り、適当バイトをし、適当勉強していた。

そして就活に失敗する。ニート一年目である。仕事ハロワがアテにならないことは2,3件巡って分かる程度の酷さだった。社会から死を宣告されたような気分になった。

一方彼女は当時交際していた人と結婚した。デキ婚ではない。

私は式に呼ばれたが、断った。行くべき理由が思い浮かばない。私はおそらく高校生活の殆どを、彼女自身をモチベーションにしていたのだろう。その彼女がしあわせになれたのだから、行くべき理由はないはずだ。子の巣立ちを看護る親じゃあるまいし。

第一、彼女は私がニートをしている事実彼女は知らない。

それどころか、その事実を知れば、彼女はおそらく、私から告白された日を思い起こすはずだ。

それは彼女にとってしあわせとなるだろうか。

ならない、と即断した私は、式を辞退した。

とりあえず、彼女がしあわせだという知らせが届いただけでいい。私の青春の選択は間違っていなかったということだけ分かればいい。

これからは、何もいらない。

2010-05-22

http://anond.hatelabo.jp/20100522181804

頭に書いておけば、トラックバックちゃんとなるかなぁ。

 

http://anond.hatelabo.jp/20100522110418

というのを踏まえて、「ふざけんなハゲ。ふざけんな江藤。既に最初から広がりまくってんだろ。広がりまくってる前提でやらないなら決定権剥奪すんぞ」と言わなかったのは政府の不作為で間違いない。

これに反論が無いと言うことは、結局『政府に不作為がある』が答えですよね。

つまり「政府の行動に問題がある」と言う指摘は、間違えていないと言うことですよね。

 

で、返答にも乗りますが、まず1つ目。

http://anond.hatelabo.jp/20100522181804

君の脳内ではワクチン接種を検討開始して3日で実施してるのか。もしそうならむしろ赤松決断力はすげえって話になるなw

あのな、現実見ようぜ。あのヘタレ赤松のどこにそんな胆力があるんだよ。それともワクチン接種がどれだけ重大な決定か本気で分かってないの?

備蓄があるから?日本に使ったことも無い新兵器があったら3日で戦争始められるのか。ワクチンは強力な武器だが専門家も「絶対勝てます」とは言えない不確実な武器で、しかも最近の改良されたワクチン世界にとっても日本にとっても新兵器だぞ

ワクチンベルトの事例は当然念頭にあるだろう。しかしそれを3日前に検討し始める?馬鹿言うな

政府の「対策本部」の「本部長(最終責任者)」は17日付けで鳩山首相に変更しています。また鳩山は、農水副大臣などを現場に送り込んでいます。

胆力は鳩山の方、あるいは鳩山ブレインでしょう。普天間政治と金問題に加えて、さらにこの問題。政権の穴にはしたくない。疫病は判断力の揺れを待ってくれないでしょう。実際に即断を出してるわけで、それを考えれば3日で開始にしてもおかしく無い。

そして「新兵器」と言いますが、オランダで出来たワクチン2001年です。研究機関世界各地で9年行われてるわけで、専門家ならある程度の情報は知っているでしょう。そもそも専門家であれば、今回の口蹄疫を知った時からある程度シミュレートしていておかしく無い。それに内閣ではなく官僚が手を打って調べていてもおかしく無い。

官僚が』の意味ならワクチンの調査は17日以前からあってもおかしくないですが、それが『赤松の手柄か?』と言うと疑問ですね。現地に入る10日までは、農水官僚を怒鳴ってただけとかいう話も聞きますし。それ以後も何をやってたのやら。

ワクチン効果に『絶対』が無いのは指摘の通り。しかし、罹患地域を押さえ込める可能性があるのであれば、打たない手は無いでしょう。疫病対策と言うのはどこかでギャンブルになります。

それに、一定区域の殺処分は、結局の所、埋設場所が問題になっています。埋設場所を確保する間だけ、罹患しても症状を抑える事が出来ればよいと言う目的でのワクチン使用です。効果が無いとしても、現状と変わらない。悪い賭けじゃないですね。

ちなみに、現地側で「一定区域全頭殺処分」の話は5/14頃ですね。この頃から東国原知事が一定区域の全頭処分の話を出してたはずです。覚悟してるんだから国が動いてくれと。

 

それから

http://anond.hatelabo.jp/20100522181804

財産権という言葉は当初から結構上がっている

農場単位での普通の殺処分なら財産権とか言う必要はない。法的に問答無用で処分出来る

財産権に言及するということは、即ち県・農家の同意か強行するための特措法が必要な広域処理のことを言ってるんだ

この言葉が出ている以上、少なくとも一度は宮崎県と折衝して農家の同意が取れないと拒否されてるってことだよ

現場補償額の問題でもめたのは明確に出たのは5/20です。一律で牛60万、豚3.5万はふざけるなと。畜産農家補償問題を詰める前に赤松がリークして、現場農家が怒ると言う形。家畜によっては一頭で200万ぐらいだってあるんだと言う話で。結果、時価になりました。確定が5/21。

それより前は、5/18東国原知事が国と補償額で詰めている話で、交渉中と言う答えをしているのに、馬鹿記者が「交渉中」を理解出来ずに知事喧嘩を売った話。

ワクチンを確定させた最後の決断は、17日に首相周辺と知事とで即座確定だと思いますね。3日も伸びたのはむしろ補償の問題の方でしょう。ワクチンプレゼンなんか2時間くらいで終わるでしょう。先に書いた通り、今より悪くなる可能性が低いなら、打たない手は無い。

 

5/14の財産権は、赤松が一定区域内殺処分の『責任を取りたくない』保身にしか思えません。5/17トップが変わってからは、現行法で対処出来るのではないか?など言ってることからも。

少なくとも、5月上旬からワクチンを考えていたと言うのは、内閣知事言葉などを見ていても、想像出来ない。

 

二つ目

http://anond.hatelabo.jp/20100522181804

あのな、現実見ようぜ。あのヘタレ赤松のどこにそんな胆力があるんだよ。

この言葉

http://anond.hatelabo.jp/20100522110418

というのを踏まえて、「ふざけんなハゲ。ふざけんな江藤。既に最初から広がりまくってんだろ。広がりまくってる前提でやらないなら決定権剥奪すんぞ」と言わなかったのは政府の不作為で間違いない。

これを後押ししますね。10万頭出る確定を4/23に理解しておきながら、現場をほっとくと言う。

やっぱり政府の不作為だと言う指摘は別に間違えていないですね。

http://anond.hatelabo.jp/20100522110418

でもそれを宮崎県自民党が不作為と批判するのはおかしいだろう。「馬鹿な俺らの話を聞いたのが悪い」と言ってるに等しい。

3/26の初期症状から口蹄疫を疑う事は難しいと専門家が言っていますね。

http://www.asahi.com/national/update/0519/TKY201005180565.html

 宮崎県口蹄疫感染の疑われる牛が確認されるまで何があったのか。関係者の話から再現する。

 宮崎県都農(つの)町。3月下旬、ある農場で水牛が下痢になった。モッツァレラチーズを作るために飼われていた42頭のうちの1頭。往診した獣医師は、31日に県の宮崎家畜保健衛生所に届け出た。

 県も立ち入り検査したが、口蹄疫にみられる口の中や蹄(ひづめ)の水疱(すいほう)、よだれがない。便なども検査したが、下痢の原因となる菌やウイルスが見つからず、結論が出ないまま下痢は治まった。

 これが最初の異変だった。

 この農場から南に約600メートル離れた別の農家で、次の異変が起きた。

 「口の中に軽い潰瘍(かいよう)のある牛がいる」。4月9日、衛生所に別の獣医師から連絡があった。2日前に往診したところ、1頭の牛が前夜から発熱し食欲がなく、口からわずかによだれがあったのだという。

 県の口蹄疫防疫マニュアルでは「(口の中の)水疱は発病後6~8時間以内に現れ、通常24時間以内に破裂する」と記載されている。

 9日の往診で、口の中に直径3ミリほどの潰瘍は見つかった。しかし水疱ではなく、かさぶたのような状態。すでに発熱から4日がたつ。仮に口蹄疫なら、水疱や激しいよだれが見られるはずだ。

 獣医師から相談を受けた衛生所は農場内のすべての牛を調べたが、口蹄疫の可能性は低いと判断した。発熱は1日でおさまっていた。

 口蹄疫ウイルス潜伏期間は、牛の場合で約1週間。獣医師は12日まで毎日往診したが、異常のある牛は見つからなかった。

 獣医師は振り返る。「教科書通りの口蹄疫とは異なる初期症状。まったく想定しなかったわけではないが、この症状からは診断できなかった」

 4月16日夕、別の2頭に同じような症状が見つかった。最初の牛の隣にいた牛で、何らかのウイルスによる感染と考えられた。この段階で最初の牛はほぼ完治していた。翌日、衛生所が改めて立ち入り検査し、感染症の鑑定を行ったが、19日までに出た結果は陰性だった。

 ただ衛生所は19日、念のために検体を国の動物衛生研究所(動衛研)海外研究施設(東京都小平市)に送った。このとき初めて、県は国と連絡を取った。20日早朝、口蹄疫の陽性反応が出た。

4/20以前については、県にも国にも責任は無い。だからこそこの疫病は天災と言うしかない。

そして宮崎は4/20から国に助けを要請していました。

政府は4/23に10万頭パンデミック確定を理解していた」と言う前提の話なのですから、そして「政府は5/17までほとんど動いていない」のですから、宮崎自民党が不作為を指摘する事もおかしく無いですね。

2010-03-14

http://anond.hatelabo.jp/20100313232240

相手がどんな人かにもよるんだろうけど、

要はスペアなんだよね。本命には相手にされないから増田で我慢するかなぁって。

それも即断できない程度の順位の低さ。

それでもいいの?

まあ、モノにしたいなんて言ってるところを見ると、いいんだろうねぇ。

近い将来、「あの人、本当は私のことなんて好きじゃなかったんだわ!」って

悲劇のヒロインぶることがなければいいんじゃないかな。

2010-03-11

http://www.asahi.com/politics/update/0311/TKY201003110414_01.html

さらに言えば、民主主義も揺らぎだ 11日の鳩山首相

政権発足半年

 ――半年たって、ご自分で変わったところ、変わらないところ、どこだと思うか。

 「自分で、変わったところですか」

 ――自分で診断してみて。

 「それは、かなり決断というものがですね、意思決定というものが求められる時が多いと、また、今まで私は野党に多くおりましたから、野党時代に比べてやはり、意思決定におけるこの、その責任感の大きさというものを強く感じるようになりました。それに対してのやはり、その重要さというもの、即断がかなり求められるということも含めてですね、変わらなきゃいかんなと思っていますし、徐々に自分自身が変わりつつあるなとそのように実感します」

 ――野党時代に比べてだいぶ、重いですか。なんつうか、責任というか。

 「責任はやはり重いですよね。その重さは感じています」

 ――想像されていた以上のものですか。

 「はあ、あまり想像もしていなかったものですから、しかし想像以上のものだと、そのようには感じています」

 (秘書官「ありがとうございました。最後一問!」)

 【揺らぎ】

 ――総理は民主党代表だった1997年ごろ講演などで「民主主義本質は揺らぎ」とおしゃった。国民の声を取り入れて主義主張が変化することがあるという考えを示していたということだが、総理は今でも民主主義本質はゆらぎだと思うか。

 「物質本質が揺らぎなんですよね。そういう意味で、あらゆるこの地球も、とか宇宙というものの本質は揺らぎだという風に思っています。で、人の心もあるいは、人間そのものもですね、さらに言えば民主主義自体も揺らぎだと。一つのものにすべてが、何か核心的に決まっているということではなくて、ある意味民主主義というのは多くの皆さま方の意見を聞かせていただきながら、その思いを大事にしていくという過程の中で、揺らぎ、全く人の意見を聞かなければ揺らがないかもしれませんが、いろんな意見を聞きながら、そしてその揺らぎの中で本質を見極めていくというのが宇宙の真理ではないかなとそのように思っていたわけで、そのことを申し上げた時期があるということであります」

 (秘書官「終わります。後、外交日程ありますので」)

 ――今ではどうですか。

 「今でもその揺らぎの本質事実だと思いますよ」

こいつ政治家じゃなくて宗教家やりゃいいのにな。カネもあるんだし。

2009-12-27

サイバー経営企画マネージャーになるまで。そして紆余曲折あって

中学日本バブル最絶頂期。テレビに映る大学生社会人世界はそれはそれは華やか。俺もいつかあんな風に遊ぶんだ、と思いつつ田舎の市立中学に通う。高校受験に必要(内申書云々)という理由で、やりたくもない運動部で日々を無為に過ごす。

高校:地元の県立高校に進学。どうやら絶好調だった日本経済に陰りが見えてきたらしい。一応進学校だが田舎なのでのんびりしている奴が多い。適当勉強しつつ、適当部活に精を出す。部活が義務でなくなる(大学受験には内申書は関係ないらしい)と不思議部活で汗を流すのが楽しくなる。そういえば、中学高校と女に縁がない。童貞

大学:親がブルーカラー家計に余裕もないので、浪人せずに入学できるところを選んだ。一度、東京に出てみたくて、地元国立ではなくて東京の私立にした。その選択を許してくれた両親に感謝。世間では、阪神大震災オウム事件と暗い雰囲気が漂い始めた。Windows95が発売されたが一度も触ることがなかった。大学に入学するとすぐに彼女ができた。非コミュの俺になんという奇跡大学ではなんかめちゃくちゃ勉強をした。

就活日本経済どん底。山一証券拓銀破綻した。金融恐慌の一歩手前。MARCH就職先なんてロクなもんじゃなかった。同級生たちも皆が微妙企業就職していった。俺たちは後にロスジェネ世代と呼ばれるようになる。俺はといえばイマイチ無名な外資に滑り込む。大学勉強に励んでいたのが役に立ったらしい。

社会人1年目:最初の配属先の上司リア充全快のコミュ力抜群の人だった。が、人を育てたり指導するのが下手な人だった。おかげで、なかなか仕事を覚えられずに苦労した。このころの人事評価は同期の中でも最下位を争っていたのではないかと思う。現実逃避のために、先輩たちに連れられて毎日飲んでばかりいたような記憶がある。この最初の上司のことは、後に反面教師として意識するようになった。

ネット現実逃避仕事イマイチ不完全燃焼だったころ、PCを買った。Pen2、64MBメモリ、6GBHDD。テレホタイムアナログモデム接続し朝までLoopitでチャット。翌日は寝不足仕事に力が入らない。東芝事件が起こり、2ちゃんねる発見する。ますますネットにはまった。

部署異動:異動先のボス体育会系で面倒見がよかった。細かいところまで指導はしてくれないけど、仕事を丸投げして任せ切ること、部下のモチベーションを高めること、組織を動かすことがうまい人だった。ここでの数年間は貴重だった。次々とふってくる重い仕事をこなすうちに仕事が楽しくなり自信もついてきた。気が付いたら人事評価も同期の中でトップの方までのぼっていた。世間ではネットベンチャーブーム。IPOブームが盛り上がっている。そして、日韓W杯が開催されるよりもずいぶん前にネットバブルがはじけた。失われた10年という言葉流行っていた。このころ付き合っていた彼女結婚

転職:より広い裁量と成長機会を求めてベンチャー転職ストックオプションで一攫千金という下心も。社長とは微妙にウマが合わなかったが、毎年2ケタ成長する売上、どんどん大きくなる組織ビジネスのダイナミズムを間近で感じられる環境に満足していた。とにかくひたすらに働いた。毎晩タクシー帰り、休日も出勤した。会社はいつの間にかIPOを果たしたがストックオプションは大した財産にはならなかった。ライブドア堀江さんが時の人となり第二次ネットバブルが盛り上がっていた。小泉竹中路線で景況感は良かったような気がする。このころ部下の女の子(といっても同い年)に手を出してお互いにラリラリ状態。今考えると社内でもバレていたかもしれない。不倫が妻にばれてプライベートはプチ修羅場。部下の子は会社を辞めた。何をしてもこの罪を償うことはできないと思う。この後、真人間になり部下達の育成に力を注いだ。最初の上司反面教師だった。このころの部下たちは今でも俺を慕ってくれている(と信じたい。)

退職社長意見が合わないことが我慢できなくなり退職することにした。全てのリスクを背負って世間と向き合っているのは彼なのだから、あの会社は彼のやりたいように運営すればいい。意見が合わない以上、引くのは俺だ。ていうか、俺の存在なんか社外では全く無名、社内でも歯車の一つに過ぎない。この後、今に至るまでこの社長は俺にとって反面教師として心の中で大きなウェイトを占めている。株は最後まで大した財産にはならなかったがコツコツためてきた貯金があるので節約すれば夫婦2人で2年くらいは暮らせそうだった。次の仕事のあてもないままに会社を辞めてしまった。なんかアメリカサブプライムローンというのが問題になっているらしい。評論家サブプライムローンの残高は少ないので世界経済に与える影響は限定的とか言ってる。

フリーランス:もともと非コミュで友人知人が少なく、人脈と言えるようなものもなかったが、何人か仕事を回してくれる人がいた。1案件いくら、という感じで個人事業主として仕事をこなしながらお金を稼いだ。報酬は、仕事を回してくれる人がピンハネ済みだが、こんな俺に声をかけてくれることにとても感謝していた。そして毎回、全力で仕事をこなしていき、仕事をくれる人の期待に応えようとがんばった。リーマンブラザーズが破綻したらしい。年越派遣村ニュースには共感も反感も感じなかった。年が明けて所得税計算すると、サラリーマン時代に比べ収入(額面)は倍近く、税金は倍どころじゃない。事業税って何?住民税が2つあるの?国民健康保険高すぎ。上場企業正社員という安定的な地位を捨てたのだから、将来への備えは自分で何とかしなければならない。麻生総理を攻撃するマスゴミとピントのずれた正義を振りまく鳩山邦夫に、日本はもう駄目かもねとかオヤジさいことを考えるようになっていた。ていうか俺もう33か、立派なオジサンだし将来への希望も見いだせなくなってきた。

再就職:昔、一度誘ってくれた中小企業社長がまた誘ってくれた。商売上手なところ、コンプラ意識が強いところ、人の感情に配慮しながら上手に組織を動かせるところが、前のベンチャー社長とは正反対な人なので、ほとんど迷わなかった。ほぼ即断で、その人のお世話になることにした。その会社個人事業主的なメンタリティの人が多く、商売に対して貪欲な人が多い。世間の常識を疑い果敢にビジネスチャンスを切り開こうとする。一方で吹けば飛ぶような存在なので自分たちを一瞬で破滅させかねないコンプラリスクには皆敏感でグレーなことには手を出さない。こんなに前向きに清々しい気分で働ける職場は初めてだ。こんな環境をもたらしてくれた社長感謝。ここに居続けるためには俺も商売人にならなくては。民主党政権を取った。来年の納税額は3百万円を超えそうだが、子供がいない我が家には何の恩恵も無さそうだ。自民党政権のままで緩慢な衰退を迎えるよりは、民主党が急激に破滅させた方が日本の立ち直りは早いかもしれないと思う今日この頃

年の瀬にこの20年余を思い出しながら書いてみた。

2009-11-14

[blog][music]学校で教えてくれない、芸術を評価するための6つの視点

http://d.hatena.ne.jp/showgotch/20091025/1256479650

はてブクマしてほっといたがコメントを後から読んでみた感想増田に書きますよ。

あ、先に断っとくとブログ主じゃないですよ。

主さんの考え方とはおそらく明らかに違うことをざっと書きますので。

さて、センス至上主義の人たちってのはことごとく残念な方が多いですね。

僕も頭は悪いけど、どんなことでも自前で考えることを辞めてはいませんから、

この人たちと比べりゃ少しはマシかなと思っています。

なぜマシかな?と思っているかを書きましょう。

芸術に限らず物事を見るっていう行為には、必ず束縛されるものがあります。

物事を見るヤツの脳みそです。

脳みそ(全身の神経、肉体を含んでもいいです)にはそいつが生きてきたあらゆる経験が蓄積されています。

全部喋るワケにはいかないので、芸術鑑賞に限りますが、

鑑賞するにも当然経験というものが大きなファクターを占めることになります。

生来のセンス、なんてものはここでは殆ど意味を成しません。

というか、芸術における生来のセンスなんてものは人間には備わっていません。

しいて言えば、生まれた環境、育った社会で目にし耳にしてきた事、この蓄積が異なるくらいでしょうか。

ですが、肉体の素質の差というのは、確実にあります。

有名な話ですがピカソは10歳ごろには既にものすごく達者な写実絵を描かれていたそうです。

そんなに幼いころにすばらしい絵を書けたという事はものすごいセンスの持ち主ということじゃないか!と言われるかもしれませんが

残念ながら全くの早とちりから来る誤りです。

写実絵というものは、インプットアウトプットの精度の問題であり、センス云々は全く関係しない分野なのです。

つまるところ、肉体性能…筋力とかじゃないですよ。この場合は目の力、空間把握能力、そして手の器用さです。

これが達者だったからピカソは幼くしてすばらしい絵がかけたんですね。

あ、こういうとまた文句を言うヤツが出ますね。

写実絵というのもセンスは必要ですよ。

構図のとり方、ライティング、描くものの配置など、考えなければならないことはたくさんあります。

ま、これはセンス至上主義者、才能至上主義者信仰するような

生まれ持ってのセンスなどではなく(そもそもそんなものは存在しないといいましたね)、蓄積されたセンスですがね。

ピカソの絵はルールを破っているということを理解できてはじめて意味がある。守破離と言うヤツですね。

ルールが無いヤツは最初から型破りなんて出来ないんです。ルールが先にあってこそ、型破りを実行することが出来る。

美においてルールとは、観察と経験の蓄積と人間の肉体感覚によってのみ規定されるものなのです。

かつては文化圏文明圏ごとに感覚が分かれていましたが、ネットによってある程度統一化されてきているなぁと感じます(脱線)。

精巧な写実絵を幼くして書くことが出来たピカソは、それまでの画法と異なる彼独自の画法で表現を行っていく道を行った。

何故かと言えば、それが彼が伝えたいことを彼が伝えたい人に一番伝わる方法だとピカソが結論したからでしょう。

優秀な表現者というものは、ここでは芸術家のみの例を挙げていますが、文筆家にしろ、技術者にしろ、あるいは一個人でも同じですが、

自分が伝えたいことが自分が伝えたい相手に、どうすれば伝わるのかを常に考えているはずなのです。

純粋芸術なら、当然、芸術家本人が持つ問題意識(単純に環境破壊とかそういうものでなく、

赤ちゃんをどうやって可愛く描くか」のようなライフワーク的なものも考えられますね)からなるテーマがあり、

それに対する回答が作品となるでしょう。受け手は問題意識を理解してほしい鑑賞者であり、作者自身でもあります。

商用芸術では昨今では仔細なマーケティングが行われていることは周知の通りです。

それがたとえアウトサイダーアートだとしても、自覚的に商売としてやるのであれば

自分が何をしているのか、自分はそれをどうしたいのか、どう売り込みたいのか、考えているはずです。

それが理解されるかどうかは別として、自分が伝えたいことを自分で明確に出来ない芸術家は大成するはずがありません。

伝わるアテの無いものを創ることは幼い子供や、本当の趣味人に与えられた特権と言えるでしょう。

「そんなこと一切考えて物を作ったことなんて無いけど芸術で暮らしていけているよ!」という方は

きっとダウンタウン松本氏における浜田氏の様な素晴らしい相方と出会えたのですね。おめでとうございます。

さて、問題は伝わる方です。

自分の見たことの無いものを鑑賞するとき、人はどうするでしょうか?

生来のセンスがあれば、ちゃんとした評価が下せるのでしょうか?

それとも、間違っていてもセンスで感じたことが正しいのだと言い切れるのでしょうか?

順を追って考えれば、殆どがまずそのものをちゃんと見ようとするはずで、

目にした瞬間エレクトリックサンダーが全身に走るような至福の体験を得るなどということはありえないはずです。

人間なんてもんの見た瞬間に出る感情は、自分がそれまでに見てきたものから割り出すように出来ているんです。

人は完全にわからないものと触れる時、評価を下すには多少の時間を要するのです。

生来のセンスなるものがあるなら、そんな時間は必要ないでしょう。何も考えずその場でパッと決めてしまえばいいのです。ゲド戦記はクソ、とか。

ま、ゴッホみたいに死ぬまで放置されてから評価される画家もいますから、そんなヤツはセンス0の大馬鹿者であると断じてしまえるわけですが。

ちょっと古いですが、アイフォーンをはじめてみたとき、

「ああ、ついに完全タッチパネル携帯が発売されるのだな。人類革新だ」って思った人は先に記事を読んでる人だけで、

そうでない人は「キーパッドないの?」「液晶DEKEEEEEEEEE」「なにこの□」のように、

見た目からはこれまでの携帯とは形が違うから、どういうものなのかを判断しようとしたと思います。

芸術だって同じです。見たことが無いような作品、バックグラウンドがわからない作品を理解することは出来ないのです。

ゲルニカを最初に見た時、僕はこの絵が壁画として作成されていることがわかりませんでした。

あと感じたことは、「ちょ先生教科書に微グロ入ってるんですけどこれ」くらいのもんです。

だってなんか変な生き物が人を食んでいるんですから。

戦争の絵って言われても戦争まんがははだしのゲンしか知らない僕からしても大いに差があり(だって人間しか出て無いですからゲンは)、

戦争関係なくね?マジキチ」としか考えられなかったことを思い出します。

今ではこの絵がどういう背景で、どういう意図を持ってかかれたものかわかります。

だから、あの大きな絵に描かれた一つ一つの人物、動物にどんな意図があるのか、

それがピカソという偉大な画家の考えと一致するかはわかりませんが、僕なりに思いをはせることは出来ます。

即断即決で評価を下す必要なんて無いのです。時間がたてばわかることだってあります。それが蓄積されたセンスの成長なのです。

一つの作品を前に、作者とその時代、昔の自分、今の自分、そして作品そのものと触れ合う体験が出来るのが芸術鑑賞なのです。

同じような体験として、聴かなくなった音楽を久々に聴いたときの感覚があるでしょうね。

卑近な例で示したとおり、自分自身というものは変らないように思えて、

仕事学校人間関係を経ることで常に変化しているものなのです。

センスなんて言葉確信的に使ってはいけない理由はこの一点なのです。

使っても問題ないのは人を褒めるときくらいでしょう。それ以外の場面では、使わない方がいい。

人間のセンスはある程度のブレ幅までは抑えられるが、完全に固定できない。

それなのに、センスなどという曖昧模糊なもののみを後ろ盾にし、

他に根拠の無い好き嫌いを強弁するなどという子供じみたマネは

魔術的盲目さすら感じる薄ら寒い行為と断じるほか無いのです。

それとも、共感できれば、自分が根拠なく、しかし好きだ、正しいとは感じることが出来ればそれでいいのでしょうか?

僕はそうは思わない。

勿論経験によるセンスは人それぞれなんで、好き嫌いはあります。

見たものをそのまま感じ取ってそれがよい体験となる芸術作品もたくさんあります。

ですが、感情にそのまま訴えかける芸術というものは、やもすれば危険物にすらなりうる可能性を捨ててかかってはいけないのです。

人類歴史は、いかに肉体欲求をコントロールしてきたかの歴史でもあるわけです。

人間のしくみが生命機械であるとわかっている以上、感情もまた肉体欲求の一つです。つまり、制御出来うるのです。

オカルトなんかじゃありません。

あなたがメディアを通してあなた自身とかかわりの無い人間に対してどれほど多くの感情をもっているかを想像してみれば、わかるはずです。

MMRに書いてあったサブリミナルみたいなヨタなんてメじゃない恐ろしさです。

で、メディア芸術の違いは、僕からみれば非常に曖昧です。

出自や成り立ちは芸術大学なんて出てませんから知りませんし、教養も無いからわかりませんが、

聴覚(場合によっては他の感覚)を通して物事を伝え、感情を伝えるという共通点があります。

もしあなたがメディアになにかしらの違和感を感じ、それが問題であると考えるのであれば、

芸術に触れた違和感を感じたら時にも問題意識を持たないといけません。

あなたの友達がそう訴えてきたら、ちゃんと話を聞いてあげないといけません。

(ま、友達の感じたことも受け入れられないのであれば芸術鑑賞そのものの否定をしていることと同じと言えなくも無いですが)

そんな窮屈な思いはしたくないと言うなら、好き嫌いすら語らないことです。

それならセンスが似たもの同士で集まればいいじゃないかと思われるかもしれません。

それが良くないとは思いませんが、しかしその集団に居続け他の意見を聞かないことは、

徐々に感覚麻痺させ自分たち以外の感覚への無理解をはぐくみ、閉塞へ向かって突っ走ってるだけであり、

スイーツ(笑)」やらなにやら言って喜ぶ人間に成り下がるだけのよろしくない行為と言えましょう。

現に今の社会は閉塞したコミュニティの複号体になってしまっており、

その要因の一つが芸術メディアの受け取り方だとすれば、

表現という形でコミュニケーションを図る物自体の存在意義が変化していることの表れなんでしょうか。

(テレビみねー、ゲームとか興味ねぇ、美術館とかブルジョアか!などいろんな派閥がいるでしょうな)

その変化が感覚や感情のような曖昧でふわふわしていると思われているものに密着しているなら、危惧すべきことだと思います。

なんかとっちらかっちゃいましたが、つまるところ、

センス至上主義者は考え直せ、頭を使え、鑑賞してる時の楽しみ方に文句をつける気は無いから。

と、言いたいわけです。

僕としては、こんなクソ長くクソ面白くもなく他人人を完全に否定するようなシャドーボクシング的文章を最後まで読んでくれたあなたが

自分の考えもオンリーワン世界に一つだから思想修正主義絶対反対とか言いながら

芸術作品に対して自分の考えのみを誇示し続け、異論をことごとく無視し自分と同じセンスの持ち主だけで結託して外に出ない、

あるいは自分と異なるセンスは認めず叩き潰すことに快感を覚えるようなサイコパスでないことを祈るばかりです。

だって、芸術の感じ方なんて、人それぞれでしょう?

2009-09-21

カーシェア出店するなら、23区内徒歩圏じゃなく、都外バス便エリア

自宅近辺でオリックスプチレンタに続き、

タイムズ24系列になったマツダカーシェアが進出した。

マツダカーシェアリング東京進出記念と銘打って、

月額基本料を年内無料にするキャンペーンを行っている(ICカード作成代はかかる)

ので、申し込んでみた。

で、今回の「5連休」であるが、自宅から100~200mの2拠点にある

クルマデミオムーブ)は、2拠点×2車種=4台全て「満車」であり、

400mほど離れた拠点のクルマなら空いているようである。

なので、この5連休だけで即断するのは難しいが、

「使いたいときに使えないこともある」とはいえそうである。

ただし、これはカーシェアリングに限ったことではなく、

レンタカーも週末になると、「軽・コンパクトカー」の予約は難しい。

で、自宅から400mの拠点でカーシェアした場合、朝8時から深夜12時まで

16時間カーシェアすると、1時間800円だから、計12,800円!!

レンタカーの「軽・コンパクト」24時間レンタルより高いのはいかがなものか?

実際には、レンタカーの「軽・コンパクト」は週末に予約するのは難しく、

空いているのはクラウンとかの「高級車種」なので、それを24時間レンタルすると

2万円程度するだろうから、「それより安いから我慢しろ」ということなのか?

素人考えであるが、カーシェアリングは「無人管理」「給油等も客任せ」なのであるから、

有人拠点のレンタカーと比較しても、12時間利用・24時間利用とかで「安くなって」当たり前である。

しかも、レンタカーのように「乗り捨て」ができないのだから、尚更である。

オリックスプチレンタ」やマツダのカーシェアが進出しているのは、東京なら23区内とか

大阪市内とか、いわゆる「駅徒歩圏内」である。

これは戦略として「どうなんだろう?」と思う。

小生の居住地とかであれば、徒歩圏内にJR駅も私鉄駅も地下鉄駅もあるのであり、

そういう環境下において「3時間程度クルマを使う」という環境を、想像できない。

今のカーシェアは「2~3時間程度の利用なら、レンタカーよりオトク」としているが、

オリックスとかマツダが集中出店している世田谷区とかの区部で、そのような需要が果たしてあるのか?

自分に置き直して考えても、「スーパーへの買い物」は徒歩圏内でできるのでクルマは使わない。

よくパンフにある「幼稚園の送り迎え」であるが、幼稚園は徒歩1分だ。

(これは小生のケースが例外なのかもしれないが)

強いて言えば、家族が突発的に大病院入院した際の通院の「足」だろうか?

これだって、都内では大病院といえども駐車場は有料になるので、カーシェア代+駐車場代よりは、

駐車場代不要なタクシー利用の方が合理的である。

結局、23区内の、駅徒歩圏に住んでいる人が「クルマを使うシーン」というのは、

土日の「家族サービス」(例:高速で箱根まで日帰り)以外にありえないのだが、

この場合は「利用時間は12時間は超える」ため、

「軽・コンパクトが借りられる場合は」レンタカーの方が合理的になる。

まあ、カーシェアの「メリット」としては、「駅徒歩10分のような立地に出ている」ので、

レンタカーの拠点(都内では駅前が多い)に行くより「手間がかからない」という点程度だろうか?

しかし、もう少し郊外、例えば三鷹市とか府中市に行けば、「駅からバス便」という立地が、結構ある。

このような立地の場合、「雨が降ったから、府中駅まで迎えに来て」とか

「娘が夜遅くなったから、武蔵境駅まで迎えに来て」というような「2時間程度の需要」が

ゴロゴロしている。

なので、オリックスとかマツダは、本来なら、このような「23区外バス便エリア」にこそ

拠点網を増やすべきだと思うのだが。

追記:カーシェアの隠れたメリット

まあこれはメリットといえるかどうか、という気もしているが、誰も書かないので。

「24時間出し入れ自由」

トヨタレンタカーとかオリックスレンタカーの場合、「朝8時から夜8時(又は10時)」という

営業形態が非常に多く、その場合は、

「朝早く(7時)に都内を出発して、遊んで晩御飯たべて、夜遅く(23時)に都内に帰着する」

ということができない。

ニッポンレンタカーは24時間営業の拠点が多いので、その点重宝するのではあるが・・・

2009-08-09

http://anond.hatelabo.jp/20090809180318

http://anond.hatelabo.jp/20090809160706増田です。

元増田の中で決着がついたようで良かったです。

多少の助けになれたみたいでちょっとうれしいっす。

とはいえ。トラバ先を読むまで

病気で入退院繰り返してる」という可能性へ思い至りませんでした。

ひきこもりニートとまではいかずとも、

なにがしか人生に躓いてしまったお兄さんなのだろうと

すっかり思い込んでいました……。

しかしその前提を知っていたとしても件のレスで述べた内容は変わらなかったはずです。

例えば恋愛が無くても友人がいなくても、

それを実りの無い人生だと即断する事は誰にも出来ないと思います。

他ならぬ本人で有ったとしても。

とりあえず元増田自分幸せのために、

これからも邁進して行くのが一番いい、

というか無理のない方向性かなあ、ってことは強く思います。

2009-08-07

2択系

http://anond.hatelabo.jp/20090807091544

2. Which is worse, failing or never trying?

* (失敗するのと、やらないの。ダメなのはどっち?)

3. If life is so short, why do we do so many things we don’t like and like so many things we don’t do?

* (人生がそんなに短いんだとしたら、やりたくないことばかりして、やりたいのにやらないことがこんなに多い必要ってあると思う?)

4. When it’s all said and done, will you have said more than you’ve done?

* (すべて終えて振り返ったときに、やったことよりも、言ったことのほうが多くなってるって思う?)

7. Are you doing what you believe in, or are you settling for what you are doing?

* (あなたは今本当にやりたいことをしてる?それとも、今やっていることに落ち着いてるだけ?)

10. Are you more worried about doing things right, or doing the right things?

* (物事をちゃんとやるのと、正しいことをするのと、あなたにとってどっちがより大切?)

13. Would you break the law to save a loved one?

* (あなたは愛する人を救うために法律を犯すと思う?)

14. Have you ever seen insanity where you later saw creativity?

* (最初に見たときはクレイジーだ!と思ったことが、後になってみたらクリエイティブだ!と思うようなことってない?)

18. Are you holding onto something you need to let go of?

* (忘れないといけないもの、手放さないといけないものなのに、いつまでも持ってるものってない?)

20. Do you push the elevator button more than once? Do you really believe it makes the elevator faster?

* (エレベーターボタンを一回以上押すことある?それでエレベーターが早くなると思う?)

21. Would you rather be a worried genius or a joyful simpleton?

* (悩み多き天才と、単純でハッピーな人。どっちになりたい?)

23. Have you been the kind of friend you want as a friend?

* (あなたが友達になりたいような友達に、あなた自身がなったことある?)

24. Which is worse, when a good friend moves away, or losing touch with a good friend who lives right near you?

* (仲の良い友人が遠くへ行ってしまうのと、仲の良い友人が近くにいるのに疎遠になるのと、どっちが悲しい?)

26. Would you rather lose all of your old memories, or never be able to make new ones?

* (昔の記憶の全部が無くなってしまうのと、新しい思い出が作れないのと、どっちを選ぶ?)

27. Is it possible to know the truth without challenging it first?

* (やってみもしないで、ホントはどうかなんて、わからなくない?)

28. Has your greatest fear ever come true?

* (最も恐れていることが、ほんとに起こってしまったことってある?)

29. Do you remember that time 5 years ago when you were extremely upset? Does it really matter now?

* (5年前とかに、ものすごく腹が立ったことって何か覚えてる?それって、今も大切なこと?)

34. Have you ever been with someone, said nothing, and walked away feeling like you just had the best conversation ever?

* (かつて出会った人で、言葉を交わす機会はなかったけど、最高の会話をしたみたいに感じた人っていなかった?)

36. Is it possible to know, without a doubt, what is good and what is evil?

* (一片の迷いもなく、善悪を判断することってできる?)

37. If you just won a million dollars, would you quit your job?

* (一億円の宝くじが当たったら、仕事をやめたいと思う?)

38. Would you rather have less work to do, or more work you actually enjoy doing?

* (仕事の量を減らすのと、楽しい仕事をもっとやるのと、どっちを選ぶ?)

39. Do you feel like you’ve lived this day a hundred times before?

* (今日という日を、もう何回も繰り返してるみたく感じたことってない?)

42. Would you be willing to reduce your life expectancy by 10 years to become extremely attractive or famous?

* (ものすごく有名か、ものすごく魅力的な人になれるとしたら、寿命を10年縮めてでもなりたいと思う?)

ややこしい答えが必要なのは除いた。「何?」とか「いつ?」ってのは答えづらいけど「どっち?」なら即断可能かな?って。

翻訳ちょっと違和感あった。

2009-07-24

自信が持てない奴は凡人、計画性のある奴は変態

中学校高校大学・・。将来はどんな職に就きたいか、どんな事をしたいか、ちゃんと考えている奴なんて稀だ。大学院ですらそんな奴がいるかどうか怪しい。

「そうしなければならない」という状況や、周囲の人が「当たり前のようにそうしている」という環境にいる人が、そういう人生を歩んでいるだけだと思う。

本当に、個人的なやる気によって自分自身のスキルアップキャリアパスデザインするような奴は、結果として優秀な人物だ。

凡人は、就職活動をし始めた冬とか春になってから、「俺は何をしたいのか?」と初めて自問自答する。普段の生活は、眠かったら寝る、腹が減ったら飯を食べる。遊ぶのが面白かったら明日も遊びたい。嫌な事があったら逃げ出したい。遊ぶためにバイトするかもしれないけど、1ヶ月もしくは数ヶ月先のことのためがほとんど。

日常的な物事は、「やりたくても出来ない事」と「出来るけどしたくない事」のどちらかがほとんど。

  • 「やりたくても出来ない事」に取りかかろうとして自信が持てずに、鬱になる。
  • 「出来るけどしたくない事」ばかりで嫌になり、鬱になる。

毎日どこか妥協することの連続だ。一日に本当に集中出来る時間はせいぜい3〜4時間程度。他は、考えなくても出来るようなルーチンワークのような事務作業だったり、ぼーっとしたりしかしていない。

人間ってもっと合理的な行動をしているはずだと思ってた。実際はもっと動物的で、その場その場の本能みたいなものに突き動かされているだけじゃないか。

でも合理的な事ばかりしている奴がいたら機械みたいな奴だ。自分利益がないことはしない。工場ロボットアームのように無駄な動きがない。

「どのようにしたらうまくいくか」という情報があふれている現代においては、「失敗しないこと」「正しい選択をすること」「即断すること」「後悔しないこと」「回り道をしないこと」「結果を出すこと」が過度に重視され、本人自身が試行錯誤をしながらゆっくり「経験」することを許してもらえない風潮があります。

「どのようにしたらうまくいくか」という情報を基に計画を立てるのが当たり前の世の中かもしれない。それでも上手くいかなくて泣いたり、上手くいきすぎて笑ったり、計画通りにいかないところに「その人らしさ」が出てくる。

仕事が上手くいかずに悩んでも、

  • 「なんだみんなと同じ凡人なだけか」
  • 「あぁ、これが俺らしいところか」

こんな風に思って、出来る事を淡々とこなしていくしかない。

  • たまに面白いこともあるし」


24歳にもなってやっと気がついた。

2009-06-27

なぜゲルマニウムブレスレットNGでも護符は良いのか

 「体に良いとうたうゲルマニウム使用ブレスレット(商品テスト結果)_国民生活センター」のブックマーク

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.kokusen.go.jp/test/data/s_test/n-20090625_1.html

 で、id:guldeenさんが「ニセ科学が止まらない理由の一つに「儲かってるんだからいいじゃん」というのがある。たしかに規制を厳しくしすぎると、正月神社仏閣での「護符」の販売に支障をきたすので、サジ加減は難しい。だがこれは…。」と書かれていて、ブクマ自分も書こうとしたのですが、長くなりそうなのでこの場をお借りします。よしこです。

 他にも護符に言及されている方がいましたが、おそらくこのブレスレットを批判されている方のほとんどは、護符については規制すべきではない、と思っておられるでしょう。わたしも直観的にはそう感じます。

 しかし、そもそも「ゲルマニウムブレスレットダメだけれど、護符なら良い」という線はどこから来るのでしょう。

 「ゲルマニウムブレスレット(あるいはマイナスイオンでも何でもいい)は『科学的根拠』を謳っているから、その虚偽性が問題である」というのも一つの答えでしょう。

 しかし、たとえばどこかのカルト宗教が「ありがたい壺」を売りつけているとしたら、おそらく彼らは「科学」は持ち出さず「祖先呪い」とかそういうお話をしていることでしょう。これについても、ゲルマニウム批判者の多くは憤りを覚えると思います。わたしもそうです。

 ゲルマニウム問題と壺問題は、別問題なのでしょうか。つまり「ニセ科学」と「カルト宗教」という、別々のお話で、絡めるべきではないのでしょうか。そうかもしれません。

 それでも、これらの中で、護符だけが免罪符をもらっているのは、不思議な気がします(護符が免罪符って一体・・)。

 護符を信じているがゆえの宗教バイアス? いや、まったくそうではないでしょう。本気で信じている人も世の中には沢山いらっしゃいますが、ゲルマニウム批判者でかつ護符擁護者の多くは、護符の効果を本気で信じたりはまずしていないでしょう。

 だとしたら、護符には十分な歴史があり、既に文化・伝統の一部となっているからでしょうか。これは比較的妥当な説明に見えますが、何かお茶を濁しているような印象がある。大体、「文化の一部」って何でしょう。第一にどこまで行ったら「文化の一部」なのかよくわからないし、第二に「文化」だとなぜ良いのか、第三にそもそも「文化」って何やねん、とイカガワシイポイントが沢山あります。

 とりあえず、現状として、ゲルマニウム問題を批判できる程度には「合理的精神」を植え付けられた人々の多くは、「護符はインチキだ! 規制すべきだ!」と言われていたら「何を言ってるねんアホか」とツッコめる。これは非常に微妙な判断のはずで、もしかするとこの判断は正しく見えて単なるバイアスかもしれないのですが、そこは問われることがない。もし護符を売っているのがカルト宗教だったら、同じように養護はしないでしょう。いや、これも微妙ですね。もしカルト宗教が300円くらいで護符を売っていたら、そんなに怒らないかもしれない。少なくともわたしはそんなに怒らない。値段の問題なのでしょうか(笑)

 早急に結論を出そう、というつもりもないし、世の中というより自分自身の感じ方について好奇心を持っているのですが、ざっと見ただけでも、

①「科学」を称することの問題(科学とは何か、という科学哲学的問題は一旦保留します)

②営業手法の問題

③値段の付け方の問題

 が混ざっているように見えます。他にもあるでしょう。

 神社が500円で護符を売っても成り立つのは、十分な既得権益を受けているからです。それがズルとは即断できず、彼らが「楽な商売」をできるのは、多くの人が彼らに「楽な商売」をして欲しかったからでしょう。少なくともある時代、「神社仏閣に商店と同じ基準を課すのはちょっと変じゃないか」と思う人たちがそれなりの数いたから、そういう仕掛けができているわけです。

 どこまで行ったら詐欺なのか、というのは微妙な問題で、どこまでもグレーゾーンが残ります。詐欺すれすれの営業でも営業技術のうち、とも言えるわけです。「ズルい」と思う人もいるでしょうが、ばかしあいで勝つのも世の中で生きる技術の一つです。

 個人的には、グレーゾーンはあってよろしい、と思っています。ゲルマニウムすら、値段が安かったら別に怒りません。「それで治ると思っている人がいるならいいじゃない」とすら思います。プラシーボか何かで本当に治る人もいるかもしれない。というか、値段が高いと高いだけで何か効果ある気がしてくるし、そういうパワーも馬鹿にならないと思う。一慨に叩けばいいってものじゃない。

 ゲルマニウムマイナスイオンを批判する人がいなくなってしまうのは、もちろん問題です。ただ、別に喧嘩や議論をしたくはないのですが、ニセ科学批判をしている人の一部に、何だかカルト宗教と五十歩百歩の凝り固まった精神が感じられる時があるのは、わたしだけではないでしょう。

 個人的には、ゲルマニウムに関する今回の報告のようなものは、多いに周知されるべきだと考えます。一方で、それを根拠に法的規制をかけるべきかというと、躊躇します。「すべての人に情報リテラシーがあるわけではない」と周知だけを批判する向きもあるでしょうが、そこまで面倒みるべきなのか、法の元に回収すべきなのか、微妙なラインだと思います。

 世の中には怪しげな仕事で生計を立てている人がそれなりな数いて、というか「まっとう」に見える仕事だって、一枚皮の下は「なんだかなー」というのが沢山あるでしょう。自分の業務範囲は白くても、辿って行ったら黒いことも沢山あります。むしろそんなケースでは、自ら手を汚している方が潔いようにすら感じます。

 一方で、怪しげなものを信じて生きている人もそれなりにいて、そもそもわたしたちの多くが信じているものも、怪しげといえば怪しげです。信じているから怪しいと思わないだけです。「だまされた!」と怒る人がいるのは、怪しいからというより、騙し方がマダマダだったというだけです。カルト宗教は、一生信じきれるくらい、壺パワーを増強しなければならない(笑)

 ポルノ業界は少し「怪しげ」だけれど、詐欺をしているとは誰も思わない。でももっと根本に帰れば、女の裸の何がいいんだ、と言われたらよくわからないでしょう。いやまぁ、わたしは買わない側にいるからそう思うだけかもしれませんけれど。「遺伝子に組み込まれているんだ!」というのはウソに決まっていて、まぁいろいろなパワーがないまぜになった結果、若い特定の形をした女の裸には特別な価値があることになっていて、おばあちゃんのヌードが売られていたら「なんちゅう商売や!」と思う人も、グラビアには文句を言わないのでしょう。これは怪しくないというのではなく、怪しさが極まって、もう誰も怪しいと思わなくなっただけかもしれません。

 結局「やり過ぎるな」というオチになってしまいそうで、なんだかショボいお話ですいません。別に何か結論を言いたいわけではなく、「なぜ護符ならまぁいいかと思えるのか」という、自分の感じ方への素朴な疑問から書きはじめたことです。

 ただ、ゲルマニウムにしてもマイナスイオンにしても、あんまり熱くなって批判するのはどうなのかな、とは思っています。笑える余裕を失って批判している人の話は、わたしなら聞きません。「なぜそう判断するのか」というのも、また面白い問題ですけれど。

2009-06-26

http://anond.hatelabo.jp/20090626220559

問題の難易度というよりは特性だよ。前期試験も後期試験も難なく通るタイプはもちろんいるが、前期試験は通るけど後期試験は通らないあるいは、後期試験は通るが前期試験は通らないタイプというのはいる。片方しかできなかったとしても、その両者のどちらかが劣っているわけではないし、東大研究者養成を第一に掲げている以上、そのどちらのタイプ研究によっては適性を示すのだから、どちらも採るだろう。

理三に関しては医学つうものが統計経験の積み重ねによるものだし、医療現場では即断力即決力そしてなによりも情報処理能力が必要とされるから、後期試験のような論理を積み重ねていくような思考はあまり必要とされない、ということを言わんとしているのだけれども。

http://anond.hatelabo.jp/20090626195004

なにいってるんだお前は。

文科は知らんが理科の後期試験は前期試験より難しいぞ。論文じゃなくて論述だからな。小手先のテクニックは通じない。

ただし理三に関しては、その後医学系に進むことを考慮すれば、そこまで論理的思考や論述力は必要なく、むしろ前期試験的な暗記力と即断力が求められるということだろうよ。

2009-03-04

イスラエルの連立工作進まず、リクード主導は頓挫中

ネタニヤフ次期首相中道右派政権を構想、対立政党と連立を模索

イスラエル総選挙からすでに三週間が経った。

だがエルサレム政局は度し難く混迷の度を深めている。

第一党となったのは与党カディマ」だが、第二党「リクード」との議席差わずか、一議席イスラエル国会は定数120)。

基本的には第一党の党首が連立工作の主導権を握り、ほかの政党との話し合いを始めるのが通例だが、今回はそのしきたりを破ってペレス大統領は、リクードネタニヤフ党首(前首相)に組閣を命じた(憲法による)。

理由は大筋で右派連合議席数が左派連合より多いからだ。

ネタニヤフは、「大連立」構想が重要であるとして、対立する「カディマ」と最初に交渉を開始した。カディマ率いるのは女性外相のリブニ。美人でもある。

だが、ネタニヤフと会談後、リブニは「カディマ連立政権には参加しない」と繰り返した。

第四党に転落した「労働党」はバラク党首(国防相)が、「連立参加の見込みはある」としているものの、即断も出来ず、また第三党に躍進の「イスラエル我が家」というタカ派政党とは水と油関係で、バラクは、依然として世論の動向を見ている。

一方、引退表明しても、まだ首相の座に偶然居座るのがオルマルト首相だが、汚職事件で起訴される可能性が高い。

オルマルトは、米国ユダヤ富豪・タランスキーに便宜を図った見返りに賄賂を受け取った疑惑がある。

ネタニヤフはリクード幹部会でハマスロケット砲撃と経済危機に対応するためにも「大連合的な強力内閣組閣するのが国民要請である」として、中道左派を含む連立内閣構想をまだ模索している。

 このイスラエルの連立工作、明日の日本政局の縮図かも。

2008-10-30

http://anond.hatelabo.jp/20081030143708

増田で失礼。

妊婦受け入れ困難事件の記事を見て「拒否するなんてそれでも医者か!」という結論に至るということは割合普通にありうるのではないかと思うなあ。

妊婦がたとえ死んでしまうとしても、医者として「受け入れられない」なんて言葉でたらい回されるよりはマシ、と感じる人は間違いなくいるんじゃないか。

想像力が足りないというのではなく、想像力を発揮した上でなお、それを超えた次元で「医者に『この患者は受け入れられない』なんて言って欲しくない」という情緒の篭った意見は言う余地がある、ということ。まあ、俺は全くそういう意見には同意しないけどね、為念。

ついでに付け加えておくと、そういう言葉に対して「だったら産科医療改善すればいいじゃない」というのもまたちょっと噛み合わないのではないかと思う。そういう改善を前提の要求とした上で、「やっぱ医者にそんな言葉使って欲しくないよ」という感情の吐露は成り立ちうるんじゃないだろうか。

個人的な見解なんだけれども、「想像力が足りないからその結論なんだろう」という風に先回りして、論争相手を「想像力の欠如」と断定しまうのはあんまり良くないことだと思う。ヒューリスティクスとしては正しいこともあるのだろうけどさ。例えば、目の前にいる、(一見短絡的に見える)ステレオタイプな結論に至った相手が、ステレオタイプな発想・思考をしていると即断するのは、それもやはり「想像力を欠く」ことなんじゃないかね。増田的にはどう思う?

…ここまで書いたあと思ったけど、単に自分の妄想力が無意味豊富なだけっぽいなあ。もっとカネの取れる分野で想像力を発揮したいですね。死のう。


追記ー。

トラバに返信。

http://anond.hatelabo.jp/20081030150811

例え時間がかかっても診療が出来る病院に行った方がいい、と感じるのが普通の人の考えだと思うが

あー、なんか書き直しながら公開しちゃったからしょうがないかなと思うんだけど、

そういう言葉に対して「だったら産科医療改善すればいいじゃない」というのもまたちょっと噛み合わないのではないかと思う。そういう改善を前提の要求とした上で、「やっぱ医者にそんな言葉使って欲しくないよ」という感情の吐露は成り立ちうるんじゃないだろうか。

と上に書いた通りで、産科医療の状態の改善とは全く別のレイヤーで「医者にそんな冷たい台詞を言って欲しくない」という主張は成り立ちうるんじゃないか、ってことね。産科医療改善することに同意した上で、「そういう言葉医者として口にして欲しくない」という意見はあるよね、という話。読みづらくて申し訳が無いんだぜ。

http://anond.hatelabo.jp/20081030151149

全くのところ同意と言う外無いんだが、やっぱり「優しいお医者さん」に掛かって、医師に憧れや尊敬の念を抱いてきた人達が、そうした物言いを非難したくなってしまう気持ちはちょっと想像できてしまうのだよなあ。そういう素朴な感情に即、冷笑を浴びせる気にはなれない(無批判に受け入れるつもりも全く無いけどさ)。

こういう感情の暴走を落ち着かせて、上手に改善策を納得させるためのアプローチというか、プレゼン手法ってのを習得したいなあ…。

追記の追記。

http://anond.hatelabo.jp/20081030152655

難しいよね、この問題。結局、自分自身の感情的な発言が及ぼす影響力にまで想像を致せ、ということになってしまうと、『自粛しろ』みたいな感じになっちゃってそれも何だかなとは思うんだよ。一方でそういう言葉で心を折られる医師のことを考えると堪らない気持ちになる。お互いの感情のやりとりを煽るんじゃなくて、取り持ち、調停できるような言葉の使い方って、どうにかして出来ないかな…。難しいけどさ。

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