特定の性別や嗜好や趣味やなんやかんやを叩く為に書いてはいない
夏に遭った妖怪がおり、未だ夏になると思い出して気分が沈むのでネットの海に流して供養したい、そういう話だよ
オカルト話を期待した人はごめんね
■悪魔爺
趣味を同じくする友人らと遊んだ帰り道、此方を見て悪魔だと罵倒する爺に遭遇した。
一行で済む話なのだが、供養であるのでもう少し語りたい。語るね。
その当時私は二十歳手前くらいの年頃だった。
高校生活は闇色を煮詰めた肥溜めのような暗鬱たる日々だった。要するにカースト最底辺のクソ陰キャだった。
しかしインターネットを通じて共通の趣味を持つ他人と出逢い、親交を得て、なんだ生きるの楽しいじゃん、広いじゃん世界、インターネットありがとう、という救済を得てもいた。
インターネットの海は広く、必然的に現実世界での住所は遠い事が多く、オフ会となれば一大イベントだった。
少なくとも当時の私にとってはそうだった。
大学には行かず就職をする道を選び、そこで働いて得た給料を握り締め、バスに乗り電車に乗り飛行機に乗り、初めて『友達に会いに行く為のひとり旅』を経験した。
うきうきとわくわくでいっぱいだった。
冒頭に一行で纏めた『趣味を同じくする友人らと遊んだ』というのは、つまるところこの『オフ会』の事だ。
集まった面子と一頻り語り合い、飯を食べ、ショッピングに興じ、おやつを食べ、カラオケで歌い、プリを撮り、オフ会は至極健全に盛り上がり、感極まって泣く程楽しかった。
宿を取っていたので、いや、旅行だから泊まりたいじゃんね。日帰りはやってやれないことはないが、余韻に浸る時間が欲しかろう。欲しかったのだ、私は。
ビジホの一室でひとりゆっくりとこの日を噛み締める為の時間が欲しかった。
泊まっていきなよと言ってくれる面子も居たが、それは畏れ多すぎてできなかった。比喩でなく嬉しさで爆発して死ぬと思った。
じゃあ次に逢う時はうちに泊まってねと言ってくれたその友人に、(また逢えるの!!!!????来てもいいの!!!!!!????)と内心で爆発しながら頷いてハグをして手を振った。
その、帰路だ。
とんでもなく楽しかった、私の青春は今からなんだ、皆やさしくて面白くて素敵な人達だったな、等というような幸せに酔いながら人気のない暗い夜の道をひとり歩いていた、その時。
幸せに酔いながら歩いていた、とはいえ、そうかそれでは道の端に寄って自転車の通行を妨げないように歩こう、と思う程度には素面だった。
素面だったが、酔ってもいた。
道の端に寄って歩きながらも心は此処にあらず、楽しかった思い出ばかりを反芻していた。
であるからして、自転車を漕いでいるその人物が割と結構な声量で何か言葉を発しているらしいと気が付いたのは、すれ違うまさにその手前だった。
ところでそのオフ会というのは、ゴスロリを愛好する者達の集いであった。
ゴスロリの是非だのなんだのについてはここでは省く。
初めての友人と初めてのオフ会。
それどころか、皆が皆思い思いに目一杯ドレスアップして集う。
加えて、何より、若かった。
要するにこの日の私は勿論どえれぇ気合を入れたコテコテのゴシックファッションに身を包んでいたのだ。化粧も然り。
ゴシックとか言われてもよう解らんという場合は概念的な魔女を想像して頂ければ、それで解釈はふんわりと一致する。
言われた私はこう思った。
しかしながら見知らぬ爺にすれ違いざま大音量で罵倒されるという体験は思い返す限りこれが初めてであった。
あまりに驚いたものだから足を止めてその爺が去りゆくのをぽかんと見送る格好になってしまったのだが、すれ違い終えて去りゆきながらもまだ尚爺は此方を振り返り振り返り、私を罵倒し続けていた。
否、爺が罵倒していたのは私ではなかった。私を通して何か概念的なものを罵倒し続けていた。
悪魔(チリン)、女(チリン)、売女(チリン)、悪魔(チリリン)、女(チリン)、悪魔(チリン)、悪魔(チリン)、悪魔(チリン……)……
通り魔に遭った気分だった。
しかし私は魔女なので、えぇまぁ売女ではないのでそこは否定しますけど悪魔だったり女だったりはしますね…????????????????
という気分でもあった。
わけが分からなさ過ぎてそういう妖怪なのだと思うことにして正気を保ったのかもしれない。
元より私の好むファッションは一般には受け入れられにくい傾向であることと、虐げに慣れきった高校生活も一因としてあったのかもしれない。
当時の私はこの爺が一体何であるのか全く解らなかったのだ。ただ辛うじて、爺の見た目をしているから爺だということだけは解った。
この妖怪悪魔爺はそれから数年経った今でも夏のこの時期になると私の心の中に勝手に蘇り、なんとも言えず遣る瀬無い虚無感を齎してはベル音を響かせ去っていく。
嘘だ被害妄想だ幻覚だなんだと言われるのも辛い気がしたのでこれまで誰にも言わずにいたのだが、例のポテサラ爺が現れたことにより、おそらく同類の妖怪であろうこの悪魔爺の話もネットの海に流して供養したく、こうして記事を書いている。