はてなキーワード: 眼差しとは
「ああ、自分は正社員なんだ」と思うと、嬉しさがこみ上げてくる。
入社式の日のあの喜びがいまだに続いている。
「正社員」・・・・・
しかし、先輩方は僕に語りかけます。
「いいかい?伝統というのは我々自身が作り上げていく物なのだよ」と。
僕は感動に打ち震えます。
「上司が何をしてくれるかを問うてはならない。君が上司に何をなしうるかを問いたまえ」
僕は使命感に胸が熱くなり、武者震いを禁じえませんでした。
でもそれは将来日本の各界をになう最高のエリートである僕たちを鍛えるための天の配剤なのでしょう。
この企業を作りあげてきた先輩はじめ先達の深い知恵なのでしょう。
会社で成果を上げることにより、僕たちは伝統を日々紡いでゆくのです。
嗚呼なんてすばらしき正社員。
素晴らしい実績。余計な説明は一切いらない。
「ご職業は?」と聞かれれば「正社員です」の一言で羨望の眼差し。
正社員になって本当によかった。
あ、あともうひとつ。
何度も議論されているけど、表面的な優しさと女の子の求める優しさというのは異なるもの。
自分や自分と同種の人間が「優しさ」って言う時に思い浮かべるのは
「仁」「博愛」
なんだよね。
その「女の子が求める優しさ」の「優しさ」は
>他人に対して思いやりがあり、情がこまやかである。「―・く慰める」「―・い言葉をかける」( 大辞泉)
だよね。
つまり言葉が指すものがはっきり違った。
て言うか今、自分の概念ほうが正しいと思いつつ念の為「優しさ」辞書を引いたら
「女の子が求める優しさ」の方しか載ってなかった。
みたいなことは必要条件でも要素としても定義されてないんだな。
自分の今まで抱いてきた優しさの概念はどこから来てたんだろう。
いろいろとびっくり!
増田です。
先ほどのエントリーの続きです。
http://anond.hatelabo.jp/20100330144828
あれから、すぐ会えることになったので
その男友達に会って、好きな人がいること(誰かは言ってない)を伝えてきっぱりとお断りをしました。
すると、すごく辛そうな眼差しで
「俺は自分の気持ちを押し殺すことはできないし、諦めることはできないよ。絶対にね」と言われました。
正直、私の心も辛いです。お互い涙が溢れてきました。
そのうちに彼の手が伸び、抱きしめられました。
いけないことなんだと何度振りほどきましたが、
何度かしているうちに気持ちが溢れて振りほどくことができなくなってしまいました。
彼は大切な人です。彼に触れることがすごく嬉しいですが、好きな人ではありません。
泣いてる私を見て「もう少しだけ時間をくれないか? もう少しだけ見てほしい」と言われました。
彼は恋愛慣れした人ではなく、ただ真っ直ぐで不器用な真面目な人です。
「辛い時は、私を憎んでもいいから」と言っても聞かず、ただ抱きしめられるばかりでした。
正直に言えば、触れることは嬉しくても、彼に対して絶対的な安心感はありません。余計に辛くなりました。
彼も途中で「離したくない」と言って長い間このままでした。
改めて、大切な人だけど好きな人ではないことを自覚しました。
少し落ち着いた頃に、考えていた言葉を伝えました。
「もし、あなたに他の好きな人ができたら一番の友達になってね」
その瞬間、彼は泣き崩れました。
私も泣きながらなのでいつ崩れるかわからない状態でした。
彼は駄々をこねていましたが、でも私はギュッとしてしまいそうなので走って離れました。
ようやく落ち着いてきた頃です。
今思えば、彼も私もドラマや漫画にあるようなセリフは、本当に思いつめているとそういう言葉が自然と出てくるんだなと冷静に思い出せるほど落ち着いてきたようです。
A.誰も変態と呼ぶべきではないよ
良くわからないのが「世の中そうなってはいない」という事実が存在したとして、それが一体何を物語るというのだろう。
世間がそうだからといって「あなた」がそれに即した思想信条を持たなければならない理由は?
進め一億火の玉だ、お国の為に戦うぞ、というのが「世間」の風潮だったら竹槍でB29に立ち向かう訓練をするタイプだよね。
そして「それ」は現実にちょっと前の日本という国で起きた話なんだ。
戦争で日本が勝てるとか本気で思っていた国民が何割いたのか私は寡聞にして知らないのだけれども「お国」が怖くて多くの人達は従うしかなかった人もいるんじゃないのかな?赤紙、という召集令状が来るのを誰もが恐れていたのに送り出す時は涙を隠しながら万歳三唱をしていたという話はいろんな文献に載っている。
「世間」というのは、だから恐ろしい、というよりは「世間」を理由にしてはならない、と思う。ましてや「思想」を行政に委ねるなどという行為は余程慎重にしなければ危険極まりない行為だと思う。
とてもではないのだけれども「感情」によって思想を委ねるような大事なことを決定するような事は避けるべきだと思う。
勿論、「未成年者が性的な陵辱を受ける行為を肯定的に描く行為」を気持ち悪いとか怖いとか言う気持ちは十分に理解するし、そうした事を言いたかったり法の整備を願う気持ちを否定はしないよ。
個人的には他人に肉体的・精神的危害を与えない事なら何をやっても良いと思ってる。
SMだって怪我したり死んだりしなければ良いんじゃねえのと思う。八王子の監禁王子の裁判がこないだ開かれて話題になっていたけれど、ドアを部屋の中から出られないようにしてるとかは流石にどうなんだろうねえ、と思う。檻に閉じ込めるプレイはあるけど何日も監禁するのは流石にどうよ、と思うからね。余程当事者同士の了解がなければやったら裁判になる事だってあるでしょ。
小学生の女の子が30歳の年齢差がある男の人と恋愛沙汰になっていいかについては法律云々を除外して考えるなら精神的に未発達な部分があるからもう少し待ちましょう、としか言いようがない。日本国籍を所有しているなら16歳になれば婚姻出来る。
逆に言うなら16歳で婚姻出来るのに18歳未満の「未成年者」が性行為をする事は法律で認められているにも関わらず、その表現を抑止しようとする合理的理由が説明されていないのは謎といえば謎だよね。
で。同性愛。まー、釣りで書いてるのかなって思うけど、これは趣味とか嗜好とかじゃなくて生まれついてのものだから。中には思想的理由から同性愛に走る人もいるんだけれど、同性愛というのは左ききとかと一緒で「なおす」とか「かくす」ものではないし「いけない」ものでもない。個人的にはスカトロだろうがSMだろうが隠さなくたって良いと思ってるし、私も散々はてなダイアリで書いて来たように女装をして外出とかしてた人間なんだけど、恥というのは「世間」という構造が産み出したものであり、その世間というのは何処に存在するかというと「人からどう見られているのか」という眼差しそのものであり、結局は「私を眼差す私」なんだって事に気づいたりする。それを「世間」という存在するかしないマジョリティに肩代わりさせて言ってるに過ぎないって思ってる。世間という曖昧もこもこな、それこそ非実在世間とでも言えば良いんだろうか、「みんながそう言ってるから」っていう「みんな」って誰と誰と誰なんですかって話なわけで、そもそも数的に多かったら正解なのかとか従わなければならない具体的根拠は何よって話なわけですよ。
http://anond.hatelabo.jp/20100324111235に「感情論で人を裁くのか」という話が書かれているのだけれども感情で人を裁く事があるという事実をもってして、気持ち悪い、怖いという「感情」で思想を法の下にひざまずかせて良い根拠にはならないと思うよ。
気持ち悪いとか怖いというのは個人の価値基準でしかなくて、それを言い出したら「怖いというあなたが怖いので、怖いというのをやめてください。そうしないと私の恐怖を取り除く事はできません。どうしてもやめないのなら法にするべきです」と言ってしまう事だって出来るでしょ。
先ず、いろんな「人」と逢い、話を聞くこと。趣味や嗜好以外の「人」の部分で話し合えない人というのは殆どいない。
少なくとも私は出逢った事はない。
大抵の意見の相違は「ぼたんの掛け違え」を超えるものではない。人はそれをエゴと呼ぶ。
例えば私はうんこは食わないし、食いたいとも思わない。目の前でうんこを食うプレイを見たいとも思わない。
同じように「未成年者が性的な陵辱を受ける行為を肯定的に描く行為」を見たいとも思わないし、極端な話そんな描写満載の漫画とはこの世の中から抹殺されてしまっても構わないとすら思っているよ。
だけれど東京都((ではなくてもどの行政でも良いけれど))が「法律で」表現に対して「あれは駄目、これはオッケー」と決めるのってどうなんだろうね、本当にそんな事をして良いの、という疑問がある。だからちゃんと話しあおうぜ、というのが私の考え。
個人的には子供にロリエロを見せる事はないでしょう、と思うんだけど、じゃあビニール袋に封入したらロリエロ野郎が減るわけじゃないよね、とも思う。ロリエロ読めないと犯罪しちゃうぞゲヘヘヘヘって言うわけじゃなくて、増える事はないかもしれないけれど減る事もないんじゃね、と思う。規制されたら減りましたとか増えましたって数字は知る限り存在しなくて、じゃあ規制しても良いだろって事を言い出す人もいそうなんだけど規制しても「隠される」だけで、まあそれで安心っていうのはなんか変な話っていうか、臭い物に蓋をしたらもう安心みたいな何も解決になってないじゃんっていう。まあ解決しようもないんだろうけれど解決しようもない事にわざわざ法律という網を被せなければならない理由が「怖いキモい」はどうなのかなあ、と思うし、エロロリにビニール袋被せても状況は変わらないと思うよ。ハレンチ学園は禁止にならないって話もあるように絶対「漏れ」る表現が出て来て、じゃあそうした「漏れたもの」を見て不快に思ったらどうするの?規制強化を訴えるの?その先にあるのは何?って思わないのかな、思わないか。
で。ちょっとだけ寄り道的に自分語り。
私はローマンカトリックをあつく信仰している両親の元に生まれた。
従って幼児洗礼を受け、物心ついた頃には「日曜には教会にいくもの」と決まっていた。
キリスト教の事について知らない人もいると思うけれど、当たり前のように東京都の青少年うんたらなんかよりずっと厳しい戒律がある。知ってる人もいると思うけど「汝、姦淫をするな」というアレね。
まー、アレはモーゼの十戒って奴でキリスト以前に存在した言葉なんだけど、って話をしはじめたら長いんで省略するんだけど、「汝、姦淫をするなかれ」の「姦淫」をどう定義付けるかというのかって言う話なんだけど「結婚したら貞操を守れ」とか「レイプすんじゃねーぞ」って思われてるかもしんないんだけどそうじゃなくて結婚する迄貞操を守りましょう、一度相手を決めたなら、他の異性を性的な眼差しで見たり、あるいは心の中で「良いな」と思ってはならない、というのが「姦淫するな」という事です。
結婚する迄貞操を守れとかって、某掲示板の人達が手を叩いて喜びそうだけど、じゃあ「あのコかわいいな」ってちょっとでも思ったら姦淫の罪っていうのも大変だよね。でもまあそれが当たり前だと思っていた私にとっては助平な話をするクラスメイトとかその手の本を持ってくるクラスメイドが大嫌いだったし憎んでもいたし反発もした結果、いじめを受けた。
で。18歳になるくらいまでこうした事の意味がわからなかったりしてロクに友達も出来ない儘、図書館にある本だけが自分にとっての情報源だったんだけど((私が子供の頃はインターネットなんて存在しなかったからね))、いろいろと読んでいるうちに「自分の考えは間違っているのではないか」と思うようになった。
その理由の一つに「自分は左ききである」というのが起因している。キリスト教は特段に左利きに対して定めているわけではないのだけれど「神の偉大な右の手」みたいなフレーズが出てきたり十字を切るとか聖体拝領とかを左手でやると物凄く怒られたのね。自分はだから、自然に左手を使ってしまう自分を「悪い子」だと思っていた。
そんな体験を持つ私が敢えていう。思想信条は国家が抑制してはならない。どんな神を信じるのかが自由であるのは、神を信じない自由が保障されてこそなのだ。あなたはキリスト教を信じる事が法律で決まったら、それに従うのだろうか。こういう書き方をするとキリスト教を馬鹿にしていると思う人がいると思うのだけれど、決してそうではない。私の父はキリスト教と共に生き、教会とともにあり、キリスト教に多くの貢献をし、多くの人に愛されながら逝った一人だからである。私の父は父なりの人生を歩み、幸福であったと確信している。
しかし、父は父、私は私なのである。
それぞれの人生が異なるように、何を信じ、何を信じないのかを決めるのは、その人に委ねられるべきであり、決して行政の手に委ねられてはならない。
さて。私は自称売れない絵描きとプロフィールに示している、利害関係者の一人だからポジショントークだと言いたい人もいるらしいんで、可能な限り利害関係にないと思われるところから発せられている反対表明のリンクを書いてこのエントリを締めたいと思います。勿論、下記のリンクを示す事が私の言説の正しさを示すものでも、未成年者児童に対しての表現抑制を主張する人の意見が間違っている事を証明するものでもありません。単純に「こういう人達が、このような立場から意見を表明している」という事実を示したうえで「どう考えるのか」を皆さんが考える一助となれば、と思い、示しています。
http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/report/data/100318_3.pdf
日本弁護士連合会による反対表明。
http://www.jla.or.jp/kenkai/20100317.html
http://miau.jp/1268478000.phtml
miauによる反対表明。
http://nbi.sfc.keio.ac.jp/files/statement_20100312.pdf
ネットビジネスコンソーシアムによる反対表明。
もう鬱すぎて氏にたいから書かせてくれ
そしてこの前バイトの休憩時間、休憩が一緒になった女の子とご飯を食べた後トイレに行ったんだ。
そしたら普段は職場のトイレじゃ出ないのに何だか催してしまった。
出る時に出さないといつ出てくれるか分からないもんだから、
ちゃんと「うわなんかいっぱいメール入ってるわ~」のセリフと共にね。
いつも拳を握って「出でよ!神龍!」って絞り出したような声出してうんこするんだよね。
これが小さい頃から癖になってて。
まぁここまではよくある話なんだが
なので拳を握りながら口パクで「出でよ!神龍!」ってやってたら、
思わず最後力みすぎて「…ロンっ!」て大声で言っちゃったんだ。
もうパニック。咳払いしたけどごまかせる訳ないじゃん。だって大声だもん。
そしたら案の定外から「何今のwww」とバイト仲間の声が…
まさかうんこしてたとは言えない…
だけど逆にごまかしたら格好悪いし後で皆に奇声発した事言いふらされそうで怖い…
ここで私はピンときた。ヨゴレキャラになっちゃえばい~じゃん!
うんこしてた~★ギャハ★とか言えば
やだ汚い~★いちいち言うなし~★
で笑って流せるじゃん!と思い、
「いや~うんこしてたら力みすぎて声でちゃった!へへッ★」と言った。
するとバイト仲間は沈黙。どうしたのかなーと思い、流して外に出ると軽蔑の眼差しで
「そういうのって言わない方がいいと思います。」と言われた。
その瞬間固まったね。何故に敬語?みたいな。
多分そういうのが嫌いな子だったんだ。知らなかっただけなんだ。
その後はものすごく気まずい感じで仕事に戻り、
心なしかそのバイト仲間と喋った他のメンバーがよそよそしい感じがして
いたたまれなくなった私は仮病使って早退してきた。
長文駄文本当にスマソ。でも今まじ氏にたい。
「俺はそんなひまじゃない。」と強めに言ってみた。すると彼女は
「大丈夫、私も暇じゃないから。」と笑いながら言った。 何が大丈夫なのかさっぱり分からなく、思わず笑ってしまった。
僕は学校に友達がいない。自分で言うのも何だが、僕はすべてにおいて完璧らしく(人から噂される)、何をやってもうまく行ってしまうので、周りからは尊敬を超えて妬みの視線しか送られないので、僕は教室の角でひっそりと音楽を聞いているだけ。笑うなんてほとんどない。彼女が発見と言うのも頷ける。
「あっ、それは置いといて、いいじゃん付き合ってよぉ~。」甘えた感じにいってくる。
これでは平行線だと思い 「なぜ俺なんだ、その理由によっては付き合ってやるよ。」と、どうせ大した理由もないに決まってる、そう思ってた。 すると
「うーん、そうだなぁ、、、、」
「実はですね、私の一つのキャリアになってほしいの。」
「、、、、はぁ?」
「キャリアになってほしいのよ。学年一位同士のカップルだなんてさぞかし噂されることでしょうよ。あぁ、考えただけでもぞくぞくするわぁ。というわけ、早い話が利用させてってこと。」
「、、、、」
「あれ、もしもーし」
「、、、、」
「、、、、怒った?」
「アハハハハハ、なんて面白いやつだ、お前みたいなやつ初めてだよ。なるほど、人から尊敬の眼差しでみられたいのか、俺とは真逆だな。おまけにその計画、ろくに友達もいない俺の方がやりやすそうだもんな、よく考えてるな。いいだろう、その位なら構わないよ、名前を貸すくらい。」
「ホント?やったぁ、ありがとう、本音言ったら断られると思ったけど、了解してもらえるとは、、、、。」
「いや、こちらも久々に笑わせて貰ったよ。」
「あっ、私これからピアノなんだ。」時刻は六時半、日が少し暗くなったくらいだった。彼女は走って行く前に
「そういえば、明日日曜じゃん?暇?」
「予定はないけど」
「じゃあ、遊びましょう。あっ、決めたいけど時間がない。携帯の番号教えてよ、連絡するから」
こっちの意見は無視か、と思いつつもさからえず、番号を教えると彼女は走って行った。
しかし、途中で振り向いて
「車に気を付けてかえってねぇ」と手をふりまた走って行った。
先週、僕は旧知の友人に相談を受けた「弟のことで困っていることがある」と。
彼の弟君はいわゆるダメ人間だ。仕事も続かず借金を重ねパチンコ三昧、親の金を持ち出して失踪するも悪びれもせずケロっと帰ってくるような壮絶な男だ。両親も心配症で、音信不通になるよりは、と結局弟君を許しまた繰り返しだ。
さて、そんな生活を続けていた弟君だったが、何かがきっかけで業を煮やした親によってとうとう勘当されてしまったんだそうな。たぶんまた家の金をくすねてパチンコなり何なりにしけこんでいたんだろう。
それから約ひと月後、兄の携帯に「カネがないから泊めて」のメールが。
実はこれ、今回が初めてじゃない。
弟君は親が頼れなくなると、東京で一人暮らしをしている兄にいつも助けを求めてくる。
兄の家に突然荷物を送りつけた弟君は就職先を探すでも無くあたりをフラフラ徘徊し、夜になると帰ってくる。そんな生活を諭そうとしする兄に対しては無視かふて腐れるかのどちらの反応しかとらない。そしてある日荷物をおいて突然いなくなる。そして当然のように音信不通になる。
友人はそんな弟君が嫌いらしい。いや、苦手に近いんだろう。弟の「良かったところ探し」をする友人は兄弟愛さえも感じさせる。だけどダメみたいだ。弟君の話をする彼は見たことも無いほど憔悴している。弟君が何を考えているかわからない、わかってやれない。助けてやりたいがあいつといると気分が落ちて仕事は手につかない。彼女さんにもあたってしまう。俺が嫌いな自分になってしまうと。
「だけど何かしてやりたい」と言う友人は、弟君を突き放すには情に熱すぎるんだろう。
まず僕は「弟をカウンセラーに診せろ」という提案をした。発達障害の可能性を疑っての事だ。
しかしこれは予想外の友人の抵抗にあった。実行は無理だろう。彼の田舎では精神病にたいする考え方が特殊だ。
現在の精神病に対する考え方や指針を説明したが友人の(おそらく田舎の親に対する眼差しへの)恐怖が消えることはなかった。
これに対して言いたいことは山ほどあるが本筋からそれるので省く。
とは言え友人の異常とも言える様子から見て、弟君を泊めてしまったら今度こそ共倒れしかねない。それだけは止めたい。
弟君は友人の家に来るときはいつも無一文らしい。おそらく有り金をパチンコにつぎ込んでから来るんだろう。追い出せばホームレスは確実だ。住所を失ってしまえば這い上がるハードルは上がるだろう。話から友人の親も友人と似た状況にある事が伺える。家族に頼らせる事は出来ない。
そこで僕は友人に「ドン底に落ちた時に何をするか」を弟君に体験させるプランを提案した。
当面は仕事が見つからなくてもいい。都内ならバイトで食っていける。稼げないならそれなりの生活をしろ。
僕は務めていた会社が倒産し、その後バイトをしながら自営業になった。バイトをしながら生活を立て直す事は出来る。
最低限立て直しに必要な情報を低コストで得るため、ネット接続環境とPCが利用できるシェアハウスに住まわせる事を提案した。
半月もバイトをすればひと月の生活費は十分得られるだろう。借金もまだ返せる額だ。残った時間で人生を立て直せれば万歳だ。ネットもある。似た様な境遇のシェアメイトから刺激や情報を貰えるかもしれない。
そこから落ちるならもう僕らにはどうすることも出来ない。というスタンスを貫く。
友人はこのアイディアに賛同してくれた。というより、もう憔悴で弟の事を考えられず無抵抗賛成といった感じだ。
来週、久しぶにり友人に会いに来る弟君に会う。弟君は結局は友人が家に泊めてくれると思っているだろう。
僕たちはその場で、弟君に職探しとシェアハウスの手続きを取らせるつもりだ。市役所に連れていき使えるサービスやサポートが無いかも質問させる。方向性は示すが全て本人に決めさせる。初期費用ぐらい出してやる。
そうすればいつかドン底に落ちてしまったとき、弟君の行動の指針になるかもしれない。もう病気にでもならなければ家族は頼れないのだ。
ただ不安も残る。僕は弟君を「社会不適合者」だと思っている。それを社会に適合させずとも折り合いをつけさせるのが社会の役目だとも思っている。僕たちは専門家を介すること無く自らの経験と思いつきに基づき実行している。たった一つの冴えたやり方とは思っていない。だけどベターであるとは思っている。
この冗長でクソ長い駄文を読みきった根性あるみなさんに聞きたい。
これでいいのかな?
好きだって伝えたつもりだったのに、ぜんぜん伝わっていなくて。
それで伝えたつもりになって、つらかったら、ごめん。
ぼくは知が先に立ってしまって淡泊に見えて、感情に流されるのを嫌うから、それで冷たいように見えたのかもしれない。
でも、君のことは好き。
ずっと好き。これからもずっと好きだと思う。
ヒステリックになっているときも、ネガティブになっているときも、泣き言を言っているときも、めいわくだなんて、えんりょなんてすることはないから、ぎゅっと包み込んであげたいから、一緒に泣こう?
でも、そんなに悲観しないで。
世の中って、結構いいところだよ。
きみからのメールが途絶えて、それで、なんとかして会えないかなって思って、ずっと休日の予定は書いておくことにしたんだけど気づいた?
そこへ行けば絶対に会えるような、気に入って貰えるような場所を選んで、ずっと。
それでずっと探していた。
その場所へ行くたびに、この人かな、違うかもしれないなって。
そんな風にきみかもしれないを沢山集めて、どこで会っているのだろうと思っていた。
でも一番始めの、大きな駅ですれ違いざまに恋する眼差しを向けてきた、それがきみじゃないかって、ずっと思っていた。あまりにも唐突だったし、ぼくが分かるとは思えなかったから、正直確信がなかった。
会えるかもしれないって想いながら出かけて、会えなかったかもしれないと落胆した。
でも、それは楽しかったからいい。
そんなことをしていたら、ずっときみかもしれないをやるようになってしまった。
きみ以外に好きな人なんて、いるはずない。
だってずっときみのことを考えているもの。
電車の中だって、道を歩いていたって、仕事をしても、家に帰っても。
どうしたら会えるのかな、どうしたら楽しいかなって。
食事は夜景のいいところがいいなんて、そんなことを言われたらどうしよう、もし品川にいたら、新幹線に乗って熱海へ行こうよ、だなんて、なんのためらいもなく、きみの喜びそうなことをなんでもしてしまいそうで、正直怖くなる。
おいしいものを食べたくなる。
きみがにこっとでも笑ってくれれば、それでいい。
きみの声が聞きたくて、きみの姿が見たくて、きみと一緒に歩きたくて、ずっと想像をしていた。
でも、あの一瞬のかわした眼差ししかぼくにはなくて、すぐに昔の記憶に残るひとりの女の子に切り替わってしまう。それがとてもつらい。だから会いたいって、ずっとずっと探していた。
きみのこと大切にするから。
ずっと大事にするから。
どうしたらいいのだろう。
それがわからない。
こんな事かいてもどうにもならないのに。
http://anond.hatelabo.jp/20100221221726
生島淳(生島ヒロシの弟)は好きなスポーツライターなのだけれど、トリノの時に今回と同じような切り口で
小林宏さんのことを書いている。
これは別に生島淳が慧眼なのではなくて、当時「BSで」カーリングを見ていた人たちはみんな同じことを思っていた。
今回何が違うかといえば、地上波で放送されていること。BSだけで中継される放送のほうが少ない。
(トリノの時は、ほぼ全試合が生中継されると言う破格の扱いだったが、それでもBSだった。
ソルトレークの時もそれなりに中継はされたが、穴埋め的な扱いだったように思う)
おそらくトリノの時に比べて5倍から10倍の人がカーリング中継を見ている。
だからふぁぼったーの注目ワードになったり2ちゃんねるの実況板を飛ばしたりgoogleの急上昇ワードに小林宏がきたりしてるんだろうけど。
地上波中継の力の大きさを、この狂騒の中でひしひしと実感している。
http://anond.hatelabo.jp/20090606035828
ああいうスレで「>1で氏にますたwwww」みたいな事をやってる奴らっていうのは三木道三の事をヒットチャートくらいでしか知る気はないってだけなんだけど、じゃあモトマスダだって自分が興味関心のない話題、例えば、ガンダムの型番とか、AKB48の現役全メンバーの名前を挙げろとか、夏への扉の背表紙に書かれたSF番号を答えろとか、ウメダモチオが飼ってる犬の名前とか、ダンコーガイが取締役やってた会社の名前とか、マイルスデイビスがブルーノートレーベルで出しているアルバムタイトルと、セッションメンバーはとか、そういう事に何も見ないで回答出来るのかと小一時間問いたい。問い詰めたい。
自分が好きな事を、他人も同じように知っているなんていう事のほうが少ない。「うはwwwマジ氏らねえwww余裕で氏ねるwww」と言う人のほうが圧倒的多数なんだよ。そしてそういう事を言っている人というのはからかっているのでもなんでもなくて「知らない」という事実を口にしているだけなんだ。
そこに「からかっている」という眼差しを感じ取った瞬間に、モトマスダは「マイノリティとしての屈辱」を勝手に創出し、そして勝手に傷付いているに過ぎない。逆に言うならば、もし「うはwwwマジ知らないww」という言葉が傷付ける事を目的に発せられたのだとしても「無知だという事を言いたいのですね、わかります」という態度で受け流してしまえば良いだけの事でしかない。マジョリティであるという事が正しさの証明になるわけではない。どんなに多くの人が「知らない」と言おうとモトマスダの中にある「三木道三が好き。彼は偉大だ」という気持ちに変わりはないだろう?だとしたら「知らない」という彼らとあなたは全く別の文化に住んでいるという事が証明されたに過ぎないではないか。
「からかわれた」とう心理は、マジョリティ・マイノリティの問題に収斂していく。多くの人が「知らない」と言ったに過ぎない事を「からかい」だと感じるのは「知らない=メジャーではないものは存在自体が恥ずかしい」という文脈の上に成立するのであるのだが、そうした事を明示されてもいないのに「感じ取る」のは、モトマスダの中にも同様に「知らない=メジャーではないものは存在自体が恥ずかしい」という感覚が存在しているからではないだろうか。
http://anond.hatelabo.jp/20091127020426から続き
け・れ・ど・も。
けれども美樹は見かけ通りの美人じゃない。と言うか、見かけだけに目を奪われていると痛い目に合う。絶対必ず抗いようもなく。何を隠そう、僕自身それを経験してるのだ。そりゃもう悲しくなるほどに毎日のように。
美樹という人間はとんでもない癖のある灰汁を持っている人物なのだ。もうどうしようもないくらいに口が悪い。超絶的に、悪い。いや、そう表現できるのならまだかわいい方だ。一つのキャラクターとして認知され、受け入れられることもあるだろうよ。
美樹は違う。そんなんじゃ済まない。たった一言で、相手の心臓をえぐるのだ。深く深く残酷なまでに鋭く。圧倒的な不快感を植えつけて、それを奥へ奥へとねじ込ませていく。彼女と関わった人たちから、一様に猛毒の舌を持つ辛辣女とまことしやかに噂されている、破壊的な性格の持ち主であるのだ。一度、歩く対人核弾道などという悪名を耳にしたことがあるけれど、あながち間違いじゃないところが恐ろしいと思う。
正直僕は、一度その口が開かれようものなら、どんな人でも必ず顔をしかめることになるんじゃないかと思っている。話が要領を得なければ、たとえそれが話の途中であっても、話者に向かってきっぱりと(それも見下したように)馬鹿と、くだらないことを喋るなと口にしてしまうし、美樹自身が特別関心がないことを滔々と得意気に話しかけて来ようものなら、ど阿呆と心から罵り立ち去ってしまう。あるいは周りのみんなが揃ってお世辞を言っている相手に対して決してその口を開かないし、印象が悪いからと無理に開かせようものならその場を凍りつかせる事態に陥ってしまう。
何も意図して口を悪くしているのではないのだ。美樹は他の人よりも少しだけ思ったことや感じたことを率直に口に出してしまう傾向があるだけだった。
そのことは僕もよく理解している。どうしようもないのだと諦め、放っておくのはよくないと思うけれど、まあそういう人もいるだろうし、それ自体は仕方がないことだとは思う。けれど、その思ったこととか感じたことというのが彼女の場合は厄介だったのだ。血が滴るほどに惨たらしい響きが含まれていることが多々あって、そのことこそが他のどんなことよりも大きな、そして深刻な問題だった。
よくよく綺麗なバラには棘があるなんて言うけれど、多分美樹の場合、ついているのは棘なんてものじゃ済まない。反しの付いた細く鋭い針を、全体的に棘を散らした丸サボテンみたいにびっしりと準備しているのだ。他者を寄せ付けないように。何よりも自衛するために。その切っ先はいつ如何なる時も隠されることなく、絶えず鋭く光を反射している。
「なに。気持ち悪いんだけど。じろじろ見ないで」
……例えばこんな風に。
僕の視線に気がついて、不思議に思うのは分かる。確かに少々ぼうっとしていたから気になることはあっただろうよ。問題はそこからの展開についてだ。例えば、「どうしたの」って話しかけられて、「ああ、ごめん。ちょっと考え事しててさ」って恥ずかしそうに苦笑して、それからこそばゆい会話を交わして穏やかにことが進んでいくことはそれなりに広く世間一般で繰り返されていることだと思う。というか、そう流れを経験してみたい。本当に。切に願う。
けれども、美樹と一緒にいる限りは叶わないのだ。絶対に。絶望的に。現に今だってそうだった。僕を睨んで、顔を顰めて、心から嫌悪して言い放ったのだ。「気持ち悪い」って。かなりひどい一言だと思う。
確かに美樹のことを見ていたのは認める。ええ、眺めていましたとも。いろんなことを考えていたからね。そのことについて、僕には弁明の余地はまったくない。紛れもない事実だった。けれど、実際そうだったとしても、ちょっとばかしカチンとくる。一言、というよりも、いろいろと多いのだ。「気持ち悪い」だなんて言わなくてもよかったはずだし、あからさまな態度にも傷ついた。そもそも、無性に納得がいかない。どうして今日ここに呼び出されたはずの僕が、ここまで露骨な反応を受けなければならないのだろう。
「……ごめん」
なのに、そんな釈然としない思いを抱えながらも、僕は結局謝ってしまう。それほど悪いことをしていたわけじゃないのに、むしろまったくしていない上に逆にされたような気がするのだけれど、美樹の気分を害したことについて謝って、そのまま黙ってしまう。
全くもって不甲斐ない。これまで幾度となく繰り返した行為はいつの間にか記憶に襞に刻まれていて、刷り込みのようにどうしようもなく身体の奥底にまで染み込んでいる。内側から僕の人格を蝕んでいるかのようだ。美樹の前だと、僕はいつだってへなちょこになってしまったような気分にさせられる。
多分僕は、美樹のことがかなり苦手なのだろう。
そんな諦めにも似た感情が胸の奥でぐるりと渦を巻いた。勢いよく成長していく渦は、漂っていたたくさんの浮遊物を容赦なく呑み込んでいく。対照的に浮かび上がってきた気泡が嘆息となって口から出そうになった。
瞬間、美樹の眼光が鋭さを増す。お陰で僕はよそよそしく左右に目を配ることしかできなくなってしまう。
――なんだかなあ。
(3/5につづく)
例えば、昼下がりの喫茶店で女の子と二人きり、向かい合って淹れたてのコーヒーを飲むのって、結構幸せなことだったりするんじゃないかと思う。冬の柔らかな陽光が射し込む窓際のテーブル席で他愛もないおしゃべりに時間を費やしたり、静かに読書を楽しんだり。あるいは二人して課題に追われる羽目になっていたのだとしても、それはそれでいいような気がする。
同じ時間、同じ空間で、互いの気配を間近に感じ取ることができるのだ。これ以上、どんな幸福を望めばいいというのだろう。個人的な意見になるけれど、他にどんな幸福が存在するのか、僕にはまったく見当がつかない。
きっとそこでは、鳴り響く軽やかなポップスが暖房によって心地よく温められた空気を一層朗らかなものに変えている。あちこちに配置された観葉植物は、滲み出る緑に彩られて活き活きと輝いて見える。芳しいコーヒーの香りに満たされたその空間は、何故だか分からないけれど、とても理想的で感動的な幸せで満たされているような気がするのだ。
ただ、現実はそうそう甘いものではない。こんな風に、僕が現実逃避のごとく考えてしまう原因は案外すぐ側にあるのかもしれなかった。
例えば今、昼下がりの客もまばらなコーヒーショップで声をかけてきた女の子が美樹ではない他の誰だったとしたら、この何ともいえないやるせなさを感じる必要はなかったように思える。いや間違いなく、絶対にそうだった。もしも、今現在僕と向かい合わせに座っている女の子が、ただ黙々とシャーペンを走らせているだけ美樹じゃなかったのならば、僕は興奮した雄犬のように尾っぽを振りたくって、にこにこ顔で鼻の下を伸ばしていたはずだった。
目を閉じて額に拳を押し当てると、思わずため息が口から溢れてしまう。
――どうして神さまはいつもいつも人間に過酷な試練をお与えになるのだろう。
神仏に対する信心など皆無に等しいのだけれど、どこかでほくそ笑んでいるのであろう大いなる存在とやらのことが異様なほど腹立たしく思えてきてしまった。だって、目の前にいるのが他の女の子だったのなら、僕はすぐにでも時を止めてくださいませと膝を突いて真剣に祈っていたはずだったのだ。あるいは、代償として失うものを提示しながら遜ることも厭わなかった。
……まあ、出せるものは限られているのだけれど。いらなくなったマフラーとか、買い換えなきゃ行けないブラウン管テレビとか、あまり使っていないバイクとか、その他諸々の、あまり必要性を感じない品々ならばいくらでも出せると思う。たぶん。
そんな取りとめのない考えを展開したのは、頭皮に鋭い視線が突き刺さってきているのに気がついたからだった。そっと目を開けて正面を向くと、眉間にしわを寄せた美樹と目が合ってしまった。反射的に、強張った表情の下から乾いた笑いが込み上げてくる。
他にどうすることができよう。ヘビに睨まれたカエルが石のように固まってしまうみたいに、美樹に睨まれた僕は冷や汗を掻きながら嘘っぽく笑うことしかできないのだ。近づいてくる何かから逃れるために。もしくは、これ以上彼女を刺激しないために。
僕と美樹との間に生じている関係性という名のシーソーについて考えてみるとき、いつだって僕は宙高く持ち上げられている。不安に包まれたままどうしようもなく足をぶらつかせる羽目になっているのだ。原因として、そもそもの作用点が美樹のそれと比べて圧倒的に僕に近いことが挙げられるし、彼女がでかでかとアドバンテージと刻まれた分銅を抱えているのも理由にあるのだろうと思う。まったく理不尽だと思う。
意味もなく笑い続ける僕を心底憎んでいるように睨み付けてから鼻を鳴らして、美樹は続けていた作業へ再び意識を戻していった。週末に提出期限が迫ったマクロ経済学のレポートを仕上げなければならないのだそうだ。前年のカリキュラムで、レポートに既存の論文のトレースが見つかったために、手書きでまとめなくてはならなくなったらしい。最近の生徒は何でもかんでもインターネットとコピペで済ませてしまうという教授の嘆きが、そうであるならせめて論文を熟読するぐらいのことはしてくれと、自らの意見でレポートを製作している生徒にとって見れば甚だ厄介な妥協案に落ち着いてしまった結果だった。視界に入る長い髪を邪魔そうに左手で押さえながら、美樹の大きな瞳は熱心に資料とレポート用紙との間を行き来している。
様子を眺めながら、こうやって黙っていてくれるのなら僕の気持ちも明るくなるのになあと、もったいなく思った。美樹はファッション誌で読者モデルをやってるから、それ相応に、結構な美人ではあったのだ。手足はすらりとして長いし、十分な背丈もある。引っ込むところは引っ込んでいるし、物足りない気がしないでもないけれど、欲しいところもちゃんと膨らんでいる。外を歩けば男性諸君の目を集めることはしょっちゅうだったのだ。同性からさえも、時折潤んだ眼差しを受けることがあった。美樹と一緒に歩くことができる僕は、確かに、傍から見れば多少なりとも羨ましく映っていることなのだろう。自覚がないわけではなかった。友達からは率直に、いいなあ、と言われたこともいくらかくらいはあったのだ。
(2/5につづく)
ぱがん、と、乾いた音が耳を突いた。まどろみに埋もれていたわたしの意識が、急速に引き上げられていく。気だるげに開いた眼は、薄暗く静寂に沈んだログハウスの天井を視界に捉えていた。
ぱがん、と、乾いた音が再び聞こえてくる。のっそりと上体を起こしたわたしは二段ベッドの上から室内を見渡し、まだサークル仲間の誰も彼もが目を閉じたまま微動だにしない様子を確認すると、がりがりと寝癖のついた頭を掻いてしまった。
もう一度眠ろうかと考えた。予定では、今日は引率している野獣の如き子ども達を宥めてオリエンテーリングに向かわせなければならなかった。下手に寝不足のまま参加してしまえば足手まといになってしまうだろうし、やつれて無駄に疲れてしまうことが目に見えて明らかだった。
やっぱり眠ろう。決めて身体を横たえて瞳を閉じる。小さく、仲間達の呼吸が小さく聞こえてきていた。意識はじゅんぐりと眠りの海に沈み始める。布団を引き寄せて、身体を小さく抱え込んだ。温もりが再度まどろみに沈んだ身体にとても心地いい。
ぱがん、と、三度あの音が鼓膜を振動させた。瞬間、わたしの瞼は何者かに支配されたかのように勢いよく見開かれる。まだ浅いところで引き上げられてしまったせいで、とうとう完璧に目が冴えてしまった。こんな朝っぱらからうるさいなあと少し腹が立ったわたしは、仲間達を起こさないよう静かにベッドから降りると、懐中電灯を持ってひとりログハウスの外へと足を向けてみることにした。
「……すごい」
扉を閉めると同時に、立ち込めていた噎せ返るような濃霧に、思わず呟いてしまっていた。少し息が苦しいような気がする。まるで水底に立っているかのようだと思った。山間だというのに立ち並んでいる木々の姿さえも確認できない。濃密な霧の姿に、わたしは途方もなく圧倒されてしまった。
霧はまだ陽も昇っていない早朝の薄闇の中、心なしか青白く色付いているように見えた。纏わりつく気配の中手を動かすと、水流が生まれるかのように顆粒が小さな渦を巻く。懐中電灯がなければとてもじゃないけれど踏み出せそうにはなかった。霧のせいで迷子になってしまう恐れがあったのだ。ともすれば壁だと錯覚してしまいそうなほどの密度を持った濃霧は、その奥底に圧倒的な幽玄を潜ませながら、音もなくキャンプ場を覆い尽くしていた。
そう。本当にあたりには何も物音がしなかった。鳥の鳴き声も、梢の囁きも、虫の音までも、一切が外気を震わせていなかった。空間を満たしているのは、どこまでも深い霧ばかりだ。昨日来たときには煩わしいほどに感じられた生き物の気配は、どれだけ耳を研ぎ澄ませてみても拾い上げることができなかった。
先ほどの言葉でさえも、口にした途端に濃霧に絡め取られてしまったのだ。生き物達の振動も、片っ端から霧に呑まれて分解されているのかもしれないと考えた。
ぱがん。辺りにまたあの音が谺した。随分近くで。あるいはとても遠い場所から。あの音だけは、やけに周囲に響き渡っている。まるで、霧があえて分かりやすくしているかのように。わたしは音がした方向に向けて懐中電灯の心細い光を放つ。
「誰かいるんですか?」
返事の代わりなのか、しばらくしてから再びぱがん、と音がした。導かれるようにして、わたしは濃霧の中に一歩足を踏み出す。一定の間隔で聞こえてくる音だけを頼りに、見通しの悪い、すでにどこにログハウスがあるかも分からなくなってしまった霧の中を進んでいく。
唐突に、光の円の中にひとりの老人が浮かび上がった。
思わず息を呑んで立ち尽くしたわたしの目の前で、どこか古めかしい翁のような雰囲気を纏った老人が手にした斧を大きく振り被る。耳に張り付いてしまったあの音を響かせながら、刃が突き刺さった丸太はぱっくりと左右に割れて落ちた。
「お早いのう」
こちらに振り返ることもしないで黙々と薪を割っていく作業を続けながら、老人が言った。
「音が聞こえましたから」
「ああ、そうじゃったか。……もしかして起こしてしもうたかな?」
言いながら老人は斧を振り被る。ぱがん。薪が割れる。
態度に少し気分を害したわたしは不機嫌を装って返事をした。
「まあね。うるさかったから」
「そうじゃったか。それは申し訳ないことをした」
と、老人はまったく反省したような素振りを見せずに口にする。なんなんだ、この人は。思ったわたしは口を噤むと思い切り睨みつけてやった。友達から、怖いと評判の眼差しだった。止めた方がいいよと。
けれど、老人は意にも介さない。丸太を立てて、斧を振り被って、割れた薪を横に積み上げていく。
漂い始めた沈黙と続く変化のない作業に、先に耐え切れなくなったのはわたしの方だった。
「あなたは、この辺りに住んでいるの?」
「ええ。長いもので、かれこれ三十年近くになりましょうかね」
「こんな朝早くから薪を割りにここまで昇ってくるんだ?」
「今日はちょうど薪を切らしてしまっていての。寒いし、こりゃあ大変だということで、急いで準備に取り掛かったんじゃよ」
「でも、この霧だと大変じゃなった? よくここまで来られたわね。住み慣れた経験がものを言ったのかしら」
少し嫌味っぽく言うと、老人の口許に淋しそうな笑みが浮かんだ。その表情に、わたしは思わずどきりとさせられてしまう。老人は一度作業を中断させると、腰を伸ばしてから額に浮かんだ汗を拭った。
「深い、とてつもなく濃い霧じゃからなあ。あなたも驚かれたんじゃありませんか?」
「え、ええ。まあ」
「息が詰まって、溺れてしまいそうだと思った」
発言に、わたしは無言のまま頷く。老人は初めてこちらに目を向けると、とても柔らかく微笑んだ。穏やかな、それでいてどこか影の差し込んだ微笑だと思った。
「私も、初めてこの霧を経験した時にはそう思ったもんじゃからなあ。とんでもない霧だとな。けれども、いい場所だとは思わんかね。神聖な気配が満ち溢れているような気になる」
「神聖?」
突飛なキーワードに思わず声が口をついて出てしまった。
「ええ。ええ。そうじゃとも。この辺りには神聖な気配が満ち満ちておる。とりわけ、こんな濃霧の日にはの」
言って、老人は濃霧の向こう側を、その奥底を眺めるようにそっと目を細めた。
「……辺りを少し歩いてきてみたらどうですかな。きっと、とても気持ちがいいはずじゃよ」
しばしの沈黙の後、再びわたしの方を向いた老人は穏やかに微笑んでそう提案してきた。
「それに、もしかすると今日は不思議なことが起きるかもしれない」
「不思議なこと?」
繰り返すと、老人はこくりと頷いた。
「ええ。まあ、噂にすぎないんじゃがね」
そう口にして苦笑した老人に、わたしは最早当初抱いた不快感を消し去ってしまっていた。この人は少し仕事に集中していただけで、本当は親切ないい人なのだ。そう思うことで、優しくなれるような気がした。
「あんたなら、あるいは出会えるかもしれん」
口にした老人に、ありがとう、と礼を言うと、わたしは言われたとおり少し辺りを散策してみることにした。依然として先の見えない濃濃密密たる霧には変化がなかったものの、どういうわけか迷子になって帰られなくなる、といった不安は感じなくなっていた。ぱがん、と背後から断続的に薪割りの音が聞こえてきたからなのかもしれない。わたしの足はずんずんと霧の奥へと進んでいった。
どれほど歩いたのか、濃すぎる霧はわたしから時間の感覚を奪ってしまったようだった。ぱがん、と聞こえる音の回数も、五十を過ぎたあたりから数えられなくなっていた。
一体、ここはキャンプ場のどの辺りなのだろう。どこをどう進んで、どこまでやってきたのかが分からなかった。劣悪すぎる視界は距離感覚も曖昧にさせてしまっていたのだ。加えてどういうわけか聞こえてくる薪割りの音はいつも同じ大きさだった。遠くもなることも、近くなることもないせいで、同じ場所をぐるぐる回っているような奇妙な感覚に陥ってしまっていた。
先の見えない霧の中、疲労にがっくり項垂れたわたしは、とうとうその場に屈んで、膝に手を置いてしまった。上がった呼吸を整えながら、もうそろそろあの老人の許へ帰ろうかと考えた時だった。
幼い笑い声が耳に届いた。
驚き、わたしは素早く顔を上げる。聞き間違いじゃないかと思ったのだ。引率してきた子ども達がこんな時間に外出しているはずがないし、そもそもその声がこの場所で聞こえるはずがなかった。
わたしは膝に手を突いたまま硬直して、こんなことはありえないと念じ続けていた。目の前にいる何かを幻だと理解しながらも、どこかでそうではないと信じていたかった。
再び笑い声が響く。たった三年だったにも関わらず耳馴染んでしまった、最後に息を吸う特徴のある、誰が笑っているのかを知っている声が谺する。
視界に映った霧の中で、その影は確かに楽しそうに口角を吊り上げていた。
「七恵なの……?」
呟くと、ひらりと身を翻して小さな子どもの姿をした影は霧の奥へと駆け出してしまった。
「待って!」
叫び、わたしは全力で影の背中を追う。疲れた身体の都合など知ったことではなった。実際、膝はすぐに悲鳴を上げ出し、やがて横腹も痛みを訴え始めた。いつの間にか木々の間に入ってしまっていたらしく、足場が安定しないのも苦しかった。
けれども、それでもわたしは身体に鞭を打った。影を追わなければならなかった。ここにいるはずのない、ましてやこの世に存在しているはずのない妹が、いま目の前を走っているのだ。どうして追わないことができよう。彼女に伝えなければならない言葉をわたしはずっと胸のうちに秘め続けていた。
掠れ始めた呼吸音と、立ち込める霧そのものが発しているかのように響く七恵の笑い声を耳にしながら、わたしはあの一日のことを思い出していた。決定的に何かが失われてしまった、手を離すべきではなかった日のことを。
あの日まで、わたしはお姉さんだった。三歳になったばかりの七恵を、監督し守ってあげなければならない責任があったのだ。
なのに。
先を行く七恵の影は、どうやら現状を鬼ごっこか何かと勘違いしているらしい、奇声のような歓声を上げながらするすると木々の間を縫い進んでいく。
「待って……待って、七恵」
もう手放さないから。絶対に、必ず握っておくから。
――だから、もうどこへも行かないで……!
ぎゅっと閉じた瞼の裏側に、あの日の光景がフラッシュバックする。病床に臥していた祖母のお見舞いに向かっていたのだった。病室でわたしは暇を持て余していた。近くにいるように母に言われていたのに。七恵を連れて院外へ出てしまった。
近くにあった商店街。立ち止まり見惚れてしまった文房具店。陳列されたいろいろな文房具は、小学生になったばかりだったわたしの目に、キラキラ光っているように見えた。どれもこれも可愛くて、熱中してしまた。
握り締めていたはずの七恵の小さな掌の感触。いつの間にか、なくなってしまった感触。
生々しく思い出せるが故に、後悔は杭となって打ち込まれていく。鈍痛は、いまなお血と共に滴り続けている。槌を振るにやけ顔の罰は、愉快そうにこう告げてくる。
「おいおい、なにを寝ぼけたことを言ってるんだ。それだけじゃないだろう。お前の罪はそれだけに留まらなかったはずだ」
そうだ。そのとおり。文房具から目を上げたわたしは、隣に七恵の姿がなかったことをかなり早い段階で認識していた。その時点でわたしが探していれば、もっと違った現在があったかもしれなかったのだ。
幼かった七恵。まだ三歳になったばかりだった。生意気で、なんでも真似して、両親の愛情まで奪っていって――。わたしは邪魔だったのだ。幼い独占欲は、妹の存在をうっとおしく思い始めていた。
わたしはあの時、本当は喜んでいたのだ。疎ましい七恵がいなくなったと。人通りの多い商店街の中で、これでようやく好きなだけ文房具と向き合えると思ってしまっていた。
失った感触。温かくて柔らかくて、小さかった脆弱な掌。
両親は血相を変えてわたしたちを探しに来た。どうして急にいなくなっちゃったの、と、鬼のように母さんに怒られた。それから、父さんが言った。
「七恵はどうした」
ななえはどうしたななえはどうしたななえはどうした……。
わたしは言葉を何度も頭の中で転がした。意味を理解しようと努めた。そして、同時にかっと全身が暑くなって、唇が動かなくなってしまった。
「ねえ、七恵は。七恵はどこに行ったの?」
怒ったままの鬼の母さんまでもが々ことを口にする。わたしは俯いた。父さんは周りを見渡しながら困ったなと呟いたはずだ。探してくる、と駆け出していったから。
「どうして勝手に抜け出したりしたの」
母さんはヒステリックに叫んでいた。思えば、あの時すでに最悪の事態を予想していたのかもしれない。当時、近くの町で未解決の誘拐事件が発生していたのだ。高圧的に、そして混乱しながら怒鳴り散らす母さんの声を、わたしは俯いたままぐっと唇を噛んで耐え忍んでいた。
罰が愉快そうに口にする。
「そうだ。思い出すんだ。お前の罪がなんなのか。本当に最悪ないことはなんだったのかを」
母に怒られながら、しかしわたしは七恵の手を離してしまったことを後悔していたわけではなかった。むしろ、七恵を恨んでいた。勝手にいなくなって、そのせいでわたしが怒られてしまったのだと、やっぱりいらない奴だと考えてしまっていた。
だから、わたしは泣かなかったのだ。いくら怒られても、いくら詰問されようとも。そして、時が経つにつれて本当に泣くないようになってしまった。
記憶は正確に当時の状況を把握し続けている。行き交う人波の中から戻ってきた父の表情。分からない、との呟やきを耳にした後の母のパニック。宥める父と泣き崩れた母の姿。ようやくわたしにも事態の深刻さが理解できかけてきたのだった。両親が人目も憚らず取り乱す姿なんて後にも先にもこの一件以外に見たことがなかった。
警察への連絡、掴めない足取り、過ぎていくだけの日数、憔悴していく両親。わたしは何も言えなかった。言えなくなってしまった。そもそも言う権利など、端から存在しなかったのだ。
誘拐事件への疑い、寄せられた怪しい人物の目撃情報。七恵は、商店街の出口付近で、若い男に手を引かれていたのだという。
そしてその翌々日。
七恵は、近くの池に浮かんでいた。寒空の下、下着姿でぼんやりと漂っていた。性的暴行を受けた末に、死体の処理に困った犯人に投げ捨てられたのだった。その後、連続誘拐犯の若い男は逮捕され、死刑が決まった。
けれども、もうなにも蘇らなかった。わたしのせいでわたしは、わたしの家族は、そして七恵は、どうしようもなく損なわれてしまった。もう二度と元へは戻れない。失われた存在の代償など、七恵本人以外にありえるわけがなかった。
足がもつれる。転びそうになってしまう。前を向いて、歯を食いしばり、泣き腫らしながらわたしは走り続けている。影に追いつかなければならなかったのだ。あの掌を握り締めることだけが、わたしにとって可能な唯一の贖罪だった。
唐突に影が急に立ち止まる。限界を通り越した身体で追いすがるわたしに振り向くと、にこりと微笑んだ。表情など見えないはずなのに、なぜか笑っていると理解できた。同時に、迎えなければならない別れの予兆も感じ取れた。
「な……なえ……」
息も絶え絶えにそう呼びかける。七恵はどうしてわたしが苦しみを抱いているのか分からないといったような顔をして、首を傾げる。
「ごめん、ごめんね、七恵。わたしが手を離したばっかりに、わたしはあなたを死なせてしまった」
そう、全てわたしのせいなのだ。幼いわたしの自分勝手な考えが、全てを反故にしてしまった。用意されていたはずの七恵の未来も、温かな家族の団欒も、些細な笑い声さえも、残された家族から損なわせてしまった。
崩れ落ちるようにして膝を突き、両手で落ち葉を握り締める。瞑った両目からは、涙が零れ落ちていった。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
この言葉しか口に出せないわたしの肩に、そっと手が触れたような気がした。
顔を持ち上げる。霧の中で七恵は満足そうに笑っている。影の腕が動いて、大きく左右に振れた。口が動いたのが見えなくても分かってしまった。
さよならの合図だった。永遠の別れ。奇跡は二度とは起こってくれないだろう。
焦ったわたしは手を宙に伸ばす。待って。行かないで。もうどこにも。この手から離れないで。そうじゃないと帰れなくなってしまう。あなたは二度と帰られなくなってしまう。
膝を立てて懸命に、力の入らない足を遠ざかりつつあった影に踏み出そうとした瞬間だった。霧の向こう側から、鋭い陽光が網膜を貫いた。
そのあまりの輝きに堪らずわたしは目を閉じる。瞬間、周囲を穏やかな風が通り抜けていった。柔らかな、優しさに満ち溢れた風だった。
ゆっくりと瞼を開く。あれほど濃密で深かった霧がすっかりと薄くなり始めていた。見れば、手を突き出した先の地面は、すとんと途切れてしまっている。山の断崖に出ていたわたしは、昇り始めた太陽に照らされた雲海を、裂け分かれていくようにして音もなく消えていく霧の姿をじっと目に焼き付けることとなった。
壮麗な光景に言葉を失っていた最中、そよいだ風の合間に幼い声を聞いたような気がした。バイバイおねえちゃん、と聞こえたその声は、紛れもなく妹のそれであり、もう決して届かなくなってしまった彼女のことを思ってわたしは再び涙を流した。
泣き疲れて適当に歩いていたせいで、どこをどう帰ってきたのか分からなくなってしまった。気がついたとき、わたしは再びあの老人を視界に捉えていて、何かに操られるかのようにして近づいていったのだった。
老人は相変わらず薪割り続けていた。
「どうじゃった。なにか、起きたかね」
斧を片手に顔を上げないまま、そう口にする。如実に現実感が蘇ってきて、わたしはついさっき体験した出来事を思い出し、それからそっと笑顔になって口を開いた。
「ええ。とても素敵な出来事でした」
もう二度と合えない相手と、たとえ影だけだったとしても会うことができたのだ。伝えられなかった想いも、伝えることができた。一方的ではあれど、わたしにとっては確かに素敵な体験だったのだ。
「……前を向けそうかね」
老人の問い掛けに、やはりこの人は霧の山で起きていることを正確に把握しているのだなあと理解した。わたしはくしゃりと表情を崩して、どうでしょうと口にする。
「また会いたくなってしまうかもしれません」
言葉に、老人は少し困ったような笑みを浮かべた。ぱがん、と薪が割れる。
「あんたも過去に囚われてしまいますか」
わたしは何も答えない。額を拭って、老人は斧を振り下ろす。ぱがん、と薪が割れる。沈黙が二人の間に染み込んでくる。
「かく言う私も、この山の霧に魅せられてしまったひとりでね」
不意に口にして、薪を割る手を休めた老人は恥ずかしそうに頭を掻いた。
「失った日々を前にしてからというもの、ここから離れられずに、こうして樵のような真似事をしておるわけなんじゃよ」
「ご家族の誰かを?」
自嘲気味に笑った横顔に、失礼とは承知で訊ねたわたしに対して、老人は素直に頷いて答えてくれた。
「妻と娘をね、冬場の火事でいっぺんに亡くしてしまったんじゃ。あの冬はとても寒くての、ストーブは欠かせなかった。今思えば不幸なことに違いないのだろうが、ちょうど私は出張で家を離れていてのう。事のあらましを聞いて駆けつけてみれば、二人は見るも無惨な姿に変わり果ててしまっていた。面影すらなかったんじゃ。熱によって筋肉が収縮したんじゃろうなあ、口だけぽっかり開いていて並んだ歯が見えるんじゃよ。でも、それだけじゃ。身体は顔も全身も真っ黒に焼け爛れてしまっとってな、まさしく消し炭で、私は一瞬妻と娘じゃない、他の誰かが死んだんじゃないかと思ってしまったんじゃよ」
進んで訊いたくせにどうとも反応することができず、わたしは目を伏せて小さく頭を下げた。老人は遠く、消えつつある霧が覆い隠してしまった妻子を見つめるかのようにして目を細めた。
「この山はの、異界と繋がっているんじゃよ。もしくは、壮あって欲しいと心のどこかで願う者に山が望むものを与えてくれる。けれども、だからこそあまり長居をしてはならないんじゃよ。私は運よく山に管理者として認めらはしたが、私以外にここで長居をして無事にいられた者は他にはいないんじゃ。皆、山に呑まれてしまった。霧の奥へと誘われて、とうとう帰ってこなかった」
その淋しそうな物言いに、わたしは抗うようにして微笑を湛えた。
「それでも、またいつかこの場所に来てもいいでしょうか?」
驚きに目を見張って振り返った老人が、わたしの表情に何かを見たようだった。柔和に顔をほころばせるとそっと口を開いた。
「……いつでも来なさい。ここはどんな時でもちゃんとこのままであるはずじゃからのう」
「はい」
確かな返事をして背後に振り向く。木々の間を縫って差し込んできていた朝陽に目を細めた。鳥が羽ばたいて空を横切っていく。甲高い鳴き声が響き渡る。存外近くにあったログハウスの中から、いなくなったわたしを心配したらしい大学のサークル仲間達が顔を出し始めていた。
「行かなくっちゃ」
呟きに、老人は力強く頷きを返してくれる。
「またいつか」
「ええ。またいつか」
言うと、老人は割り終えた薪をまとめて背中に担いだ。木々の間に分け入っていく背中を見えなくなるまで眺めてからわたしは踵を返した。
帰るべき日常へ、あるべき仲間の場所へと、わたしは歩を進めた。
俺は上野千鶴子が嫌いだ。
週刊現代の11月14日号の「上野千鶴子先生の特別講座」を読んで、ますます嫌いになった。
彼女はその記事の中で「人生、上がるよりも下るほうがスキルを必要とする」と偉そうに説き、下るスキルのない人の悲惨な例として「あるグループホームで認知症の男性が上から目線の発言をしていて、その結果当然誰からも相手にされていなかった」ことを語っていた。
これは、酷い。
彼女には人に対する優しい眼差しが致命的に欠如しているし、それ以前に認知症に対する知識が呆れるほどに間違っている。
彼女は認知症の男性の言動をあたかも彼自身の本来の人格であるかのように捉え、「人生を下るスキル」を身に付ければこのような男性のようにはならないかのように紹介しているのだが、果たしてそうか?
そうではないだろう。
上野千鶴子は今は認知症も患っておらず頭も体も元気なのだろう。
だからこんなに偉そうなことが書けるのだ。
上野千鶴子は「私は認知症になってもすでに『人生を下るスキル』を身に付けてあるから平気!」と思っているのだろうか。
それとも「私は認知症になんかならない」と思っているのだろうか。
とんだ思い上がりだ。
とんだ思い上がりをしているよ、上野千鶴子は。
よく言われることだけれど、学校という箱は牢獄に似ている。コンクリートの壁が、リノリウムの廊下が足枷となっていて、仕切られたひとつひとつの教室が、割り振られた各々の机が鉄球と繋がった鎖となっている。閉じ込められた囚人達はなかなかガラスとアルミからなる窓から飛び出していくことができない。
確かに、中には無理やり牢を脱獄していく者もいる。けれどそれらの人物は一様に例外中の例外であって、そもそもが学校という箱の中に納まりきらない、もしくは納まることができなかった異端者ばかりなのだ。大概の生徒はなにが起きているのかも分からないままに鎖に繋がれてしまっている。繋がれていることにも、投獄されていることにも気が付かない幸せ者もたくさんいるけれど、私のように気づいてしまう愚か者もそれ相応に溢れている。
集団は、そこに集団が形成された瞬間から社会性を有すものだ、と私に教えてくれたのは、中学校に通っていた頃の変わり者だった。社会性が存在するということは、すなわちそこにはカーストが生じ、相互の、もしくは一方的な関係が誕生するのだ、と。
なくなって久しいと思っていた牛乳瓶の底みたいな眼鏡をかけていた。彼の名前はなんといったのだろう。表情と、滔々と述べられた数多の発言は強く記憶に残っているというのに、肝心の名前が思い出せなかった。クラスメイトどころか、学校中から、ひいては教師達からも距離を置かれていた彼は、中学二年の秋から学校に来なくなった。
誰もいない教室で、窓際の自らの席に座って頬杖を突く。遠く、どこか他の教室の中で話しているらしい女子生徒の声を微かに耳にしながら、私はぼんやりと、見るともなしにグラウンドに散らばった各部活動の活動を眺め降ろしていた。少し黄色がかった空に、長細い雲が浮かんでいる。先ほどから少しも動いていないようにも見えたし、とても長い距離を流れ滑ってきたようにも見えた。鳥が羽ばたきながら勢いよく姿を消していく。
夕暮れというのは面白い時間だと思う。明確に日付が代わる真夜中のその瞬間よりも、鮮やかに一日の終焉を伝えてくるからだ。
郷愁のような物悲しさ。
厳密に言うのならば、まだ夕暮れと呼ぶには早かったものの、色付きかけた青色の空はひしひしと望郷の念を思い起こさせていた。
それにしても、どうして私は夕暮れ時に切なくなるのだろう。離れてしまった故郷があるわけでもないのだ。私はこの街で生まれ、この街で育ってきた。だから、郷愁を抱くわけも道理もないというのに。
あるいは、幼い頃になにか強烈な出来事を経験したのだろうか。それとも、外部から与えられた『夕暮れは物悲しいものだ』という概念に毒されてしまったのだろうか。もしくは、生物本能として、二重らせん構造の中に、ひとつひとつの塩基の中に太古の昔に経験した物悲しさが記憶されているのかもしれない。
人を含め、万物の生命体は元を辿れば海へと行き着き、稚拙な細胞群へと集約されるのだという。それから現在に至るまでにそれぞれの生物が見た景色を、私は深層心理よりも奥深くに大切に補完しているのかもしれなかった。
何の役にも立たない妄想から意識を引き上げてほっと息を吐くと、少しだけ肩から重石が外されたような気がした。こういったことを考えてしまうのは、間違いなく中学生の頃の彼の影響だった。名前も思い出せない瓶底眼鏡君は、今でも確かに私の影に潜んでいて知らず知らずの内に意思決定を巡る過程の中で暗躍している。
「あなたは私と同じにおいがするよね」
そう、先日陸上部の深海さんに言わせてしまったのも、もしかしたら暗躍する瓶底眼鏡君のせいなのかもしれない。私の意識は数日前の放課後に、鮮やかな朱に染まっていた昇降口へ遡っていく。
「雨は好き?」
いつものように時間を潰して帰ろうとして折りに、靴箱の前で唐突にそう話しかけられた。振り返った私は、綺麗な微笑を湛えた深海さんに見つめられたまま返事をすることができなかった。
「私はね、結構好きなんだよ。雨そのものというよりかは、雨が振っている雰囲気というのが」
眼差しは、あなたはどう、と訊ねてきていた。私は首を傾げ、いまは降っていない雨のことを考え、陰鬱な湿り気を帯びた気配を想像してから、それほどでもないと答えた。
それほどでもない。私は雨にあまり良い思い出がないのだ。
微笑む新海さんは、その微笑を消し去るどころか一層壮艶なものに変化させてからやっぱりと言った。
「やっぱり、あなたと私は同じにおいがするよね」
言葉の意味を尋ねなかったことを、私は後悔するべきなのかもしれない。こうして誰もいない教室でひとり机に腰かけている今に至るまでその真意がまったく分からなかった。たぶん、これからも一片でさえ分からないのだろう。
その後、深海さんはじゃあと手を振って、するりと昇降口から外へ向かっていった。取り残されたのは私だけ。あるいは、私と昇降口に差し込んでいた夕陽だけだった。立ち昇った埃が煌めいていたのが、やけにノスタルジーな気配を含んでいた。昇降口には忘れ去られた物品が纏う物悲しい忘却に溢れていたような気がする。
彼はどこへ行ってしまったのだろう。グラウンドを眺める私に、再び瓶底眼鏡君の顔が浮かんできた。我々は決起しなければならないのだ。拳を高く握り締めていた後姿と一緒に。
視線の先で、陸上部が活動を続けている。ひとりひとりの容姿の違いはここからでは判別できない。みんな似たようなジャージに身を包んでさっきから走り込みを続けている。走っては、隣の人と話しながら歩き帰って来て、再び位置につく。反復練習を続ける集団の中に、きっと深海さんも混ざっている。
ふと集団の中の誰かが立ち止まった。顔は校舎の方を向いている。立ち尽くして、何かを探すように視線が動いているようだった。
そして、私は認識する。その人物が深海なつみであり、彼女が私を見つけて微笑んだことを。
どうして人物が彼女と判明したのか、表情まで見えてしまったのか分からないが、その刹那に私はたくさんのことを理解した。なぜ彼女が私に同じにおいを嗅いだのか、どうして彼の名前が思い出せないのか、彼女がいつも微笑んでいる理由と、夕暮れ時に人が物悲しくなってしまう原因を。理解させられてしまった。
堪らなくなって、私は思いがけず席を立つ。全身が、他の意識に乗り移られたように火照っていた。羞恥、憤怒、悲愴、愛憎――そのどれとも呼ぶことのできない感情が昂ぶって、一度大きく爆ぜてしまっていた。
廊下を、口許を掌で覆いながら早足で過ぎていく。
思えば、昔これと似たような感覚を得たことがあったような気がする。母が柚子を買ってきたときだった。剥くこともせずにかぶりついた柑橘のぶ厚い表皮はとても苦くて、渋くて、痛くて、痺れを伴っていて、とてつもない刺激となって私の口の中を駆け巡ったのだった。
そう、あの刺激だ。いまも私の口の中にはあの時の味が、感覚が広がっている。
視界を滲ませながら、私は一目散に帰らなければならないと考えていた。
ここではないどこかへ、逃げるようにして向かわなければならないと思わないわけにはいかなかった。
死んだ魚のような両目に、明け始めた東の空は少しばかり刺激が強すぎた。先ほどからずきずきと網膜が痛みに喘いでいる。眼球も横から釘をずにゅうと差し込まれているような鈍痛に悲鳴を上げている。深夜まで及んだ仕事の疲れと、その他諸々の精神的疲弊、底が抜けた樽に流し込むように煽り続けたアルコールとが混濁しながらぐるりぐるりと私の身体を蝕んでいる。
もたれかかった始発電車のシートは、なんだか変なにおいがしていた。煙草の、汗の、口臭の、蒸れた靴の、新聞の、雑誌の、香水の、化粧品の、ありとあらゆるものをひとつの鉄釜にぶち込んで煮出した、グロテスクに澱んだ悪臭がつんと鼻腔の奥を突いてくる。胃の中身が飛び上がりそうだった。たくさんの人を乗せて運び続けてきた月日の賜物は、疲れきった人体に悪影響しか及ぼさない。
がたん、がたん。振動するたびに、ひとつ、またひとつと猛烈な吐き気のうねりとなって押し寄せてくる。波高は順調に成長し続けていた。まずいな、と止まりかけた思考の片隅で考えながら、その更に奥に残っていた後悔が、計画性もなく酒を呑みすぎた私自身に対して呆れかえっていた。
嫌なことが重なって、ついつい馴染みの居酒屋に浸ってしまったのだった。ビールを二瓶に日本酒を三合ほど流し込んだことまでは覚えているけれど、以降の詳細はついと忘れてしまっていた。
泥粘土のような身体をどうにかこうにか支配下に置いて、窓の外を流れていく景色に視線を投じた。目覚めだした街並みは、その内部に鬱屈としたエネルギーを滾らせながら、今日も刻々と息を吹き返し始めていた。気だるげな風景に、朝日はいやに綺麗に照りつける。
不意に、こんなにも私自身のことが惨めに思える朝は、後にも先にももうないだろうなと思った。仕事でへとへとになって、つまらないことで恋愛に失敗し、自棄酒で酩酊した上に、酒臭い呼吸を繰り返しながら始発電車でアパートに帰っている。他の人たちは仕事に向かったり、学校に向かったり、そりゃあ面倒で行きたくないこともあるのだろうけれど、やらなければならないことに向かっているというのに、私だけがぐでんぐでんに身体を弛緩させてしまっている。
その浅ましさ、情けなさといったらなかった。頬が緩んでしまったほどだった。自嘲気味な笑い声が、くつくつと腹の底を痙攣させる。ずっと、向かい側で音楽を聴きながら座っている大学生らしき青年の眼差しが痛かった。出勤途中のサラリーマンのおじさんが向ける迷惑そうな視線が、鞄を肩に掛けたOLさんが寄こしてくる好奇に満ちた眼光が辛かった。
疲弊し悲しみに翻弄されて空っぽになった心には、今日という日に真正面から向き合わねばならない彼らに対して優越感を抱く余裕なんてなかったのだ。むしろ、こうやってだらしのない恰好で朝を迎えていることが恥ずかしくて、なぜか悔しくて、どうしようもなく頭を下げて謝りたくなっていた。無論、泥人形と化した身体は思うようには動かない。生き地獄にも似ているなと、再び自嘲気味に思ってしまった。
アナウンスが次の停車駅を伝えてくる。まだ降りるべき駅ではなかった。ぼんやりと霞がかった頭で残りの駅数を勘定する。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……。ゆっくりと瞼が覆いかぶさってきた。
そうだ。帰ったら冬眠中のヒグマのように寝てやろう。心拍数を抑えて、呼吸回数もうんと減らして、できるだけエネルギー消費を抑えつつ、気を失ったように布団にくるまり続けるのだ。うん、それがいい。日の目から逃れて、薄闇の中で横になっていればいい。
思いつきは、幸い翌日のシフトが空いていたので実行に移せそうだった。一日中寝て過ごしたって構わないという事実は少しだけ嬉しくて、底が見えないほどに虚しかった。何も食べず、飲まず、そうっと息を潜めたまま時間を過ごすことができる。その代わり、くるまった布団の中で私は途方もないほどに空虚な夢を見なければならない。
電車が速度を落とす。駅に滑り込む。通勤途中の人たちが乗車してきて、少し車内は狭くなる。走行再開。がたん、がたんと振動する電車。再停止。乗客の乗り入れ。走行再開――
ルーティーンな繰り返しにまどろみかけた身を委ねていた時だった。不意にいままでとは比べ物にならないほどに強烈な吐き気が込み上げてきた。両肩がびくんと跳ねて、脈打った胃袋から熱いものが込み上げてくる。反射的に掌で口を覆うと、堪らず屈みこんでしまった。第二波、三波と酒と胃液とどろどろに黒ずんだ感情とが混ざりに混ざった液体が食道を駆け昇ってくる。
びしゃり、とか、べちゃり、とかいう液体の音を随分遠くで聞いたような気がした。涙に滲んだ視界が、ぶちまけてしまった吐瀉物を映し出す。
やっちゃったかと、変に静観している自分と、ごめんなさいごめんなさいと声を大にして謝り続けている自分とが、内心せめぎあっていたものの、実際に声などは出せなかった。断続的に続く吐き気が、まったく治まる気配を見せなかったのだ。どうしようかと、冷静な私が考える。ごめんなさい、醜態を晒して気分を害してしまってごめんなさいと、もうひとりが叫んでいる。
みっともない。恥ずかしい。情けない。消えてしまいたいよ。どうしてこんなことになったんだろう。
目からは涙が、鼻から鼻水と胃液が、口からはどうしようもなく響いてしまう声が流れ出し続けていた。今世紀最大の失態だ。今生の汚点に違いなかった。
きっと、冷たい視線が注がれていることだろう。あるいは、私の周囲に輪ができあがっているかもしれない。近づきたくない、関わりたくない心境の表れだ。私だってことの原因でなかったのならば離れる。舌打ちをしてしまうかもしれないし、車体を移動するかもしれない。それが普通の対応なのだし、だから特別な何かを期待していたわけではなかった。どうするべきなんだろうかと、ようやく治まってきた吐き気の残滓を感じながら考えていた。
そんな折だ。そっと、背中に誰かの手が触れた。
「大丈夫ですか?」
手を汚し、口許を汚したまま悄然と見上げた隣の席に、肩に鞄をかけていたあのOLさんが近づいてきてくれていた。
「これ、よかったら使ってください」
目の前にハンカチが出現する。綺麗な花が描かれた、清潔な一枚だった。彼女は私の背中をゆっくりと擦りながら、心配そうに眉を顰めていた。
「……ありがとう、ございます」
辛うじてそれだけ口にして、私はハンカチを受け取る。口に当てると、再び吐き気が襲ってきた。突如として屈みこんだせいで、OLさんが少し大きな声を出した。ぎゅっと両目を瞑り苦しみに耐えながらも、一方で私はとても温かな気持ちが胸の奥に芽吹き始めていることに気が付いていた。
「大丈夫かね」
野太い声が頭の上から降り注ぐ。答えられない私に代わってOLさんが何かしらのリアクションを示したみたいだった。よっこらせと口に出しながら、その人は私の前にしゃがんだ気配がした。荒い呼吸を繰り返しながら目を開くと、迷惑そうにしていたはずのサラリーマンのおじさんが、読んでいた新聞で吐瀉物を片付け始めてくれていた。
「もう少しで次の駅だ。それまで頑張りなさい」
下を向いたまま穏やかな声が放たれる。頷くことしかできなかった。ありがとうございますの一言は、蚊のようにか細く空気を振るわせただけだった。
「あの、よかったらこれどうぞ。俺、飲んでませんから」
ゾンビのような顔を持ち上げると、イヤフォンを外した大学生らしき青年がペットボトルを差し出してくれてきていた。ずいっと前に出されたボトルを空いていた左手が受け取る。
「飲まなきゃ駄目っすよ」
思いのほか強かった口調に、かくんと首が反応した。はい、分かりました。言うとおりに致します。
反応に安心してくれたのか、彼は困ったように頭を掻くとその場を後にした。背中に向かって小さな声でありがとうと言った。背中越しに上げられた掌は、少々気障っぽかったけれど、とても格好良かった。
アナウンスが次の駅に到着したことを伝える。ちょうど私が降りなければならない駅だった。OLさんは相変わらず背中を擦ってくれていて、おじさんが立ち上がろうとした私の身体を支えてくれた。
声に、私はがくんと頭を垂れる。
「……本当に、ご迷惑を、おかけして」
「迷惑だなんて思っていないさ」
「そうですよ。それより、本当に大丈夫ですか?」
OLさんにも頷いて見せた。
「……ハンカチ、洗って、返します」
言って私はよろよろと、電車の出口へ向かって逃げるように向かっていく。ベンチに腰かけるのと同時に、扉の閉まった車体が再び動き出した。遠く離れていく車窓に、OLさんとおじさんを探そうと思ったけれど早くて無理だった。
ミネラルウォーターを口に、青年のことを思いながら何とか飲み込んだ。少しだけ、けれども確実に気分がよくなってきたのを感じていた。
朝陽というのは、どんな時でも美しいものだと思う。陽の光そのものにしてもそうだけれど、色付いていく空の変化とか圧倒的な効能で見ている人の心を浄化していく作用があるように思える。
でもきっと、本当はそれだけじゃないのだ。朝陽が差し込んでいるからだけで、私の気持ちが澄み渡っているわけではなかった。
とぼとぼとアパートへの道を歩きながら、この大きな世界の、辛くくだらないことだらけの世界のことを考えてみる。それから、与えてもらったぬくもりと、芽生えた感情とを大切に抱き締めてみた。
そしたら急に、なぜか部屋の掃除をしようと思った。それから外に出て、買い物をするのもいいかもしれないと考えた。
見上げた空に雲はひとつも浮かんでいなくて、どこまでもどこまでも飛んでいけそうな、無限に広がる可能性を見たような気がした。
薄闇に覆われた交差点は、混ざり気のない静寂に包まれていた。立ち込める朝霧が全てを洗い流したのかもしれないし、遠ざかりつつある宵闇がたくさんのモノを持ち運んでいってしまったのかもしれない。
歩道に立ち尽くしていたのは私ひとりだった。
車の往来は先ほどからずっと皆無。厳冬を前に冷え込んだ外気は、小鳥の囀りさえも拒んでいるように感じられる。
まるでこの交差点だけが世界から切り取られてしまったかのようだった。私を取り囲むようにして範囲設定、トリミングを行い、まったく同じ画像でありながら完全に異質のモノと化した画像の上に貼り付けて合成する。
この交差点は、ともすると異界なのではないのだろうか。あるいは異界と繋がりかけた、もしくは異界がぱっくりと口を開いた、そんな境界線に接しているのではないだろうか。
思ってしまうほどに、私はその人物から目を離すことができなくなっていた。スクランブル交差点の中央に悠然と佇む野球帽。深く下げられたつばのせいでその表情はまったく読み取れない。口許にだけ、離れているにも関わらず認識できてしまう下弦の月が浮かんでいた。微笑はすなわちそれだけでその人物の全てを表していて、その性差、年齢、思想など、ありとあらゆる特徴を飲み込みながらも絶対的に人物が普通ではないことを放ち続けていた。
その人は、間違いなくどこかがたがっていた。狂ってしまっていた。例えば目の前で子どもが出血しながら蹲っていようとも、老婆が胸を抑えて苦しんでいようとも、子犬が訳もわからないままに溺れようとしていようとも、確実にその微笑を揺るがせないままじっくりと観察するような人物だった。そうであることを、吊り上げた口角と纏わせたオーラで私に伝えてきていた。
そう、間違いなくその人物は私に伝えてきていた。
その事実が恐ろしくて、意味が分からなくて、戸惑い、混乱して、私はただ人物を注視することしかできなくなっていた。
確か、深夜まで続いた仕事をやり終えて、肉体的にも精神的にもボロ雑巾のような状態になってしまっていて、人を物のようにしか扱わない酷使に悲嘆に暮れながら家路についていたはずだった。不意に視線を上げた途端に、交差点中央の人物と向き合ってしまったのだ。その瞬間に私は世界から切り取られてしまった。
一体なんだというのだ。
どうして私がここにいるのか、どうしてここに招待されなくてはならなかったのか想像することさえできなかった。それは私には望まれていない行為だった。人物の微笑みが深くなる。
相手の意図は不明だったし、そうであるから不用意に動くこともできなかった。私は人物に恐怖を覚えていたのだ。本能的な、動物的な、原始的な、野生的な、抗いようのない根源から呼び起こされる畏怖の感情。なにをされるのか、なにを期待されているのか、なにが待ち受けているのか、その一切が不明だった。そして私は、この場から離れなければならないと、ただそれだけを強く強く感じ取っていたのだった。
変化は瞬間に起こった。車道の信号が真っ赤に点灯して、急にとうりゃんせが鳴り響き始めた。電子音の、少し間延びしたような不愉快な旋律。驚き、周囲を見渡した私は、視線の先に目にしたモノに更に目を見張ってしまう。
いつの間にか私と同じように信号を待っていたらしいたくさんのヒトが、一斉に交差点に向かって歩き出していたのだ。その夥しい人数。圧迫されるような人口密度に、私は今の今までまったく気がつかなかった。気がつけなかった。
人々は私の脇を通って対岸へと移動していく。何も喋らず、無駄な動作は一切せず、まっすぐ前を向いたまま一心不乱に先を目指す。それ以外に、この交差点ですべきことなんてないだろう? 遠ざかっていく背中が、向かってくる虚ろな眼差しが、そう物語っているようだった。ざわりと背筋を悪寒が走りぬける。
視線を、交差点の中央に立っている人物に戻す。変わらずその人はそこに立っていて、ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべてきている。
ここがどんな場所か分かっただろう?
知らず知らずの内に、私は頷き返してしまっていた。張り付いた笑みは一層壮絶なものに変化していく。
なら、どうするべきか、お前は知っているだろう。さあ。ほら。
私の足は動かなかった。それに、人物は少し不思議そうな素振りを見せる。
どうした。なにを躊躇っているんだ。分かっているのだろう? ならば、するべきことがあるじゃないか。
固唾が咽喉を流れ落ちる。握り締めた掌には、じっとりと汗が滲んでいる。それでも、私の身体は固まったままだった。私の身体は、私という人格の意思が及ばないところで確かに交差点中央の人物に反旗を翻し続けていた。
様子に、人物が浮かべていた微笑が崩れる。口許に詰まらなさそうな感情を宿すと、直後に苛立ちをあらわにした舌打ちをした。
同時に、行き交っていた人々の、まっすぐに前を向いていただけの人々の首という首が、身体がぐるりと回転して、その数百の双眸が一身に集中する。
誰も何も言わない。何も思っていない。ただ私を私であると認識して、立ち止まり、直視してきているのだ。異物がいると。こちらの世界に属していないのだと。
眼差しが突き刺さる。射抜いてくる。遠く対岸の歩道から、あるいは交差点の中央から、私のすぐ間近から、まだ立ち尽くしている背後の歩道から、虚ろな瞳孔が私を見つめている。観られている。
がくんと膝が砕けそうになった。頭からざああっと漣を響かせながら血の気が引いていき、首筋に、両肩に、背中に、胸に、じんわりと汗が滲んでいく。
心臓が早鐘を穿ち始めた。破裂せんばかりに伸縮を繰り返す臓器は、鈍い痛みを伝えてきている。
呼吸も苦しくなる。肺がうまく膨らまない。浅く繰り返し繰り返し空気が出入りするばかりで、徐々に視界まで霞み始めてしまった。
まずい。呑まれる――
「どうかしましたか?」
声が頭上から聞こえた。唐突に鼓膜に音が戻ってくる。視界に映るのは、随分と明るくなった足元のタイルだ。胸に手を当てたまま、私はそっと頭を持ち上げた。
人がたくさん交差点の前に立ち尽くしていた。路面を車が勢いよく往来している。雑踏が聞こえ、喧伝が聞こえ、小鳥の囀りが微かに耳に届いてきた。
私は傍らに視線を移す。老婦人が心配そうに見つめてきていた。
「お気分でも悪いのかしら?」
「……いえ、少し立眩みが。もう大丈夫です」
「そう? 顔が青いようだけど」
「大丈夫です。ありがとうございました」
答え、ぎこちなく微笑むと、納得はできなかったものの老婦人の心労はそれ以上かけてもらう必要がなくなった。
顔を持ち上げて、大きく息を吸い込む。空には太陽が照っていた。吐き出した息と共に、強要されていた緊張が溶け出していった。
車道の信号が揃って赤く点灯する。交差点にはまたとうりゃんせが鳴り響く。
動き出した人垣に併せて歩き出した私は、行き交う人ごみの中にあの微笑が浮かんでいるような気がして仕方がなかった。
(追記)
その踏み切りは山の入り口にあって、その線路を越えると生い茂る木々の間を進む坂道に道は繋がっていた。辺りに家や建物は見当たらなく、人気のない細い道を進んだ末に、山と裾野をとを分断するようにして無機質に佇んでいた。
一体何の理由があってここまで来なくてはならなかったのか、廃線と紛う線路を目にした瞬間に忘れてしまったのだけれど、私はその踏切の真ん中に一頭の羊を見つけていた。
羊は、例えば山羊とか鹿みたいにほっそりしていたり、大きく悪魔的に曲がった角を持っていたわけではなく、もこもことした乳白色の毛並みや、じっと私の顔を凝視しつつも咀嚼することを止めない泰然たる様にしてみてもまさしく羊そのものであって、いやいや待てよ、どうして東北の人気もなければ人家もなく、ましてや畜舎があるわけでもない山間に羊なんぞがいるのだ、という疑問すら吹き飛ばしてしまうほどに、間違いなく羊そのものであった。
私はしばらくの間羊と睨み合っていたのだと思う。最中、辺りには誰こなかったし、風ひとつ吹きはしなかった。ただもぐもぐと続く咀嚼と、固まったままの私の眼球とが対峙しているだけだった。
やがて、つうっと羊が前を向いた。そして、そのまま線路を歩き出す。足取りは思いのほかしっかりしていて、とてもこの地に馴染んでいるように見えた。そんなことはありえないと思うのだけれど、どうやら羊はこの辺りに長らく住んでいるようだった。
私は麓の高校に通っているけれど、三階の窓からいつでも見ることのできるこの山間に羊が住み着いているだなんて話は一度も聞いたことがなかった。おそらく、噂にすらなっていないのだろう。羊は誰にも知られることなく、それでいて確かにこの地に根を下ろしているようだった。
呆然と歩き始めた羊を見つめていた私を、ふいに立ち止まったもこもことした乳白色の塊は振り返る。じいっと見つめられる眼差しには何かしらの意図が含まれているような気がしたけれども、生憎私は気が狂うほどに動物が好きと言う訳でも、羊の言葉が分かる隠し能力を持っているわけでもなかったので、一体全体羊がなにを思って、どうして私に伝えようとしているのかが分からなかった。
けれども、何となくだけれど、ついていけばいいような気はした。きゅぴんと電撃が迸るようにして脳内に言葉が、煌々とネオンを灯し始めたのだ。
羊は、私をどこかに導こうとしている。
予兆めいた直感は、けれど一度頭の中で腰を吸えると、俄然とそれらしい輝きを放つようになり、他の候補、例えば羊がさっさと私に消えて欲しいと思っているとか、私にでんぐり返しをして欲しいと思っているなどということをことごとく眩ましてしまった。
ごくりと生唾を飲み込んでから、私は一歩その場から踏み出してみる。踏み切りの真ん中で進路を羊の方へと定めて、ショルダーバッグの帯をぎゅっと握り締めた。
様子をじっくりと観察していた羊は、私が背後に立ち止まったことを確認すると再び歩き出した。ざくざくと、石を刻む音が再開する。一度大きく息を吸い込んでから前を向いた私は、意を決して足音を重ねることにした。
羊はもそもそと、遅くもなく早くもない歩調でずんずん線路を進んでいった。まるで、私の歩調に合わせているみたいだった。どれだけ歩いても羊との距離は縮まらず、また決定的に離れることもなかった。
沈黙以上に冷たく張り詰めた静寂が線路の上を覆っていた。そこで許されている音は足音だけで、ぎりぎり呼吸をする音が認められているぐらいだった。呼び起こされたへんてこな緊張感に、私はいつの間にか歩くという行為だけに没頭せざるを余儀なくされていた。
ざくざくと石を刻みながら、私は段々とどうしてこの線路の前にやって来たのかを思い出し始めていた。
帰り道。友達を分かれた後歩いていた住宅路の角に、するりと移動した後姿を見たような気がしたせいだった。消え去る影が、一週間前忽然と姿を消した家猫の背中に非常に似通っていたのだ。名前を呼びながら、いつの間にか私はその後姿を追い始めていた。
角を折れるたびに、小さな後姿はもうひとつ先の角を曲がっていた。右に左に。途中から肩で息をして、私は懸命に後を追っていた。待って、まださよならも言えてないのに、急にいなくなるなんて酷いよ、といろいろなことを考えながら。
そして、あの線路のぶつかったのだった。そこに、目の前の羊がいた。
ふと辺りを見渡す。知らない間に景色が一変していた。左手に見えていたはずの町並みは消え去り、左手にあったはずの藪もなくなっていた。
私はどこまでも続く杉林の中を歩いていた。しっとりと霧が立ち込めていて、先を行く羊の姿はおぼろげに曖昧になっていた。
更にもう少し歩いていると、やがて見知らぬ無人駅に辿り着いた。立ち止まり、呆然と見上げる私の背後から、プオープオーと汽笛の音がし始める。慌てて線路から無人駅へとよじ登った私は、滑り込んできたSLを前にして口に出すべき言葉が見つからなかった。
車窓から、様々な動物達の姿が見えた。例えばそれはイヌであり、ニワトリであり、リスであって、ワニでもあった。あるいはゾウであり、キリンであり、ライオンであり、クジラでもあった。サルも、キンギョも、ヘビもいたのかもしれない。ありとあらゆる動物が乗り込んだSLは、けれどもその形状を変容させることなく、全ての動物を受け入れていた。
というのも、動物達は一様にして似たような大きさにまとまっていたのだった。人間で言うところの大人ぐらいの大きさ。また、ある動物は眼鏡をかけて新聞を読んでいて、ある動物は煙草をふかしていて、ある動物はウォークマンを聞いていた。人が動物になっただけで、車内の様子は一般的な汽車のそれと寸分の変わりがないように見えた。
「えー、米田ー、米田ー。停まりました駅は、米田でございます。まもなく出発いたしますのでー、お乗りのお客様は乗り遅れないようお願いいたします」
らしい抑揚をつけたアナウンスが構内に谺する。見れば、青い制服を着込み頭には帽子を被った羊が、拡声器を使って無人駅を歩いていた。
様子から、羊が駅長なのらしいことが分かった。代わる代わるやってくる乗客から切符を受け取り、ひとつひとつ丁寧に切ってはSLに乗せていく姿は、なるほど、結構様になっているように見えた。
いまだ呆然と、なにをどうしたらいいのかすら分からないまま、私は一連の出来事を見守り続けていた。これは、一体なんなのだろう。純粋な混乱の最中にあった私は、その瞬間に一気に神経を一点に集中させた。
SLに乗り込む乗客の中に、いなくなった家猫の姿を確認してしまったのだ。
「ミーコ!」
思わず叫んでいた。駅長の羊から切符を返してもらったミーコは、そっと困ったような表情で私のことを見返してきた。
眼差しは、多分の物事を語ってきていて。
そっと視線が外れ、静かにSLに乗り込んだミーコの姿に、私はもうかける言葉を見失ってしまっていた。
汽笛が高らかに蒸気を吹き上げる。
「えー、間もなく、間もなく、新町行き米田発の汽車が発車いたします。危険ですので、白線の内にてお見送りください」
アナウンスが終了すると、SLはごとん、ごとんと動き始めた。私は駆け出して、窓からミーコの姿を探し始めた。けれど、座席一杯にひしめきあった動物の中からミーコの姿を探すことは容易なことではなかった。まだ速度の出ていないうちに、ひとつでの多くの窓から探そうと、私の足は駆けていく。
けれども、やがてSLはスピードを増して、徐々に私が遅れていってしまう。
「ミーコ。ミーコ!」
呼び声だけが、虚しく響くばかりだった。SLは駅を走り去っていく。後姿を、私は込み上げる悲しみと共にいつまでも見続けていた。
その後、どうやってあの米田駅から帰ってきたのかは分からないのだけれど、私はいつの間にか線路を戻ってきていて、再びあの踏み切りの場所にまで辿り着いていた。
夜は更けていて、辺りは真っ暗だった。風は冷たくて、全身が氷付けになったみたいに寒かった。早くお風呂に入りたい。それからミーコの写真を抱いて、ぐっすりと眠りたかった。泥のように、あるいは死人のように。睡眠は死界に一番近づける状態なのだ、夢の中でならミーコに会えるのだと信じていたかった。
踏み切りから細い道へと進路を変える。町へと降りていく道をしばらく歩いてから、そうっと背後を振り返ってみた。
りんりんと鈴虫が鳴く闇夜に、月光だけが照らし出す踏み切りは少しだけ幻想的に映っていた。
再び踏み切りから視線を前に向けた瞬間、私は確かに踏み切りの中央に羊の姿を見ていた。
プオープオーと響いた汽笛は、微かに夜風を震わせていた。
小沢一郎氏の生き方を見ていて思ったんだけど、この人おそらく幼少期に親の愛情不足で育った為に人から認めて欲しい欲求が肥大化してまった人なんじゃないかな?
だからどんな手を使ってでも自分の我を押し通さないと気が済まない。邪魔する者は全てなぎ倒す厚かましさと、いざとなれば責任から逃げる臆病さが混雑している感じがする。これからさんざん民主党内部で仕切り屋やっといて、いざ自分の身が危うくなれば離党して新党結成しそう。
欲望への自制心が効かない弱さから西松建設から献金受け取り、人から羨望の眼差しで見られないと気が済まなくてガキ大将のように仕切屋たがり、我が強い故に剛腕といわれ、臆病さ故に悪知恵が働きすぐ逃げる。
かといって民主主義=全会一致というわけでもない。この場合選挙で公約するし国会でも審議して決める。
確かにその通り。そのプロセスそのものには大して問題を感じないし、そもそも全会一致とか怪しすぎる。
これでも民主的じゃないというのはただの言いがかりのように思う。
なんでそうなるか。
繰り返すが、議会を通した「すなわち」民主的とは思わない、というわけで、合意形成はいったいどこへ行ったのか。
(全国民一律の負担なんてのは問題外)
というか、過去何十年プロセスだけはちゃんとやってきた、にも関わらず大して政治は変わりばえしてないし、このような政治しか産み出せていないということに、いい加減恐怖すべきであって、お人好しと呼ぶには既に度が過ぎているし、それ自体が他者への眼差しの欠如と言っても良いと思う。
http://anond.hatelabo.jp/20090720115000
概ね同意、というか、最初からこのようにわかりやすく書けばよかった。
ここで、この案で「排除」されている人に対してはまた別の施策がある、などと言っていたのであればまだセンスを感じた。
単純に、彼らはここで「多数」についてしか言及しなかった。それも現在存在しているか不明の「多数」である。これでは、投票にかける前の話の時点でグダグダである、ということになる。天秤が片方に振り切れっぱなしで、そもそも何処に向かって合意を形成しようとしていたのかわからない。
自分の理解では、多数から零れ落ちるはずの少数をどう掬うかについて、為政者は考え続けてきたはずだし、そうでないならいなくても同じである。何でも直接投票すればいい。従って今回は、これならいなくても同じではないか、と思った。
ラジオ体操から帰ってきた弟が、俯き消沈した様子で背後に立っていた。
胸の前で大事そうに包まれた両手に気が付いて、少なからずの驚きを覚えていた私はどうしたのか訊ねてみた。
「玄関におった」
言って、開かれた手のひらの中には、ぐったりとした様子で硬直したすずめの亡骸が横たわっていた。
「姉ちゃん、どうしたらいい? どうしたらこの子助けられる?」
今年小学校に入ったばかりの弟。垂れ下がった目尻からは、今にも涙が溢れそうだった。
できることなら、なんとかしてやりたい。
けれど、もう一度すずめに目を向けた私には、否応がなしに分かってしまった。
小さな両手に包まれた命は、もうどこかへ飛び立ってしまっている。
聖職者でもなければ魔術師でもなく、奇跡など産まれてこの方一度も遭遇したことのないごく普通の高校生に過ぎない私には、掛けてあげる言葉さえ見つからなかった。
「なあ、姉ちゃん。さっきまで動いとったんよ。口とか動いとったんよ。どうすればいい? ぼくはどうすればいいんかな」
「……たぶん、もう死んじゃっとるわ」
けれど、全てを悟ったらしい弟は、ぎゅっともう一度両手を閉じると、亡骸を包んだ拳を額に当てて、ごめんなごめんなと口にした。
「ごめん。ぼくがもうちょっと早くに帰ってきたらよかったんや。友達と喋ってたてから。まっすぐ帰ってれば、助けられたかもしれんのに」
「陽ちゃんがそんなこと言う必要ないよ。仕方なかったんやって。それがすずめの運命やったんよ」
「そんなん知らんわ」
向けられた眼差しが錐のように突き刺さった。
「そんなん関係ないわ……」
項垂れる弟の肩に、そっと手を添えて上げることしか出来なかった。
その後、埋葬することを勧めると、弟はすずめを庭先に埋めてやった。
墓標代わりに拳大の石を乗せると、そのままじっとしゃがんで動かなくなってしまった。
後ろに立つ私は、じっとその背中を眺めるだけ。気の早い蝉たちが、朝早くから鳴き声を響かせていた。
「陽ちゃん、陽差し強くなってるから、早いとこ家ん中入ろ」
「……姉ちゃんだけ入ったらいい」
「そんな、たかがすずめやんか」
返事はなかった。ただ、背中が怒っているように見えた。
肩をすくめて、私は玄関へと戻っていく。台所に居た母さんに口を愚痴をこぼしてしまった。
「よう分からん。どうしてあんなにショックを受けるのか」
「あんたも似たようなもんやったんよ」
食器を洗いながら口にされた一言に、思わず耳を疑ってしまった。
「何が」
「何がって、初めて生き物を埋葬した時よ。雨ん日やったのに、傘差してずっと庭に蹲って。母さん呆れてしまったよ」
「覚えとらんな」
「ちょうど、いま陽介がしゃがんどる隣ぐらいや」
窓から様子を伺いながら、母さんは穏やかに口にした。
「ああやって、命の大切さを覚えていくんかもしれんね」
「私は忘れてしまっとったけど」
「思い出せんだけだね。身体というか、心というか、ちゃんと記憶されとるもんやと思うよ」
そんなものなのだろうか。いまいちぴんとこなかった。
冷蔵庫からチューペットを取り出して、半分に割る。玄関でサンダルを履くと、未だしゃがんだままだった弟の背中に声をかけた。
「陽ちゃん、アイス食べん?」
「……いらん」
「そんなこと言わんと。片一方は誰かに食べてもらわんといかんのやって」
言うと、弟はようやくのそのそと振り返ってくれた。
「すずめさんにもちょっとあげたらいいよ」
流れの激しい小川の畔を、さもしそうに腹部を擦る狐が歩いていました。
もう何日もしっかりとした食事にありつけていません。水で空腹を誤魔化す毎日に飽き飽きしていました。
ふと、引き付けられるようにして対岸に目が移りました。丸々と膨らんだ果実をひとつだけ実らせる葡萄の木が起立しているのに気が付きました。
お腹が空きすぎて朦朧とし始めていた狐は、もう食べたくて食べたくて仕方がありません。けれど、勢いよくうねる小川を挟んでいるためにどうすることもできませんでした。
何か手立てはないものかと、しばらくの間辺りをうろうろ歩き回りましたが、結果は芳しくありません。やがて、忌々しそうに葡萄を睨みつけるや、悔しそうにぼやきました。
「どうせ酸っぱかったに違いない」
がっくりと項垂れると、再び畔を歩き始めました。
「やあやあ狐さん狐さん。どうされたんですか、そんな生気のない顔をして」
唐突に、藪の中から長い長い蛇が現れました。興味深そうに鎌首をもたげる姿に、狐は悄然と口を開きます。
「お腹が減っているのです。葡萄を見つけたのですが、どうしても取れなくて。でもいいのです。どうせ食べられたものではなかったでしょうから」
そう言って、対岸の葡萄を見つめました。
物欲しそうな眼差しの中に浮かんだ自嘲にも似た暗闇に胸を打たれた蛇は、分かりました、と一言口にすると、するすると小川に入っていきました。
蛇は急流の中をいとも容易く泳いでいきます。あっという間に対岸へと辿り着くと、そのまま葡萄の木を登っていきました。
垂れ下がる葡萄の許まで辿り着くと、眼下で見上げていた狐に向かって大きく声を張り上げます。
「狐さん狐さん、この葡萄が食べたかったんですよね」
「ええ、ええ、そうです。持ってきてくれるのですか?」
「もちろんですよ。あ、でもその前に確認させてください」
何をするのだろうと、狐は不思議そうに首を捻りました。が、蛇が行ったとんでもない行動を目の当たりにすると、俄然いきりたってしまいました。
「やい、このクソ蛇め。なんてことをするんだ。俺の葡萄を食べるなんて。ただじゃおかないぞ」
声に、果実の一つを口にするやびりりと震えた蛇は、何一つ反応を返しませんでした。
「こら、クソ蛇。聞いているのか。早く降りて来い」
言って投げられた石ころに、驚いた蛇はようやく我に返りました。
「狐さん狐さん。悪いことは言いません。この葡萄は諦めた方が身のためですよ。あなたの言ったとおりだった。とてもじゃないけれど食べられたものではありませんよ」
「うるさい。さっさとそこを離れろ。俺の葡萄に近づくな、クソ蛇め」
癇癪を起こしてしまった狐に、蛇の言葉はもう届きませんでした。
飛んでくる石ころや木の枝に恐れをなした蛇は、するすると葡萄の許から降りると、そのまま対岸の奥へと消えていってしまいました。
「なんて蛇なんだ。優しくする振りをしておいて自分が食べるだなんて」
憤りをあらわにした狐は、もう葡萄が食べたくて食べたくて仕方がありませんでした。この場を離れた隙に、蛇に食べられてしまうと考えただけで頭が沸騰しそうになりました。
しかしながら手段がありません。どうすればいいのかしばらく悩んだ末に、決心を固めました。不慣れにも関わらず、小川に向かって勢いよく飛び込んだのです。
ざぶんと浸かった途端に呼吸が苦しくなりました。鼻も耳も水に侵されていきます。もがく手足は僅かな抵抗しか生んでくれません。早々に急流に押され始めてしまいました。
このままでは死んでしまうかもしれない。
思った狐は、恐慌をきたしながらも死に物狂いで手足を動かし、やっとのことで対岸へと辿り着くことに成功しました。
噎せ返り、疲弊した体をしばらく野に預けてから木に登ります。目前に迫った葡萄に手を伸ばすと、とうとう念願の果実を口に含めるようになりました。
これで、少しはお腹がいっぱいになる。満足し、捥いだ果実を噛み締めたときでした。電流が走ったかのような酸味が、口の中いっぱいに広がったのです。
堪らず狐は葡萄を吐き出してしまいました。舌は痺れ、視界はちかちかと瞬いているようです。ここで同じ景色を見ていたのであろう蛇の言葉が思い出されました。
――狐さん狐さん。悪いことは言いません。この葡萄は諦めた方が身のためですよ。あなたの言ったとおりだった。とてもじゃないけれど食べられたものではありませんよ。
その通りだったのです。蛇は、何も意地悪がしたかったわけではありませんでした。本心で狐のことを思い、優しさから諦めるよう諭してくれていたのです。
狐はもう一度葡萄を口に含みました。毛が逆立つような酸味が、電流となって体を駆け巡りました。そのあまりの味に、両目からは涙がこぼれてきます。
でも、それでも狐は次々と葡萄を口の中に含んでいきました。
「美味しい。美味しいなあ」
口にする狐の目から溢れる涙の理由は、何も葡萄が酸っぱいからだけではないようでした。