ラジオ体操から帰ってきた弟が、俯き消沈した様子で背後に立っていた。
胸の前で大事そうに包まれた両手に気が付いて、少なからずの驚きを覚えていた私はどうしたのか訊ねてみた。
「玄関におった」
言って、開かれた手のひらの中には、ぐったりとした様子で硬直したすずめの亡骸が横たわっていた。
「姉ちゃん、どうしたらいい? どうしたらこの子助けられる?」
今年小学校に入ったばかりの弟。垂れ下がった目尻からは、今にも涙が溢れそうだった。
できることなら、なんとかしてやりたい。
けれど、もう一度すずめに目を向けた私には、否応がなしに分かってしまった。
小さな両手に包まれた命は、もうどこかへ飛び立ってしまっている。
聖職者でもなければ魔術師でもなく、奇跡など産まれてこの方一度も遭遇したことのないごく普通の高校生に過ぎない私には、掛けてあげる言葉さえ見つからなかった。
「なあ、姉ちゃん。さっきまで動いとったんよ。口とか動いとったんよ。どうすればいい? ぼくはどうすればいいんかな」
「……たぶん、もう死んじゃっとるわ」
けれど、全てを悟ったらしい弟は、ぎゅっともう一度両手を閉じると、亡骸を包んだ拳を額に当てて、ごめんなごめんなと口にした。
「ごめん。ぼくがもうちょっと早くに帰ってきたらよかったんや。友達と喋ってたてから。まっすぐ帰ってれば、助けられたかもしれんのに」
「陽ちゃんがそんなこと言う必要ないよ。仕方なかったんやって。それがすずめの運命やったんよ」
「そんなん知らんわ」
向けられた眼差しが錐のように突き刺さった。
「そんなん関係ないわ……」
項垂れる弟の肩に、そっと手を添えて上げることしか出来なかった。
その後、埋葬することを勧めると、弟はすずめを庭先に埋めてやった。
墓標代わりに拳大の石を乗せると、そのままじっとしゃがんで動かなくなってしまった。
後ろに立つ私は、じっとその背中を眺めるだけ。気の早い蝉たちが、朝早くから鳴き声を響かせていた。
「陽ちゃん、陽差し強くなってるから、早いとこ家ん中入ろ」
「……姉ちゃんだけ入ったらいい」
「そんな、たかがすずめやんか」
返事はなかった。ただ、背中が怒っているように見えた。
肩をすくめて、私は玄関へと戻っていく。台所に居た母さんに口を愚痴をこぼしてしまった。
「よう分からん。どうしてあんなにショックを受けるのか」
「あんたも似たようなもんやったんよ」
食器を洗いながら口にされた一言に、思わず耳を疑ってしまった。
「何が」
「何がって、初めて生き物を埋葬した時よ。雨ん日やったのに、傘差してずっと庭に蹲って。母さん呆れてしまったよ」
「覚えとらんな」
「ちょうど、いま陽介がしゃがんどる隣ぐらいや」
窓から様子を伺いながら、母さんは穏やかに口にした。
「ああやって、命の大切さを覚えていくんかもしれんね」
「私は忘れてしまっとったけど」
「思い出せんだけだね。身体というか、心というか、ちゃんと記憶されとるもんやと思うよ」
そんなものなのだろうか。いまいちぴんとこなかった。
冷蔵庫からチューペットを取り出して、半分に割る。玄関でサンダルを履くと、未だしゃがんだままだった弟の背中に声をかけた。
「陽ちゃん、アイス食べん?」
「……いらん」
「そんなこと言わんと。片一方は誰かに食べてもらわんといかんのやって」
言うと、弟はようやくのそのそと振り返ってくれた。
「すずめさんにもちょっとあげたらいいよ」
ここ数日で五編の掌編を書いてみたわけだけれど。 思ったことと、お礼なんかを列ねてみようと思う。 まずは第一作。「裕福な扉」 http://anond.hatelabo.jp/20090711032230 題目なんか考えずに...