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はてなキーワード: 一部の人とは

2008-08-07

http://anond.hatelabo.jp/20080807155426

何かに対して抗議することを悪く表現したいときに使うスラング、なんじゃないかなあ。一部の人の用法を読む限りでは。

2008-08-01

自分の異常な性癖を自覚して

※直接的に性的表現や暴力表現が出てくるので注意してください。はっきり言って変態記事です(´Д`)

自分には他人に言えない性癖があることを思い出した。

僕は「丸呑み」好きだ。

丸呑みスキーとは

「丸呑み」というジャンルについて説明が必要かわからないが、簡単に言うと僕は「女の子が怪物とかにもりもり食べられるシーンでハァハァする人」だ。

はっきり言って、変だと思う。英語でVoreとかVorarephiliaとかいう言葉がある程度にジャンルとして確立されていて(日本語Wikipediaの丸呑みフェティシズムってタイトルはダサすぎ。内容の是非と無関係に記事ごと消してほしいほどダサい)、「丸呑みデータベース」というサイトがあったり、同好の士が少しながらいることも知ってるけど、それでも特異なジャンルだという自覚がある。

たぶん、丸呑みに興味ない人は、僕が女の子が食べられるシーンで勃起してしまう理由が理解できないと思う。ノンケの僕に同性愛嗜好が理解できないのと同じように、丸呑みスキーでない人には食べられて死んでいく女の子に興奮する僕がきっと理解できない。

そもそも理屈で考えておかしい。一応、曲がりなりにも性欲というのは子孫繁栄のためにあるもののはずで、女の子の体内に射精して子づくりに励みたいというのが根本のはずで、実際には大多数の精子オナニーをはじめとする各種の方法で膣外に出されて消えていくのだけど(´Д`;)、怪物の体内に消えていく女の子を見ながら勃起してあさっての方向に射精する行為にどんな解釈を持ち出せば説明がつくのか、僕にもわからない。

(念のために言っておきますが、僕は基本的には女の子の膣内に射精したい(´Д`;)というノーマルな欲望も持ってる人です)

どんなのに萌える

思い出せる限りで僕の丸呑み好きの原体験じゃないかと思うのは、たぶん悟空ブヨンに食べられるシーン。

…もしかしたら、ディスクゼルダの伝説リンクがライクライクに食べられるところかも。たぶん、この頃にはもう丸呑みというか、捕食ネタが好きだった。あのファミコンの16*16ドットのキャラで、ビッグマックみたいなドット絵のライクライクがリンクにのしかかるところで興奮してた。

当然18号の吸収シーンは大好物。今でも抜こうと思えば抜ける。さすがに大人になった今、悟空で抜くのは無理…(というか悟空で抜いた経験があるわけではないです。当時はオナニー射精すら知らなかったはずだけど、勃起はしてた気がする)

たぶん一番好きな丸呑みは、バイオハザード アウトブレイクハンターγの丸呑み。丸呑み目当てで買った。わざわざスク水バニーの格好させられて、見ている僕の性欲を満たすために、食べられるためだけにカエルの怪物に向かっていくお姉さんたちにハァハァ。大きな口の中でじたばたもがいて、ごくんとお腹の奥に消えていく瞬間の陶酔感というか。

女性の場合はどうなんだろう。男(じゃなくてもいいが)が食べられるシーンで興奮する女性って、いるのだろーか。

リョナと丸呑み

丸呑みはリョナと被ってる、あるいはリョナの一部とみなされるジャンルで、実際僕はリョナ系もモノによっては好きなんだけど(でもあんまり腹を殴ったりとかは苦手。これから大変なことになる女の子が恐怖におびえてる顔とか、トゲに刺さってエロい悲鳴上げながら光になる某ロックマン女性とかが好物)、丸呑み好きの人は「痛いのは嫌」とか「出血は嫌」とか嗜好が多少ぶれる。

僕は丸呑みっぽければ多少出血しても平気。ワニの出てくる某パニック映画で、女の子がばくばく食べられながら体が血にまみれていくシーンでも勃起していた。

でも女の子がただ普通にむさぼり食われるグロシーンなんかは全然好きじゃない。

そういえば、捕食された後の女の子が胃の中で溶かされていくシーンもあんまり好きじゃないかもしれない。体内に触手があって陵辱シーンに移行するとか論外。

丸呑みの何がいいか、やっぱり今まさに飲み込まれていく女の子絶望悲鳴だろうか、口の中で手足をばたばたさせて抵抗をするところだろうか。頭から頂くか、足から頂くかでも楽しみ方が二通りあるし。

オナニーにたとえれば、丸呑みシーンで口の中で女の子をもてあそぶのは、手でペニスをシコシコしごいているときで、ゴクンと飲み込む瞬間は射精開始の瞬間。お腹の中に消えていくときはもうドクドクと精液が流れ出している状態。

丸呑みシチュでは、口の中でもがかせる時間を少しでも長く味わっていたいけど、最終的な目標女の子が飲み込まれて消えていくという絶頂を迎えること。飲み込んでしまったあとは急速に襲ってくる虚脱感。(射精って、最高なのは始まりの一瞬で、精液がびゅっと出てるときにはもう絶頂が過ぎてるように思うけどどうでしょう?)

あ、でも蛇の丸呑みとかで、お腹が女の子の形にぽっこり膨れてるのは大好物。食後シーンも状況によっては楽しめるな。

現実的な丸呑み

丸呑みというのは、リアルでは絶対に実現不能な嗜好だけど、それ以前に僕は自分で女の子を食べてみたいとは微塵も思ってない。実写の人の口に小さい人間を合成して飲み込んでいく映像とかあるけど、全然実用にならない。

手のひらサイズの小さい女の子が実在するという異常な状況を仮定した場合に、その子を口の中でじたばたさせてみたいとか、それもない。

もっと限定した無茶な仮定で、自分がカエルみたいな口の化け物になったときに、リアルなサイズの女の子を口の中でもごもごする行為ならやってみるのもいい、かも。それでも飲み込むのはちょっと嫌か。…自分で書いてて引きそうな文章だ。

あくまで食べられてるところを傍観するほうがいいな。

自分の理想の丸呑み作品

丸呑みに特化したエロゲー存在しないのだろうか。知らないだけで存在してるのかもしれないけど。丸呑みAVは信じがたいことに実在するようだが、サンプルを見たら残念な出来の怪物だった…

丸呑みスキーとして、こんなエロゲーがあったらやってみたい。

ストーリー:20XX年、突如現れた侵略者の手によって世界は荒廃。生き残った一部の人類が侵略者と戦っている。その侵略者は「捕食者」とか呼ばれ、人間主食とし、特に若い女性が大好物。大きさは人間よりひとまわり大きいくらいのやつから、数mくらいまで。

ヒロイン:侵略者と戦う抵抗勢力女の子と、侵略者から逃げる女の子のふたりくらい。

ゲーム内容:短編オムニバス形式、あるいはロックマン形式でいくつかのシナリオが選択できるAVG。シナリオごとに爬虫類両生類植物・芋虫など、多様な捕食者が出てきて、必死で抵抗したり逃げたりするが、どんな選択肢を選んでも最後はヒロインが食べられてバッドエンドになる。次のシナリオを選ぶと何事もなかったように同じヒロインで話が進む。そしてまた食べられる。抜き所となる捕食シーンも、ヒロイン主観視点で怪物の口に入っていく場合と、地の文の視点でヒロインが体内に消えていく様子を淡々と描写する場合のほか、怪物主観視点でヒロインを味わってしまうなどバラエティ豊か。

問題点対象層が狭すぎて企画が通せない。しかもエロゲーのつもりなのにエロシーンが存在しない。着衣のまま食べればモザイクゼロで済んじゃう。ハッピーエンド存在しないからオチもつけられない。

二次元ドリーム文庫でもいいんだけど、同じ理由でたぶん無理。同人とかで自分で作るしかないのか(´Д`;)

2008-07-31

http://anond.hatelabo.jp/20080731122853

一つ上の増田です。もう見てないと思うけど、レス

「要求」を複数の男に言って試してみればいい。

多くの人が不満を言ったら、それはするべきでない要求

一部の人だけが不満を言ったら、それは正しい要求で、不満を言ったやつが悪い。

そうやって経験つむもんだろ?

ってこういう正論っぽいことを増田で書いてもしょうがないのかな。

2008-07-26

梅田望夫講演録のココがすごい! 10のポイント

http://q.hatena.ne.jp/1216740618

梅田望夫さんの講演録(http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20080629/p1)のよさが分かりません。感銘を受けたと仰ったり、引用している方々は、具体的に何がどう凄いと思ったのでしょうか。

 

といういわしの質問に増田で回答してみるよ!

 

梅田望夫講演録のココがすごい! 10のポイント

 

1 「ものを書くのをやめて、ちがうことをしようと思っています」などと書いておきながら、実際にははてなダイアリーで売れなくなってきた自著本を売り続けるための宣伝広告を、読者に宣伝広告文を読んでいると意識させることなく、それがあたかも新戦略を指し示すエントリーであるかのように読ませてしまう梅田望夫の図々しさがすごい!

 

2 現代日本社会現実は、学歴社会階級社会格差社会が厳然として存在していて、彼がいうところの「個人の選択肢がものすごく多い」人や、「目の前に選択肢、可能性がバーンと広がっている人」や、「それを活かせる潜在能力を持った人」は恵まれたごく一部の人だけで、そういう状況は今も昔もなにもかわっていないにもかかわらず、あたかも今の時代を生きている人すべてが「個人の選択肢がものすごく多い」かのような前提で現実を描いてみせる、梅田望夫勘違いさがすごい。

 

3 彼は株式会社はてなという「ネットを介してつながる人」を相手にした商売に参加しているにもかかわらず、その商売相手であるはてなユーザーも読んでいる場で、「ネットを介してつながる人たちが、毎日何をやってすごしているのかということが気になり始めたら、結局自分のなかに何も身に付かないまま、1年、2年ダラダラと過ぎてゆく」などと、はてなユーザーが置かれた立場を気にする態度があたかも無意味時間であるかのような主張を本人の前で平然と書ける、梅田望夫の無神経さがすごい。

 

4 目の前に存在する辛い現実を直視しなければより大きな危険に直面することになるにもかかわらず、「あまり大変だねということを書きすぎるとぜんぜん元気がなくなって落ち込んでいくばかりでしょう。だから、わざとあまり書かないようにしていたら、こいつはバカじゃないかと批判されて、そんな当たり前のことわかってやっているよ、ということでわかる人はみんなわかっているんだけど、そういう批判はおもしろいからそのままにしてあります」などと書いて、現実を直視することなしで戦略だけ見ていれば目前の危険から回避できるかのような錯覚幻想を読者に与え、その結果として読んでいる人の現実危険に晒している、梅田望夫の無自覚さがすごい。

 

5 上司の命令に「何も考えずに「わかりました」と言ってやると、それは負けなわけです」という彼の態度は、実はただ単にニートの「働いたら負け」と同じロジックにすぎず、世間ではそれは笑いのネタになっているのだが、そういう笑いのロジックマジで書いて恥じない梅田望夫の面の皮の厚さがすごい。

 

6 グーグル創業者などの言葉引用し、あたかもそこに英知があるように表現し、情報を得る力を何に使うかという問いの答えとして「自分の時間を正しくつかう」と書いているが、時間の使い方の「正しさ」の基準について自分ではなにひとつ説明しせず、基準については読者の判断に丸投げする、梅田望夫の投げやりな態度がすごい。

 

7 「科学テクノロジーを梃にして、世界の非常に大きなインパクトを与えられる機会がそこらじゅうにころがっている。」という文を引用し、テクノロジーを使いこなすことが理知的であるかのように書いているが、彼のいる株式会社はてなでは紙のメモに手書きで連絡事項を書いて作業を進めるなど原始的な作業を今も続けている、梅田望夫理想現実の落差さがすごい。

 

8 「シリコンバレー存在理由は世界を変えること。世界を良い方向へ変えることだ」との文を引用し「正しいと思います」と賛同してみせるが、シリコンバレー株式会社はてな米国法人は世界を変えるほどの目新しいサービスをなにひとつ打ち出していないし、実際世界はなにも変っていない。言ってることと実行した結果の落差を直視しないで戦略だけを主張しつづける、梅田望夫の楽観ぶりがすごい。

 

9 「すべて富裕層から始まって、最後はかぎりなくコストゼロに近づいて、すべての人を潤すというロジックがあるけれど、それはいつのことやらということで、過渡状態では実際には格差が広がったりする」という現実問題を認識したまでは良いが、その現実問題に対する評価や具体的対応は「理念は揺るがない」の一言で済まし、結局、「豊かな国の恵まれた人たちしかその恩恵を享受できない現実」を追認しただけの、梅田望夫金持ち勝ち組的態度がすごい。

 

10 「時間だ、時間だ、時間だ」と時間の有効性をしきりと強調しているが、その時間の具体的な使い方については「誰かにどうしたらいいですかと聞くのは、自分の固有性を放棄しているということに気付いてほしい」などと答えをはぐらかし、具体的な対処方法の検討を読者に丸投げすることによって読者の時間をムダに使わせている、梅田望夫の支離滅裂ぶりがとてつもなく素敵!

 

というわけで、いろんなことに気づかせてくれるわれらが梅田望夫大先生ステキな講演録を読んでも感銘を受けずそのよさが分からない人は、「しあわせな方」としか言いようがありませんですわよ!!!!!!!!!!11111112wqzP*

http://anond.hatelabo.jp/20080726002545

俺の場合

彼氏就職活動もせずぶらぶらしてる。私は頑張ってるのに。→俺は院に進学

彼氏が夢を語ってキモい努力もしないくせに。→努力してますがなにか

彼氏が私のバイト愚痴を聞いてくれない。→毎日1時間電話でみっちり聞かされてた

浮気願望があるらしい。信じられない。→願望なんてないし浮気もしてない。

本題からは逸れるが、大学院進学というのは一部の人種以外からは

全くといっていいほど理解されない。

院は遊び呆けた学部生活の延長であり、社会人からみて唾棄すべきところだと

認識している者が世間的に多すぎる。

俺は、仲間内といえる「一部の人種」以外を信用できなくなった。

2008-07-23

エホバの証人と、いわゆる二世と、背教者と」 に質問あったので。


上記二つを書いた増田です。

質問とかあれば、と書いていたら本当に質問あったので回答してみようと思う。

#追記

#上記二つのエントリの続編というか、まとめ(このブログで言いたかったコト)書きました: http://anond.hatelabo.jp/20080724004506

ただし、そもそも説得しようとか布教活動するつもりは毛頭なく、はてな村的な「事実淡々としたレポート感覚で回答したいなと。

なので、こういう感じだよっていうニュアンスで書きます。

結果、総合的に見ると矛盾だらけの教理に見えると思う。

実際には(私はそもそも愛想つかしてるので擁護しませんが)、箇条書きする要点の間には、もっと沢山の補完教理があります。

だから、「こんなもんか」って早合点するより、概ねそんな感じらしいって感覚で見るといいかも。

具体的に知りたいことは家にきたエホバの証人に突っ込むほうがよいです。

教理のアップデートが結構頻繁なので時代により若干、教理が異なってきてるのでこの内容そのものが若干古いとも思うしね。(ここ1、2年はまともに話きいてないので)

ちなみに昨日は寝ぼけてグダグダで書いたんだけど、それが良かったのかすごいブクマついててびびったよ。。。

01.宗教全般に見られることなんだけど、なんで禁欲的な生活が推奨されて、禁欲的でないと排除されるの?宇宙戦争のくだりを読む限り関係なさそうなんだけど。

質問者http://anond.hatelabo.jp/20080723144603

次の質問で詳しく回答しますが、「禁欲的であるかどうか」が重要ではないんです。

結果として禁欲主義になっている、と捉えるほうが理解しやすいかも知れません。

重要なのは「聖書が何と述べているか」つまり「エホバ神は何と言われてるか?」と、

「神の命令に自分は従っているか?」が重要な基準なんですね。

禁欲的なのは神がそのように生活せよと命じられている(と、エホバの証人解釈している)から。

神の命令に従わなければ宇宙戦争世界では、悪魔の側となるという解釈なんですね。

ゆえに、聖書NGとしている(とエホバの証人解釈している)戒律を守り、禁欲的な生活を送っているのです。

禁欲は結果としてそうなっているだけであって、それが目的ではないんですよ。

真の目的は、神の側に自分はいるかどうか、なのです。


02.なんで輸血がだめなの?自殺のくだりで「命を粗末にってことで」とあるが輸血がなぜ命を粗末にする行為なのかわからん。人を助ける行為じゃないの?

質問者http://anond.hatelabo.jp/20080723144603

これは、そもそも「命」の考え方がエホバの証人一般人と異なります。

エホバの証人は、今の肉体は不完全であると考えています。

不完全だから老衰病気になり誘惑に負ける弱い生き物になったと考えています。

不完全になったのは、神ではなく悪魔の側につくと最初の人間である、アダムとイブ(JWはエバと呼ぶ)が選択したから。

人間は神の側か悪魔の側か選択する自由は与えられてた。

しかし、悪魔の側を選んだ場合、代償として死ぬはずの無い人間死ぬことになるという決まりになっていた。

(どうして死なないといかんの?というのは究極的な結論は神がそう決めていたから、というのが最終回答)

で、エホバの証人は、生きるか死ぬかよりも、神の是認(認められるか)を優先すべきであると教えられています。

結論から言うと、輸血だけではなく、神か神以外か?と二択を迫られると神を選ぶ!とどんな状況であれ選ぶ人が

真のエホバの証人であるという教理を持っています。

そもそも、この教団の呼び名である、エホバの「証人」というのも、この思想に基づいています。

つまり、絶対に神が正しい、神に勝る存在はなく、何よりも最高権威者は神であるという考え方です。

例えば、聖書殺人を非としていますが、神が是認した人の死は容認しています。

聖書の中では非信者である人間が、エホバに使える者に神の名によって殺されるシーンが様々なところで出てきます。

その場合、これは、神に反逆した者の報いであるといった解釈をします。(もうちょっと言い方ありますが解りやすさ重視なので)

逆に、神を非とした勢力に殺された信者の話も出てきます。

これに関しては、この忠実な証人は、楽園の時復活するのです。私たちは再会を楽しみにしましょう。と教えれます。

そろそろ話が見えてきたと思いますが、エホバの証人にとって、死ぬことより神に非とされることのほうが重大な問題なのです。

命を大事にせよと確かに教えられていますが、何より神を第一とせよと教えられてもいます。

この神を第一とする考えは絶対です。神より上位のものはエホバの証人概念には存在しません。

従って輸血を避けよと神が命じているなら、神の是認を得るために死をいとわないと考えます。

しかし第二優先事項として、命を可能な限り守ろうと、「輸血以外ならありとあらゆる方法で」命を守ろうと考えます。

ちなみに話がすこし逸れますが、脳死状態(回復する見込みの無い状態)に関しては聖書は明確な指針を示していません。

脳死の場合、延命を希望するかしないかは個人の良心の問題(聖書の行間の間にある余白から出ているメッセージを自分がどう解釈するか?)になるのです。

この個人の選択に関して、他の信者が介入したり批判することは非とされています。ただし、いわゆる二世の家庭では親が子に自分の解釈を強要するケースは珍しくないのも事実です。

つまり、命より、神の命令を守ることが、一番重要であるという価値観なんです。

ちなみに、これをカルトと言うか価値観ととらえるかは、宗教の文化が薄い日本では難しいというのは書いている自分は重々承知しています。


03.宇宙戦争の話面白かったです。でも「民主主義」に洗脳された「私には神しか、人類そして宇宙を支配できませんってでしたっていう証拠を作らないといけない。」これがちょっとよくわからなかった。

宇宙主権の正当性を立証し、復権し、人間人間を支配してもうまくいかんから

人間支配権は神に戻し、神が支配する世界人類繁栄しよーぜっていうことになっている。

この辺もだけど、神の復権ありきで議論が進んでるように感じる。人間が支配する、ってのは絶望的なのかな。

そもそも宗教に入るひとは、社会に対して何らかの不満がある人が入るから、「人間が支配しちゃだめだ!そうか神の復権だ!」って考えるのかな。

質問者http://anond.hatelabo.jp/20080723144603

宗教という枠で見ると話が壮大になり、それは宗教学者と議論された方が充実すると思います。

なので、自分の守備範囲であるJWという狭い枠の中において回答します。

結論から言うと、復権ありきで議論が進んでいる、と言うより、神の復権がそもそものテーマです。

こればっかりは、そうなってるんですよ、としか自分も言いようがありません。

ただ、「人間が支配する、ってのは絶望的なのかな。」という感想ですが、そこにはYesとは言えない部分も。

どういうことかと言うと、「神は選択の自由を認めている」というのも教理の一つなのですよ。

ただ、それに責任が求められるわけで。

つまり、「絶望せずにやってもいいんじゃね?」とも言えます。

あまり、この点をエホバの証人は言いたがりませんが、エホバの証人も神は選択の自由を認めており行動に責任は求められますが選択の自由を保障しています。

まぁ、時々、頭の弱いエホバの証人は、神に見倣い保証すべき自由を否定し、子供に選択を「強要」しちゃってますが。。。

別にこの「自由」という権利は、エホバの証人の中で新しい教理ではなく、発足当時からあるものなんですが、あまり注目されていないという事実もあります。

特に日本は地域変種の信者が非常に多く、日本支部ですらNGと唱えてるのに「服装の明確な規定」まで設けようとした頭の弱い信者もいます。(大抵、そんな困った人は、やがて指導受けますが)

だから、「神の側しかないの!?」ではなく「選んだらいいよ」ってのがある意味、神のメッセージとも言えます。

もちろん、「選ばないと滅びるよ」とは言ってますが、「本人の意思で自由に」と。

実はこの教理がある意味、二世を苦しめる教理の一つで、「私たちは強要してないのよ。神も自由は認めてるのよ」と言いつつ、聖書にはこうあるわよねと言われて育てられます。

前回は正直おもしろおかしく読ませることも若干意識して、一部のケースばかり書いたという側面もありますが、こういう言い方をする親も少なくないようで・・・

そういった家庭で育つ二世は、面と向かって宗教を強要されてはいないんだと、認識錯覚?)してしまうため、強く否定できません。

上から押さえつけられればあれこれ抵抗できるでしょうが、誰だって横からの攻撃は弱いもの。

結局、こう苦しく感じるのは自分がおかしいからなんだ、と考えて鬱病になる人もいます。

いますつうか、俺の友人の一人は確実にそういう感じでおかしくなったし、実を言うと自分もそれで精神病になるかなーってやばかった時期あります。

それから、「社会に不満だから宗教に入る」、確かにそれは一つの側面ですが、「全ての人がそう」ではありません。

それから、"社会に対して何らかの不満がある人が入るから"に関して。

宗教」は日本にはもともと無い概念だそうです。日本宗教という語は、的確な表現ではないという指摘もWikipediaにありますが自分もその通りだなと感じています。

宗教を捉える時に、「信条」とか「儀式」とかそういった形にしやすいものをどうしても日本人は中心に考えるんですが、それって、ショートケーキの上にのっけたイチゴみたいな概念ですよね?

つまり、人生の上にのっけるイベントのような。

でも、人それぞれですが、真剣に宗教をやる人にとって、宗教というのはむしろ、ショートケーキパンケーキ部分そのものなんですよ。

もっと言うとケーキを載せてる皿かも知れない。

はてな的に言うと、一般的な日本人の言う宗教ってアプリケーションです。

でも、マジでやってる人にとって宗教ってのは、OSなんです。

だから、社会に不満があるから、入信ってのは一部の人でしかないです。

で、そういう人はエホバの証人の中にも確かにいますが、長くは持ちません。

ちょっと嫌なことがあるとすぐに辞めちゃいます。

そもそも、ハルマゲドン到来の予言がはずれたり、子供エホバの証人なんてもう嫌だ!このせいで不幸になった!と叫んでも、脱退しない人は大勢います。

なんでかっつうと、その人にとって、これがOSなので取り外せないんですよ。

そんなの洗脳されとる!と思って忌諱するかはまぁ、これ読んでる方の捉え方なのでどうにもなりませんが。

身近な例で概念を理解してもらうための話をしてみます。

結構思いつきなんでアレですが。

あなたが犬を飼っていたとします。

その犬に名前をつけ、とってもとっても大事に思います。

今日仕事で疲れたなぁと思っても、その犬とふれあうことで心が癒される。

で、ある日、その犬を連れて外国に行きます。

仮の話なんので極端な例ですが・・・その国では犬は、ゴキブリや蚊、ハエと同じ害虫

最悪の生き物と見なされている国だとします。

きっとその国の人はあなたにこう言います。

「なぜあなたは、このような生き物を大切にしているのですか?

 柱に近づけば尿をまき散らし、餌を与えれば下品にガツガツと食べます。

 夜になればうるさく吠え、また人を襲います。全く私にはあなたが理解できない」

宗教ってのは熱心な宗教家にとって、宗教なんでやるの?って言われるのは

まさにこういう感覚(実際にはお前何で生きてるの?と言われるに等しい)です。

単純に、現世からの解放という側面だけで宗教を見るとどうしても見えない部分が沢山あります。

そのあたりは、経験するかもっとじっくり身近な宗教家と話さないと理解できないかも知れません。

とりあえず、家にエホバの証人が来たら、じっくり聞いてみると解るかもW


04.「今の世界悪魔に唆されて出来た世界で、人間の自治は失敗しなければならない。だから、そこでの成功や幸せぶっちゃけ世界平和悪魔に与する事になる」と、思えた。だから、楽しくとか、優しく(隣人愛=一般的に言えば誰にでも友好的で優しく、かな)ってのが聖書メインテーマだと判断しというのとは、本来的には相容れない気がした。

質問者http://anond.hatelabo.jp/20080723103847

聖書の理解(というかエホバの証人聖書解釈)によると、今の世そのものが神の愛によるものなのです。

どういうことか?というと、要点は下記の通り。

  1. 神は、自分の宇宙主権の正当性を「わざわざ」立証する必要は無かった
  2. 人間悪魔サタンも滅ぼす権利があった(だって宇宙の最高権威者。反逆者は自分が絶対者かつ宇宙真理正義なのだから、反逆者を全て処罰するのも正当な行為という概念
  3. しかし、神は、宇宙主権に唱えた人間悪魔に弁明の機会(そうする必要は無かったのに!)を与えた。それが今の世界である。

で、神は人類としては神から離れてうまくいくはずがないので失敗は必然だけども、神の側を選んでいる人間個人には、今の世の中でほどほどに喜びを味わって欲しいと考えている、とも解釈されています。

そもそも、信者信仰対象である神の特質(の一つである、愛という特質。その例とされるのが上記の通り)に見習うことが良いとされています。

つまり、人類は神に背を向けたために苦しみを味わうことになった。

それは先祖アダムとエバのせい(罪は遺伝するという解釈。それを修復したのがイエス。で、まだ完全修復は実施されてない。長くなるので省略)

だけど、とは言え、神は、人類という大きな枠組みでは放置されてるけど、神の側につこうとする人間レベルでは見放されてない。

その一例が、聖書という指針書。今の世の全てが解るし、これからどうすればいいかも書いてある。

これが人類に与えられてることも、神の愛だよね。

つまり、人間は、そもそも滅ぼされてもおかしくない存在なのに生かされてる。

そんでもって自分たちの主張した意義を証明するための試験期間すら与えてもらってる。

そして、既に人間だめだこりゃ、神の側につきますって人には、聖書を通して神からの真実が教えられている。

で、神の側につく人は、神の特質を自分自身も表していくようにともあると解釈しています。

だから、神の側につく=神の特質を反映する=神の特質である愛を表明する=つまり優しさとかそういうの=それを表明するのは神の側!

回りくどいけど、大体はそういう解釈です。

一般人萌えアニメ

某所で非常勤講師をやっている者です。

専門学校なので相手は高校生卒業した人が中心なんですが、2割ぐらいは主婦というか、年配の方もいらっしゃります。

教えている内容は萌えアニメの基本的なことと、釘宮病とか17歳教危険性で

「今更こんなこと教える必要あるんだろうか?」

と思うような内容。さすがにそれだけでは申し訳ないような気がするので、

これからの時代に必要とされそうな萌えアニメリテラシー的なことも教えています。(ラジオも確認しようね、とか)

で、そういう非常勤講師をやっていて気づいたのだけれど、割と多くの人は未だに

ツンデレって何?」

という認識である、ということ。いや、それ以前に

萌えアニメって何?」

という認識の人が割といるという現実。年配の人とかに限らず、若い人でも多い。

キャラデザどころか監督ですら知らない。かないみかこおろぎさとみの聞き分けなんて全然できない。

「基本なので、しっかり覚えてください」

「髪型と髪の色だけを覚えてください。それだけでほとんどのキャラは見分けられるようになります」

とお願いしても、授業中は頑張るがそれっきり。次の授業では綺麗さっぱり忘れて別のキャラと混同して混乱。

コレクター・ユイとかCCさくらを教えて、

NHK無料で見れる(学校の)環境は恵まれてますよ!」

とか言っても全然興味を示さない。そもそも、萌えアニメなんて授業で見てるだけで普段の生活では見たくもないらしい。

だから調べないし、いつまで経っても覚えられない。まぁ、それでも全然普段の生活には困ってないんだろうけど。

半数以上の人は、そういう面白い情報を教えてあげると喜んで飛びついてくれる。IDOLM@STERとか教えたら喜んでやると思う。

現にヤマカンの演出を教えるだけでハルヒやららき☆すたやらを喜んで見る。

友達と踊り合って非常に楽しんでいる。

でも、一部の人は何をどう頑張っても無理な気がする。

何か、人生に対する興味が萌えアニメとは無関係な空間にあるよう。

癒しアニメの味わい方(といってもARIA全話一挙放送を見るぐらいなのだが)を教えても、

授業で鑑賞を求められているから見るのであって、癒しを得るのに萌えアニメを見るなんて考えられないらしい。

そもそも、萌えアニメなんて言ってみれば電車の形式とか、パソコンの組み立てのようなもので、

オタクが好きにやってくれればそれでよくて、自分たちが何かをする所じゃない、という認識なのだろう。

昔から個人的な意見としてNHKはもっと萌えアニメを有効活用すべきだ、と思っていたが、

こういう現実を目の当たりにして、それは全くの間違いだと気付いた。

萌えアニメを通して見える世界っていうのは、本当に偏った世界なんだ、と。

犬と猫の意見を集める時に、犬の意見だけを集めているような、

そもそも根本的に偏った世界なんじゃないだろうか、と。

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http://anond.hatelabo.jp/20080721135453 より

2008-07-21

日立製作所官公庁もまともなシステム構築をすべき(続)

http://anond.hatelabo.jp/20080720184208

トラバレス続編です。

http://anond.hatelabo.jp/20080721190509

中の人」によるトラバレスですね。やはり社内調整が大変なんですね。一言で片付ければ大企業病であります。しかし、「縦割り官僚病」に患った官公庁と「大企業病」にかかった大企業によって、国家予算の多くが割かれているということは、もう一段上からの目線で、見直す必要があると思います。

http://anond.hatelabo.jp/20080721063221

ユーザ側がリスクに対する許容度をRFPに明記しないので、メーカー側は過剰品質で高価なシステムを納入せざるを得ないという主旨かと思われます。

池田信夫先生blog

http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/05bc2cfe0e759ee46e41bc14eaa2a322

の記事を参考に勉強したいと思います

「代表性 ヒューリスティック」によるリスク過大評価の可能性についても配慮していきたいと考えています。

http://kyoumu.educ.kyoto-u.ac.jp/cogpsy/personal/Kusumi/heuristics.htm

http://anond.hatelabo.jp/20080721094315

>元増田は本来業者が準備すべき書面を自分が作らされているのがおかしいと感じている

>のかもしれないが、そもそもの発端は逆だったという可能性はないかな。

そのとおりかも知れません。些細なことに文書報告を求めるのが役所の悪弊だと思います。

しかし、本件のような億単位案件に限って、小さな事案に比べ「政治力」が意思決定に大きく関わり、文書が残らないということも、あまりいいことではないと考えます。

あと、僕は国家??種です。

http://anond.hatelabo.jp/20080721104034

>サービスとその対価を良く考えてね。

行政コスト意識を持って」と省内で言われ、無駄コピーとり削減とか、わかりやすいことは、みんな頑張っているのですが。高価なシステム購入のことになると、不思議コストに関して思考停止になる関係者が多いのも事実です。

よく、スーパーの買い物とかは他のスーパーの値段を調査をして節約するけど、マイホーム購入となると、舞い上がってしまい、セールスマンの言われるがまま、大きな買い物をしてしまうということがあるじゃないですか。個人と組織は似たところがありますね。

http://anond.hatelabo.jp/20080721083720

>日立コンサルティングという会社がある。

これはIBMがプライス・ウォーターのコンサル部門を買収して、ソリューション力を強化しようという戦略をとったのを日立が後追いしているものだと思います。

NECアビーム・コンサルティングを買収したし、富士通富士通総研戦略コンサルティング会社として位置づけ強化する、そういった流れですね。今は。

提案(ソリューション)部分とハードソフト売りの部分を明確に分けて、価格を透明化するという試みなのかもしれません。

省庁がコンサルを使う場合は、意思決定の外部評価を得たいとき、つまり「お墨付き」をもらいたいときだと思います。予定調和型の玉虫色コンサル報告書が○百万円といった金額で売れている。これでは、日本コンサルティグ業界健全な成長を求めるのは酷かもしれません。

::コンサル目指している学生さんがいたら、夢を潰してご免なさい。

http://anond.hatelabo.jp/20080721095826

>日立は各社内カンパニー研究所とそれぞれ独立採算制を取っているのでシステム費用

>の高さと研究所の豪華さを引き合いに出すのは筋違い

中央研究所の件はすいませんでした。

しかしながら、少なくとも情報・通信グループの中では、事業所間(戸塚とか新川崎とか秦野とか小田原とか)の利益調整は行っているようですよ。

>下落合迎賓館云々は日立子会社が運営しているので、あくまで別会社

年金事業は厚生省ではなく、別庁の社会保険庁が運営しているので、本省には問題がない」と言った感じの意味でしょうか。すいません。なんか、つっかっていますね。

http://anond.hatelabo.jp/20080721103010

>金融三菱東京UFJメインフレームIBMに取られてボロボロらしいし。

日立メインフレーム事業の長男坊「三和銀行」と次男坊「東海銀行」が合併して、新しい絵が書けるかと思ったところで、三菱東京との合併、IBMへのシステム片寄せ。日立には逆風でしたね。ゆうちょ銀行システムはNTTデータ日立が旧UFJシステム採用して開発中。中途半端金融事業とメインフレーム事業が生き延びる理由ができてしまい、また経営判断を誤る要素ができました。

日立金融ソリューションは「NEXTCAP」というものですが、売れてないそうです。熱心に旧日立ユーザであった興銀=みずほコーポレート銀行に売り込んだのですが、失敗したとか。いつまでも「NEXT」というこのネーミング・センス。日立ってちょっと面白い会社ですね。

http://anond.hatelabo.jp/20080721115630

>深夜残業の帰りはいつも居酒屋タクシー使ってたらしいよ。

僕は自費タクシーか、会社に泊まるか、新橋カプセルホテルに泊まっています。おそらく日立もごく一部の人だけでしょうね。特権的に居酒屋タクシーなんかできる人は。

http://anond.hatelabo.jp/20080721125502

>所員だな。「落としどころ」という言葉を使う当たりが。

どきっ。。こわい。こわい。

一般人の調理

某所で非常勤講師をやっている者です。

専門学校なので相手は高校生卒業した人が中心なんですが、2割ぐらいは主婦というか、年配の方もいらっしゃります。

教えている内容は調理の基本的なことと、包丁とかレンジの使い方で

「今更こんなこと教える必要あるんだろうか?」

と思うような内容。さすがにそれだけでは申し訳ないような気がするので、

これからの時代に必要とされそうな調理のリテラシー的なことも教えています。(調味料はいいものを使おうね、とか)

で、そういう非常勤講師をやっていて気づいたのだけれど、割と多くの人は未だに

「魚焼き器って何?」

という認識である、ということ。いや、それ以前に

「調理って何?」

という認識の人が割といるという現実。若い人とかに限らず、年配の人でも多い。

出刃包丁どころか文化包丁ですら使えない。うろこ取りや三枚おろしなんて全然できない。

「基本なので、しっかり覚えてください」

「骨の場所だけを覚えてください。それだけでほとんどの魚はおろせるようになります」

とお願いしても、授業中は頑張るがそれっきり。次の授業では綺麗さっぱり忘れて骨ごとぶつ切り。

オーブンとか魚焼き器を教えて、

「大型オーブン無料で使える(学校の)環境は恵まれてますよ!」

とか言っても全然興味を示さない。そもそも、キッチンなんて授業で使ってるだけで普段の生活では見たくもないらしい。

だから使わないし、いつまで経っても覚えられない。まぁ、それでも全然普段の生活には困ってないんだろうけど。

半数以上の人は、そういう面白い情報を教えてあげると喜んで飛びついてくれる。低温調理とか教えたら喜んでやると思う。

現にオーブンでパンの焼き方を教えるだけでアンパンやらクッキーやらを喜んで作る。

友達と食べ合って非常に楽しんでいる。

でも、一部の人は何をどう頑張っても無理な気がする。

何か、人生に対する興味が調理とは無関係な空間にあるよう。

じゃがバターの作り方(といってもジャガイモ電子レンジにかけるぐらいなのだが)を教えても、

授業で調理を求められているから作るのであって、ジャガイモを食べるのにレンジを使うなんて考えられないらしい。

そもそも、調理なんて言ってみれば服の縫製とか、壁紙の張替えのようなもので、

できる人が上手くやってくれればそれでよくて、自分たちが何かをする所じゃない、という認識なのだろう。

昔から個人的な意見として一人暮らしの世帯はもっとキッチンを有効活用すべきだ、と思っていたが、

こういう現実を目の当たりにして、それは全くの間違いだと気付いた。

キッチンを通して見える世界っていうのは、本当に偏った世界なんだ、と。

犬と猫の意見を集める時に、犬の意見だけを集めているような、

そもそも根本的に偏った世界なんじゃないだろうか、と。

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http://anond.hatelabo.jp/20080721135453より。

ごめん、「アンパンマンやらミッキーやら」を「アンパンやらクッキーやら」に変えたかっただけ。

やる気が出なくて本当に困ったが怠惰なだけかもしれない

ここ1年弱ぐらい、何をやるにしてもやる気が出なくて本当に参っている。

一方で、私は何か頼まれごとをすると断れない性格なので、頼まれると自分のキャパシティを超えて引き受けてしまう。というか自分の能力だとどのぐらい時間がかかる、といったキャパシティを見積もる習慣がない。見積もらなくても、おそらく期限内に出来るだろうと、自分の能力を過信してるんだと思う。

でも、最近はやる気がないので一向に仕事が進まない。結果、締め切りを大幅に超過する。自分一人で進める仕事の場合は自分の評価が下がるだけだが、二人以上で進める仕事(実際はこれがほとんどなのだが)の場合は周りに多大な迷惑をかけてしまう。

そういうことを繰り返している自分の状況を見て

寝ぼけた返信をするのもいい加減にしろ。他の関係者はお前よりはるかに多くの量の案件も同時進行で進めているんだから忙しいというのは理由にならない。ちゃんと自分のキャパシティを考えて返答をしろよ。お前は知らないだろうが、お前が無理な仕事を引き受けた結果、期限に間に合わないといったことを繰り返すから、今までお前に関わった関係者は迷惑を被るどころか、それを通り越してみんな呆れているみたいだぞ。金もらって仕事をする立場なんだから、期限内に仕事を完了するのが最低限の責務だ。そんなことも分からないのか。しかも、期限を超過した結果出てきたアウトプットも、クオリティが低すぎてまったく話にならない。俺はお前のためにケツを拭く気はないし、これからもする気はない。言い訳は先方にとってはどうでもいいことなんだから、お前は言い訳などせずにさっさと仕事をして結果を出せ。しかし、お前のせいで同じグループ仕事をしている俺まで無能と思われるのには我慢ならない。お前がこのままこの態度なら、お前の周りの人間に対して、「こいつは今までこういう迷惑なことをやってきて、怠惰で無能だから一緒に仕事しない方がいい」と吹聴してやる。(お前と違って)俺にとってはその程度、全然簡単なことなんだからな。

といった叱責まで受けている。まあ、一部の人にはすでに呆れられているというのが事実なら、一部が全部になるだけの話なのだが。

しかし、最近なんでこんなにやる気がないんだろう。少なくとも今の状況なら、ちょっとでも無理そうと感じたら仕事を断るべきだろうな。後になって多くの関係者に悪影響を及ぼすよりも、断ることで自分個人の印象が悪くなる方がよっぽどいい。

やはり俺は怠惰なんだろうか。今までの人生では良くも悪くも「真面目」と評価されることが多かったんだけどなぁ。真面目ぶってるんだけど本質怠惰といったところだろうか。

なんか自分に対する認識と周りからの評価のギャップや、人間関係で頭がおかしくなりそうだ。

一般人パソコン

某所で非常勤講師をやっている者です。

専門学校なので相手は高校生卒業した人が中心なんですが、2割ぐらいは主婦というか、年配の方もいらっしゃります。

教えている内容はパソコンの基本的なことと、WordとかExcelの使い方で

「今更こんなこと教える必要あるんだろうか?」

と思うような内容。さすがにそれだけでは申し訳ないような気がするので、

これからの時代に必要とされそうなネットリテラシー的なことも教えています。(SSL通信を確認しようね、とか)

で、そういう非常勤講師をやっていて気づいたのだけれど、割と多くの人は未だに

インターネットって何?」

という認識である、ということ。いや、それ以前に

パソコンって何?」

という認識の人が割といるという現実。年配の人とかに限らず、若い人でも多い。

タッチタイピングどころかマウスですら使えない。ダブルクリックドラッグなんて全然できない。

「基本なので、しっかり覚えてください」

「AIUEOの場所だけを覚えてください。それだけでほとんどの文字は打てるようになります」

とお願いしても、授業中は頑張るがそれっきり。次の授業では綺麗さっぱり忘れて人差し指タイピング

ゲームとかインターネットを教えて、

ネット無料でできる(学校の)環境は恵まれてますよ!」

とか言っても全然興味を示さない。そもそも、PCなんて授業で使ってるだけで普段の生活では見たくもないらしい。

だから使わないし、いつまで経っても覚えられない。まぁ、それでも全然普段の生活には困ってないんだろうけど。

半数以上の人は、そういう面白い情報を教えてあげると喜んで飛びついてくれる。Twitterとか教えたら喜んでやると思う。

現にWordで図形の描き方を教えるだけでアンパンマンやらミッキーやらを喜んで作る。

友達と見せ合って非常に楽しんでいる。

でも、一部の人は何をどう頑張っても無理な気がする。

何か、人生に対する興味がPCとは無関係な空間にあるよう。

年賀状の作り方(といってもWordの用紙をハガキにするぐらいなのだが)を教えても、

授業で提出を求められているから作るのであって、年賀状を書くのにPCを使うなんて考えられないらしい。

そもそも、パソコンなんて言ってみれば配電盤の中身とか、車のエンジンルームのようなもので、

専門家が上手くやってくれればそれでよくて、自分たちが何かをする所じゃない、という認識なのだろう。

昔から個人的な意見として政治世界はもっとインターネットを有効活用すべきだ、と思っていたが、

こういう現実を目の当たりにして、それは全くの間違いだと気付いた。

インターネットを通して見える世界っていうのは、本当に偏った世界なんだ、と。

犬と猫の意見を集める時に、犬の意見だけを集めているような、

そもそも根本的に偏った世界なんじゃないだろうか、と。

http://anond.hatelabo.jp/20080630192904

このビラが見つけたかったんだが、こんなとこにあったのか。

参考: http://anond.hatelabo.jp/20080630041351

毎日の問題は、ネット軽視の体制にあると思うので、そこを改めれば、よくなるんじゃなかろうか。

ネット君臨」とか云ってたバッシングも、自社のネット部門/デジタルメディア局の軽視を背景に、「うちはこうだから、ほかもこうでしょ」って云ってたんだろうと思うんだけど、マイコミジャーナルの記事は、新聞社系のIT系ニュースとしては、すばらしい水準だったと思う。

waiwaiとか、一部のデジタルメディア局の一部の人ダメだっただけで、そうでない(ダメでない)人見異端じゃないかと。

2008-07-14

あと半年で二十歳

小学生だったとき、

日本は飛びぬけて優れた人を評価せず、足を引っ張りたがる。よくない!」

っていう雰囲気があったように思う。

大学生になった今は、

日本は景気良くなったとか言うけど、一部の人間が得してるだけじゃないか?!格差よくない!」

って言ってる人が多いように感じる。(主に飛びぬけて優れた人や企業のおかげじゃないのか?国の成長って。)


世論ってのはゆとり世代の与り知らぬ所で形成されるのだなあと強く、強く思う。

2008-07-09

http://anond.hatelabo.jp/20080709045316

そういう思いは自分も常々抱えてるけど、多分それは自分に何かが欠落してるせいなんだろうなって結論になった。人の需要を汲み取る能力とか、いわゆる「空気を読む」とかいうバズっこいスキルとか。

自分の場合はそこそこのリアクション、できればノーリアクションが欲しくて何かするんだけど、過剰に持ち上げられて、何かスケープゴートっぽいポジションになるパターンが多い。えっ何そんな注目されるならもっとまともなもん出すよって思ってちゃんと練ったもの出すと、今度は一斉スルー。そしてその横で淡々と、誰かの何かが良いね悪いね楽しいねなんてレスが続く。

最初は自分も運なんだろうなって思ってたけど、それどころじゃない 経験数/場数 になってきて、ようやく自分に原因があるんじゃないかって思えてきた。正直遅過ぎた。

今のとこ何が欠落してるかをしっかり突き止められないし、突き止めたところで即直せそうもない類のものっぽいから、とりあえず今は特定の評価を狙わないもの、狙う気の起きないもの、どんな結果になってもあーそうだねって思えるようなものしか出さないようにしてる。作るのに苦労したものとか、思い入れのあるものは出さない。匿名のとこに限らずネット全般で。そういうのを出して幸せになれる人は一定の水準に達した一部の人達だけなんだとセルフ言い聞かせしてる。

そしてこの文はめでたく増田に出ることに。

2008-07-07

サミットテロリズム解釈

そうか、「サミットでは白色『テロが発生した』」という解釈も、一部の人たちの間では成立するのか。

まあ政府無政府主義者の間では常に、デモでのテロが白色か黒色かという紛争が絶えないけど。

キーワード白色テロ、黒色テロ

2008-07-06

Re: MADなんて潰れてもいいと思う理由

それ、結局一部の人間の話じゃないか。

マナーが悪いやつほど声が大きいってのはよくある話だろう。

MADなんて潰れてもいいと思う理由

http://d.hatena.ne.jp/banraidou/20080705/1215283949

音楽サンプリングリミックス文化と今ある日本MAD同人文化の圧倒的な違いは、

「1次創作者への敬意」があるかないかだと思う。

個人的に日本MAD同人文化にはそれがまったく感じられない。

日本MAD同人文化は、

著作権保護期間の延長を求める老漫画家に対して、

死ね」「老害」といった罵詈雑言をあびせる文化。

アニメDVD特典が違法UPされることを嘆くアニメーターに対して

死ね」「糞アニメのくせに」といった罵詈雑言をあびせる文化。

こんな文化が敬意を払われることはない。

そんなのは一部の人間だけと主張するかもしれないけど、そういう人たちに支えられた文化であることも事実

アメリカフランスではパロディ条項があるとか騒ぐが、

そのアメリカフランス著作権保護期間が70年であることはスルー

1次創作者にクリエイティブ・コモンズを求めるが、

自分たちの作り出す同人クリエイティブ・コモンズにすることはなく

ファンの行為ということを隠れ蓑脱税までして金儲け。

自分たちの都合の良いことばかり主張して、1次創作者の権利は徹底的に否定する。

敬意と感謝がまるでない文化。あなたは支持できる?

2008-07-01

創価学会員の家庭で育ってきた自分が最近思うこと

※個人的な意見・憶測が多く含まれます。

分類とか

創価学会の家に生まれてきた子どもには色々いる。

(1)バリバリ信じてる人(活動家

(2)あんまり信じてないけど活動家に誘われたら学会活動に参加する人(中間派

(3)信じてないし活動もしない人(未活動派)

(4)学会に批判的な人(批判派)

おおまかに分けたけど、それぞれの境界にいたり、どっちも兼ねてたり、

しんどい時だけなんとなく信じてみたりする人もいると思う。

自分のポジションとか

自分は2と3の間。正月家族学会の会館に行ったりする。

学会に疑問を持つこともあるので4も入ってるかな。

昔は1タイプにならなきゃいけないともがいたり

いろいろあって4のど真ん中まで行ったりしたけど、

海外に遊びに行き、いろんな宗教が混在してるとこを見て

異なった宗教国籍を持つ人たちと関わってみたら

案外どーでもいいんだって心境になり、現在に至る。

(1)活動家とか

学会を知らない人が想像するのは、(1)のタイプだと思う。

選挙前に電話してきたり、新聞を取るようお願いしてきたりする人。

あるいは大規模な集会で、指導者言葉を真摯に受けとめる人。

ネットでは学会に対する批判が強くなってきてるけど、

(1)のタイプの人はあんま気にしてないんじゃないかな。

自分達の信仰の正しさを確信しているから、

「外部からの妬み嫉みはほっとけ!」って割り切るかんじ。

でも「学会」じゃなくて「学会員」に対する批判に関してはわからない。

選挙前だけ電話してくんな」とか「彼女折伏されて鬱」みたいなのには

やっぱり思うとこがあるかもしれない。

(4)批判派とか

内部にいないとわからないような情報が流れてるし、

実際の内部からの批判も目にするから、

(4)の中にはネット上で学会批判をしている人もいると思う。

(批判を心の中だけに押しとどめている人も当然いる。)

(4)のタイプを更に細かく分類するとしたら、

a・具体的な批判材料を知ってから批判するようになった人

b・先に学会嫌悪があって批判する人

ずっと執着を持って批判してる人には(4)bタイプが多い気がする。

(3)未活動派とか

まずわかりにくいので「未活動」という言葉について。

学会活動に一切参加しない人のことを活動家が「ミカツ」と呼ぶことがあって、

直接どういう意味か尋ねたことはないんだけども

おそらく「未活動」の略だろうと考えてこの名前をつけてみた。

今はまだ活動してないけど、これから活動していくだろう人ってニュアンスかな。

小学生の時にはたくさん地域の会合に来ていた同年代の学会の子が、

社会人になる頃にはぱったり……というのはよくある話。

成長していく過程で、名簿上だけの学会員になったという人はすごく多いはず。

ここでポイントになるのが家族との温度差。

家族が熱心な信仰者であれば結構もめることもあるし、

そんなに熱心でない家庭とか、子供信仰に関わらない家族であれば

そのまま学会からはフェードアウトしていける。

前者はこじれると(4)の批判派に転じることもあるし、

学会員家族を持つぶん、学会批判はかなり刺さってくる。(自分もこのクチ)

後者学会内部っていうより外部の人の感覚に近いから

批判されても「そういや学会ってそうだよなー」って傍観視できるかも。

(2)中間派とか

「あまり信じてないけど活動家に誘われたら学会活動に参加する人」と定義したけど

これは相当幅広い。人によってスタンスが全然違う。

なのでまた乱暴に分けてみる。

(境界にいる人やどちらの要素も持っている人もいるので要注意)

a・やっぱり信じた方が良いのかなーという気持ちを持って参加する人

b・誘ってきた活動家義理を感じてとりあえず参加する人

c・心底行きたくないけどなんだかんだで連れ出されてる人

ここでいう「(中間派を誘う)活動家」っていうのは、地域の学会員だったり、

同世代の組織リーダー役だったり、家族だったり様々。

(2)aの場合はまだ自分の中の信仰が揺らいでいるので、

学会の内部の声も外部の声も気にしている状態。

学会批判を見たら素直に捉える子もいそう。

(2)bは、信仰についてaと同じように迷っている人もいれば

信仰については固まっているけど、人間関係を守るために付き合うという人もいる。

どちらにせよ学会関係の知り合い(家族・友人)を切り捨てられないって点は同じ。

(2)cも結局bに似てるのかも。

自分の意思としては学会に属するつもりはないけど、

学会関係の人にひっぱられて、はっきりNOと言えず……というパターン

a・b・cに共通して言えることは、学会内部の人を意識しているということ。

学会の考え方に賛同はできないけど、学会の人との人間関係を壊したくない。

だからこそ学会批判は「自分の身内のものへの批判」として聞こえてくる。

例えるなら、お前の母ちゃんでーべそーを知らない人から言われてるかんじ。

母ちゃんをかばいたくても、母ちゃんがでべそなのは事実だから何も言えない。

でべそが良いか悪いかっていう議論が起きても、

自分自身「でべそはちょっとみっともないかな……」とか思っちゃってる。

でも母ちゃんは好き。たとえでべそでも自分にとっては大切な母ちゃん。

そんな母ちゃんもみんなから見たらただのでべそのおばさん。

こんなジレンマ中間派を悩ませる。未活動派の一部の人もそうかな。

(2)中間派(3)未活動派についての補足とか

ちょっと話が前後するんだけど、中間派と未活動派についての話。

親しい友人や先輩、家族からの学会活動の誘いを断るのは結構勇気がいる。

一般の人が、学会員活動家)から選挙電話を受けるのと大差ない。

「友人としては良いやつだけど創価は無理だわ」みたいな気持ちはどこかにある。

違う点は、今考えているのは二つ。

1つ目は、対象が「友人として」以上に身近な存在であるかもしれないこと。

一番多いのは親や兄弟。あんまりないかもしれないけど親友や先輩。

宗教って人の生き方や習慣に大きく関わるものだから、

同じ家に暮らている人を「家族としては良い人だけど」って前置きして語るのは

たぶん不可能に近いと思う。どんなに小さくても葛藤存在する。

信頼したいしされたいのに、信仰のためにそれが叶わなかったりもする。

ここらへんは前にも書いたとおり、相手との温度差による。

相手が人の信仰を気にしない人だったり、そこまで宗教に篤くない人であれば

そのまままったり人間関係を維持していけるはず。

2つ目は、「友人としては良いやつだけど創価は無理だわ」の後に続く

(まあ自分も創価人間なんだけど)って部分。

自分の家族信仰を持っていること、自分が学会の近くで育ってきたこと、

学会批判に対して苦い思いをすることなど、

自分を「創価学会に関わっている人間」だと感じる機会はたくさんある。

周りの学会員を見てると違和感がわくこともあるけど、

今さら声高に学会批判して周囲を敵にまわすのもなんか違う。

学会員の良い面も知ってしまったから、もう外部の人と同じ感覚には戻れない。

要するに「きゃあ三色旗だあ、キモーイ」って言える立場じゃないってこと。

課題とか

信仰心がない学会員の目線で書いたので、(1)活動家についてはかなり不十分。

活動家をひとくくりにするのも変なんだよなー。

一般的な「学会員」のイメージ通りにすごく干渉してくる人もいれば、

組織に疑問を持ちながら折り合いをつけて活動している人もいるので。

増田活動家がいればちょっと教えてほしい。

とりあえず

いったんこのエントリはおわり。

また関連したものを書いていくかも。

2008-06-29

http://anond.hatelabo.jp/20080629131238

そうなんだよねー。

一部の人とはいえ、悪用する人は必ず出てくるわけで……

良識のない人にも困ったもんだ。

2008-06-27

公務員バッシングって、そんなに理不尽かよ。

http://anond.hatelabo.jp/20080627001409

http://anond.hatelabo.jp/20080627000703

>公務員は特に庶民や低所得者のためにがんばっている。

>一部の人不祥事を起こしたりするが、多くの人は我々庶民を縁の下で一生懸命支えてくれている

↑本当にこんなことを思っているなら、世間知らずも甚だしい。

マスコミ批判衆愚批判したい気持ちって、分かるけどさあ。

公務員連中と一度、仕事でも個人的にでも付き合ってみるといい。

彼らに漂う事なかれ主義前例主義と無責任さは独特の気持ち悪さがある

不祥事を起こすのは一部かもしれない。

でも、大方の人間は、

自分たちが絶対的に安定した立場にいることに気付いていないのか、

あるいは知らない振りをしている。

それは、「我々庶民を縁の下で一生懸命支えてくれている」とは違うね。

いや、それなら別にそれでいいんだよ。

なら、給料をせめて3割カットして、

土建屋さんの下請けでやつているような人たちと同じレベルの生活を味わうといい

公共事業バッシングについて思うこと

最近公共事業バッシングがすごい。あまりにも。

まあ公共事業不祥事は多いし、おれも非難したくなる気持ちもあるけどね。

(ちなみにおれはIT企業に勤めてます)

でも、不祥事を起こしたのはほんの一部の人間なんだよね。

民間でもほかの公共サービスでもいくらでもいるよね。不祥事を起こしたりする人。

マスコミはほんの一部の悪い部分を、公共事業全体がそうなんだといってこてんぱんに叩く。

それをみた国民も怒って公共事業バッシングをはじめる。

そして、自治体の長は選挙の際に人気取りのために公共事業カットを明言する。

そんな構図になっちゃっている。

ちなみに自治体借金まみれなのは、公共事業に全て責任があるわけではないよね。ここ十年近く公共事業減少傾向なのに借金増えてるわけで。

デフレ地方交付税削減とかいうのは、国が決めたこと。

そして、国の指導者を選んだのは国会議員、その国会議員を選んだのは国民。なので国民責任があるわけです。

http://anond.hatelabo.jp/20080627000703

2008-06-23

最近違和感を感じたこと

裏付けも何もないというか調べてないのだけれど、お金の流れと思想を考えるとやはり腑に落ちないなにかがある。思いついたままに箇条書きにしてみた。

核家族…拡大家族の方が分担などいろんな作業効率はいいのだけれど、核家族化して世帯数を増やした方が家や家具が売れる。

保険災害が起きたら怖いと煽ると保険が売れる。でも保険屋がもうけてるってことは保険をかける側が損してるってことじゃないだろうか。

携帯電話は家に一台でも事足りるけど一人一台持つスタイル流行らせた方が売れる。

メタボメタボリックとか肥満危険性を宣伝した方がスポーツグッズやジム関係の需要が高まり健康グッズが売れる。

癒し…疲れてないのに「疲れた現代社会」って言うと癒しグッズが売れる。

・髪の毛…はげるのが普通だけど薄いとかっこわるいって価値観を創ればカツラ育毛グッズが売れる。巨乳も同様のことが言える?

・化粧…しなくてもいいけどした方がキレイになれるし周りも反応はいいというのは否定しない。しかし、現在小学生向けの化粧品もでてる。こういう市場の拡大とか、原材料費や人件費より宣伝費の方が大きいのを見ればなんかだまされてる気になる。

医薬部外品医薬品じゃないので確かな効果があるかはわからないけど、効果がある気がする。効果がある気がするとプラシーボ効果で効果が出てくることがある。だいたい売れてる医薬部外品の値段の大半は広告費と考えた方がいい。その額数百億。

ペット・・・かわなくてもいいけど飼った方がペット関連商品が売れる。癒しとか言うけど生き物一匹飼う労力の方がよっぽど疲れる。

自分らしさ…「オリジナリティ」「自分だけの」「自分らしく」をよしとすると、たとえば量産されたもの以外を求めることになる。するとオーダーメイドは基本量産より高い値段になる。オリジナリティなんて、人まねからしか生まれないし、創り出す力のある一部の人しか持つことはできない。二番煎じを受け入れた方が争いも少なくてすむ。

コンピュータ…昔は大学に一台あればよかったのに、今はパーソナルでポータブルな時代。その方が出荷台数が増える。正直大半の人は使いこなせてない。

教育学歴社会とか学力偏重社会を煽ると塾や家庭教師の需要が増える。学校がたたかれるのは布石だと思ってる。

・食糧危機…これは微妙だけど、食料の値段の9割は輸送費。だからこんなに顕著に値上がりするわけがない気がする。

石油アラブ輸出国機構があと50年で石油が枯渇するって発表したけど、これ嘘やと思う。だってそういっておけば石油高値で売れるんだもの。

マイナスイオン科学的に言えばマイナスイオンなんて存在しないか存在しても人体に影響があるなんて発表はまだされていないらしい。こんな話があって、ある国の歴史ある聖堂の泉の水を汲んでお金持ちに売りに行ったら「これは御利益がありそうだ」と言って高値で買ったという。聖堂に「この水は特別な水ですか?」ときくと「タダの水道水ですよ。飲んでも心配はないと思います。」って。いわゆる水商売ってやつで、タダの水なのに場所とかによってよくわからん価値が付く。

スピリチュアル占いもそうだけど、裏付けはないけど当たる気がするから、ってりゆうで本とか売れるし占い師に高いお金を払う。ちなみにアメリカでは占いカウンセリングの手法の一種。水商売と似てる。

環境環境にいいって言っておけば環境にいいかどうか本当はわからなくても少し高いお金を払って環境にいいことした気になる。たとえば不買運動を起こしたとする。だいたい企業は慈善事業とか環境事業にもお金をかけてる者なんだけれど、不買運動によって企業は儲からなくなって、結果環境とか慈善事業にかけるお金から減らしていくことになる。環境技術開発にかけるお金なんかにも同じことが言える。酸性雨もフロンガス最近は叫ばれない。温暖化は嘘じゃないかと思う。

2008-06-19

http://anond.hatelabo.jp/20080619010344

あれ以来、はてな界隈理系女子の評判がすごく落ちたのをひしひしと感じる。曰く、理系女子は一般女子を見下していて、大したことないのにちやほやされてて、都合のいいときだけ女を武器にして、エトセトラエトセトラ。そんなこと全然ないのに。ただでさえ目立つのでそう思われないために必死に地道な努力を重ねてきたのに、声の大きい一部の人の登場で全部チャラですかそうですか。みたいな。

一昔前みたいに、理系女子なんてどうせ化粧もお洒落も駄目で女らしさのかけらもなくて、女のくせに理屈っぽくて素直じゃなくて、周囲の男性にも全く相手にされてなくて一生独身で、なんかよう分からん機械フラスココンピュータだけがお友達のつまんない奴ってことになってた桃源郷の時代が戻ってこないかなあ。もうね、放っておいてくれよと。理系学問仕事をしたいだけでその他は全部いらないから。邪魔だから。

と思う人間が一人くらいいてもいいじゃないですか。

2008-06-15

日刊ゲンダイの"たばこ「1箱1000円計画」は必ず失敗する"という記事に

愛煙家煙草は"税貢献を果たしている"とあるけど、それは絶対にないなと思う。

一部の人たちが喫煙しているせいで、

・「わざわざ喫煙場所を制限」しないといけない

・それでも喫煙する人がいるから取り締まる必要がある

煙草によって起こる病気にも保険を下ろさしてあげないといけない

税金を使わないといけない。どこが貢献しているのか?

タバコ対策に使っている税金だって結構かかっていると思います。

他にも、煙草の煙によって部屋が真っ黒に汚れ、匂いが染み付きますし、

喫煙者だけでなくその周りの人にだって、受動喫煙とか悪い影響を与えています。

煙草は千害あって一利なし。大いに「1箱1000円計画」に賛成します。

最終的には煙草は一切禁止でしょう。それに一歩近づくのでは?

この記事はトンデモ記事だと思うのですが、これを真に受けてたらかなりヤバイと思います。

今は禁煙グッズとかも沢山でてますし、もういい加減、煙草は諦めたらいかがか?

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080615-00000012-gen-ent

追記

あらためて見ると、ちょっと言いすぎだった気がしています。

朝の新聞を見たのですが、記事にある通り議連には増収になるからという人も結構いるようです。

さすがにそれは「皮算用」だと思いますし、そんな理由では「いじめ」と言われても仕方ないかも。

ただ、「1箱1000円計画」には素直ではないけど賛成したいと思います。

タバコ」はやはりなくなるべきだと思うんですよ。少なくとも街頭では。

けど、それでスモーカーもいなくなれってわけじゃなくて、

辛い思いをさせずに脱煙できる薬やタバコの代わりになる無害のものを提供したすることは積極的にやるべきでしょう。

それでもタバコを続けたいという志がある人には、それだけ我慢してもらうしかないのですが。

記事にある「秋葉原通り魔のような“ハネっ返り”が続出する」とか、

マイノリティーを排除するファシズム的発想」「会社の雰囲気も悪くなるばかり」、

とかの過激な言葉に興奮しすぎたようです。反省

あと“千害あって一利なし”ではなく正しくは「百害あって一利なし」でした。恥ずい・・・。

2008-06-10

http://anond.hatelabo.jp/20080610195015

大丈夫。一部の人はちゃーんと面倒臭さに気付いてます。そして、なんとかしようとあれこれ考えてます。現在は過渡期なんでもうちょっとの間だけガマンしてね。

誰かが仕組みを作ってくれるのを待っててもいいけど、なんでもいいからあなたが解決に向けての具体的なアクションを起こせば、きっと世の中は加速度的によくなるよ。

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