嘘といっても人をだまそうという大げさなものではなく、普通の人が誰でもするような虚勢、虚栄のようなものですが。
ですがほとんどの会話が京本との間であり、京本に対しては「京本の憧れの藤野先生」であろうとするばかりにことさらに虚勢を張っていて、発話のほとんどが本心と裏腹なことを言っています。なので本編にある藤野のセリフはほとんどが「嘘」です。
藤野が「嘘」をいうところの裏腹な本心が何かを追っていくことで分かりやすくなることもあるので、藤野の「噓」をたどって本編を追っていきたいと思います。
この記事内のセリフはジャンプ+に掲載された藤本タツキ「ルックバック」より、研究/批評の目的で引用しています。セリフの著作権は藤本タツキおよび集英社に属します。文としての自然さのために一部本編にはない句読点を補っています。
この問答の後にセリフはなく、二人で楽しく漫画を描いていた日々の回想が入ります。あえて問いに対する答えを文にするとしたら「あなたと一緒に漫画を描けるから。あなたが漫画を読んでくれるから。」とかでしょうか。でもそれだけなのでしょうか?それだけであれば、京本とは袂を分かち、しかももう読んでくれることもありません。
ここまで見てきた藤野の「嘘」と本心に着目するならばこうではないでしょうか:
無粋かもしれませんがあえて文にするならば「あなたと一緒に漫画を描けるから。あなたが漫画を読んでくれるから。そして、私は漫画を描くのが好きだから。漫画を描くのが楽しいから。」
あなたは失われてしまったけれども、漫画が好きだという気持ちを思い出したから、もう一度立ち上がって、漫画を描くことにした。そういう話だという風に読みました。
最初に読んだときは「5000円しか使わなかった」は文字通りの意味だと思いましたし、雪のシーンが事件直後にある意味もよくわかりませんでしたし、「なんで描いてるの?」の答は上で書いたようなことと思っていました。藤野の嘘とその本心に着目して読んだところ、ここまで書いたような解釈に変わりました。幾分解像度高く読めたのではないかと思います。