2016-05-06

石原慎太郎歴史捏造体質

かつては田中角栄を「金権政治」と批判していた石原慎太郎が、田中角栄の本を書いて、「角栄がいかに素晴らしい政治家だったか」を吹聴して歩いている。

そのこと自体にそれほど関心はなかったのだが、先日たまたま慎太郎

角栄は素晴らしい政治家だったのに、アメリカに逆らったから、ロッキード事件人格まで否定された」といった趣旨のことを新聞紙上でのたまっていた。

アメリカに逆らったからかどうかは置くとしても、田中角栄ロッキード事件政治生命を絶たれた、というような、雑な理解をしている人は多い。

酷いのになると、ロッキード事件のせいで首相を辞めたのだと思っている奴までいる始末だ。

ちょっと当時のことを調べれば、事はそんな単純な話ではないこと位、すぐわかるのに。

まず、「ロッキード事件のせいで首相を辞めた」は完全な間違い。

事件が発覚したのは、角栄辞任後である

太閤と呼ばれたの田中角栄総理就任したのが1972年7月。その時の支持率70はパーセントを超えたという。

その後、日中国交回復を成し遂げたあたりまでは良かったが、その後支持率は降下しはじめる。

なぜなら、自らの主導した「列島改造計画」による地価高騰やオイルショックによって引き起こったインフレ(当時「狂乱物価」といわれたらしい)に

有効対策を打てなかったからだ。

気が付けば、支持率20パーセント前後まで低迷。

そこに追い打ちをかけたのが、文芸春秋掲載された立花隆の「田中角栄研究」と児玉隆也の「悲しき越山会女王」という論文だ。

いわば「文春砲」のルーツである。まあ、こちらは「週刊文春」じゃなくて、月刊の「文芸春秋」だけれど。

ちなみに、そのひと月前には、石原慎太郎田中角栄批判論文ものっていたらしい。

もともと金政治家との評判が高かったところへ、事前の期待ほどの成果を上げず、国民失望を買いつつあった田中角栄は、

外国人記者クラブ」の会見で袋叩きにあい、その後、辞任を表明する。

アメリカ上院ロッキード事件が発覚したのは、そのあとの話である

田中角栄という人は、多分、焼け野原になった日本復興を推し進め、同時にその利益

雪に閉ざされた故郷新潟に力づくで誘導することで、首相上り詰めた人なのだろう。

そんな「コンピューター付きブルドーザー」には、

自由主義経済第2位の経済大国を率いていくためのプログラムは、組み込まれはいなかったんじゃなかろうか。

ロッキード事件があってもなくても、早番行き詰っていたのだろう。

慎太郎は、ロッキード事件角栄人格まで否定されたというが、

別にロッキード事件政界から石もて追われたとか、そんなことがあったわけではない。

まあ、朝日新聞あたりは、人格まで否定していただろうが。

ロッキード事件後も、「闇将軍」として自民党で一番結束の固さを誇る派閥を率いていたし、

中曽根康弘なんかは、その内閣があまりにも田中角栄の影響力が強すぎて、「田中曽根内閣」などと揶揄されていた。



以下、個人的な思い出になるが、田中角栄ロッキード事件の第一審で有罪判決を受けたころのことは

幼心になんとなく覚えている。

元総理の現職国会議員有罪判決を受ける」という、日本憲政史上初めてのニューステレビは沸き立っていた。

一方で、田中角栄という人は、選挙で絶大な強さを誇り、新潟三区トップ当選し、選挙民が万歳する様子も

必ずニュースで放映されていた。

自分父親は、朝日新聞を信奉して世の中をみる昭和インテリ気取りだったから、

こうしたニュースを苦々しくながめ、

「ああいうのが日本を悪くする」「新潟田舎からあんな奴がいつまでもトップ当選するのだ」などと言っていた。


田中角栄にとどめを刺したのは、ロッキード事件でもアメリカでも文春でもなく、

DAIGOのじいさん(竹下登である

将軍の下についていては、何時までたっても総理大臣になれないことに不満を持った竹下は、

田中派から独立して自分派閥(創政会)を立ち上げる。

配下裏切りに心乱れ、毎晩オールドパーを浴びるほど飲んでいた田中角栄は、創政会立ち上げの20日後、

脳梗塞に倒れる。

田中角栄の魅力の一つに、その類まれなる演説があったのだが、

脳梗塞言語障害が残った彼に、その力を再び発揮するのは不可能だった。


石原慎太郎という人は、まさに同時代政治家として生きていたのだから、こうした経緯を知らないはずはないのだが、

意図的なのか、都合のいい忘却体質なのか、こういうことを全て無視して適当なことを言う。

本人が言うだけならいいのだが、それをありがたがって拝聴するバカいるからタチが悪い。 

歴史ねつ造、というのは、主に第二次大戦以前のことについてよく言われるワードだが、

石原慎太郎角栄に関する発言を見ていると、「ああ、こうして日々新たな歴史ねつ造されていくのだな」というのが良くわかる。

自分の都合のいいことだけをとりあげて、自分理想の世界をどうしてもつくりたいのならば、

本当に「小説の中」だけにしてほしいもんだ。

せっかく政治家引退して、専業の小説家に戻ったのだから

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