似たような問題意識のエントリもあったので備忘録代わりに長々と。
http://d.hatena.ne.jp/kyoumoe/20120902/1346595303
ここにあるような「持ち上げて落とすから」バラエティとしてダメ論は昨日今日とよく見るのだが、
ではこの企画が真にそういうものだったかという点についてはちょっと疑問がある。
そもそも宣伝部長就任ドッキリは企画としては単なるスタート地点でしかないというのはすでに周知の事実である。
多くの人がこの問題に触れた時に聞いたと思われる「アニゲラ」該当回のラスト、告知の部分を聞けばわかるがこの宣伝部長企画は番組公式アカウントのフォロワーを20000名にすることが大きな目的の一つである。
そうなることで何かあるかも……?と、そこまではここでは語られている。
で結局何が起きるのというと、件のアニメ制作会社社長のツイートでも明らかなように市来氏の本編登場(おそらくこの発表は宣伝ツアーのトリである今月あるDVD発売記念イベントで行われる予定だったのだろう)
それこそが「最大のドッキリ」であり、この長丁場である企画の「最終的なグッドエンディング」だったのだろう。
今となってはもうどうたったかはわからないし発表もしないだろうが(件の社長のツイートが消されたのは、それによる「延焼」を防ぐためというより、企画続行が難しくなること上手い落とし所がなくなってしまうと製作委員会全体で判断したからだろう。無論手遅れだったわけだが)、そこまでがこの企画である。つまり持ち上げて落として、また持ち上げる、という構造。
だから
というのはちょっと首を傾げる。
声優にとって、役者にとって役があることは何にも代えがたい報酬だからだ。
手法の是非はともかく、構造としてはこの企画は紛れもなく「最終的に救いがある」ものだったと考えられる。
もうちょっと突っ込んで妄想すると、これは少し腕の覚えのある宣伝マンがちょっとラジカルにバイラルやっちゃおうか^^みたいなノリで考えた企画であろう。
つまり同情を引き、その奮闘する姿を見て応援するファン層をを引き出し、最終的に多少安っぽいがお涙頂戴の感動EDで締める。
物語としてはよく出来たもので、これに魅力を感じる「クライアント」(視聴者、ではない)は少なくないはずだ。少なくとも企画(プレゼンテーション)段階では。
当然だが企画者には悪意はない。悪意はないが、しかし実際には幾つかの問題点がある。
イベントはすでに多くの人々が指摘するようにナレの作りから会場の演出に至るまで悪趣味であり、その後の宣伝手法も見方を変えれば後に起こる「いじめ」批判を補強するに十分な稚拙な方法だった。
おそらくその場にいた人々はなんとなくそれが「許される」(少なくとも市来氏がパワハラだのいじめだのを受けている印象は受けない)ものであるという空気を刹那的に共有できるが、後日見た人間からすれば、その空気感はすでに感じられず、ただ悪趣味な動画が転がっているだけである。(この点ある程度空気感もアーカイブ化できるニコニコの方が媒体としては相応しかっただろう。結果論だが)
故に企画のラストが、少なくとも「第三者」には見えなくなり。企画期間が長すぎて最終的な幕切れが見えず騒ぎに火がついてしまった。
第三者、すなわち全く関係ない人々。
今回問題を大きくしたのは彼らの反応である。そして彼らにはこの企画の目指す方向が全く見えなかった。最初から興味があったわけでもなく企画の最後まで付き合う気もさらさらない彼らは件のイベントだけに注目してしまい、その悪趣味さ故に多くが悪感情を抱いた。それは責められるべきことではなく、「第三者」の反応としては当然だ。
しかしそこで収まらない人々は、市来氏が不当な扱いを受けていると早合点し、大義名分を得た彼らはそれ以上の行動を、暴走を始めた。
上述二つの問題点はそれをさらに増幅し、結果問題をここまで大きくした。
ここまで考えて見えてくる課題と教訓が二つ。
例えばこれがドッキリ的手法ではなく、電波少年のように突然あなたが宣伝部長です→「○○日までに達成できるか!?」→達成して見事本編出演!的なものにしておけばここまで反感を得ることはなかったはずで、この企画の最終的な目的(フォロワー数の獲得とツイッターユーザー層への番組の周知)は十二分に果たせたはずである。
これはまだ自分の中でまとまっていないので簡潔にするが、今現在ネットでは大義名分のもとに批判できるターゲット、すなわち「叩かれる隙がある」ものはそれのそのものが格好のエンターテイメントであり、それに対し過剰な反応を示す事が多々ある。そしてネットは誰もが平等にあらゆる情報にアクセスできる場であり、人々は自らの正当性を自認するためのエンターテイメントに飢えている。
つまりアニメ業界では従来から行われてきたような、ファンなど「わかってる人」に向けた「関係者いじり」や自虐的ネタ及び宣伝はかえって逆効果になる可能性が高くなった。
そう言う点からしても今後もっとおとなしいコンテンツが望まれる傾向は制作側、視聴者側を問わず強くなると考えられる。
余談
市来氏のコメントが発表された今、私が個人的に心配なのは最初の神輿として担ぎあげられた杉田氏への今後の反応である。
杞憂であれば良い。