あらかじめ書き添えておくが、当記事はいわゆる「◯◯デビュー」といわれる“新たな環境における心理変化”の話であり、オタクによる二次創作界隈の話でもある。
我々には何かしら再デビューの機会が与えられている。進学、就職、転職転勤。別れと出会い。結婚離婚出産育児引っ越しなどなど、人生の節目というやつは言い換えればリセットであり、それまでの生活からの心機一転だ。黒歴史を封印し、面倒な人間関係を精算するにはうってつけのタイミングである。(ま、周りはそう手放したり忘れたりはしてくれないが)
それら「人生の転換期」ともいえるデカい状況は、自己都合でおいそれとは引き寄せられない。数が増えるとリスクも大きいし、単純に疲れる。それに引き換え、趣味はわりあい手軽な転換が可能だ。飽きたら変えればいい。やらかしたら離ればいい。(ま、周りはそう簡単に許してくれないかもしれないが)
簡単に言えば“逃げられる”世の中になった。
私は高校時代から25歳くらいまで、オタク活動を至上の趣味としていた。漫画かアニメか何かしらのメディアにのめり込み、たぎる妄想を武器に、同人誌を作ったり売ったり買ったりしていたのである。絵も描いたし文章も書いた。同志とつながり、内輪受け企画をしたりオンリーイベントを主催したりして、それなりに楽しく仲間内での交流をしていたと思う。
そのうち、やりたいことがねじ曲がっていった。
原作(ネタ元)が好きで、妄想の行き場を求めて創作に打ち込むのではなく、本を出して感想をもらったり企画をほめられたり、讃えられ、感謝される自分に酔いしれるようになったのである。よくある「承認欲求」というやつだ。
満たされているうちはいい。しかし、よほどの神作家でないかぎり、チヤホヤ曲線は必ず下降する。それに、ネタ元作品への愛が薄れていることは、たぶんバレてる。
私は最初の一作が評価されやすく、ジャンルの大御所の目にとまっていきなり浮上する。
新たなコラボやイベントなど、注目を浴びるような企画を打ち上げることも多い。
自分の中に残っているのは、それらをプロデュースする私、というコンテンツだけ。
知名度があるのに売れない。必要とされない。プライドが許さない。もう戻れない。
結果として、逃亡した。離れるよ、ジャンル移動するよ、と堂々と宣言するのではなく、さっと姿を眩ませた。オタクはもうこりごりだと砂をかけるようにして。
そして、かなりの年月が過ぎた今。
また、同じことを繰り返そうとしている。
そろそろいいだろう。ほとぼりは覚めたと。
個人サイトからSNSに交流の場が移り、オンラインだけでもオタク活動が可能になった。
同人誌頒布イベントに出なければいい。オン専文字書きになろう。交流もさして必要ない。誰か見知らぬ人に読んでもらえるだけでいい。
ジャンル内で知らない人はいないだろうという絵師の目に止まった。
ツイッターでシェアされたのを知った。そこで箍が外れた。すぐにツイッターを始めて、その絵師とのコラボを開始した。
何を上げても反応はもらえない。
彼女が他の作家と楽しくやりとりしているのを悔しげに見つめるだけだ。
自分の中に残っているのは、それらをプロデュースする私、というコンテンツだけ。
あくまでも二次創作だ。世の中の素敵な作品はネタ元なんかじゃない。原作へのリスペクトなしに認められる活動ではない。
でも、どうしようもないのだ。世の中の素敵な作品を“私が誰かに認められる表現のための素材”としか考えられない自分を変えるのは難しい。
潮時なのかもしれないと思いつつ、今の場所にしがみつきたい思いも捨てきれない。
辛い、虚しい。ちやほやされた自分の過去を全部忘れて、すっぱりと切り捨ててしまいたい。
いっそ忘れてほしい。そして何食わぬ顔をして新規参入したい。
また私は、デビュー先を探すのだろうか。
あっそ
一次創作でええやん