2016-07-09

私の近くにいた陰謀論

 高校時代同窓に、陰謀論者の男の子がいた。

 系統としてはユダヤ資本が何百人会議世界金融しかしてその正体は敵か味方か爬虫類人というアレである


 はためには勤勉で真面目な少年だった。 

 体育会系でこそなかったものの外向的な性格で、友達も多かった。

 まれに「世界真実を教えてやる!」と友人を集めて9.11に隠された陰謀だとかホロコースト真実だとかを流布しようとすることを除けば、おおむね普通高校生だったと思う。


 彼は性別の別け隔てなく友達づきあいするタイプではあったが、私はあまり深く関わらなかった。

 今思えば後学のために彼の主張をすみずみまで拝聴しておくべきだったかな、と悔やまないでもないが、私は私で当時恋に勉強に何かと忙しい女子高生だったのだ。


 今はもうあの頃の制服は着られない……。


 しかし遠巻きに見ていてさえ、彼がなぜ陰謀論にハマっているのかわかる気がした。

 彼は生真面目な人間だったのだ。

 無遅刻無欠席だとか、進級に関係ない夏休み課題計画的にうっちゃったりせず全部やるとか、その程度の生真面目さではない。

 なにもかもキッパリパッキリしていなくては気がすまない人間だった。

 正義感も強かった。義心に溢れていた。

 自発的に近所の自然保護団体?(教育機関的な役割も兼ねているようだったが実態はよくわからない)に属しているようで、そのグループ活動でも少年部のリーダー的な役割を担っていた。そのことを知ったのは彼がEM菌普及活動講演会スピーカーの一人として登壇したからだ。

 クラスで、いや、学年でもあん人間は彼だけだっただろう。

 見た目は「いい人」だった。

 いや、事実「いい人」だったんだろう。

 クラス内の評価も「おおむね良い奴」だった。彼の口走る政治ネタは影では冷笑的に受け取られていたが、彼の眼前でバカするのはなんとなく憚れられる空気があった。

 哀れみでも、恐れでもなく、ただ「こいつは良い人」だからという遠慮があったんだと思う。


 彼は日頃から自分日本という国を良くしたいと公言していた。

 キャリア官僚として官庁就職し、ゆくゆくは中央政治に関わっていきたい。

 そう言っていた。

 まるで甲子園を目指す高校球児のような爽やかさだった。


 彼は学年一の秀才というわけでもなかったが、もちまえの生真面目と努力を惜しまない姿勢評価され、

 推薦でそれなりに優秀とされる大学へ進んだ。

 その後、彼がいかなる道程を歩んだかは知らない。

 私はフェイスブックをやってないし、彼の下の名前も忘れてしまったので、ググろうにもググれない。同窓会成人式ときに一度開かれたっきりだ。

 この前ふと気になって、高校大学と私と同学でその後某省でキャリア官僚になった友人に「あの子、どうなったんだろうね。もしかして、同期で入省したりしてない?」とたずねたが「いやあ、聞いてないなあ」とどうでもよさそうな返事をされただけだった。「もしかして、あの子のこと好きだったとか?」

 いや、そういうのじゃないけど、と私は言って、それでもうこの話題打ち切りになった。


 



 高校卒業式が近づいたある日のこと、帰り際に彼に呼び止められた。

 みょうに緊張した面持ちで私の経験則から言って、十中八九告白前触れだった。

 予感は当たり、彼は私に想いをぶつけてきた。付き合ってくださいと。大学は違うけど、遠距離になるけど、その、なんというか。

 私は最敬礼で「ごめんなさい」と言った。

 彼はしばしショックを受けて硬直したのち、こう問うてきた。

「え……なんで?」

 ここで、「なんで?」と訊くようなやつだからだ、と言ってやってもよかったのだが、その日たまたま私は虫の居所が悪かった。ので、ウソをついた。


 うち、爬虫類飼ってるからヒョウモントカゲモドキ


 なぜ、ヒョウモントカゲモドキという馴染みのないワードがあそこで出たのかはわからない。

 前日にNHKかなにかの動物番組たまたま出てきてそのキュートビジュアルが脳と網膜にやきついていたためだったろうか。にしても、その瞬間までにはまったく忘れていたのに。ヒョウモントカゲモドキ


 今では、私の部屋で私の帰りを唯一待ってくれるのもヒョウモントカゲモドキエクレア通称エーちゃん)。

 なぜなら、彼女もまた特別存在からです。

 こんなかわいい爬虫類になら征服されてもいいと思う。

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