都会人はムカつくけど俺自身が都会に出たいわけではないんだよな
大学で三大都市圏に出たけど、都市圏のメリットを自分で活用したことはあんまりなかった
中心街に出かけたところで、別にやりたいことも買いたいものもない デカいモールに入ってみてもずっと心が凪いでいる状態
植物園が好きで、都会の方が植物園の数は多いんだけど、そもそも休日にひとりで出かける元気がないのでほとんど行かなかった 結局3回くらいしか行ってない
彼女とのデートの行き先が多いのはよかったけども、たぶん地元にいたらいたで車でいろいろ出かけてたろうし、同じところに何回か行くのもそれはそれで悪くなさそう つか家デートがなんやかんやで一番いい気もするし、となると安い家賃ででかい部屋を借りられる田舎の方がよさそう
ライブとかイベントの類にはそもそも興味がない コンテンツにあんまハマらないし、ハマったとしてもそういうイベントでテンション上げるタチでもない なんか気恥ずかしくなってしまう
好きなバンドはいるけど、日本で全然知られてないっぽい南米のバンドなので、ライブに行くには国外旅行の必要が出てくる
外食はあんまり好きじゃなくて、ひとりで外食することはほとんどない 彼女となにか食いに行くのは好きだけど、ひとりとなるとめんどくささの方が勝つ チェーン店くらいしか行く気にならない
自炊は好きで、その買い出しの場となるスーパーマーケットも好きだ スーパーマーケットがたくさんあって、いろいろヘンなものも手に入りやすいっていうのは都会のメリットかな
でもまあ、ホントにそのくらいだな
「スーパーがいっぱいある」くらいのことにしか都会の良さを感じたことない 実は
大学生活に自由を感じたのは純粋に一人暮らしだったからだろう 多分地元でも一人暮らしなら自由だった
たしかに交通網は発達してるんだけど、ガチで外出んしな ホンマに出ん 夏休みとか40日間家とスーパーの往復生活だったし
なので実は都会人は別に羨ましくはないんだよな 自分で都会に住みたいとも思わない まあムカデとかゲジゲジが出ることがあるのは田舎のツライ点だが……
でもそれはそれとして都会、つうか東京人は憎い
俺はもう引きこもりマインドセットになってるのでそんなに不便を感じず暮らしていけるんだけども、俺が東京に生まれていたらもうちょい違う性格だったんじゃないか?という疑念は拭えない
そもそも小学校のとき同学年のやつ10人もいなかったし、その数少ないクラスメイトはほぼ全員ヤンキーみたいな感じだった ほぼ全員万引きとかやってた
東京のでけえ小学校に通ってたら、俺は幼少期にしっかり友達を作れてコミュ障にはならなかったんじゃないかと思う 幼馴染みたいな概念が成立してたんじゃないかと思う 俺は昔からの馴染みの友達と久しぶりに会って飲みに行くみたいなことがやりたいのかもしれないが、現実の昔の馴染みは全員超怖い 普通にカツアゲとかされそう
自分が外に出なくなったのは学習性無力感ってやつなんじゃないかという思いもある
外出たって山しかない環境で18年くらい暮らしたらそりゃ外に出てもしゃあないわという気持ちにもなる 比喩とかじゃなくてホントに家から出て2キロくらいは歩かないとコンビニすらなかったからな…… まあ2キロ歩けばコンビニがあったというのはまだしも恵まれてたんだろうけど!
学校帰りに友達とどっかに寄れるような環境が欲しかった 俺、中学までお小遣いゼロだったけど別に困らなかったんだよな 金を使える場所がそもそもないから
今となってはもう仕方ないし、俺はこういう人間だと思うしかないんだろうけど、シティボーイの俺はどんな奴になってたのかなと思うとやっぱりフツフツと憎しみが湧いてくる
俺は山で育ったけど旧帝大に行けたわけで、東京で育ってたら東大に行けてたりしたんじゃないのか
勉強なんて嫌だ!最悪!みたいなこと言ってる奴らに囲まれて暮らしたせいで学習意欲が削られたという側面もありそう エリート校とは言わずとも、普通に勉強好きな奴もいるようなところで幼少期を過ごしてればもう少し頑張れる人間になってたかもしれない
まあ全部「かもしれない」だし、不毛ではあるんだけども