一週間ほど前、ほんとに偶然にその同級生に再会した。
たまたま、ある資格試験の条件にその高校の卒業証明書が必要だったのでざっと約二十年ぶりにくらいに寄ったんだ。
場所こそ一緒だが在学時とは建物自体が建て変わっていて、当時とは随分違う雰囲気だった。
同窓会すら一度も呼ばれた事もやっている事自体も知らないし、ほんとに親しかった友人くらいとしか卒業してからは会ってない。
大して思い出にふけるほどの記憶もなかったが、せっかく立ち寄ったのだからと航行の周囲をぶらぶら散策してみる事にした。
真面目に部活動なんかやった事もなく、一応は軽音楽同好会に属してはいたものの、文化祭やその他の催し物がある際にその練習の為に適当に顔を出す程度で、実態はほとんど帰宅部みたいなもんで、親しい友達とその公園で適当にだべったりして無駄に時間を過ごしてた。
流石にその公園をぶらついていると懐かしさもこみ上げてきて、このベンチでよく屯してたよなぁ、などと思い出に浸っているその時。
声のする方を振り向くと、公園の入り口に同年代くらいの主婦らしい感じの人が立っていた。
主婦らしいって言うのはいわゆるママチャリを両手で支えていたからだが、後で聞くと3年ほど前に離婚して母子家庭になっているのだという。
「え?、ああそうですけど?」
何かどっかで見た記憶のある顔つきだったけど、すぐには思い出せなかった。
「やっぱり!、久しぶりだねー、どうしたの?こんなところで」
まだ思い出せない。
「いえ、ちょっと高校に用があって・・・あの、すみませんけど」
そこまで言うと彼女は、こちらが思い出せないことを見透かしたようにちょっと意地悪そうな感じでニヤついて言った。
「やだ、あたしの事覚えてないの? 私、増田君の後姿ですぐ分かったのに」
と言いながら、ママチャリを公園の脇に立てかけて、その肩まで伸びた髪の毛を両手で後ろにくいっと上げた。
「あ!、思い出した!」
「あははー、だよね、あの頃はずっとショートカットだったから今とはイメージ違うもんね」
はっきり言って「思い出した」と言ったのはとっさの嘘で、髪まで上げられて思い出せないなんてちょっと恥ずかしいと思ったからだ。
それが同級生のK子だと名前まで思い出したのは、その公園のベンチに二人で座って昔話や世間話をし始めて五分くらい経ってからだ。
それで、久しぶりだから当時の同級生たちと同窓会なんて出来たらなぁ、とか話している最中に俺はある出来事を思い出したんだよね。
「そう言えばさ、確か図書室かどっかでK子のこと、泣かした事なかったっけ?」
うっすらとした記憶だけど、とにかく不意に思い出したんだ。
俺がそう尋ねると、K子が、もうビックリして目を見開いたとしか言いようのない表情になったので、こっちもビックリした。
「え?・・ってちょっとやだ!な、何思い出してんのよ!」
明かに狼狽してた。
「いやさ、なんかそんなことあったような気がしてさ。ごめん、思い出したくなかった?」
「・・・思い出したくないとか、ていうか忘れたことないよ、あの時の事・・・」
そういうとK子は少し赤くなりかけてきた空を見上げて黙りこくった。ちょっとの間だけど、俺も返答に困ってなんか変な沈黙の時間になってしまった。
ただ、その沈黙の間に少しずつ当時のことを思い出してきたんだ。
「そうそう、その時さ、俺、K子がなんで泣いてんのか全然分かんなかったんだよね。で困っちゃってさ、確か、変な感じで慰めたりしてたよな」
と俺が愛想笑いしながら言うと、K子はちょっと俺を睨み付けた。
「増田君って、当時は確実に童貞だったよね。ていうか彼女だって作ったこともなかったでしょ? あそこでキスしないなんて無茶苦茶傷付いたよ(笑)」
「キ、キス?」
「だってさ、あそこで壁ドンまでしてキスしないとか普通あり得ない」
それは高三の時の放課後の事だった。
K子は隣のクラスだったけど、高二くらいから仲のいい友達同士になっていて、他の同級生友達などと一緒に良く遊んだりしていた。
で、文化祭の調べものか何かでお互いに図書館を利用する事があり、しょっちゅう一緒になってたんだよね。
ていうか不思議なくらい、二人きりで居残る事が多かった。もちろん帰る時も一緒。
あと、付き合っていると言う事はなかったけども、2回ほど遊園地とかでデートしたりもしていた。
正直言えば、俺は彼女の事が好きだった。でも、彼女の言うとおり付き合ったことなんか一度もない完全童貞だったし、彼女はどちらかと言えばもてるタイプの女の子で、何人かの男子と付き合っていたことも知っていた。
だから多分、当時の俺としては、彼女と付き合えるとか夢物語に等しかったんだな、きっと。
それで、その日も図書館で二人っきり居残っていたんだけど、ほんとにどうでもいいことで軽い口論になったんだ。
それでK子が怒って泣き出し図書館を飛び出ていったのを俺が追いかけた。
「懐かしいよねー。でもあそこでキスされてたら、もしかしたら結婚まで行ってたかもよ(笑)」
「そ、そうなの?マジで?」
「だってさ、増田君の事好きだったもん。増田君すっごくやさしかったから」
ちょ、ちょっと待て。え?
「それ、マジで言ってんのか?」
「うん、マジな話。増田君が私のこと好きだって事も知ってたよ。聞いてたもん、増田君の友達のA男から」
A男は当時俺の唯一の親友だった。あんなに口の堅かったと・・・いや、実際には軽かったのか。
「えー。だったら相思相愛だったんじゃねぇかよ」
「ほんとだね」
彼女はくすくす笑いながら言った。
「結局その絶好のタイミング逃しちゃったし、なんかあの後お互い忙しくなっちゃったしね。人生って分からないものよね」
なわけねーだろ。子供も二人いるって。
でも、確かに、思い出せばあんな絶好のタイミングでキスに持っていかないとか、アホだったのだ俺は。
そのあと、連絡先を交換して、俺も仕事の途中で寄っただけだから帰社しないといけなかったし、彼女は彼女で用事があるとかで別れたんだけどね。
ふと、帰り際に高校のほうを眺めたんだけど、その当時の図書館も壁ドンした廊下も校舎ごと消え去って跡形もなかった。
そういや、確か・・・お互い卒業して半年くらい経った時、彼女から電話があったなぁ。
何話したか覚えてないが、一回だけ、そんな事があった。
多分、それでも俺は鈍感で気付かなかったんだろうな、K子の好意を。
アホな高校生活送ってたんだなぁと。
最悪なことに、俺、K子のこと想像してオナってたりしてたもんな。
サイテーだ。