2016-06-22

追記および村中璃子氏の連載記事に関して (後編)

「利用される日本科学報道(後篇)」について

子宮頸がんワクチン薬害研究班に捏造行為が発覚 ― 利用される日本科学報道(後篇)

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/7080

さて、後篇であるサブタイトルに「捏造行為が発覚」とはなんとも穏やかではない。

後篇の内容は、池田氏発言検証マウス実験に対する批判が主である

マウス実験についての指摘内容は、これまた私の指摘と同じなので割愛する。

またそれとは別に、発表資料内で示された図とグラフ(資料ページ59: 自己抗体の沈着の写真グラフ)はチャンピオンデータによるものではないか、との疑問も呈されている。

確かに、写真は1種類でグラフエラーバーが無い点からも、疑問を抱くのは妥当であろう。

そして村中氏がその詳細について調べるため、実験担当したA氏を探し出して取材したところ驚くべき証言が得られた、というところで記事は終わっている。

あとは月刊Wedge7月号を読んでくれという、「続きは映画館で!」的な終わり方であり、少々拍子抜けだ。

その過激サブタイトルにも関わらず、後篇の記事中では「捏造行為が発覚」していない。

せいぜいチャンピオンデータ使用示唆されたくらいだが、これも疑義まりで、とても「発覚」とは言えない。

そもそも、チャンピオンデータ使用は「捏造」と異なる形態研究不正である(不正と見なされない場合すらある)。

捏造」はデータのものでっちあげる行為であるため、「チャンピオンデータ」のような都合よく選別したデータを示す行為とは明確に区別されるのだ。

このような乏しい情報でもって「捏造が発覚」というような非常に強い表現をするのは、控えめに言ってもやりすぎであろう。

月刊Wedge7月号の村中氏の記事について

子宮頸がんワクチン薬害研究班 崩れる根拠、暴かれた捏造

村中璃子, 月刊Wedge7月pp.40-44

Web記事だけでは片手落ちなので、Wedge本誌の記事についても解説していこう。ええそうです。買いました(\500)。

本文4ページ中、1.5ページは後篇の内容とほぼ同じであったが、Web版を読んでない人には序文として必要であろうから、とやかくは言うまい

この記事の目玉は、A氏への取材で得た実験内容の詳細および池田氏捏造行為についてである

A氏の証言をまとめると

(1) マウス実験はごく初期段階の試験的なもので、使ったマウスも3~5匹程度であった

(2) HPVワクチン以外の血清で緑色蛍光を呈した写真存在したが、発表資料には採用されなかった

(3) 資料中のグラフ写真は1匹のマウス(N=1)からチャンピオンデータであった

(4) 自己抗体が沈着した写真ワクチン接種個体の血清を正常マウスの脳切片に添加して蛍光染色し、撮影したものであった

(5) 自己抗体ワクチン接種個体の脳に沈着していた証拠はない

(6) 血清をとったマウスに接種したワクチンの量は50ul (濃度は不明だがヒト換算で通常接種の100倍以上らしい)

これらの証言を読んでわかるように、A氏の証言全面的に受け入れたとしても、研究不正に該当しそうな行為チャンピオンデータを用いた点だけであり、「捏造行為」の存在は見出せない。

村中氏は、証言(2)に対して「重大な捏造である」と断じていたが、チャンピオンデータのみを示す行為が「捏造」でないことは前述の通りである

また、証言(4)と(5)に対しては、ワクチン接種個体の脳に自己抗体が沈着していたかのようにミスリードしていたという点が批判されていたが、これもまた「捏造」ではない。

まりWeb版とWedge本誌の記事を通して、池田氏らが「捏造行為」をしたという根拠は一切示されていないことになる。

さらに、記事の最終ページでは池田氏学長選挙エピソードやその上昇志向といった人格面の描写が過半を占め、最後の結びは以下のような文章であった。

それぞれの立場動機から捏造に手を染める研究者たち――これが国費を投じた薬害研究班の実態だ。

子宮頸がん罹患リスクを負ったワクチン未接種の少女たちとワクチン人生を奪われたと苦しむ少女たちの未来は、こんな大人たちの手に委ねられている。

(月刊Wedge7月号 p.44)

これらの批判、ともすれば中傷は、池田氏らの名誉を著しく傷つけるものであり看過し難い。

捏造というのは、科学者に対する批判としては極めてインパクトの大きい言葉であり、軽々に投げかけて良いものではないのだ。

私は元増田池田氏らの発表および発言内容を「言い過ぎ」と評したが、村中氏の方が「言い過ぎ」度合いでははるかに上である

過激煽情的表現は、耳目を集める上では有利かもしれないが、それは科学的な議論批判をするうえではノイズしかならない。

村中氏の取材批判の内容そのものは概ね適切であり、あえて過激な言い方をせずとも十分に説得力訴求力があるはずだ。

是非、客観的で誠実な議論に戻っていただきたい。

A氏は実在するのか?

Wedge本誌の記事で中核となっているのは明らかにA氏であった。

彼(または彼女)の実在性についてここで論じてみたいと思う。

村中氏の記事によれば、A氏は以下のような来歴を持つ人物のようだ。

実際に手を動かしたのは、信州大学産科婦人科教室の誰なのか。

筆者は周辺取材を重ね、それがこの4月信州大の准教授から関東圏の新設大学教授職に転出したA氏であることを突き止めた。

であれば、信州大学産科婦人科教室メンバーからA氏の正体がわかるかもしれない。

以下は信州大学産科婦人科教室メンバーリストである

上は現在(2016年6月)公開されているリスト、下がInternet Archiveというサイト(WEB魚拓の凄い版と思ってくれれば良い)に保存されていた2015年10月メンバーリストである

信州大学 産婦人科教室スタッフ紹介(2016年6月現在

http://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/medicine/chair/i-sanfu/about/post_9.html

信州大学 産婦人科教室スタッフ紹介(2015年10月現在

http://web.archive.org/web/20151209020718/http://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/medicine/chair/i-sanfu/about/post_9.html

これらをみると、2015年10月時点で産婦人科教室所属している准教授存在しない。

そのため、A氏が産婦人科教室に配属されたのは少なくとも2015年10月以降であると考えられる。

しかし、村中氏によるとA氏は2016年4月転出しているとのことだが、配属からわずか6カ月ほどで転出というのは少し速すぎるように思う。医学系ならそうでもないのだろうか?

さらに、2015年10月より後に教室に配属されたとして、そこから翌年3月の発表までにマウス実験を終わらせるのは少々厳しいのではなかろうか。

もちろん、取材源の秘匿等の理由記事中には偽の来歴を記していた可能性もあるし、村中氏がこんな嘘をつくメリットも思い浮かばない。

結局、A氏の実在性は不明瞭なまま残ってしまった。

個人的には実在しているように思うが、非実在でも驚かないといった程度に私は認識している。

村中氏の連載についての総評

氏の連載を通して読んでの批評を述べるとすれば、「客観的事実に基づく批判はまっとうであるが、それ以外の部分が煽情的に過ぎる。対立する話者の悪魔化をおこなうべきではない」といったところか。

HLA型にまつわる遺伝子頻度と保有率の取り違え、マウス実験がヒトには適用できない点、チャンピオンデータだけを提示する行為などに対する批判などは妥当ものであった。

しかし、池田氏らの行為について悪意的にとらえ過ぎているきらいがあり、人格面での批判も目につく。

また、池田氏らがマスコミを利用して何かを企んでいる、というような論調が全篇にわたって存在している(タイトルからして「利用される日本科学報道である)。

その帰結としてなのか、「捏造」という科学者にとって極めて強力な(したがって非常に強い証拠必要な)批判を無根拠に突きつけるといった行為にまで及んでいる。

(恐らくこれは村中氏が認識していた「捏造」の定義が間違っていたことに起因するが、それにしても杜撰である)

氏の精力的な取材情報発信は、HPVワクチンに関して薬害説に傾きがちなマスコミ報道において、貴重なカウンターパートとなっている。

なればこそ、冷静で客観的表現を心掛けることで、より良き論評ができるのではないだろうか。

願わくは、煽情的表現は避け、客観的かつ冷静な筆調でもって語っていただきたいところである

最後

なぜか池田氏らを擁護するような内容になってしまったが、私はそもそも彼らの見解について批判である

元増田もそういう意図で書いたし、HPVワクチン積極的な接種勧奨の再開を望んでいる。

しかしながら、元増田でも述べたとおり、評価すべきところはその立ち位置に関わらず評価すべきであるとも考えている。

村中璃子氏に対しては極めて批判的に論じてしまったが、総評でも書いたとおり、氏の活動は褒むべきものである

HPVワクチン問題について多くのマスコミセンセーショナル薬害説に傾いた立場を取ることが多く、そういった状況で村中氏のような立場から論じてくれるジャーナリスト存在重要だ。

村中氏については、その立場応援させていただくとともに、穏当な表現でもって議論してくださることを願ってやまない。

以上、もし間違いや事実誤認等の不備があれば指摘していただけるとありがたい。

記事への反応 -
  • 初めに HPVワクチンで脳障害が!というニュースが話題を集めている。 マスコミ各社で大体の論調は同じだが、最もブクマ数が多そうなのは以下の記事である。 子宮頸がんワクチン副反...

    • 追記に際して この記事の元増田にあたる「HPVワクチンの副反応に関する3/16の発表に関して」を投稿してから早3ヶ月が経過した(Oh...)。 この3ヶ月で、池田氏の症例報告(*1)はパブリッシュ...

      • 「利用される日本の科学報道(後篇)」について 子宮頸がんワクチン薬害研究班に捏造行為が発覚 ― 利用される日本の科学報道(後篇) http://wedge.ismedia.jp/articles/-/7080 さて、後篇で...

        • http://anond.hatelabo.jp/20160622195905 村中氏自身のジャーナリストとしての能力や規範に大きな疑義がある点がスルーされているのが気になる。 医師を名乗りながらも身元を確認できないという...

          • 同じ事をやまもといちろうに対して言わないからお前はクズなんだよ

          • うーん、医学研究者と名乗るなら身元を明かすべきだし、明かせないならわざわざ医学研究者といってマウンティングすべきではない。 内容も雑なので、身元を明かすと恥になるという...

          • anond:20180526181413 うーん、医学研究者と名乗るなら身元を明かすべきだし、明かせないならわざわざ医学研究者といってマウンティングすべきではない。 内容も雑なので、身元を明かすと...

          • 村中璃子、ウィキペディアでも自称医師扱いになってるやん 村中 璃子(むらなか りこ、ペンネーム)は、日本の自称医師 前からさんざん怪しいといわれてたしなあ anond:20160624124427

        • 受賞おめでとうございます なのだが、ワクチンどうこうと関係なく村中氏に関するモヤ感が拭えない たとえば受賞インタビューで https://allianceforscience.cornell.edu/blog/japanese-doctor-wins-global-p...

          • 猪瀬氏が知事だったのは2012年末から2014年3月まで、相当前の話だ HPVワクチンが叩かれて接種中止になったのって丁度その頃(2013年)やん。 英語だと読まれないと思っているのか、...

            • 時期も娘も猪瀬できれいに合致するよね。 まあ、反ワクチン問題の流れを全然知らない人が、 最近話題だからといっちょかみしたがっただけだろう。 https://anond.hatelabo.jp/20171208110711

          • 分かるわー 言ってることは正しくてもそいつがまったく信用できないってパターンな 女性の権利の向上を!という意見はとても納得できるのに、 それを言ってるのが伊藤和子だったり...

          • うわーめっちゃ分かるー 受賞後にとうとう陰謀論的なことも言い始めちゃったし、今まで無条件に応援してたワクチン推進派の医療関係者からも、おいおい大丈夫かこの人……的な扱い...

          • だから村中のメンタリティは放射能におびえるおばちゃんたちといっしょだっての 今はお前らゴミクズ偽科学批判も連帯しているようだがそのうち絶対に手のひら返してたたき出すね そ...

          • ニセ科学批判をやっている人たちの中で時おり持ち上がる、 「科学的に正しいだけの言葉づかいでは多くの人に届かない。不正確さのリスクを背負うとしても訴求力ある言葉が必要では...

            • いやゴミクズどもはそれ以前に「馬鹿を嘲笑うのは善」というゴミクズ思考をどうにかしろ

          •   ・HPVワクチンの 安全性   ・放射線と 子供の 甲状腺の 病気の 関連性   科学者は 裁判している 時間が あるなら   公正な 科学的検証を 新たに 実施して はっ...

          • ・"小池知事に娘はいない"  →"former"などの語は元記事にない。が、現知事の娘と特定する記述でもない。 ・"第一、脅迫の話は日本語メディアでは一切出てきたことがない"  →マドッ...

          • ・小池知事に娘はいない  →現知事の娘と特定する記述でもない。 ・第一、脅迫の話は日本語メディアでは一切出てきたことがない  →「マドックス賞受賞」すら、主要メディアでろ...

          • "脅迫の話は日本語メディアでは一切出てきたことがない" 「マドックス賞受賞」すら主要メディアでろくに報じられないわけだが。

          • んーNatureも賞のスポンサーの一つってだけで別にNatureが選んでるわけじゃないしな ちなスポンサーはほとんど製薬会社みたい Nature自体、小保方論文載せたりホメオパシー論文載せたりの...

          • HPVワクチン副反応についてはちゃんとした文献が多数出てるんだが、村中璃子やそのシンパは全く無視するんだよな そこらへんでもう科学とは無関係な何かになっちゃってるよ 科学を振...

    • たとえ間違っていてもデマでも何でもいいから弱者に寄りそう派の報道の人とか、ワクチンは暴利をむさぼる巨大医薬企業と政府の癒着派の人や、ワクチンは反自然で文明の犯罪派だの...

      • そういう君には「悪の製薬」! http://www.amazon.co.jp/%E6%82%AA%E3%81%AE%E8%A3%BD%E8%96%AC-%E8%A3%BD%E8%96%AC%E6%A5%AD%E7%95%8C%E3%81%A8%E6%96%B0%E8%96%AC%E9%96%8B%E7%99%BA%E3%81%8C%E3%82%8F%E3%81%9F%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%AB%E3...

      • 馬鹿を嘲笑いたいだけ派のゴミクズは死ねよ

    • SLEは風邪などのウイルス感染や外科手術などが誘引となって発症することもあるので、HPVワクチンが発症のきっかけとなっていたとしてもおかしくはないと思う。

      • まったくだ 可能性が少しでもあるならその危険性を周知するべき

        • HPVワクチンが危険だと言いたいわけじゃなくて、「発症の誘因となっていても特別おかしいとは思えない」と言いたかったんだよ。 SLE発症の誘因には紫外線や妊娠・出産などもあるんだ...

    • 現時点で示唆以上のものではないのはそうだろうが、中間報告としては十分な進展だろう。 少なくともこれで今後、自己免疫や神経炎症の可能性を考慮しない医者や科学者はまともでは...

    • リンクのブログで「将来の死亡者を増やしてでも~」とか書かれているが、なんでこんなザル記述の根拠は問わないのか不思議 選択的に厳密ってやつじゃねえの? http://simbelmyn.hatenablog.co...

    • 追記に際して この記事の元増田にあたる「HPVワクチンの副反応に関する3/16の発表に関して」を投稿してから早3ヶ月が経過した(Oh...)。 この3ヶ月で、池田氏の症例報告(*1)はパブリッシュ...

    • http://anond.hatelabo.jp/20160622195716 http://anond.hatelabo.jp/20160319223736 なぜか名古屋の調査の問題点がスルーされているのも気になる。 たとえばもともと接種者において月経異常や運動異常などが...

    • かねてより疑問が呈されていた名古屋の子宮頸がんワクチンアンケート調査 http://anond.hatelabo.jp/20160624131708 http://togetter.com/li/992476 案の定というか結果が撤回と相成った。 子宮頸がんワク...

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