今日も増田はその取り巻きの男たちからお洒落なアクセサリーを褒められている。
俳優としてのキャリアを積み上げてきた増田は、お茶の間での知名度が高いだけに留まらず、業界内でも評判の高い偉丈夫だ。
昔は少しヤンチャをしていたという経歴もあって、少しチャラチャラした若手俳優からは兄貴と呼ばれて親しまれている。そんな兄貴は毎日のように子分・弟分達を連れ立って飲みに行ったり遊びに行ったりしているが、ここ数年は異常なほどに周囲の人々から褒められるようになった。
そして、もはや当たり前の光景となったその褒めるやり取りは決まって同じような結末を迎えるのである。
「褒めてくれてありがとな。せっかくだからこれお前にやるよ。」
兄貴風を吹かせるためだろうか。それとも単に気前が良いのだろうか。
既に業界では常識となっているが、増田は自身のアクセサリーなどを褒められるとそれがどれ程高額なものであっても褒めてくれた人にプレゼントしてしまうのである。
最初の頃こそ、より年次のいった先輩俳優や周囲の友人から窘められたり、
と心配されたりもしていたが、誰が何と言ってもプレゼント癖は治らず、ついには金目の物をタカるためではないかと噂されてしまうようなハイエナのような若手連中が常に周囲を徘徊するまでになってしまった。
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「そんな増田さんは、業界内でも有名なプレゼント魔とのことですが。」
とある映画の宣伝としてのインタビューの場において、これまたお茶の間での知名度が高い女子アナウンサーからそう問われた増田は、少しはにかんでこう答えた。
「初めの頃は単純に善意だったんですがね。褒められたらそれをプレゼントする、ということを繰り返しているうちに、今回だけプレゼントしないのもどうなんだろうとか考えるようになってしまいまして。今では少しでも褒められると無条件にあげてしまうんですよ。もはや呪いの類ですね。今日もこのインタビューの前にそこのカメラマンにネクタイピンをプレゼントしてしまいました。」
インタビュアーに視線を向けられて恥ずかしそうに顔を背けるカメラマンは、ネクタイピンなんて普段使わないような格好をしており、このあとオンラインオークションなどで転売することが目に見えているような男であった。
それを見透かしたのか、若干の軽蔑の眼差しを顕にした女子アナウンサーは、慌てて表情を正して増田に向き直す。
そして意を決したように深呼吸をしたあとに増田に向かって問いかけた。
「増田さんといえば、都内の立派な一戸建てを最近購入されたことでも話題ですね。なんでも歴史を紐解くと元は外国からいらした要人の方が住んでいた由緒正しいお宅なんだとか。私みたいな庶民では手が届かないような金額で購入されたとワイドショーでは騒ぎ立てていましたよね。羨ましいです。私もぜひ一度住んでみたいです。」
スタジオに居る全員が何も言葉を発することのできない、数秒の沈黙の間。
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インタビューのあともいくつかの仕事をこなした増田は、急遽マネージャーに手配させたホテルへと向かっていた。
元々は家に帰るつもりであったため荷物はほとんど無く、タクシーから降りるのも一瞬である。
さて、着替えなどはどう調達しようかと若干思考を巡らせながら、ホテルのチェックインを行うためにカウンターへと足を向ける。
そのときだった。
「増田さん!」
突然知らない人物から声をかけられても動じないところはさすが増田である。
一般的な俳優やタレントであれば、周囲の目が集まることを気に病みながら舌打ちでもするところだろう。
増田はにこやかな表情を作り、握手の体制で初めて会うファンを出迎える。
「僕、増田さんのファンなんです。こんなところで出会えるなんて。握手をお願いします!」
初めから握手に応じる心づもりであった増田は当然のように握手に応じ、濁流のごとく話し続けるファンの声に耳を傾ける。
「デビュー作から観ています!とはいっても最近オンデマンドサービスで観たんですが。」
「まさか同じホテルに増田さんが泊まってるなんて、夢のようです。今夜お部屋に遊びに行ってもいいですか?」
増田の表情が瞬く間に変わっていく。笑顔は消え、無表情に近い。
自分勝手に喋っていた男も流石にその変貌には気づき、何か不味いことを言ってしまったのではないかと表情を曇らせる。
「僕の生き方が、羨ましいんだね?」
表情筋の配置こそニュートラルで、無表情という表現がピッタリだが、目だけは奥の方で笑っているようだ。
答えに窮している男の手を改めて強く握り返した増田は、ゆっくりと告げた。
「それでは、君に僕の生き方を譲ろう。次は君の番だ。頑張ってくれたまえ。」
#もっと評価されるべき
だな