2018-08-25

死刑制度存続に賛成できない

凶悪事件話題になるたびに思うのだが、私は死刑制度には反対だ。データを見る限り犯罪抑止力になっているとは言い難いし、再審請求が多くなされている中では冤罪を防ぎきれているとは言えないと思う。慣例のようなものが多く、制度自体の透明性も十分ではないと思っている。

そういう意見には、「被害者や遺族の気持ち想像してみろ!」という反論がある。実際に言われたことも何度かある。

けれど、私はそういうことを言われるたびに、〝私が実は被害者家族かもしれない" という可能性にも気づかないような貴方のお粗末な想像力に価値はあるのかなぁ、と思う。

私には「自分不利益を与えた相手に罰を与えたい」という気持ちになったことがない。「私はあいつのせいでひどいめにあった、あいつもひどいめにあえばいい」という理屈がよくわからない。ひどいめにあって自分が悲しい、悔しい、怒ったぞ!というのはわかる。私にとってそれらの感情と「罰」は別物で、そのために相手が悲しんだり悔やんだりしても、私には特にメリットがないように思うし、悔しさが埋められるわけでもない。

小さい話で言えばめちゃくちゃに私に仕事を振ってくる上司に「足の指を机にぶつけちゃえ」と思うとか、そういうことが一切ないということだ。もしその上司が足の指を机にぶつけて痛がっていても、別にそれで私が楽しくなるとか、そういうこともない。仕事は減らないし。

毎週のように人権侵害レベルのめちゃくちゃなクレームを浴びせてくるおばさまにも、私の弟をひどいシフト給料で働かせていたバイト先の店長にも、幼少期に私に暴力を振るった変質者にも、特にその報いを受けてほしいと思ったことはない。新聞テレビで見る殺人犯などはなおのことで、仕事関係でそういった事件現場に幾度か足を運んでも、さほどその感情が変わることはなかった。ひどいなぁとは思う。こんなことが二度と起きないと良いとは思う。犯人をとても許せないと思う。でも許せないってなんだろう。それは完全に私の中身だけの問題で、行動とか、外に出ているものとはあんまり関係がない気がする。私はたぶん、小学校の頃に私を無視した同級生を許していないけれど、彼女現在進行形で私を無視していないのなら彼女と夕飯を食べることができる。

ただ、これは私にとって理解ができないというだけの話で、それだけでは私がそれに反対する理由にはならない。それは例えば、私が目が見えるから街中の点字ブロックは全部剥がせと言うとか、私がトンボが嫌いだからトンボいくら殺してもいいとか、そういうのは間違っているのと同じだ。それに、その事件1つ1つに関して言えば私は完全に部外者で、当の本人たちが極刑を望むのならそれは無視されるべきではないと思う。あと、「二度とこういう事件が起きない」ためにはその犯人を世の中に出さないほうがいいと判断されることがあるというのは理解できる。

私が死刑に対して、それでも「反対」の方に傾くのは単純な理由で、「私が人殺しをしたくないし、誰かに人を殺してほしくない」からだ。それは部外者が持ち得る曖昧想像力よりも私にとってずっと実感がある。

この国に生きてきて、私は何人もの犯罪者を殺している。刑場を準備すること、片付け、それに関わる人の諸経費、お金は私が出している。執行のためにハンコを押す大臣、あの人も私が選んだ。事実としてそう。そういうシステムになっている。

そして私は同時に、誰かに人を殺すことを強いた。誰かがボタンを押したから、死刑囚は死んだ。そのボタンを押させたのは私だ。

高校の頃、死刑制度について考える授業で、反対サイドの私が「死刑執行する人の負担を考えると賛成できない」と言ったら、賛成サイドに「刑場にはボタンがいくつかあって、一斉に押すから誰が装置を動かしたのかはわからないようになっているから」と言い返されたことがあるが、私はやっぱり、それが反論になると思っている、自分が殺したかどうかわからなければ大丈夫だと思う人が想像する「被害者気持ち」はどれだけ信頼がおけるものなんだろうと思った。

賛成する人の意見はいろいろある。システム的な部分で理解できるものもある。でもそれを「人の気持ち代弁者」のような顔をして主張することにはどうも不信感がある。だから知りえない人の気持ちより、私は自分気持ちの方を重視する。私は人を殺したくない。私は誰かに人を殺させたくはない。だから私は死刑を望まない。おしまい。そっちも代弁者のような顔をしていないで、貴方言葉で話してくれよ、と思う。

ひとつ妥協提案がある。裁判員裁判のように、死刑執行する刑務官の役も毎回抽選で選ぶのだ。選ばれた人が、一斉にボタンを押す。

裁判員裁判可能なのだから、それより頻度の低い死刑執行ならシステムや経費の問題もそこまで重大なものにはならないだろう。被害者にさせるのはその後の世間死刑家族との関わりの危険性がありそうだから匿名無作為に選ばれた誰かが良い。執行がより透明性が高くクリーンものにも成り得る。ついでに死刑に賛成する人が主張する「犯罪抑止」の効果も強くなるのではないか

もしこれが実現しても、私は今の状況も同じだと思っているので、別に気持ちの面で変化はない。人に押させるのはいいが自分が押すのは嫌だ、というのはけっこうわがままなんじゃないかなぁ、と私は思う。死刑制度存続に賛成する人は、この案にも賛成してくれるに違いないと思うのですが、いかがですか?

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  • 海外みたいに懲役が無制限に上がるならいいけどね 実際は一番重い罪にしかならないから死刑制度は欲しい それにコスト的に無期限で入れておくよりさっさと減らしたほうが金かから...

    • 日本だと銃殺と比較されてたけど 海外の刑務所とかで内部をマフィアが仕切ってたり 薬物投与や拷問なんかで死刑にならなくても五体満足で出てこれないみたいな場所は問題じゃないの...

    • 犯罪抑止効果も考えるならば、死刑執行は生中継にするのがよい。 中継権はオークションで最も高い金を払う放送局に与える。国に金が入って良い。 絶叫系アナウンサーと解説も付けよ...

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