オペラでなんかあったのか?
何を言うかでなく誰が言うか
「ボクは再生数、ボクは死」を読もう!
交換したばかりのオムツの尻がパンパンになっておりママが「これはなに?」と尋ねた。
するとオムツちゃんはステップ踏んで踊りだして「おしっこ!!」と元気よく返答。
トイレトレーニングの最中であり出す前に教えろと言った直後の蛮行であった。
ママは難しい顔で黙り込んだがオムツちゃんはテレテレ踊ってごまかしていた。
あの光景が15年経っても忘れられず、今も時折「おしっこ!!」と脳内リフレインをかます。
もう二度とあの頃に戻れないのが寂しくも輝かしい。
官僚だけでなく政治家にも科挙がほしい。とてもわかる。まともな答弁が出来ないばかりか、カンペを読むのもおぼつかない輩が総理をやっている現状は由々しき事態だ。
問題は、今の与党を見ていると、彼ら彼女らは揃って不正をしそうだということ。厳格な不正の防止措置も必要だが、現与党はそこに抜け道をつくるだろう。
彼らの多くは音大、芸大の落ちこぼれであるのは言うまでもない。
本当に一握りしかその世界で言われる成功というものを手にしない。
故に変にプライドの塊で自分の成長できる余地さえもプライドのせいで見えない。
挙げ句よその音楽界隈をなにかと下に見る傾向がある。
これは経験したことのあることなのでもし否定されても、そういう人がいる時点で全体がそういう評価になってしまう。
例えば、ポップス、ロック、メタル、R&B、民族芸能(日本だと浪曲等)、演歌、ジャズ、などをスタイルチェンジ(クラシックやオペラで良しとされる音色や表現を一切排除し、曲のジャンルで良しとされるそれらに完全にシフトすること)して歌う事ができる歌い手がどれだけいるのだろうか。
それができれば成功したと言われるクラシックやオペラの歌い手なぞ遥か彼方に追いやることができよう。
寧ろ大学をでて、いや在学中からそういう他ジャンルに学ぶこと続けて習慣にできている人がいくらぐらいいるのだろうか。
彼らの能力や努力を否定するわけではない、生で聞いたことがあるのであれらの音色の統一性、基本マイク無しの大きいホールでやる前提に立った声量の大きさ目を瞠るものがある。
だからこそ、不思議でならない、未だに驕り高ぶるその精神。
あなたは一体学校でなにを学んだというのか。
おじさんのチンコが見えて辛い
嫌だ!絶対嫌だ!!
zebrahead Playmate of the year
今回の件で政府側及びその賛同者たちが争点として挙げているのはメディア側のモラルであるが、この点はたしかに議論の余地があるのかもしれない。少なくとも素人には判断できない法学的知識が必要になるだろう。
しかしながら、それ以上にわれわれが国民として警戒せねばならないのは政府側が、安倍晋三氏のツイートからもわかるように、その批判の対象を恣意的に選択している点である。
たしかに、メディアはしばしば誤報を発するし、そのモラルが疑われるべき不祥事を起こす。とはいえ、日常の様々な雑務に追われるわれわれ一般国民はマスメディアを介せずに専門的な情報を入手することは困難であり、彼らを頼らざるを得ないのも事実である。それを否定するのであれば極論、与党の機関紙さえあれば十分ということになってしまうだろう。
したがって、今回の件においてメディア側に問われるべき問題があるとしても、われわれが何よりもまず注意すべきはモラルの問題ではなく、政府とメディアの間にある権力勾配についてであり、そこで蠢いている権力者たちの悪意に満ちた謀略である。
恣意的に批判対象を選択した上でメディアを敵視するような風潮を煽り立てようとする政治家たちの意図に与するようなことは絶対にしてはいけない。