2020-07-16

感想に狂わされる腐女子

ジャンルを移動する時には毎回何かしらの理由がある。

例えば最終回を迎えていくらか経ち供給が尽きて冷めてきたり、私生活が忙しくて創作する時間が作れずついていけなくなったり。

そのうちの一回に、感想に振り回されてのジャンル移動をした経験がある。

とあるジャンルにて

そのジャンルでの私はABとCB、二つのカプにハマっていた。ABはそのジャンルでも上位人気のカップリングCB書き手は少ないが読み手はなかなか多いカップリングであったと思う。

その日の気分で変わることはあれど、基本的には二つのカップリングのことを同じくらい好きだった。

どちらも本を定期的に出した。大体誕生日席で、それなりの冊数を手にとってもらえていた。単純に自分の描いたものを手にとってもらえるのは嬉しかった。

だけどそれを繰り返していくうちに気付いてしまったのである

つのカプの読み手の反応の違いに。

ABとCB

AB本もCB本も、毎回同じくらい手にとってもらっていた。

しかし、読み手の反応の差はカプごとに全く違っていたのだ。

例えばあるAB本に対して、20件ほど手紙マシュマロ感想を貰ったとする。

それに対して、同じぐらいの冊数が売れているCB本に対する感想はというと。

1件。

最初は、自分の力量不足だと思った。

ネタ選びであったり作画であったりページ数であったり、ここまで差が出るのは自分の出した本が単純にダメだったのだと思った。感想を書くに至らない話だっただけの話だ。同人描きあるあるだと思うのだが、描いてる途中にこれは他人が読んでも理解してもらえるかといった不安がいつも押し寄せる。この本はその不安通り、他人が読んでもわからない本だったのだと、そう思った。

そうして自分力不足として受け止めて、次こそはわかってもらえるといいなと呑気に思った。AB本にもらえる感想はすごく熱量がこもっているものが多く、自分はそこまで下手じゃないんだ、たまたま今回のCB本がダメだったんだと思い込むこともできた。

しかし、それからAB本もCB本も数冊出していくが、CB本に対する反応のなさはたまたまでは済まなかった。

感想の多いAB本も感想のないCB本も、売り上げ自体は変わらないままであった。AB本はむしろ感想が増えた。だが、CB本に関しては相変わらず。本を出した後の反応はないが手にとってはもらえる。

正直意味がわからなかった。感想がもらえるのが当たり前ではないのはわかってる。だけど、同じジャンルの同じB受け、同じくらい売れる本でこんなに反応が違う理由自分にはわからなかった。わからいからこそ不安だった。悪いと言われることもなく、良いと言われることも滅多になく。

山田さん

それでも、自分CB本に感想をくれる数少ないなかで、一人熱心な読み手さんができていた。本当にこの方は自分にとっての救いであった。

呼びにくいのでこの方のことを山田さんと呼ぶことにする。

山田さんは毎回可愛らしい便箋手紙を書いてくれた。私の描いたCBCBにハマったと綴られてた。前回のCB本の新刊について長々と感想を書いてくれた。

どんどん自分の描いているCBに対して自信のなくなる私にとって、山田さんの手紙は本当に楽しみであり支えであった。AB本にたくさん頂ける感想もそりゃうれしかったが、山田さんから手紙を読む時のそれは嬉しいの一言でおさまる感情ではなかった。この方が読んでくれて、わかってくれるのなら、まだこのカプで本を出し続けていいのだと思えた。だって私はABもCBもどちらも好きであったのだ。CBは前述したとおり読み手に対して書き手の数が少ない。単純にCB本がもっと増えますようにという思いもあったしネタも尽きなかったからできるだけ出したかった。感想の数は少なくとも、こうして毎回感想をくれる山田さんがいるなら、自分は全くわからない話を書いているわけじゃない。だからこれからも出し続けようと、この時点ではそう思っていた。

しかし、読み手というのは描き手よりあっさりジャンル移動するのが常だ。

ある時のイベントからぱったり、山田さんが自サークルにくることはなくなった。山田さんはCBが好きだが私の描くまABも読んでくれていたから、新刊がABであろうとCBであろうとイベントには必ず来てくれていた。

手紙にはツイッターアカウントIDが書いてあったし、何度かツイッター上でもお話したことがあったかフォローはしていないものアカウントはわかっていた。覗いてみた。

流行りの、全然違うジャンルの話でいっぱいだった。プロフィールには自ジャンル文字はもうなかった。何度か直接お話もしてたし、山田さんの人柄も好きであったから、単純に元気で楽しそうで良かったなとそっと自身ホームに戻って、そうしてしばらくぼんやりしたあと、もうCBで本を出すのはやめようかなと思った。

これから出すCB本は、誰かの気まぐれがない限り、きっと誰にも反応をもらえない本になると気付いてしまたから。

だってその方以外のたまに感想をくれるほんの一握りの方々は、毎回感想をくれるわけではない。

まだ描きたいネタはあった。CBのことはもちろん大好きだった。でももう、売れるだけで反応のない本を描きたいとは思えなかった。描けなかった。承認欲求云々もあるけど、自分の話にわかるよと言ってくれる誰かがいなければ、本を出した後にこの本大丈夫だったかな、とずっと不安になってしまうから仕事を終えて睡眠時間を削って、そうしてやっと本を出したって、出した後の時間のほうが地獄だなんて耐えられないと思ったから。

それから

そうして自分はAB本しかさなくなった。

毎回たくさん感想を頂いて、それを読んで次の本も頑張ろう!とやる気を出す。二つのカプを描いてる時よりかは気持ちがずっと楽になった気がしていた。

それからしばらくは楽しくAB本を出していた。CBに関しては本にせずツイッターに軽い漫画を載せたりしていた。

だが、ここでおかしなことが起きた。

CB本を出さなくなった私に対して、それまで私のCB本を読んでいた読み手の人が突然、発行して一年近く経つ私のCB本に対して感想を送ってくるようになった。一人ではない。何人も。マシュマロで送られてくることもあれば、ABスペースでAB本を出す私にわざわざ差し入れ手紙を渡してくる人もいた。

内容は大体こうだ。

あなたCB本が〜で〜で好きだった、またあなたCB本が読みたい、もうCB本は出さないのですか、といった内容ばかり。

正直、正直だ。

今更?と思った。

感想言葉は嬉しい。勿論嬉しい。

でも、それが欲しかったのは今じゃない。

貰ったCB本に関する感想を読むにつれ、もうなんだか、馬鹿らしくなってしまった。

ただの本製造機。CBの大半の読み手からはそう思われていたのだろうと解釈した。定期的にCB本を出すサークルの一人。それが突然ぱったり出さなくなったか読み手はどうしたのだと初めて声をかけてきた。つまりはとっととCB本を描けと催促されているわけだ。

どっと疲れてしまった。

CBは好きなままなので、CB本を出したくないとマシュマロに対して返事することはしづらい。だからと言って、こうして感想をようやく貰ったところで、CB本を出そうという気にはなれなかった。だけどこれからABで本を出すにあたり、もうCB本を出しませんと明言しない限りずっとCB本は?という言葉が付き纏う気がした。どん詰まりだ。

何もかも面倒になって、自分はそのジャンルでの活動をぴたりとやめた。

新しいものにハマるのは得意じゃないから、それから一年くらいかけてようやく次にハマれるジャンルを見つけた。今のジャンルでは初めからずっと感想をたくさんもらえる。イベントに行けない世の中になっているが、それでもマシュマロDMでたくさん熱く感想をくれる人がいる。締め切りがなくても頑張ろうと思える。どれだけそのカプを好きで、自分が描きたいと思って描いているものであったって、長い話を一つ完成させるのは大変な作業だ。頑張れも良かったも貰えないと、正直ずっと辛い。

感想はほしい

自分だって自分感想を言わなくても誰かしらからこの方は似たような感想を貰ってるだろうと思うことはある。

自分の語彙力のなさに頭を抱え、小学生の作文か?と送るのを躊躇うこともある。

でも、良かったですの一言でも、面白かったですの一言でも、エロかったですの一言でも、もらえたらめちゃくちゃ嬉しいのだ。やったー!と飛び跳ねる。実際にそういう一言感想はたまにくる。嬉しい。読んだ後本を閉じておしまいではなく、何か一言送ろうと思ってくれたことが嬉しい。エロかったです、の一言だとそんなにエロかったか!って嬉しくなるし面白かったですの一言だと今回の話考えるの大変だったからなあと勝手に嬉しくなる。

たった一言二言で描き手の感情を揺さぶる。感想は描き手を狂わせる。

自分はこれから読み手に踊らされる馬鹿腐女子をやめられないのだと思う。

  • お気の毒に… 「作者を作品製造機としてみている」…この問題は難しい。 俺も好きな作家が首を痛めて休載していた時は心配していたが、その心配は「作品製造機が壊れた」とどう違う...

  • マイナージャンルってファンも屈折するんだよね だってどうしてもABが目に入ってきちゃうから あなたの書くABの本よりCBのほうが好きですっていう言い方したくなっちゃう で...

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