人工妊娠中絶はしばしば女性の権利の問題として語られるが、冷静に考えてみれば別に女性の権利でもなんでもないような。
胎児が人間ではないとする立場を取るならば、胎児は母体から栄養を供給されることによって成長するものであり、母体の身体の一部であるのだから、爪や髪、あるいはタトゥーといっしょで、より普遍的な「自分の身体の一部を好きにする権利」にすぎないように思う。私は髪を短くしておくのが好きだけど、長く伸ばすのが好きという人もいるし、それを配偶者や親が「いや、お前は髪を伸ばさねばならない」とか「髪を切れ!」と強制するのはおかしい。胎児もそれと同じで、ことさらに「女性の権利」と呼ぶようなものではないと思う。自分の身体に関する権利は男女がともに等しく持っているのだから。
逆に胎児が人間であるという立場を取るのなら、中絶は殺人であり、殺人をおかす「権利」はいっさい認めるべきではない。アメリカの中絶反対派のなかには、中絶には反対だがレイプでできた子は中絶してもよい、という立場を取る人がいるようだけれど、はっきり言ってわけがわからない。レイプされたという理由で罪もない一人の人間を殺してよい理由はどこにもないのだから(レイプ犯への復讐すら殺人罪に問われるのに)、仮に胎児が人間であるとするならば、レイプされてできた子供であっても人工妊娠中絶を認めるべきではない(もちろんその子供を育てる義理はないので、施設に預けるとかそういう選択肢が存分に保証される必要があるけれど)。中絶をしなければ母親が死ぬという場合に限っては緊急避難が認められる余地はあるだろうが、そうでなければレイプされてできた子供だろうが経済的に養えない子供だろうが、人工妊娠中絶を選んだ妊婦や産科医は殺人罪で訴追されるべきだ(情状酌量がされてはいけないとはもちろん言わない。裁判にかけられるべきだと言っている)。なぜなら、人を殺した者は殺人罪で訴追されるべきだからだ。
私はそもそも胎児は人間ではないと思うので中絶は自由だと思うけれど、それを「女性の権利」と言うのは上のような理由で違和感がある。また、ローマ・カトリックが中絶絶対認めないマンなのを理解不能と呼ぶ人を見かけるが、胎児は人であるという前提条件を採用するなら中絶絶対認めないマンにならざるを得ないので、理解できないという人の方がわからない(ただし、「私人が勝手に人を殺してもよい」という前提を持っているならば、「胎児は人間」と「中絶は自由」は矛盾なく両立するので、論理的に必ず中絶の禁止が導かれるわけではないことは注意したい。ヒャッハー!)。
かつてとある場所で、中絶の可否について議論したことがあった。私は「中絶は自由」派だったのだが、「胎児は人間なので中絶反対」と言っている反対派を、経済的に困窮した女性はどうなる、とフェミニストであろうと思われる賛成派が追及していて、お前の言ってることはおかしい、と横から突っ込んだ。「胎児は人間なので殺してはいけない」という主張に「経済的に困っている人もいる」と反論したら、それは「経済的に困っていれば人を殺してもよい」という主張と同じだ(「人を殴ってはいけない」という主張に「聞き分けのない子供はどうすればいいんだ」と反論したら「聞き分けのない相手ならば人を殴ってもよい」と言っていることになるよね? それと同じ)。「胎児は人間」と主張する人に対しては「胎児は人間ではない」と返すべきで、それに対して経済的困窮とかレイプ被害とかを持ち出す論者は、貧困層であることや性暴力被害に遭ったことを理由に罪も無い人を殺してよいと主張していることになる。80歳の老親が50歳の引きこもりの子供を殺したら殺人罪なのだし、長年の性暴力に耐えかねて人を殺した尊属殺法定刑違憲事件だって、「裁判を経て情状酌量が認められた結果執行猶予がついて釈放された」のであって「人を殺したのに裁判にかけられずに堂々と暮らした」わけではない。もしも仮に胎児が人であるならば、20歳の妊婦が胎児を中絶する行為も、同様に扱われるべきであるはずだ――もちろん実際には、胎児は人ではないので、中絶した妊婦も裁判にかけられる必要などないのだが(堕胎罪は有名無実化しているとはいえ悪法なのでさっさと廃止するべきだ)。
神学論争になっちゃうじゃないか、と言われればその通り。結局これは徹頭徹尾「人間の始期」をどこに置くかという神学論争に過ぎない。生物学的には受精卵から乳児に至るまでの過程は連続しているが、社会的にはどこかで線を引く必要がある(乳幼児から成人に至るまでの過程は連続しているが、社会的にはある瞬間から選挙で投票できるようになったりお酒が飲めるようになったりするのと同じだ。15年経てば20歳になるのだからこの5歳の幼児を成人として扱って酒を飲ませてもいいじゃないか、と主張する人は皆無なのに、1年経てばこの胎児は乳児になるのだから人として扱うべきだ、と主張する人が後を絶たないのは奇妙なことだと思う)。なので本質的に人工妊娠中絶をめぐる問題は女性の権利とはなんの関係もないのだ。これを「女性の権利」と呼ぶのはミスリードにすぎないと思う。
こんなことしてるより土日のバイトでも入れたほうが生産的じゃねーか?
書かれている内容には一語一句同意なんだけど、一番重要な点がわからなかった。 「女性の権利」という言葉のどこに違和感があるの?「胎児を身ごもった人間の権利」と言い換えれば...
「女性の権利」という言葉のどこに違和感があるの?「胎児を身ごもった人間の権利」と言い換えれば納得するのですかい?純粋に疑問。 男である私が伸びた髪を切るのは「男性の権...
まあ、そうだね。なら「胎児を身ごもった人間の権利」と言い換えれば納得する、と私は解釈した 爪を切るのは、爪が伸びた人の権利 胎児を中絶するのは、胎児を身ごもった人の権...
あー、なんか違和感の正体がわかったかもです。応答ありがとう。私は「女性の権利」を「女性限定の権利」の意味で解釈してて、「いや自分の身体を好きにするのは女性限定とかじゃ...
言葉尻でしかないと思うんだけど。 妊娠でリスクを負うのは女性特有の話なんだから話の流れの中でそれを強調する意味で リスクを負わない男性の話には当事者意識が足りないのではな...
中で胎児が自然死したら人工中絶手術しないと女性が生存権を侵される。 他にもいろんな病気や悪評による社会的死などが予測されるので、 安全に生き残る手段として人工中絶手術を選...