なのでポエムを書こうと思う。
「らしい」というのは伝聞であるけど、彼女と結構長く続いているのは知っていたから、驚くほどの話でもない。少なくとも、理屈の上では。理屈を上回る衝撃を受けたのは、僕らの年齢よりも境遇と、自分の認識の甘さにあった。
今年で24歳になる学年。高校、大学をつつがなく出て、そのまま就職すれば2年目になる学年だ。心や金に余裕のある人間はそろそろ結婚しはじめる頃合いである。大学時代は結婚式場でアルバイトしていたから、なんとなく分かる。現に大学の同期で気が早い奴は既に結婚しているし、会社の同期でも修士卒の既婚者はいる。世間一般では結婚という契約は恋愛の帰結として受け入れられている。それが実在することに疑いを抱いている者などほとんどいないだろう。ごく一部の例外を除けば、若者にとって異性というものは周りにたくさん居るものであろうし、そこで惚れたなんだの話は日常茶飯事であっただろう。
だが、男子校出身者のなかでも最上級に拗らせた連中にとってはそうではない。
結婚という言葉が遠い異国のお伽話のように、現実感を欠いて聞こえるのだ。サンタクロースが自分の生活圏にいないのと認めるのと同じくらいの自然さで、恋愛や結婚が自分の生活圏に重ならないことを認めている。だから最底辺非モテの僕でも劣等感を感じることなく結婚式場でアルバイトができた。むしろ非日常と割り切って、楽ですらあった。僕らは中学・高校を男子校というホモソーシャルで過ごし、大学でも女と無縁の道を歩んできた純粋培養・最上級の拗らせエリートである。卒業して5年経っても律儀に定期的に集まって盃を酌み交わしながらAVやアニメの話に花を咲かせるような奴等だ。そんな僕らの生活には、女性の影はほとんどない。あったとしても、それは夕陽を浴びて長くなった影が微かに見える程度のものでしかない。時たま話す機会はあるけど、遊んだりする機会はほとんどない。僕なんて四半期に一度会話の機会があればマシなレベルだ。ゆえに彼女など、望むべくもなかった。人を好きになる機会は与えられないし、それを見つける方法も思いもよらない。自活能力を欠いていることは「詰み」であると理解できる程度には頭が回る集団である。誰もが軽い諦めを抱えながら、半年に一度くらいは集まって、盃を酌み交わしていた。
その集団のなかで一人、美大に進んだ男がいる。彼の名前を仮にYとしよう。Yは少し頼りなさげで、オドオドしているところのある男だ。男性的な強さで女性に好かれるタイプではない。けれど、彼は自分の世界を持っていて、それを武器に美大で頑張っている。そういう面を見て、Yの婚約者はYを好きになったのかもしれない。なにせ、Yに告白した位なのだ。少なくとも、彼女にとってはそれくらいの魅力がYにはあったのだ。
告白された話を盃を酌み交わしながら聞いて、人生にはそんなこともあるのかと思うと同時に、そんなことは自分には起こりえないだろう、という確信があった。恋愛というものに対して、あまりにも現実感がなかった。男が女を好きになって、女が男を好きになる。そんな関係性が実在することが、信じられなかった。だから、嫉妬より先に驚きが湧いた。自分たちの世界に、恋愛という概念が侵入してきた驚きである。メッシが突然水戸ホーリーホックに移籍してくるような衝撃である。(ホーリーホックサポの人、ごめんなさい)
そこで「自分にも恋愛可能性が出てきた」と考えるほど、僕は楽観的に脳味噌ができていない。けれど、「いつかは彼も別れて、そしてまたみんなで酒を飲める」と、そう考えていた。生温いホモソーシャルの温度感をいつまでも続けて、朽ちていく哀しみを紛らわすことができると、儚い希望を抱いていた。
Yの婚約が、その希望を無慈悲に打ち砕いた。このままでは僕だけが取り残されて、独りで朽ちていく人生になるだろうという確信が湧いた。それを選択として引き受けるのは良いだろう。結婚を選ばず、ひたすら自分のために生きる生き方は否定しない。だが、僕はそれを積極的に選択していない。漫然と諦めに身を浸した結果として、意図せず消極的に選びつつある。いや、既に確定しているのかもしれない。
恋愛経験豊富な知人は「とりあえず一人落として自信つけろ」と言う。その「とりあえず」がとてつもなく遠い。何が分からない分からないのだ。スタートラインに立って何度か走ればそれなりに分かるのかもしれないけど、まずスタートラインがどこにあるのか分からない。スタートラインに立っていいのか、そもそも立つ気があるのか、それすら分からなくなってきた。
それを学ぶのがモラトリアム期間なのだろうということを今更ながらに知って、失ったものの大きさに泣いた。23の、とある夜のことである。
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