2012-10-30

流産の手術をした

アクシデントは、誰の身にも一定割合で起こる。

それが今回わたしの場合は、流産だった。

繫留流産といって、成長が止まったまま妊娠組織が体内に留まっている状態。

いま、待合室で手術を待っている。全身麻酔だってちょっとこわい。

なんだろう、もちろん望んで妊娠したし、どういう気持ちかと言われればもちろん悲しい。

とても悲しい。

けどなんか、わあっと泣き出す感じでもない。経験したことのないできごとで、気持ちの収まりがつかない。

初診から約1カ月、ずっと心拍が確認できなくて、断続的な出血があり切迫流産との診断。

先々週くらいからおそらく無理だろうと思ってたし先生にもそう言われていた。

初診後に出血があったとき、すぐに病院に来なかった。そんなものなのかなと思って。

でももしかしたらその段階から投薬治療を受けていれば違ったのかも。

もう、それ以降にどれだけ安静にしてても、意味なかったのかも。

でも、初期流産は15%くらいの可能性で起こり、

特に30代も半ばを過ぎるとその確率も高くなってくる。

手術してその原因を突き止めようとすると数十万かかるというので

結局は分からないのだが、6-7割は”本体”、つまり胎児側の問題らしい。

今回は胎児ともいえない段階、と、女医先生は言ってくれた。

10代の頃、家でごたごたあって、精神的に危機的な状況に陥った。

まさしくどん底。毎日泣いて、毎日死にたいと思ってた。

いまは家族とも和解したけど、あの暗い冷たい孤独な状態よりもしんどいのは

もう近しい人が亡くなることくらいだろうと思ってた。

今回のできごとが、あの頃よりもつらい、とは思わない。

でも軽いわけじゃない。

あ、いってくる。


手術終わった。いま、全然なんともない。なんともなくてマックで続き書いてる。

アイスコーヒーうまい椎名林檎がかかってる。

麻酔がかかっている間、幻覚を見ていてこわかった。そうなる人が多い種類の麻酔らしい。

なんかね、自分の体が足先からほどけて、すごい数の白色のLEDパネルみたいな切片になって

それが一方向にウロコができるみたいに光速でどんどん重なって進む。ジェットコースターみたいに。

つのまにか切片のひとつひとつ自分意識になっていて、

自分という存在ってなんだっけ、いまこの瞬間はどれが自分なんだっけ、

ますごい速さでうねって進んでる意識の集合体が自分なのかな、とか思ってた。

これは覚醒する直前だったのかな、こわい、とか、せんせい、とか、うわごとを言っていた気もする。

たぶん最後麻酔を打たれたのが14:30ごろ、

酩酊状態で四角い白いのと丸い月みたいのを裸眼で認めたのが15:15。

ぐわんぐわんとなりながら、処置室に入ってきた看護師さんに時間を訊ねたので。

そのあと、さっきのは幻覚だったんだ、と思った。自分はちりぢりになってもう元には戻らないと思ってた。

いちばんに現在時刻を知りたかったので、自分現実につなぎとめられていると知りたいのだと感じた。

四角い白いのは明かり取りの天窓で、曇ってた。月は室内灯だった、消えてたけど。


”本体”はエコーで分かっていたとおり、推定7週くらいの大きさで成長を止めていて

母体は3週間ほどの投薬治療効用で準備しつつはあったけれど

このまま待っても仕方がなかった、ということだった。

この1カ月間って、いったいなんだったんだろう。

初診から今日の処置まで全部で10万円弱を費やして、三度のメシより好きなお酒をやめて、

仕事をなんとか調整して安静にし、遊びの予定もキャンセルした。

投じたもの勘定したいんじゃなくて、

快楽主義自分がそうやって、生存がわからない血のかたまりを抱えて、じーっとしていた期間が

なんだったのかなって、かきわけて、なにか手応えをつかみたい。ような気持ちがする。

にちゃんやベネッセ掲示板なんかを見ていると、

流産したらそれは「お空忘れ物をしちゃっただけ」「またすぐ戻ってくる」などと言われている。

妊娠できるよ」と教えにきてくれたんだ、とか。

最初に読んだとき、そういう考え方もあるんだと、少し救われた気にもなった。

でも自分がそれで腑に落ちたかというと、そうじゃない。

次に妊娠しても、あのときの子が・・とはむしろ思いたくない。

子、でもない。先生が言っていたように。そう強く感じるのは、自分が臆病だからなのか。

そらく、心拍が確認できてから流産のほうがつらいだろう。

比較していけば、それよりも妊娠後期で残念な結果に終わるほうがつらいだろうし、

出産前後事故だったらもっとつらい。

そのあとは、つまり子どもを亡くすことで、わたしの想像にとても及ばない。

それから不妊治療の末にというわけでもないので、その結果の流産ともまた違うだろう。

書いていけば延長線上になってしまうけど、これらのケースと今回は比較にならない。

からといって、まだまし、と思いたいわけじゃない。

発生学上、初期のfatal errorはどうしようもない。

自分のせいである可能性は拭えないけど、擬人化してごめんねと思うことにもあまり意味がない気がする。

冷たいのかな。


結婚しておよそ半年。年齢も若くないし、互いの両親も孫を待っている。

自分自身の仕事も、ぎりぎり、こうした状況でも対応できる体制を整えられるようになった。

高齢出産は当たり前になってるけど、30代の妊婦はやっぱり警戒するよ、と

初診時に先生に言われて自分の来た道を振り返ったりもしたけれども

過去を変えられるわけじゃないし、やり直したって20代仕事に費やすのだろう。

親を待たせていることについて、しかし夫は

子どもをもつのは『誰のために』っていうわけじゃないでしょ」と言った。

ほんと、そう。

強いて言えば、夫に父親の顔をもってみてほしいという気持ちはあるけれど

親はもとより自分たちのために子どもをもうけたいわけでもない。

主に仕事との両立について大きな不安はあるけど、それはおいといて

やっぱり、夫とわたしの子どもに会ってみたい。

ああ、会ってみたかった。ということなのかな。

希望をいうならば、会って一緒に生きてみたかった。

今回はただ、実現しなかった。いつの時点で実現可能性が消えたのかわからないけど

じーっと抱えていたものを排出していま「実現しなかった」という結果がある。

なんにでも結果はやってくる。

さっき、手応えをつかみたいと書いたけど

希望が叶わなかった、という結果を手にした以上でも以下でもない、たぶん。

ひとことで言えばやっぱり悲しいわけで、これから家に帰ったらわあっと泣くのかもしれない。

今日、今月、いっとき保有していたものをなくした。

この先も、そんなことあったっけ?と忘れることはないだろう。

それはそれで、それとして、

繰り返すのはこわいけど、次は会って一緒に生きられるといい。な。

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