2015-12-04

高校生の頃、狂ったように女叩きの記事を読んでいた時期があった

2chまとめサイト文化が隆盛を極めた時期、私は高校生で、流行りのそれらを暇つぶしに読んでいた。

はじめはネタ系まとめ記事を見て笑っているだけだったが、

そのうち、2chの一部住人達はどうやら女性という存在を毛嫌いしていることに気が付いた。

正確に言うと女体は好きだがその中身が大嫌いらしい。そういう空気が当たり前のように共有されている。

おかしなことを言う女性がいれば「これだから女は」の大合唱

特におかしなことをしていない女性にも、「女だから」という理由で下衆な勘繰りをして叩く。

時には下衆な勘繰りすらもなく、「女だから」のみを理由に叩く時もある。

女の一員である私はとても理不尽気持ちになった。

自ら選んだわけではなく変えることのできない属性をひたすら攻撃対象にされている。

別に叩かれている人は私ではない。しかし、仮に私がこの人達の目に留まる場所で何かをすれば

それがどんな行動であれ性別理由に何かしら文句を言われ、笑われ、醜い言葉をぶつけられるであろうという想像はついた。

これが世の男性の総意ではないということは当時からわかっていたつもりだったが、身近な男友達がいなかった私は心の底で

もしかして、これが世の中のほとんどの男性本音なのでは?」と疑うようになった。

それから女性が叩かれていそうな記事が目に入れば進んで読みに行くようになった。

嫌な気持ちになるのをわかっていてそうしたのは、稀に記事に混ざる女叩きの流れに否定的コメントを読みたかたからだ。

まりにも無根拠すぎたり限度を超えた暴言には、「そんなことはない」「いくらなんでも女を目の敵にしすぎ」という否定意見が書かれることがあった。

まとめ内に一つ二つあるそれらや、ブログコメント欄に書かれる記事の流れに否定的意見を読んで、

ネット住民の誰もがこの「女にならいくらでも暴言を吐いていい」空気同調しているわけではないということを確認たかった。

しかしわずかな否定意見確認するためにその数倍数十倍もの女性に向けられた暴言を読んだ結果、私の心は少しずつ歪んでいった。

最終的にはたまたま目に付いたものを見に行くだけに留まらず、そういう記事を乗せていそうなところを探したりまとめられる前の2chスレッドまで読みに行ったりした。

それらの記事を読むたびに、心にじわじわ毒みたいなものが広がっていくのがわかっていながら、やめられなかった。精神的な自傷のようになっていた。

その頃に出会ったのがはてブだった。

女叩きと無縁な場所ネット上にたくさんあったが、まとめ記事のような女叩きが行われている場所のものに対して直接「おかしい」と意見を言う人達は少なかった。

いても、それを一つの場所でまとめて観測することはできなかった。

女性に対する理不尽暴言が書き連ねられたまとめ記事に付いたはてブブクマコメント

根拠な女叩きに否定的ものが多勢を占め、それらの意見にたくさんのスターが付けられていた。

しか否定的コメントを付けている人の中には男性であろう人がたくさん居た。女性けが女性への暴言反論しているのではない場所だった。

私の辿り着いた中で、そういった空気のある場所はてなだけだった。そしてその空気に救われた。この場を借りてお礼を言いたい。

はてなとの出会いもあり、私の女叩き記事漁りは徐々に落ち着いた。

今は2chまとめブログを読むことはほとんど無くなったが、女が女というだけで理不尽に叩かれていそうな記事タイトルが目に入るとつい読みにいってしまったりする。

記事を読んでも当時のように大きく心を揺さぶられることはなくなったし、読みながら自分の心にざくざくナイフを突き立てて自傷しているような気持ちにもならない。

しかし一度付いた歪み、それも思春期の頃に付いた歪みは簡単に直らないらしく、

私は男性から女性扱いされることと好意を寄せられることに拒否反応を持つ人間に育ってしまった。

頭では全ての男性女性を見下しているわけがないということはとっくにわかっているのだが、いまだに心の底では男性を信じられていない。

とっくに高校卒業して社会人をやっている今になっても直る気配がなく、一生独り身の覚悟を決めている。

進路を決める前の時点でこの思考に毒されていたため、一人で生きていけそうな人生設計を立てられたのが不幸中の幸いかもしれない。


以上までが前置きで本題は以下。

私は今回ののうりんポスターの件や碧志摩メグの件で寄せられた批判オタク叩きの意図や、まして男叩きの意図で出てきたものではないと思っている。一部の極端な人を除いて。

しかし今回の件とは別の、女性差別批判セクハラ批判文脈では男性を一くくりにして「悪」加害者」のカテゴリに入れる意見を目にすることがある。結構ある。

一つ具体例を上げると、少し前の話になってしまうが

女性男性を食べる世界 - Togetterまとめ: http://togetter.com/li/892195

このTogetterの中に出てくる例え話は、設定としては面白いと思う。単純に性別を逆転しただけでは伝わらないという気持ちも痛いほどわかる。

しかしこの世界に出てくる「女性」はほぼ「男性気持ちを考えず自分欲望押し付けてくる下衆」しかいない。

この例え話は現実世界の反転として書かれているので、

まり現実世界男性はほぼ女性気持ちを考えず自分欲望押し付けてくる下衆しかいない」と言っているのと等しいことになる。

恐らく男性理解してもらう為に書かれた例え話なのにも関わらず。

こんな風に男性を一まとめに「悪」加害者」にカテゴライズする人は、今まで男性不愉快な思いをさせられた経験があるんだろう。

でも、自分女性であるという理由で受けた不愉快な思いをそのまま男性という性別を持つ別の人に投げ返したって、それはただの八つ当たりで、嫌な思いをする人が増えるだけだ。

自分不快な思いをさせた人間批判したいならきちんと範囲を狭めて、誤爆のないようにしてほしい。

セクハラをされたなら「私にセクハラをしてきたあいつ殺す」でいい。

同じ行為をしている人間牽制したいなら「馴れ馴れしく下の名前にちゃん付けで呼んできやがる上司死ね」くらい具体的に書いてほしい。

もちろん女から男だけではなく男から女への批判も同じようにしてほしい。わざわざ性別なんていう人類の半分が当てはまる範囲まで広げる必要はない。

範囲批判が傷付けるのは大抵本当に批判されるべき人間の方ではなく、何もしていない無関係自己評価の低い人間だ。

2ch暴言を書き散らす人達は、あえて広範囲に悪意をばらまくことで無関係人間ごと傷付けてやろうと思っている人が多そうだが

(そしてそれに見事に引っかかってしまったのが私なわけだが)

そういう意図を持たない人は、自分言葉無意味に人を傷付けていないかどうか考えてから発言してほしいのです。特に真面目に議論を交わすような場では。

以前、「特定の個人を叩くより性別範囲を広げることで暴言効果は薄まっている。

こっちの方が人を傷付ける可能性が低い」と言っている人が居たが、そんなことはないと思う。

自分では変えようのない属性で括られて身に覚えのないことで叩かれ続けるだけで、想像以上に人の心はダメージを受ける。

あなたサンドバッグにして殴っているそれは、殴っている側には性別という大きな括りまで広げた時点で

ただの概念になったように見えているかもしれないが、中にはきちんと人がいる。

性別に限ったことではなく、批判属性に広げて無関係の人を巻き込むのをやめてほしい。

あなた批判したい特定の個人がいるなら、その人にだけ的を絞ってほしい。

そして自分属性が一まとめで叩かれているのを見た人は、無関係な物ごとひっくるめて真に受けすぎないでほしい。

高校時代という貴重な思春期を下らないことに浪費してしまった人間からのお願いです。


長くなったので要約。

批判暴言主語を適切な大きさに設定してから発して頂くようお願い申し上げます八つ当たりダメ絶対

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