はてなキーワード: ブロガーとは
それは握りつぶされないような努力をしようってことになるのでは?
できる人はしたらいい。それだけのこと。
そういう努力の方向もあることに気付かなかったり、あるいは具体的にどんな手を打ったらいいかわからなかったり、あるいは実際に有効な手だてがなかったのなら、それはそれで仕方がない。精一杯やったのだから(やってなくても)誰にも責められる筋合いはない。それだけのこと。
単に、「成功するまで努力しろ」といって、社会的責任みたいなものを本人に丸投げするのがよくないと言ってるだけ。
解決策の一つとして「努力する」というのを提案するのは自由。ただし、それが有効かどうかを判断するのは飽くまで当人だし、その解決策が妥当でないという批判も甘んじて受けなきゃいかんよ。まして、「努力する」という解決策を採用されなかったからと言って「失敗しても自己責任だぞ」なんて無用な捨て台詞を吐くのは余計なお世話。「お前は何様だ」と言われてそれで終了。
まともな大人に、人としての最低限の道徳とか社会の最低限のルールを守れ以上のことを軽々しく言うもんじゃないというだけのことだよ。そして、「努力しろ」というのがそんな「最低限」のことだとは俺は思わないからね。
「教えて断固害」といわれて「自分で努力しろ」と答えたら、横から割り込んできて「努力は万能じゃない」「ネオリベ」「自己啓発厨」とか言い出すのは言いがかりのような。
理不尽な状況に追い込まれた人が、具体的な打開策を求めているのに、それに対して筋違いな精神論を上から目線で語るというのは余りにも失礼だと思うが。単に、人の弱みにつけ込んで自慢話をしたかっただけとしか思えない。リア充系のブロガーってどうしてもそういうのが多いし、そういうのをありがたがって聞いてる奴が多いんだから救いようがないと思うけどね。
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たまたま2ch系の紹介系サイトで話題にのぼっていたブログではてなを知る
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「みんななんか頭良さそうなこと話してんな・・・話題のニュースもわかりやすいし、いい感じ」
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三日で飽きる
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「はてブなら簡単だし書き逃げできるから楽チンだお!痛ニュ死ね」
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はてブで長文(といっても60,70文字程度)書いて☆集め
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「ぶっちゃけ、100文字程度で世の中を論じようなんてガキのやることだよな」
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だんだん虚しくなってくる
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「そういえば、ハイクってあったよな・・・」
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ハイクにはまる
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飽きる
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「上から目線」とか「後から来た」とか。
普段から「自分が下だ。自分はアルファじゃない」って嫌と言うほど反芻してるから、目線やら順番やら下らないことに敏感になる。
奴隷根性というか雑魚根性ここに極まれりって感じだな。
聞かれたらただ答えりゃいいんだよ。雑魚にはそれくらいしか期待してないから安心しろ。
「アルファ(ブロガーとかなんとか)」って確かowl氏が注目エントリー書いてたよな。
唐突に「アルファ」とかいう言葉を持ち出すところがowl氏っぽい。
おまけに「反芻」とか熟語を使いたがるところもowl氏っぽい。
聞かれたらただ答えりゃいいんだよ。
http://d.hatena.ne.jp/guri_2/20080225/1203946191
別にはてなだろうがアメブロだろうがヤフーだろうがモテるブロガーはモテると思う。どんなサービス使ってても、貧乏そうだったり、仕事できなさそうだったり、オタっぽかったり、性格が面倒くさそうなのがにじみでてるようなブログではモテるはずがない。自分で非モテとか言っちゃう時点でダメだと思う。他の女の子が誰も相手しないような男にわざわざ興味もてないよ。
美味しそうな食べ物とか、おしゃれな映画や本や音楽の感想とか、日々の仕事とか生活のことを淡々と普通に書いた内容に、ちょっとキレイな写真がついるようなブログには、それなりに女性ファンがつくように思うけど。お金持ちで優しそうで普通に社会に適合できて生活楽しんでそうな感じの男の人ってブログ界に少ないから。
dankogai こんばちわblog初心者さん。 dankogaiです。 ……どうもお灸が効き過ぎたようです。 新参者がはてぶを付けてもらうは本当に難しい。 この責任の一端は私にも有るでしょうし、 何かしら責任を果たさないといけないでしょう。 とりあえず文章の書き方はぎりぎり及第点。 もし本気でホッテントリ入りしたいのなら私が教える、と言うのも有りでしょう。 かつて「効率が10倍アップする 新・知的生産術」という本の書評を書き、 Amazonのランキングで10位→1位にした私が。 もしはてぶ数で2chまとめブログ並か、 それ以上になる気が有るのなら教えましょう。 その代わり私は厳しいですけれど。 教わりたいと言う旨のトラックバックを貴女から届き次第、 時間を割きブログ記事のお題とか考えて返信します。 はてぶ数増加やアフィ収入の為、 短期間でルファブロガーになりたいのなら検討してみてください。 端から見て胡散臭いのも確かなので無視しても一向に構いません。 私も余り暇ではありませんし。(blogの更新で) 長文乱文失礼致しました。
http://d.hatena.ne.jp/core/20080214/1203002979
確かに止まってると思う。
おれが初めてはてなの存在を意識したのは「はてなアンテナ」で、実際に「使える」機能を軽々と提供している様は心地よかった。かゆい所に手が届くというか、「それそれ、それなんだよ」という印象だった。その後ダイアリーのベータテストにも参加した。決定的だったのはその後の「はてなブックマーク」で、プログラミングとかビジネスの知識なんかの未知の世界をかいま見せてくれたり、ギークと呼ばれるようなブロガーの存在に気づかせてくれたのもはてなだった。もともと文系で、はてな以前はせいぜい「テキストサイト」的な世界観にとどまっていたおれの世界を広げてくれた意味ではてなにはすごく感謝している、現在進行形で。GMOとかライブドアみたいなネット企業特有のギラギラした胡散臭さや、薄っぺらさがなかったのも好感が持てた。
でも、ここ1年くらいのはてなを見ていると、足踏みしているようにしか感じられなくて。近藤社長がアメリカに行くと聞いたときは本当にたまげたし、きっとおれが想像もできないような、とてつもない事をワールドワイドにやらかしてくれるんだろうと、悔しいようなワクワクするような複雑な気持ちで見ていた。でも冷静に見るとid:jkondoがアメリカでやったことって、詰まるところ「はてなスター」の実装くらいしか見あたらなくて。それはそれでいい機能だと思うし、実際おれが☆もらうためにブクマコメントを頻繁に書くようになったのは事実だ。だけど、びっくりさせてくれるようないい意味での「裏切られ」感はなかったし、はてな全体を通じてそういう印象はここ数年まったくない。☆のせいでサービス全体がやたらと重くなっただけじゃねーの?というのが正直な感想だ。
おれが思うに、今求められているのはインターネットの広大なロングテール的世界から、自分に合った情報を誰かが拾い上げてピックアップしてくれるような仕組みだと思う。回線の先に、おれが会ったことがないけれどすごい考えや知識を持っている人がたくさんいるんだと思うと、いてもたってもいられない気持ちになる。けれど個人がそれぞれの「本当に出会いたい」人に出会えるような解決策がない、というのが今のネットの問題だと思うのね。非常にもどかしい。そういう意味でははてなブックマークはかろうじてアグリゲート的な役割を実現している数少ないサービスだったと思うんだけど(他のソーシャル・ブックマークなんて糞みたいなもんじゃん)、いかんせん圧倒的にユーザ数が少なすぎる。例えばはてなブックマークの「注目の動画」ひとつ取っても、最大で数10ユーザくらいしか行かない。単純に比べればいいってものではないけれど、アメリカのDiggやdel.icio.usといったソーシャル・ブックマーク・サービスのユーザとは文字通り「桁が違う」というのが現実でしょ。「本来あるべき姿」には全然達していないように思う。それをはてなの人はどう思っているのか分からないけれど。
少なくとも、おれ個人の希望や欲求にはてなは答えてくれず、それよりも既存ユーザ同士のつながりや、ユーザ同士つながっている事のぬくもりを優先しようとしているように見受けられる。もちろん、一人のユーザとしてその方針に文句を言えるような立場にはないし、表だって文句を言うつもりもない。
むしろ今までがんばってくれた事への感謝の気持ちでいっぱいだ。今の自分が、「誰も自分の望むサービスを提供してくれない!」と文句を言う暇があったら自分で作ればいーじゃん!と思えるようになったのは、本当にはてなのおかげだと思ってる。実現するかどうかは分からないし、正直そんな技術もないんだけど、少なくともはてな一社に「なんとかしてくれ!」と文句言うだけで自分では何もしないというのは本当に格好悪いんだな、と思えるようにはなった。そういう意味で、ありがとうはてな。でもおれの中でのはてなの輝きはもう消えてしまった。だから、さようならはてな。そう思えるくらい自分が成長できたんだと考えるようにする。
まあ、なんだかんだ言って明日からも普通に使いますけどね。他にないから。
今更 2ちゃんねる かよと思われそうだけど、ここでは匿名掲示板等の総称と取ってください。
2ちゃんねる の最大の特徴は何かと問われたら、私はウェブの情報の所有者をなくして平等にしたことと答えてます。ウェブの特徴をより強くした感じと言っても良いかな。元来、そこにある文章の良さを、書き手の肩書きや経歴なんかで評価する人が多かったじゃないですか。その本をどうして読もうと思ったのと言われても、マスコミや書店の宣伝、せいぜい友達のおすすめ程度でしかなかったんです。
でも、ネットの良さって誰もが発信できることじゃないですか。そこでまた誰が書いたのかとか、書いた人の経歴はなんだとか、そんな実名匿名論争なんてどうでも良いのですよ。「有名な○○氏が書いた記事だから読む」ではなくて、「これは良い記事だ!誰が書いた記事なんだろう?」ってなって欲しいじゃないですか。一度、スタートラインを同じにしたいんですよ。
それが 2ちゃんねる なんじゃないかって思うんです。
こんなこと書こうと思ったのも、ここ最近ニュース速報(VIP)板こと“VIP”の素晴らしさを見直しはじめたからなんですけど。私はVIPに書くつもりは無いんですよ。だってもったいないですもん。自分で書いた文章を“増田”としての“私”を捨てて、“VIP”としての“私”で書くなんて。でも、2ちゃんねる ってその「私」の部分を無くして平等に扱うものじゃないですか。あー、VIPって 2ちゃんねる だなーって思ったんです。
こう考えると、2ちゃんねる って受信者にとっても発信者にとっても厳しいんですよ。受信者は、与えられる大量の情報に対して全部自分で評価しなくてはならないじゃないですか。そんなこと一人でできるもんじゃありません。だから協力するんです。板ごとでジャンルを分けたり、人気の記事をまとめたり、特定の人が選んだ情報の中からだけを、自分で評価するのです。ゴミ情報があるのは当然なんです。その中から自分のものさしで評価する時代なんです。
発信者だって、ものすごーく不利なんです。だって「私」を育てられないから。毎回が勝負、評価は継続されない。中の人が分かってこそ分かるネタなんて(ここでいう)2ちゃんねる の世界では通じないのですよ。良く個人ニュースサイトで記事を紹介するときにブログ名も書いてくれなんて甘えなんです。書き手なんて誰でも良いんです。その記事が素晴らしいかどうかだけが基準なんですよ。
とまあ 2ちゃんねる の局所的特長を述べましたが、実際にそうなんだと思います。読み手である自分は、自分一人では見つけられない情報を探すために 2ちゃんねる なサービスを使ってはいますが、それすべてを信じたりはしていません。ほってんとりが衆愚化されてても気にしません。すべてがすべてを期待してませんから。情報をある程度に絞ってくれるだけで十分だと思っているんです。
書き手である自分も同じです。私の読者だからって、私の記事すべてを評価してくれるとは思ってません。良くなかったら無反応きめるくらい厳しい読者たちでも良いと思います。その分、これはすごいと思ったら大絶賛して欲しいものです。そのためには、やっぱり舞台に上がらないと何も始まらないじゃないですか。だから、まずは数多くの記事を出していかなきゃって思ってます。
発信者よ。
受信者よ。
自分で判断できる目を養え。判断するために まなめ をおちょくろう。
まなめ と上手に付き合うための最大のコツは、相手に期待しないことだ。
みんなの まなめ を利用するも、誰かの まなめ を利用するのも良い。
しかし、本当に大事なことは、まなめに期待するしないではなく、
自分の まなめ を愛して育て上げることだ!
既出を恐れずに書く。
ソーシャルブックマークにも「ブクマの空気」があるんだなって思った。
例えば、人気のある芸人さんが出てきてネタを始めただけで笑っちゃう人がいるように、
読者数の多いブロガーさんが記事を書くと、すぐにブクマされ「注目のエントリー」に入る。
別にそれ自体は悪いことではないと思う。
好きな芸人さんが出てきたら「笑いの空気」ができて、あまり面白くないネタでも笑えるのと同じように、
読者数の多いブログが更新されたら「ブクマの空気」ができて、ほんの些細なコネタでもブクマしてしまう。
このことを感じたのは、
「注目のエントリー」に入っていたライフハック系の和訳記事をブクマした後、
読者の多いブログで(もちろんたまたまだが)同じネタ元の和訳記事がアップされたら、
一気にブクマ数が抜かれていった時だった。
あと、前にどこかで読んだようなコネタを
読者数の多いブログが取り上げた時に、
30とか50とかブクマが付いていた時にも強く感じた。
「この記事はブクマしなきゃいけない!」っていう、
「ブクマの空気」の出来具合というか、差があるんだなって思った。
ただ、それだけ。
id:ululunが面白い試みをしている。
何故匿名ダイアリーのエントリはDisられやすいのか - 煩悩是道場でsmashmedia河野氏の書いた増田を当てようとしているようだ。
(ちなみに私は河野氏ではない)
相当怪しいとされているのは下記の2つ。
しかし、英語なんて・・・勉強しなくていい。はないだろう。
もしかしたら実は英語ができるというのを増田に書いた可能性もあるが、恐らくこれではない。
コンビニのレシート紙って相当無駄じゃね。もないと思われる。
河野氏が増田に書くとすればsmashmediaに書くには憚られる内容であると思われる。
そうでなければ、ブロガーの中では隠し事が少ない(と思われる)河野氏が増田を使う理由はない。
コンビニのレシート紙って相当無駄じゃね。程度の内容であれば、smashmediaに書くのではないだろうか。
梅田望夫氏は何の専門家なのか?は確実にないだろう。
姉夫婦はアメリカに住んでいるという記述がある(河野氏は家族の事を大っぴらにブログに書いているが、今まで姉夫婦について書かれたことはない)
また、文体があまりにかけ離れすぎている。文体を崩しているにしても、ここまで差はでないのではないか。
面接という名のゲームは確かに怪しい。
アシスタント募集している河野氏が、このような考えに至ったという推理は悪くない。
しかし、これもやはり、河野氏が増田に書く理由はないことから違うと思われる。
河野氏のテレビや雑誌に出ているアイドル好きだが、普通に恋愛感情を抱くことはできない、というタイプであれば別だが。
これが一番怪しいのではないかと思ったが、disられているとは言い難い。
間違いなく、これではない。
ところで、「すごい勢いで否定され」は量ではなくスピードなのではないだろうか。
記事内容自体は一行に要約すれば
「あらたにす、ってまたおっさんくせー名前じゃの」
なんだけど、この記事、なにがすごいって管理人である記者さんのコメントの返しがすごい。
まず先手、訪問者のターン。
Commented by へ? at 2008-02-02 02:33 x
>これを選んだ感覚は一体どういうことなのかな、と思うのだ。
あなたの感覚がおかしいんだよ。
カタカナ英語にしたらよく感じて、訳の分からない変な言葉使う変な人でしょ。あなた。
なんか根本的に変だよ。
いきなり名前欄に「へ?」置いてと軽く挑発。
猫先生ならすでにキレてるところ。
そして、引用後の一行目で「あなたの感覚がおかしいんだよ」とテイクバックなしの右ストレート。
ダラダラ来る理由を後に置き、まず結論を先に言う。Therefore(??だから??)方式ではなくbecause(??なぜなら??)方式を使うことによって、「何はさておき、俺はまずお前が気に入らないんだよ」という主張を猛烈にアピール。
はてなーの大半がここでこの相手に対しdis長文を発射させずにはいられなくなるハズだ。
そして、とどめの人格否定。
こうなったら、「俺はお前なんかと分かり合うつもりなんてないからプー」と宣言したのと同義だ。
下手に理論武装しない分、相手側が理を解いて反撃する余地すら与えない。
白痴とは最強の強弁なのだ。
で、ここで普通のブロガーなら荒らし認定して、無視するかあるいはコメント自体削除するかもしれない。
下手に手を出して事態を泥沼化させることもありうる。
しかし、ここの管理人はそのいずれでもなく、ただこの火種と普通に接し、見事にかわしたのだ。
Commented by polimediauk at 2008-02-02 06:54
うーん・・・、痛いところをつかれてしまいました!!
カタカナ英語だったらいいのか?というと、言葉にもよりますものね。
それにしても、新サイトのタイトル、変だなーとずーっとまだ思っています。
古語になれていないせいなのかなーと頭がグルグルします。
まず、一行目。
言葉の選びが上手い。「痛いところをつかれた」。
相手のdisりをバックるわけでもなく、「根本的におかしい」ことを無条件に肯定するでもなく、
「痛いところをつかれた」。実際のところ結構あいまいな表現ではあるけども、
ここで注目したいのは彼女が驚いたことに相手の顔をたててやってることだ。
どっからどーみても、まじりっけなしの、いち荒らしの存在を、だ。
これで相手は当惑する。
「あれ?」と戸惑う。
一瞬の隙が生じる。
彼女はこの一瞬を、逃さない。
そう、訪問者が前の文章の三行目に置いた単語だ。
思い出していただきたい。訪問者のあの三行目はラディカルな二つの文の
クッションとしておいた、いわば実質的になんの意味ももたない一行だった。
「ただいなしてるだけじゃなくて、あなたの主張もちゃんと読んであげてますよ」
とアピールしているわけだ。
自分が使った単語を出されたのでは、訪問者としても「ああ、そうなのかな」と納得するしかないだろう。
混乱は、持続する。
気が緩む。そして、
三行目で一気に突き飛ばされる。
三行目四行目と管理人は自分自身の手元に話の糸をたぐりよせる。
こうなると、もう彼女のペースだ。
素晴らしい。これぞ真のコメント返しといわずしてなんといおうか。
誰かが自分のことに少しでも噛み付いてきたらとりあえず最低でも皮肉の一つでもいわないと気がすまない、2ch脳なぼくらには到底マネできるない匠の技だと思う。
渋谷系の音楽だったり日常生活なんかをネタにしてた、小粋なイラストが毎回載っていたブログが、閉鎖になった。
発端はブログに載せていた自作のイラストが、リアル世界で無断転用されたことだった。
ウェブ界隈ではありがちな事なんだろうけど、果敢にもそのブロガーは問題の店へ抗議に行った。
でもそこの店員は典型的な「ぱど厨」脳というか、ウェブにあるものを無断で複製する事に抵抗感をまったく感じてない人だった。
そうこうするうちに問題は勝手に外野で大きくなっていって、騒動に疲れたブロガーは店じまいをすることを決めた。
そのブロガーの活動の大きさは、閉鎖の決定を惜しむ声が多数にのぼったことで十分に証明されていた。
短い活動期間であったにもかかわらず、みんなあの人のブログのセンスを、あの人のイラストを、愛していたのだ。
だけどあの人の痕跡をいま、ウェブに見つける事は、もうできない。
風の噂に聞いた話によれば、そのブロガーは今は家庭を築いてるらしい。
本日午前8時44分、日本を代表するブロガーであり現役にもかかわらず爺と呼ばれるはてなの良心、finalvent氏が自らの属性を公表した
私は自分はオタクじゃないと思っているし、他の人もそう思っているのだろうけど、あれね、ラムちゃんポスター飾って平野文のロックCD(っというのがあった)とか30代半ばまで聞いていたわけで
ギャーッ
よーしじゃあ俺も開陳しちゃうぞーっ、大学生までミンメイのポスターがry
ハハハ、そんな頃もありました…。
もう今は大人になったし落ち着いたから早瀬未沙のほうが好みだけどね。ミンメイなんて若気の至りだったよ。
(追記)
今のはてなは若い子が多いんだよな。分かんないよな。
<向いている性格>
<リアル編>
※これががはてなーの最低条件です。
<鍛練編>
<日々の行動(リアル編)>
<日々の行動(ウェブ編)>
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【参照URL】
はてなーになる方法を教えてください。 具体的には、ブクマ数を稼ぐエントリをたまに書いたりしてちょっとだけはてなの有名人になり、その他の有名人の方々と交流し親睦を.. - 人力検索はてな
はてなブックマーク - はてなーになる方法を教えてください。 具体的には、ブクマ数を稼ぐエントリをたまに書いたりしてちょっとだけはてなの有名人になり、その他の有名人の方々と交流し親睦を.. - 人力
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個人的な覚書として書こうと思う。
このメモの対象として考えているのは、いきなりはてブのホットエントリにあがって、
そこで地味にやってきたときは考えもしなかったような反応を受けて戸惑ってるような人。
「はてな」なりその他のネットでいろんな「いざこざ」を体験してきてる人は、
自分なりの方法論があると思うけど、そんな方法論はもちあわせてないよ、という人。
「あんたのせいで傷ついた」とかショックをうけたとか、謝れとか、
やめろとか、謝罪しろとか、死ねばいいのにとか、まあその他もろもろの理不尽な反応があって、
「このブログのせいでそんな気持ちになるんだったら申し訳なかった」
とか
「このブログを削除したって別にかまわないしなぁ」とかそんなことを考えてしまう人。
最終的な結論を出すのはブログの持ち主なのだけど、私としては「削除」はしないことを勧める。
基本的には、削除するくらいなら最低一ヶ月は放置することを勧める。
(※ただし、相手のストーカー化が起こった場合はまた話が別だけど。脅迫を繰り返すストーカーはとりあえず運営に通報する方針で。)
その理由はいくつかある。
これを書こうと思ったきっかけとしては、id:idiotapeというブロガーのことがある。過去にこういうことが起こったんだ。
簡単にいうと、「子供ができないと思ってた妻に子供ができてよかった」という趣旨のエントリがものすごい人気エントリになった。
それに対し、id:hashigotanというブロガーが
「子供が産まれて感動した」「おめでとう!」…がどんだけの男女を無気力にさせているか少しは考えろというエントリを書いた。
そして、id:idiotapeは最終的にはブログを削除して完全に退会した。
id:idiotapeがやめた理由は、長いのだけど、まとめるとこう。
『』は手元にある元記事からの引用です。
・『全文を読んで、正直なところ共感する部分があった。』がそんなことを言えば人によってはそこに『ポジショントーク的な偽善を読み取るだろう』ことを考えると『僕は共感したなんてことも言えないし、かといって何かできることなんてもっとない。』
・『お遊びでネガコメをつけるような行為は放っておこうと思った』が、『何百とあるコメントの中で、本当に苦しんでいると思えるコメントを見かけた』時にそれに『対応する責任があるんじゃないか』と感じた。
・『正しいこととか、もっともなことなんてくそっくらえで、身軽に文章を書きたいだけだったのが、いつのまにか巨大な亀みたいになってしまった。そこで、また「読者3名」くらいの状態から、やりなおしたいなあと思った。』
その後の経緯をみてて思ったこと。
○完全に削除したら復帰できない。
「騒ぎ」が大きくなっているときっていうのはなかなか判断が下しづらい。今は削除した方がいいように思えても、後になれば「続けたかったな」と思うことがあるかもしれない。削除はいつでもできるのだから、とりあえず残しておいて様子をみればいいのではないかと思う。
削除した後で復帰したりすると、それがまた新たな騒動の種になったりする。
○どんなに大きくなった騒ぎも、絶対に沈静化する。
id:idiotapeは、件の記事の後、一番反応が大きかった日は一日に5万人それから一週間ほど一日あたり1万人ほどPVがきて、アンテナもRSSも登録が一気に増えてびっくりしたみたいだ。その後もいろんな非難やら賛同やらがあった。
でも、そういう事態も、いつかは落ち着く。
人が急に増えてが出すぎて落ち着かないという人は、放置するのがいいのではないかと思う。それを理由に削除することはない。
賛否両論に対してとまどうという人は、同じく放置するか、まったく関係のないエントリをあげおくといいと思う。そのうちに沈静化する。それに関連した新たな動きがなければ、みんな言いたいことを言い終わった後は、特に言う事がなくなってしまう。
○削除によって誰かが「救われる」ことはない。「清々した!」という感想を持つ可能性はある。
あなたの記事によって「傷ついた」という感想をもった人は、別にあなたが記事やブログを削除したからといって、幸福になったりはしない。後味が悪かったなぁとおもったり、逆に、清々した!というような感想は抱くかもしれないけど。
○元記事がないと、あることないこと言われ放題になる。
賛否両論の場であなたが元記事やブログを削除してしまった場合、非難していた人たちは好きなように言うでしょう。それに対して他の人達は、元記事があれば両方を読んだ上で判断することができるけど、元記事がなければあなたへの非難を読むしかない。
○不幸な人が幸福になれば不幸だったときのことを忘れる。あなたの記事によって「傷ついた」人は、いずれあなたの記事のことを気にかけなくなる。
たとえば、id:hashigotanに関して言えば、以前
とかいたこともあったし、繰り返しそういう主張をしていた。
id:idiotapeの件のかなり後で、自分がセックスを体験すると、その体験に関する長いエントリを公開した。その記事が運営のフィルタリングにかかったことに関しては
という感想をもったようだ。
状況が変われば人の意見は変わる、ということがある。
状況に大きな変化がなくとも、時間がたてば、人の関心は次の話題へと移っていく。
参考までに、その後id:hashigotanがid:idiotapeに対して抱いた感想を引用しときます。
削除したあと一度ログを復帰したときの文章に関しては以下のような感想。
顔も見たこと無いですしねお互いに・・・ ところで嫁より「妻」って表現のほうがよりリアルにグサッてくるんだなと気付いた。グサッ・・・と
あー・・・、それと個人史の終焉のヒトについてはもう終わった人だからどうでもいいじゃないっすかw 俺はどうでもイイ人間がどうなろうがどうでもイイと思ってるので罪悪感など微塵もないっすよ
こういうことはケース・バイ・ケースだけど、過去にそういうことがあったということです。
削除したいなぁと思ったときは、とりあえずしばらく休んでみて、ゆっくり考えた方がいいんじゃないかと思う。
はてなのユーザーは基本的にid:hashigotanのようなユーザーでも削除されない
「表現の自由」を尊んでいるような印象がある。
それはいいことなんだけど、主張と主張がぶつかった時に、
「相手の立場や痛みも考える人」と「ひたすら自分の主張をまっすぐに主張する人」
どんな表現にだって人を傷つける余地はある。
人はそれぞれ「やっかいな問題」を抱えていて、それを刺激されると傷ついたりする。
でも、あなたのブログがなくなったからといって、あなたのブログに傷つけられた人の「やっかいな問題」の方がなくなるわけじゃない。
時間が経過すれば、基本的には、あなたのブログとそれを読んで傷つく人との間に、適切な距離が生まれるはずだと思う。
======================
<余談>
この辺の問題を考える上で糸井重里のコラムが参考になるっぽいのでリンク張っとく
finalventの場合
→ネットで学んだ上手くやらないために大切なこと - finalventの日記
○「絶対に沈静化する」ということを実感する方法
以下のリンクで、はてブ1000以上の超人気エントリが見れる。
http://b.hatena.ne.jp/entrylist?sort=hot&threshold=1000
それをクリックすると同じブログやサイトのほかの記事がどれくらい話題になってるかが見れる。
いくつかのサイトを見比べてほしい。
捉え方は人によって違うだろうけど、けっこう地味に推移してるところが多いと思った。
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事件の経緯を見たい場合は参考リンクをどうぞ。
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ヲチャーじゃないので全部追えてないけど。
07/11/06
「「子供が産まれて感動した」「おめでとう!」…がどんだけの男女を無気力にさせているか少しは考えろ」
でブレイク。
07/11/28 Masao_hate が振る
同日 ululun が林間等を提案
「hasigotanさんが東京に来る事があったらオフを企画してみたい」
↓
07/01/20 ki2neko がやる
「Aさんとデートしました」
↓
08/01/26 yositune と喧嘩別れ
「ID : yosituneは身の上話をダシにネットで女ブロガーをナンパする危険人物」
↓
<現在>
太チン派閥の fromdusktildawn に尊敬の念と慕情を抱いている。
他にウロチョロしてるのは kurimax あたりか。
あー・・・、それと個人史の終焉のヒトについてはもう終わった人だからどうでもいいじゃないっすかw
俺はどうでもイイ人間がどうなろうがどうでもイイと思ってるので罪悪感など微塵もないっすよ
id:hashigotanのこの発言について。
価値判断しないと言いながら、価値判断すべきではないという価値判断をしては、反梯子たんのブロガーやブクマカを遠回しにdisり、自分は噛みつかれないように細心の注意を払って曖昧で抽象的な表現を多用されている、卑劣な慎重なid:sk-44先生に、ぜひとも言及していただきたいと思う所存でございます^^
「hashigotanは、罪悪感を感じていないのでは、ない。
“どうでもイイ”という言葉は、罪悪感を感じていない自分を、感じないようにするために、言挙げされている。」
こうですか?わかりません!><
id:sk-44先生の「何か深遠なことを言っているようでいて何も言ってない」文体を模写してみましたが、むずかしいです。先生の境地にはとても近づけません!
でも、とにかく、こんなかんじのgdgd長文でケムに巻いてくれると予想しておりますw
id:sk-44先生の梯子たんを愛するが故の詭弁ステキ擁護文は、2chでもファン多数です。これからもがんばって下さいね。
どうせ梯子たんネタ以外ではブクマが付かないから、アクセス稼ぎの梯子たん擁護はやめられないですものね^^
最近id:hashigotan系の話題で粘着してる増田です。
個人的にはid:hashigotan本人よりは、「ああいう人」に対してどうすればいいんだろうということが気になります。
具体的にいうとid:idiotapeの件。
何の話かわかんない人はこのまとめを参考にどうぞ。→ はしご事件 - Usada’s Backyard
あと、先に言っとくと、この文章はとくに結論がないです。
自分がセックスその他幸せにつながるような体験をしたことがないというあたりを基点に、
おまえら幸せそうなエントリ挙げるんじゃねぇと他人をdisっていたid:hashigotan。
(あってるよね??)
とりあえずセックスが一度してみたいので、公開募集し、相手がみつかって、
セックスできて、本人曰く『私はセックスについてだけ自分が忘れずいつでも回想したかったので』一部始終を公開と。
あんまりid:hashigotanが好きではないので、積極的に応援する気にはなれないけど、
だからといって彼女が不幸になればいいのにとは思わない。
だれだって幸福を追求する権利はある。絶対に。
例えそれがみっともなかったり、見るに耐えない形であってもだ。
どうすればいいのかわからない時は、とりあえずじたばたしてみるしかないのだと思う。
だから、公開募集もしたければすればいいし、「個人的な体験の公開」も別にかまわないと思う。
その結果に対しては、みんな好き勝手にコメントすると思うけど。
問題は。id:idiotapeだ。またはid:AyanoIchijo、Maria氏、その他もろもろ。
気になる点はいくつかある。
○id:idiotapeはあの時削除なんてする必要なかったんじゃないかっていうこと。謝罪する必要もあったのかどうか、私にはよく分からない。
○id:hashigotanが自分の幸せを肯定したい気持ちになっているのなら、他人の幸せを否定したことを謝罪しなくていいのだろうか、という事。
○仮に謝罪してももうid:idiotapeはいなくなってしまったし、謝罪すれば絶賛する人も出るけど納得しない人も残るだろうなっていう事。それに謝罪は勧めることはできても、強制するようなものではない。
○現状を肯定することは、一番我侭で暴力的な人(要はジャイアン)を肯定するような感じがするのだけど、さりとて誰かにid:hashigotanを裁くような権利があるようにも思えない。
一番気になるのは、
◎id:hashigotanが今後disを行ったとき、また別のid:hashigotanのような人が出てきてdisをしたときにどうすればいいのだろうかという問題。
つまり、あのときのid:idiotapeに何をいってあげるべきだったのだろうかということ。
あの時はあのエントリが気に食わない人達がスクラムを組んでいた。感激してる人達もいた。
どう考えてもあれはよくなかった気がする。(追記:あれというのはそのときの全体的な反応。finalventを非難するつもりはなかった)
もっと言うべきことがあった気がするのだ。
例えば、「どんな表現であってもそれが人を傷つける余地というのは残る。
表現が強いものであればあるほどそうだ。
誰かを意図的に傷つけようとしたわけではないのだから、負い目を感じる必要はまったくないんだ」とか。
結論は出ない。
追記するかもしれないししないかもしれない。
保留。
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関係ありそうな文をはっておく。
表現の問題に関しては以前、糸井重里はこんなことを書いていた。
例えば、ある絵画について、すばらしいと言うことがある。
しかし、その絵画を見られない立場の人がいる。
音楽についても、そうだ。
音を聞くのに不自由な人には、
音楽をたのしむことがむつかしい。
こどもを持つよろこびを語っている文章を、
こどもの産めない夫婦が読むことだってある。
祭りのよろこびを語っているときに、
病床にある人もいる。
そういった事情をぜんぶ考え合わせたとき、
ぼくらは何を言えばいいのだろうと、思う。
受験がうまくいった人におめでとうと言うと、
「ぼくは落ちました。そういう人間がいることも、
もっと考慮してくれてもよいのではないでしょうか」と、
マジメに書いてくる人のことを、
ぼくはどう扱えばいいのかわからない。
いちばん本音のところで言えば、
「そんなこと言ってくるな!」という気持が近い。
オレならそういうことは言わないな、ということだ。
会ったこともない人間にまで甘えるんじゃねーよ、
ということだ。
(略)
そういう表現の延長には、
優秀な彼らの表現には、
とにかく公平に思われるような「方法」があるからだ。
もちろん、そういうふうになりたいとも思わないし、
そうならないように、逆に気をつけているつもりだけれど、
おおぜいの人を相手にしているうちに、
近づいていく危険性はいつも感じている。
罪とか許しに関してid:finalventはこういっている。(略が多くてすまん。)
自分がこれまでこっそり考えてきた問題系列の比喩で言えば、「罪」は許されるか?という問題。
極度にマクロ的というか無限延長的に言えば、許されるのかもしれない。
だが、人の生涯において、「罪」がありそれが「許される」というのはどういうことなのか。
(略)
イエスに、許しを求めた女にイエスが語ることは、「誰もあなたを罰しない、行きなさい」というだけだ。
(略)
この問題は、ヨブの問題でもあって。
(略)
むしろ、ヨブを捌いた者たちを神は皆棄却してみせた。この世の知恵は、すべて、この世の悲惨にその内部で完結する理屈ようなものを求める。そして、それはものすごい悪たりうる。
(略)
ヨブの苦しみには、理由がまったくない。あるとすれば、それが神の意志というだけだ。それは世の中の、理屈をすべて却下させる。
イエスと女・注:http://www16.plala.or.jp/north1000/seisho-0610.htm
ヨブ記・注:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%96
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引用追記
ブクマコメで分裂勘違い君劇場の文章が紹介されてた。以前読んだときはジェンダー論かと思ってスルーしてたけど、「小さな世界」を「みんなに公開」するブログにおいて「道理」は通用するのかとか読み替えると面白かった。
そもそも道理というものは、長い人類の歴史のなかで、利害と感情の調整をするために生まれ、使われてきたものです。
利害と感情が完全に調整されていれば、そもそも道理などというものは必要ないのです。
(略)
そういう女性の小さな世界で必要とされるのは、「道理」ではなく、もっと別の方法です。
とくに家庭のような「小さな世界」では、利害関係が生じる人間の数など
たかが知れていますから「みんなが納得するような道理」など必要ないし、
むしろ不適切なのです。
そもそも、なぜ「みなが納得するような道理」が必要となったかというと、
個別に利害調整するのはコストが大きくなりすぎるからです。
そういう状況では、できるだけ多くのケースに適用できる
「普遍的な公正さ」というものを作りだし、それを使い回すことで、
利害調整の生産性を上げるわけです。
(略)
家庭のような小さな世界には、男性が職場で培った「みなが納得するような道理」など
持ち込んでも通用するはずがないし、また、持ち込むべき正当な理由もないのです。
それでは、「みなが納得するような道理」を使わずに、
「個別対応で利害を調整」するには、どうすればいいのでしょうか?
それにはまず、男性は「普遍的な道理に照らし合わせて、どのようなことが正しいのか?」
と無意識に考えてしまうことをやめなければなりません。
そして、「どのようにすれば、結果として個別具体的な誰がどれだけ得し、損するのか?」
「どのようにすれば、結果として、個別具体的な誰がどれだけ感情的に気分が良くなるのか?」
という個別具体的なことだけに、全意識を集中するのです。
そして、女性との関係が良好なときにこそ、女性と「対決」しておくのです。
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コメをうけて追記:
id:hashigotanが謝罪したらすっきりするかもという気持ちはあったけど、
「あなたが謝ると私の溜飲が下がるから謝れ」とはいえない。
仮に。id:hashigotanが謝る必要があるのだとすれば、それは被害をあたえた人たちに対してであって、
増田は野次馬なんだから、野次馬の感情なんて考慮する必要はまったくない。当たりまえの話なんだけど。
「あなたが謝ると私の溜飲が下がるから謝れ」とかその手の主張する人っている気がするけど、それってリンチなんじゃね?
id:hashigotanがid:idiotapeをdisったのもリンチっぽい。
リンチも面白ければOKなプロレス的感覚の持ち主以外使っちゃいけないの?
http://anond.hatelabo.jp/20080124075450
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Marco11氏に対する追記:
Marco11 Marco11 「どう考えればいいだろうか」の問いに答えてるだけだろうが、字読めないのか?白痴か?人間として生きていく上での最低限のプライドや誇りがほんのすこしでもあなたの中に残っているのなら、名乗ってみろよ屑が。
Marco11さーん。
なんか上記の増田に怒ってるみたいけどそれは自分じゃないっす。
個人的にはfinalvent爺とのやりとりが面白かったですよー。
トラバってくれなかったらそれ読めなかったし、トラバってくれてぜんぜんOKです。
このエントリに対する罵倒は甘んじてうけるのですが、上記増田とは別の人だということだけご了承ください。
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いろんな視点があってすごい参考になった。
自分的まとめみたいなの書いてみた。↓