2008年02月06日の日記

2008-02-06

そんなの関係ねぇ

家を出て駅に向かう途中、小学生らしき少女とその祖母らしき人の、次のような会話が耳に入ってきた。

女子「それでねー、クラスのよしお君がねー、みんなにからかわれててねー」

祖母「あらあら、どうして?」

女子「苗字が小島くんって言うんだよ。だからだよ」

祖母「苗字が小島だといじめられるの?」

女子「お笑い芸人にいるの、小島よしおっていう人が! その芸人キモい動きをして笑いをとるから、同じポーズしろってからかわれてるんだよー」

祖母「あらそうなのー。でも名前が一緒なだけだから、そんなの関係ないって言い返せばいいんじゃないかしら」

女子「そんなこと言ったら、余計いじめられちゃうじゃん!」

祖母「???」

祖母の不思議そうな顔といったら。

女の顔より胸より尻に目が行くようになった俺は、歳を取ったものだと思う。

朴念仁

バレンタインデーが近くなり、ふと彼女の事を思い出した。元気かな。

梅田望夫氏は何の専門家なのか?

ここ数ヶ月、ずっと心に残っていたが忙しくて書けなかったことを書く。

梅田望夫氏は、新著『ウェブ時代をゆくhttp://d.hatena.ne.jp/asin/4480063870)』の発売を記念して講演会を開いた。その様子はリアルの世界に生きる人は、ウェブ時代をどう生きたらいいのか--梅田望夫氏講演:前編:コラム - CNET Japan「たいしたことない自分」だから、本を書いた--梅田望夫氏講演:後編:コラム - CNET Japanにまとめられているが、僕が気になったのは、後編での来場者からの質問に対する梅田氏の返答である。

――米国大統領選挙において、ソーシャルネットワーキングサービスブログをどのように活用しているか、実例を教えて欲しいのですが。

 あんまり知りません(笑)。これは重要な問題で、僕が米国に住んでいるから大統領選挙について語れるという前提が間違っている。肝に銘じてほしいと思います。

 そういうことは自分で調べたらいいんですよ、すぐできます。Googleがあれば、調べてみましょうか、というだけです。ウォッチしようと思ったら、そこに壁なんてない。心から知りたいなら僕に聞くのは間違いで、Googleに訊いてください。もちろんGoogleだけではないけど、そこをとっかかりにいくらでも調べられますよ。

 旧世代の人には多いんですよね。昔は情報が少なくて、米国選挙で何がおきているかを知るには英字新聞とかから情報を得るしかなかった。

 時間の使い方の違いだけなんだよね。僕は(大統領選挙について)ウォッチなんかしてない。自分の優先順位に従ってやってるから、いくつか優先順位が高いと決めたもの以外には語る資格がないんです。

 そういうものに対しては、答えないことが僕にとっての倫理観なんです。適当なことなら答えられるけど、それなりに自信があるもの以外は質問に答えない。そういう時代なんですよ。本当に知りたいならGoogleに行ってください。それがウェブ時代ということです。

梅田氏は「僕が米国に住んでいるから大統領選挙について語れるという前提が間違っている。」と言うが、これはまさにその通りであって、僕の姉夫婦アメリカに住んでいるが大統領選については私の方が余程知っている。しかし、この質問は正確には大統領選挙について聞いたものではない。「大統領選挙においてSNSBlogがどのように活用されているか」を聞いている。『ウェブ進化論』や『ウェブ時代をゆく』を読んで梅田氏を知ったにすぎない私などからすれば、梅田氏は一般的抽象的にいえば「ウェブ専門家」である。その「ウェブ専門家」でありアメリカ在住の人物に対し、「大統領選挙においてSNSBlogがどのように活用されているか」を聞くことは不合理なことだろうか。私はそうは思わない。

私は梅田氏が大統領選挙におけるウェブの使われ方について知らないこと(答えないこと)を非難しているのではない。優先順位の低い情報をダラダラと摂取することは無意味だし、調べようと思ったらGoogleに聞けばある程度のことは分かる。確かにその通り。正論だ。「優先順位が高いと決めたもの以外には語る資格がないんです」。これも正論。「そういうものに対しては、答えないことが僕にとっての倫理観」。大いに結構、尊重しましょう。

だが、専門家は自分が知っていることだけ答えればいいのだろうか。「詳しくは知らないけど一応の返答はする。情報の手掛かりだけは教える。もし間違ったことを言ってしまったら訂正して謝罪する」。これも専門家責任のあり方ではないか。

例えば、カリフォルニアバークレー在住の町山智浩映画評論家である。彼は当然映画評論が専門であるが、問われれば大統領選挙についても答えるし、キリスト教原理主義についても答えるし、ウェブについても答える。なぜか。皆が彼にそれを期待しているからだ。町山さんは話を大きくし過ぎるところがあって、時には間違ったことも言う。放送禁止ギリギリの発言もする。でも、間違えばきちんと訂正して謝罪する。そして彼は信頼されている(少なくとも僕は信頼している)。それが彼の責任のあり方だ。

他の専門家はどうか。例えば、弁護士は様々な法律相談を受ける。弁護士の業務も今では専門分化されているので、全ての領域をカバーできるわけはない。では、知らないことを相談されたら彼らはどうするか。まずは知っている限りのことは答えるだろう。そして、その問題に詳しい他の弁護士を紹介するとか、しかるべき専門機関を教えてたりする。そこまで含めて、弁護士としての責任の果し方だろう。「本に書いてあるから自分で調べて」と言うことなどあり得ないはずだ。

さて、梅田氏である。梅田氏が「大統領選挙においてSNSBlogがどのように活用されているか」についてフォローしているか否かはここでの問題ではない。問題なのは、梅田氏が「ウェブ専門家」として期待されているところについて無自覚であることだ。無自覚でなければ、わざわざ講演会にまで出かけて行って恐縮しながら質問をした人に対して(ここは想像)、こんな冷たいことを言い放てるはずがない。「Googleで調べて下さい」で済むなら専門家など存在する意味はない。Googleで調べればいろんな情報が得られる時代だからこそ、専門家には水先案内人としての役割が求められる。

それがウェブ時代ということです。

(支離滅裂なのは理解している)

http://anond.hatelabo.jp/20080206194406

一応突っ込んどくがニートは昔からたくさんいたし、若者離職率も高かった。失業者崩れのニートは不況で一時期増えてたけど。

私が死んでも代わりはいるもの

  • 日本人口
    • 約一億三千万人
  • 個性
    • 一億三千万分の一位の技能

43歳の自分が、23歳の自分に教えたい(であろう)こと

1. Stay in school. Don’t quit.

2. Money doesn’t spoil, it keeps.

3. Don’t buy the first house you look at.

4. Establish the habit of living within a budget.

5. Learn how to negotiate a better deal on everything.

6. Keep your medical insurance in force at all times.

7. It’s quality of time at work, but quantity of time at home that matters.

8. Don’t listen to those who think there is a shortcut to wealth.

8a. Stay far, far away from any Multi Level Marketing “business”

9. Make sure your spouse’s values line up with your own.

10. Learn how to network.

11. Never accept a job just because the pay is higher.

12. Trust, but verify.

12 Things I Learned By 42 That I Wish I Knew At 22

1. 学校を絶対にやめないで継続する

2. お金は腐らずに残るもの ─ 投資は早く始める

3. 第一印象で家を買わずに、近隣の住宅環境に恵まれた安い家を買う

4. 予算内で生活をする癖をつける

5. どんなものでも交渉する技術を身につける

6. 健康保険は片時も手放してはいけない

7. 仕事は質、家庭は量が大事

8-1. 金持ちへの近道があると言う人の話を聞かない

8-2. マルチ商法と呼ばれるビジネスから、遠く遠く距離を置く

9. 夫婦価値観が同じことが大事

10. 友人とのつながり

11. 給料が高いだけの理由で仕事を引き受けてはいけない

12. 信用はしても確認をする

42歳までに知ることになる、22歳の自分に教えてあげたい12のこと

43歳の自分が、いま23歳の自分に教えたいこととは一体なんだろうか?

知りたくても知ることはできないし、多分人によって伝えたいことは違うんだろうね。

とりあえず、finalventさんの「ソープへ行け」という有難いお言葉を真摯に受け止めさせていただきます。

最初から最後まで

一度たりとも本題は見失われてないし、一度も無駄レスはありませんでしたよ。

全てのレスは必要で、最終段階に至るまで一貫して筋を通して話の応酬はなされてました。TBの付け方の関係でツリーを追うのがちょっと難しくなってるけど、応答の関係を全部並べてみれば、双方の主張がどこにあって双方の食い違いがどこにあってどちらにどの程度の説明不足と誤解があったか、どの時点でどちらが認識の違いをあらためたか、双方ともに率直に書いてるからよく分かるはず。

そして、結論をあなたのようにまとめるのは明らかに誤り。なぜ誤りかは既に述べてるから繰り返す意味はありません。無駄な話を繰り返したくないし繰り返しても既にした説明を理解できていない人に理解してもらえるという自信は全くないので、無駄だと判断します。

ところで、突然話しかけてきたあなたは、私と話していた「増田」さんとは別人だと私は考えてるんだけど、で、ひょっとしたら話題にしていた=ついに登場しなかった(3)の発言者の「元増田」さんじゃないかと想像してるんですが、それは正しいですかね?

http://anond.hatelabo.jp/20080205093545

タフなメンツがプロレスごっこ

テクニックも耐久性も兼ね備えたタフなメンツ10人がレジャープロレスごっこはじめた。誰かが投げっぱなしジャーマンを繰り出して、ちょっと痛かった被害者が「投げっぱなしアリ?ね、アリ?」とキレて聞いたけど、みんな「それくらい受けろよ」ということになったので、以後「投げっぱなしもアリのつもりでみんな身体鍛えておけ」という暗黙の了解が確認された。

しかし、時は流れてひょろい新規メンバーが1人入ってきた。たった1名のせいで、その場にはあっという間に「手加減はすること。投げっぱなしなんて当然厳禁」という雰囲気が出来た。タフなメンツ10人がどこかへ消えたわけではない、ただ「タフなメンツしかいない場」が一瞬にして消えただけなのだ。

http://anond.hatelabo.jp/20080206213834

http://anond.hatelabo.jp/20080206162314

論理と感情って両立しないのかな。

文系だって論理は必要じゃないのかな。

理系学問自然から莫大なエネルギーを引き出して、

それを社会に役立てている。

パン大量生産

 

でも人はパンのみにて生きるにあらず。

文系はその、パンじゃない方に貢献してるんだろうな。

って、そう思ってる。

ひとつこっそりと

ひとつこっそりと憶測を言う。適当に聞き流してくれ。

関係者はN(I)、P、そしてK察とU翼。

3月の申し込みから10月下旬まで、契約は全くトラブル無く進んでたわけ。団体名は最初から隠されていなかったし、街宣車が来ることも最初から告知済みだった。10月下旬には申し込み確認書がPから送られた。

ところが、一転するのは一週間後の11月。初旬にIに対して予約を白紙に戻す旨の話があり、一週間後には何かに追い立てられるように予約白紙通告。これをP側は「開催地に独自調査を行ったら反対規模が当初説明と違った(違って予想以上に大きいものだった)」と主張しているわけだが、調査に半年もかける…というより半年経って調査の結果が出る、というような調査に何の意味があるのか(トラブルを避けるための調査ではないのか)という問題に関して、疑問がぬぐえないし、だいたいそんな調査が進行中なのに確認書を送っちゃうというのもおかしな話だ。また「当初説明と異なるわけではなく、また対応は十分可能だ」という裁判所判断を考えてみても、このP側の説明に急ごしらえの後付感は否めない。

そこで考えられるのは、その一週間の間に発生した「圧力」。P側にこのような情報を入れ、多少無理でもそのように説明させた第三者の介入の可能性だ。実はK察に対してNが警備要請をしたのが10月中旬。ここが起点と考えるとだいたい辻褄があう。Kを通して流出した情報に基づき、具体的な会場への圧力がかかった可能性。そして裁判で係争中であるにも関わらず問題のホールをちゃっかり別に貸ししていたPと借りていた某有名調味料の名の企業。同社は10年ほど前に世間を揺るがす総会屋への利益供与事件で知られ、また取り締まり役は保守系団体の支援者に名前を連ねていた。

まあ、そんなわけでことは「単なる契約上の信義則の問題」にとどまらず、言論の自由、集会・結社の自由に抵触するような露骨な嫌がらせなのじゃないかという意見が出ているわけ。

ただ個人的には、ソレを言うなら最初からU系団体に直接言えと思うわけなんだけれども。迷惑を受けたはずのNですらPを責めるばかりでUを責めないのはどういうわけなんだぜ。

http://anond.hatelabo.jp/20080205011002

anond:20080206211221

そうそう。

物事や言動を評して、論理的であれば理系感情的であれば文系、と、直観的に分けつつも、話題が理系文系に移ると、理工学と文学を評し、さらに、それと先の評価や直観的評価との矛盾を抱えたまま評し、単なる偏りを二分的両極端的に評し……と、どんどんズレてくる。

理学文学っていっても、結局語っているのは、論理というか、理性と感情のどちらをより重視するか、しがちなのか、と言うことだったりする。

なので、それぞれ理性主義、感情主義と脳内変換することにしている。

○学でいうと、理学は自然相手で理性重視だし、文学は人が関わるので感情重視だし、工学は人が扱う事も含みがちなので理から若干文より、農学は工に似るんだけれど生き物を扱うと更に文より、そして食べ物とかは更に文より、法学は人相手なので文的だけれどもそれよりは理的、医歯薬学も人相手なので文的な部分がありつつも今や理的、そして音楽は文よりもさらに感情重視で数学は理より理性へ向かったら文側に出てきた感じ。

哲?あれは、それらすべてが分化する前の混沌世界

痛いニュース

痛いニュースで一番痛いのは、痛いニュースを読んでいる自分だろうな。

大きな失敗をして凹んでいる私へ

職場なり、プライベートなり、とんでもなく大きな失敗をしてしまい、当分は立ち直れない状況に陥ったことは無いだろうか?

私は今がそうだ。

超凹んでいた。いや、いるかな。

痛い。心が痛い。

で、今日は、職場の仲間に慰めてもらった。もちろん本質的な慰め&精神的回復では無いが、すごくやさしくてありがたかった。

わざわざ餡蜜を買ってきてくれて、いっしょにお茶をした。

元気出してねとさ。

当初この職場は非常に不本意であったが、ここに来て良かったと初めて口にした日だった。

昨日から本を読もうにも、何をしようにも、何せハートが痛いがために、全然頭に入らない。

というか、もう集中できないのだ。

ということで、今日は、仕事を早々に切り上げ、行きつけの(接骨院?)のマッサージに行った。

やっぱりいつもどおり先生は優しい。

すんごい凝ってるねぇ、と言いつつ、腰の痛みの原因を見事に見つけてくれて、大変だったの?とやさしく話しかけてくれる。

昔、「ドラゴン桜」に出てきた台詞を思いついた。

「人は、落ち込んでいる時こそ他人の言うことが素直に吸収できるんだ!」とかなんとか、そんな台詞だったと思う。

まさに今の自分だ。

人の温かさや感謝の気持ちが出てくる。

この職場引っ越してきたこの町も不本意ではあったが、さんざん文句を言いながらも、こんなやさしい所は私にはありがたいところなんだと思う。

悪いと思っていたものが良いと思えたり、その逆もあったりと、人間の思考なんてその場その場で変わるものさ。

で、ちょっと思ったこと。

落ち込みから回復までいくつかの段階を経るんだと思う。(私は心理学者でも何でもないので、あくまで経験上感じたことです)

つまり、痛み、身に起こったことの客観的な分析、学習etcという段階を踏むんだと思う。

落ち込んだ最初の段階には、まずひどい精神的ショック、痛みが来る。

泣いたり、わめいたり、ボーゼンとなったり、集中力散漫、眠れない、胃の痛み、言い訳(受け入れられない)、暴飲暴食、OD、などなど。

もう本当にどうしようもない、ある意味パニックなのだ。

頭の中は、「御先真っ暗」な状態でしょう。

この時期は、応急処置が必要。

でもね、このめちゃくちゃ痛い段階のときに、外界からの慰めの手をもらうのはとても大切なことだと思う。

もちろん、痛みの即時的緩和という効果もあるんだろうけど、

もし、この段階を一人で乗り切ってしまうと、その後屈折した性格を形成してしまいそうな気がする。

トラウマになったり、他人に対してすごく意地悪になったり、色んな屈折した結果は出たり、何らかの傷のままになってしまうように思う。

骨折したものをちゃんと整復せずにそのまま痛みに耐え続けて結局曲がったまんまになっちゃみたいな。

反対に、この痛みの段階に、外部からエネルギーをもらっておくことは、「ありがたい」、「感謝」という健全な思考を身につけるプロセスになるのではと思う。

それに、早期に次の客観的な分析、学習の段階へ移行できるという効果も期待できる。

この時期にぐっと絶えるというのは我慢強いのかもしれないが、ちゃんと甘えるというのは、この落ち込みからの正常な回復を促す重要な要因となるのではと思った。

人に甘える勇気を持とうと思った。

ここで、適切に何かに甘えることが出来れば、屈折した自分よりは、感謝の自分へと成長する可能性が高いように思う。

外部からエネルギーをもらうというのは、何も、街中であるような手かざしじゃなくって、大丈夫?と言ってくれる人がいるとか、そういうことだ。

実際に中々そんな友好的な人間関係身の回りにあるとも限らないので、他にも色々手を考えておく必要がある。

たとえば、好きな映画を見るとか、猫を抱っこするとか、美味しいケーキを食べるとか、友達としゃべるとか、何でもいい。

この痛い段階に必要なものは、一見、「軽い」と見られるような、いわば「気を紛らわせてるだけジャン」的なもののほうが有効だと思う。

この痛みの段階にある自分に、向上心を持てとかそんな、自己啓発物はムリムリ。

まずは、このパニック段階を脱して、冷静になることだ。

そのためには、一見くだらないことでもなんでもいい。

大事なのは、この痛みの段階にある自分にとって、(その場限りの応急処置として)何が効果的なのかを認識しておくこと、そして、準備しておくことだ。

私の場合はやっぱり人に話を聞いてもらうことだ。

あと、マッサージしてもらうこともとても良い。

この段階の応急処置は、次の学習の段階へとつながるものだから、実は、大切なんだと思う。

さて、なんとかパニック状況を脱したとする。

ここでは少し冷静に、なぜそんな失敗をしてしまったかの分析から始まり、もう少し上位概念(私の場合で言えば、最後の詰めが甘い!)を引き出し、それに対処すべく方策をいくつか考え、今後に生かすという大事な振り返りがある。

今回の大失敗の原因だけじゃなくて、原因の原因というか、大きめに失敗の原因をつかんでおく必要がある。

類似の失敗を今後も起こす可能性があるのだから。

あと、今回のような失敗をしなかったらどんメリットがあるのかもちゃんと認識しておく必要がある。

たとえば、今回みたいな失敗をしなければ、自分の上司のことをこれ以上悪く思わなくて済むだろうし、人のせいにしなくて済む、人を嫌いにならなくて済む、余裕を持って振舞えるとより有益なアドヴァイスを引き出すことが出来たかもしれない。などなど。自分のことを考えてもたくさんある。

つまり、失敗すると悪循環ばかりだ。これを再認識しておく。

こういう見方をすると、物事をより多面的に把握することができる。

ダイエットに失敗ばかりの自分が言うのもなんだけど、もし今より5キロやせているとどんないいことがあるのか、認識が甘いんだろうと思う。

さらにもう一つ。

うまく行っているときにこそ、自分の弱点を補ってくれる策をいくつも探して準備しておくのだ。

たとえば、自分の詰めが甘いことがわかっているのならば、普段から、緻密な人を見つけておくべきだ。

別にその人と仲良くならなくてもいいから、ちゃんと適任者を見つけておく。

で、いざという大事なときに、自分のそばにいてサポートしてくれるように頼む。

こういう、うまくいっているときにやることっていうのは大事だなと思う。

病院探しもそう。

リスク管理といえるのかな。

そんなことより

早急かつ確実に人口一人減らす方法を実行してないじゃんか。

http://anond.hatelabo.jp/20080205110324

http://anond.hatelabo.jp/20080205210908

他人から見れば生きるの死ぬのてな話ではないのだ。

増田は自分が大切にしていたのと同じぐらい大切な物が母親から奪われたら満足か?

それとも「あの時は悪かった」と土下座してくれたら満足か?

母親でない、だれか他人に対して、元増田はそのような行動をぜったいぜったいとらないと誓えるか?

縁あって親子として生きているが、それ以上でもそれ以下でもない。一緒に暮らすことが自分にとって良いことならそうすればいいし、そうでなく、過去のうらみつらみを反芻するだけなら、一緒に暮らさなければいい。親が情を持ち出したり元増田が義務感や怨恨やかすかな期待を持ちだしたとしても、結局は雑音だ。それでいいよ。

脅迫はいけないというコンセンサスが得られそうでなによりです……

脅迫というキーワード揉め事が起きた事は以前にもあったんだけどその時は

「これは流石に脅迫ではないか、脅迫はまずいのではないだろうか」という意見が出たら「そうやって周囲に聞きまわるのは村八分だ(私刑だ)」「本当に脅迫ならネット上でどうこうする事ではない、しかるべき所(警察等)に行け」等の反発が出て、合意のような物すらも取れなかった。そうこうしている内に時間がたって揉め事が収束に向かっていく中、被害者側が「今後似たような事が起きても村八分を避けるため被害者は周囲に訴える事はせず、被害者個人が一人で解決するということですね」と念を押して終わったような気がする。

俺はそれを見たときに「ここは勇ましい人だけが集まる所なんだなぁ」と感心と驚きを抱いたのだけど、今見ると「脅迫はいけないねー」という意見が主流の様で、以前俺が見たあの勇ましい方達はいったい何処に居られるのだろう?という疑問が拭えない。

http://anond.hatelabo.jp/20080206211358

母親の気持ちも考えてみれば」というのは、それは役には立たないが正論ではある。

ただその意見普通に言えばいいだけの時に、明らかに元増田のケースとはかなり大幅にズレている立派なお父さんの話を遠くから引っ張り出してきて自らの過去を語ってご高説をぶちあげるから「そのケースとは全然違うやん」って突っ込みが入るんだよ。

価値観の違いとしか言い様がない」は元増田に対してあまりにも理不尽な意見でしょ。

他人のものを「価値観の違い」で勝手に処分するのは正直擁護しかねる。

あと、どこから「元増田が何もしようとしてない」って電波を受信したの?

> 母親が元増田のことを理解できないとして、元増田も何もせず、

> たとえば「勝手に人の大切な持ち物を捨てる人とは暮らせません」とかそういうことすら言えず、

> 母が何故そんなことを言ったかを理解しようとせず、じゃ、

> 何も人間関係変わらないじゃないですか。

Re: 面接という名のゲーム

雇用側が圧倒的に有利なのはいうまでもない。

というのはそうなんだけれど、

もちろん減点されるのは求職者だけで、

ではなく、求職者は雇用側を採点しよう。

ここで問題になるのは求職側に嘘が認められていることである。

雇用側もだろう。そしてそれがいかんと思うのだ。だから

なおここでいう雇用のギャップは「こんなはすでは」と辞めること

が出てくるんだ。

面接とは、雇用側と、それもそれなりに上役の人と話せる数少ない場だろう。

パンフレットの業務内容や職場の雰囲気を見聞きしても、それらは所詮作られたものに過ぎない。

実際のところは入ってみなければわからないが、それでも、少なくとも人事に、つまり、入社すれば自分の身を左右する人達と実際に話せるのが、面接である。そういった人々が一体どん価値観を持っているのか、何に関心があり、何に関心がないのか、それは自分に合うのか合わないのか。それが、そのままその会社の文化や思想とは言わないが、だがしかし、幾らかは反映されているだろう。そういった所を見極めてほしい。

とはいえ、社会人未経験の人には難しいかも知れないが。

http://anond.hatelabo.jp/20080205224505

http://anond.hatelabo.jp/20080205222046増田は「母親の方の気持ちも考えてみろ」って言ってるだけだよね。

正論だと思うけど。

母親が元増田のことを理解できないとして、元増田も何もせず、

たとえば「勝手に人の大切な持ち物を捨てる人とは暮らせません」とかそういうことすら言えず、

母が何故そんなことを言ったかを理解しようとせず、じゃ、

何も人間関係変わらないじゃないですか。

それじゃただの愚痴じゃないですか。別に愚痴言ってもいいんだけど。

母親を理解しようとしてないんなら母親のその考えと似たようなもん。

トラウマがあるのか、何もなくて単にそういう価値観の人かはわからないけど、ちょっと考えてみてもいいんじゃないかな。

頑張ることと楽しむことと無理をしないことは矛盾しないはずなのに☆受験生

なんか最近になって家で勉強出来なくなりましたとさ。駄目期のスパンが短くなってきたかも。

いつの間にか、苦しみに耐えて無理をして頑張ろうとしていて、それは折れるよなあ我ながら。

努力は美徳だし、自分に負荷をかけることは成長の必要条件だけど、自分のキャパを考えないかんのかもなあ。

んーでもこれを追求していくと自分への言い訳になってしまいそうな予感。

ってびっくりした。気がついたらこれをブログに投下寸前でした。とりあえず吐き出しときたいからここに投下させておくれ。

http://anond.hatelabo.jp/20080206171410

でもテレビが理系文系言うときってこんな分け方じゃね?

28歳までに知ることになる、12歳の自分に教えてあげたいっていうかお願いしたいたった1つのこと

お前どうしようもないクズだからさっさと死んだ方がいいぞ。死なないと苦しみが続くだけだぞ。

努力をすれば、なんて思っているかもしれないが努力が出来ない精神性なんだよ。明めろ。お前が死ねば俺は今苦しんでいない。

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