ひとごとだからじゃないの?
元は何かあったんですかね…?
仮に「修辞学が完全に排除された議論の場」が用意されたとしても、そこから一歩出れば修辞学が幅を利かせる殺伐としたサバンナであることには変わりがないので、どんな人も修辞学とは無縁ではいられないんですよね・・・。
身だしなみ、ルッキズム、服がダサい、しゃべり方がキモい、しぐさがキモイ、etc... 誰もが持たされている諸刃の剣だと思うよ。
萌絵というものを何でもかんでも規制すべきとは思わないけど、表現の影響力というのは多かれ少なかれあるんじゃないかなと思う。妄想を具現化してくれたような漫画とかビデオとか見て、こういう趣味性癖を持ってるのは自分だけじゃないんだ! って、安堵するだけに留まらず、気が大きくなる人がいるんじゃないかなと。皆が子供に加害する訳じゃないのに皆がやってるからいいじゃないって思ってしまうような奴。
そういう奴の誰もが直接に児童に加害するわけではないのだが、興味本位で児童ポルノを欲しがったり、被害者に「そんな事言って、本当は自分でしたくてしたんでしょ?」とか暴言を吐く側になるというような、間接的な加害者にはなるんだよ。
なんか奇跡?というか、まかり間違って共同生活でもするようなことがあるとするなら、
最低、部屋は別々に確保したいよなぁ…
もうシェアハウスというか、
好きは異なっていていいけど、嫌いは共通であれば、
あとは互いに干渉しないのが生活を安定させるコツのように思うので、
残りの人生でそんな機会はないと思うんだよねぇ…
けっこう分かる。人を掘り下げてもいいと思うけど、その場合はその掘り下げの先に、明確なメッセージ、たとえば貧富差の拡大とは何か、数値的にどうなっているのか、行政の姿勢は、だとか、問題意識を深掘りする検討があってほしいなと思う。なんとなく「色んな人がいるね」で終わるのは、ドキュメンタリー風のバラエティドラマ番組という感じ。
顔の上に灰色の文字が横書きで沢山乗っかっているさまが、とても気持ち悪くて見ていられない。
この症状は何だろう。集合恐怖みたいなのの一種?だからかな、1年くらい前に朝方散歩していたら、向こうにクラブ帰りの顔面タトゥーの男が2人組で歩いてくるのを不意に見つけてゾッとした経験がある。初めて視認して面食らった。
社用のやつ? なら電源入れてた時点で負けやね