2021-07-14

男性フェミニストリベラルの「フェミニスト原則再確認を呼びかける」共同声明への反応が気になる

私自男性で、フェミニストリベラルのつもりだからだ。

件の共同声明について、女性フェミニストに対して是非を問うたり、踏み絵のように利用する事には抵抗が有る、

何故ならやはり女性現在進行形で強く抑圧を受けている被害者であり(無論、そうした「男性」対「女性」の様な単純な二元論は当の声明批判されていることは重々承知であるものの)

そこにあの声明を突き付ける事が少々酷だと思うからだ。

しかし、男性場合はその様な遠慮は当然働かない。あの声明に対してどう考えるのか、フェミニストとして応答責任があるとさえ思う。

 

まず件の声明は「フェミニズムではなくヒューマニズム」との批判も受けているが、男性フェミニストになる場合女性と異なり、ヒューマニズムを経由する場合殆どである

理由は単純で、そもそも男性フェミニスト女性ではない以上、「何故ほかのどれでもなく、女性差別)なのか?」という問いに応え得ない。

まり女性ではない男性女性差別問題視する動機は、「そもそも差別は駄目だ」というヒューマニズムを経由せずにはほとんど成立しえないのだ。

だとすれば男性フェミニストは件の声明ヒューマニズムであったとしても、それ故にこそ声明の語る内容を拒否しえない。

ここには男性フェミニスト特有の困難がある。

ヒューマニズム根拠自己と異なる属性の人々(女性LGBT障碍者貧困者、セックスワーカー等)へ共感を寄せ、それらの人々が受ける差別や苦難に反対する事は間違いなく正当だ。

しかしだとすればそれらの人々の間に優劣を付ける事は欺瞞ないしグロテスクな加害にさえなり得る、

例えば女性差別に反対する事は間違いなく正当だが、「女性を優先していない」事を理由に件の声明拒否するなら、それはLGBTセックスワーカー等をヒューマニズム対象に含めないという極端にグロテスク差別主義という事になる。

この事情故に、男性フェミニストにとってのあの声明は、女性フェミニストにとってのそれと取るべき対応がかなり異なる。

女性を優先する」タイプフェミニストを自任する場合女性弱者被害者男性強者加害者という構図を採用する事が多いだろうが、そのような単純な二元論棄却しないならば同時にLGBTセックスワーカーに対しても強者加害者とならざるを得ない自己責任を果たさねばならないし、だとすれば声明拒否しえないのだ。

 

「あの声明の内容に問題は無いが、フェミニストの名を冠するのは不当だ」という批判もあるが、これも適当ではないと私は思う。

件の声明が「再確認を呼びかける」ものである事に着目すべきだろう。文脈上、ほぼ確実にあの声明そもそもフェミニストフェミニズムの名の下にLGBTセックスワーカーへの差別偏見蔓延している」現状を前提とし、

そうした現状を憂慮するが故に「再確認を呼びかけ」ている。そうである以上、あの声明は「フェミニストフェミニズム」に対して呼びかけなければ意味がないし、その必然性がある。

 

また声明構成は「➊人権普遍性差別をなくすこと、そして暴力から解放」「❷身体自主性、尊厳作動性、アイデンティティ権利」等のタイトル区分けされ、その前に「フェミニスト原則再確認:」と書かれている。

これは声明に書かれたすべてが「原則」なのではなく、「➊人権普遍性差別をなくすこと、そして暴力から解放」「❷身体自主性、尊厳作動性、アイデンティティ権利」「❸拷問非人間的な扱い、医学虐待から解放」といったタイトルが「原則」であり、そのあとに付される文章はその原則の「応用」「実事例への適用」と読むべきだろう。

LGBTセックスワーカー等への言及はこの「応用」「実事例への適用」に当たり、原則のものにはLGBTセックスワーカー等への言及は含まれていない。

まりLGBTセックスワーカー等への言及ばかりだからこれはフェミニズムではない」というのは声明構成に対する誤読だと私は解釈する。

あくまでそれらは「原則から導いた応用に過ぎないのだ。そして各タイトルフェミニズム原則として違和感のあるものではない。

また、それらが「あまり一般的すぎる」事は、論理的に考えてフェミニズムという思想に対する強い信頼の反映だと考える。

まり「あまり一般的な」普遍的人権に関する原則フェミニズムほぼイコールなのであり、普遍的原則からフェミニズム自明に導けるのだ、という強い主張である

例えばフェミニズムが「女権拡大」の為のもので、女性を優先した原則を掲げなければフェミニズムではないと考えた場合、そのような思想は「女権を拡大すべき」「女性を優先すべき」という命題同意する人にとってしか重要ではないし、従う理由もない。

けれども普遍的人権に関する命題からフェミニズムが導けるならば、普遍的人権同意するあらゆる人はフェミニズム同意しなければ矛盾を抱えていることになる。

まり原則が「あまり一般的すぎる」事はフェミニズム普遍性を支持しているのであってその逆ではない。逆にフェミニズム普遍的人権と切り離してしまう人は、フェミニズムを自ら小さい、意味の無いものにしてしまっている(こうした論理的関係は気付きにくいものなので、そこに気付かないことに特別過失が有るとは思わないが・・・

 

こうした事について男性フェミニスト男性リベラルは真面目に考えることが出来ているのか、声明に応答できるのか、という事は注視すべきことであろう。(勿論私自身を含めて)

弱者性・被害者性を理由女性フェミニスト配慮するとしても、同じ配慮男性フェミニストに向ける理由は全く無いからだ。

  • 私は「女性を優先する」タイプの男性フェミニストだが、女性の弱者性・被害者性を理由にしている訳ではない。子孫繁栄による社会の安定した発展を理由にフェミニストやってるんだ...

  • KTBやシュナムルはどんな感じなのかなと覗いてみたら、案の定反応してなかった。ま、所詮そんなもんだよな。 あいつら自分が強者で加害者である男性だって分かってんのかな? 女性な...

    • 誰やねん。男であること以外何もわからんが有名人なんか?

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