私には18歳の頃、同い歳の女の子と付き合っていた。
Twitterで知り合った彼女は、あまり頻繁にツイートをする方ではなかったし、繋がった時に数回話した程度でさして親しいわけでもない"モブ"の様な立ち位置になっていて、私はあまり当初彼女を気にしていなかった。
ある日の深夜2時頃。翌日も朝からバイトを控えていた私は、それでも週末という事もあって賑わうタイムラインが楽しくて、フォロワーさん達と盛り上がっている時、久し振りに彼女が浮上しているのを見掛けて話し掛けてみた。後に思えば、これが全ての始まりだった。
その日以来、頻繁に顔を出す様になった彼女とは毎日の様に話していて、数週間後に告白を受けた時も私は快く受け入れた。レズビアンという訳でもなく、バイセクシャルであった私と彼女は、そうなる事が当たり前であるかのように自然と恋人としてそばに居るようになった。
彼女は、とても心が脆い人だった。
電話をしていても、笑っていたと思えば突然泣き出すし、夜中に泣きながら電話をかけてくる事もあった。私もその頃からアルバイトを辞めて正社員として働き始めていた為、時間が減って居たけれどもそれでも何とか捻出して、直接会えない分傍にいようと努めていた。
彼女の家庭環境はかなり複雑で、血の繋がった両親は離婚。血縁者である父は、出張と銘打って母が不在のタイミングを見計らい、兄と姉を連れて出て行ってしまったらしい。残されたのは血の繋がらない母親と、彼女、そして郵送されて来た離婚届だったそうだ。どうやら父は、他に女を作っていたと後から知ったという。
血の繋がらない娘と残された母は、3人の子持ちの父の再婚相手になる事を親族から反対され、駆け落ちのような形で地元から遠く離れた土地で父と再婚していた。だから、父が末の娘を一人置いて逃げたと電話で報告した際にあんな奴を選んだお前の自業自得だと、助けて貰えず、彼女は血の繋がらない母と2人で生きて行くことを余儀なくされてしまった。しかし、母はそれ以降身体を悪くしてしまって、入退院を繰り返し、家には彼女がひとり残されてしまう事が当たり前になっていたらしい。
彼女のお母さんが手術を繰り返し、その度に心を弱くしてしまっていた彼女は、成功率の低い手術をしなくてはならないと言う説明を受けた時に心を砕いてしまった。もしもそれで失敗してしまい、母を失ったらと思うと目の前が真っ暗になって、ならば死んでしまおうと思い至った。家にはいつもひとりぼっちだから、誰かの目を気にすることも無く身辺整理を進めて、いざ飛ぼうとした時にふとSNSの事が気になった彼女。自分が死してもアカウントが残っていては、全く浮上しなくなった自分に声を掛ける人も出てくるんじゃないか。余計な心配をかけてしまうのではないかと全てのSNSアカウントを消そうとしていた。最後に残ったTwitterでアカウントを削除しようとアプリを開いた際、目に飛び込んできたのは私のツイートだった。どうしようも無くくだらない私の発言に、彼女はほんの少し笑みを零したらしい。同時に、まだほんの少しでも笑える自分に驚いた。まだ笑う事が出来るなら、まだ大丈夫なのかもしれないと思えて、自殺を思い留まった。
彼女は私の発言の数々がたいそうお気に召したらしい。それから、私とよく話しに来るようになった。頻繁に笑えるようになって、笑う頻度が高くなるにつれて私に恋愛感情を抱くようになって。
母の手術も成功して、あの時飛ばなくて良かったと私へ電話越しに泣きながら伝えて来た。
病院へ行った際、通話可能スペースまで出て来て頂いて、お母さんともお話しをした。私の分まで傍に居てくれてありがとうと泣きながら感謝をされた。
でも、そんな平穏は長くは続かなかった。
手術は成功していたものの、何やら様子のおかしい母。どうにも、別の病気が発覚したらしくまた手術を受けなくてはならなくなった。彼女はまた、母が居なくなってしまったらの恐怖に怯える事になった。SNSでかつての姉を見かけた、新しい母とそれはそれは楽しそうに、年の離れた半分だけ血の繋がった新しい弟と共に家族5人で暮らしていた。SNS上で送ったメッセージは無視されて返って来なかった。彼女はみるみる弱っていって、私も使えるだけの全ての時間を彼女に費やした。
手術の予定日は8月9日。これまでの経験上、彼女は何か不安な事があるとその前日に最も心が弱くなるから、8日は有給を取りたかったけれど大切な会議が入っていた為にそれも叶わず、せめて絶対に19時には定時で帰って来るから、それまでは1人にしてしまうけれど耐えて欲しいと伝えて仕事に出た。
でも、タイミングが悪くてどうしても断れない理由での残業が発生してしまい、仕事を終えたのは23時だった。疲れた体をよそに休憩室へ向かい、ロッカーに入れたスマホを手に取ればそこには夥しい程の通知。殆どが彼女だった。
そこには、19時を過ぎても戻らない私への不安と、振り回した事への懺悔、感謝が痛いほどに綴られていた。
「今までありがとう、大好きだよ」との言葉を最後に、連絡はなかった。21時46分。
私は会社である事も気にせずに彼女へ電話をかけた。出ない。メッセージも沢山送った。既読すら、付かなかった。翌日私は、会社を当欠した。
「遺書にね、あなたの事が沢山書いてあった。恋人同士だったんやね。」
そんな、私の空に融けた恋人の話。
彼女のn回目の命日に、まだ君の事を忘れて居ないよって意思表示も込めてここにひっそりと置いておきます。
ただの自己満足です。とっても心が弱いけど、前向きな心も捨てないで頑張ろうって踏ん張れる、とっても素敵な女の子でした。
ありがとう、私も大好きだったよ。
タイトルで確定うんち