2018-03-27

中学生自分に伝えたいこと

というハッシュタグが軽くバズっていた。間違った判断の話、合っていた決断の話、将来の配偶者との出会い話、果たせなかった告白の話、などなど。私も最近人生を振り返ることが多い。後悔は主に高校から始まっている。なまじ全入だったせいか、少し実力以上の場所に入ってしまったようで、幾つかの科目でついていけなくなった。親は家庭教師をつけようとしてくれたが、勉強が嫌いになってしまっていたので、全く受け入れらなかった。あの頃はまだ本を読むのは好きだったな。小中学校は何も勉強しなくてもクラスで3位以内をキープしていた。勉強をしていないのにできる、ことが自慢だった。授業を真面目にうけず教科書最後まで読んで、あとは適当に遊んでいた。あそこでスポイルされないよう、何かしらのフィルタをかけておくべきだったんだろうと思う。せめて中学受験とかね。親は公立派だった。いじめも幾らか受けた。隠されたり金を取られたりレベルではなかったが「気持ち悪い」「汚い」「臭い」系のもの。あれは長らくの自己評価の低さに影響しただろうし、いま過剰に自己肯定に勤しんでいることにも影響はあるだろう。加害者を恨んでも仕方ないとは思うが、子供のしたことだと許す気にはなれない。もし仮に何もかも失い自暴自棄になったとしたら、彼らの子供を害してやろうか程度の恨みはある。私が100人居たとして、もっと生き方を失敗した一人は実行に移すかもしれない。いじめなんてするもんじゃないぞ。小中学いじめと、それに対し「勉強はできるんだ、あいつらとは違う」という自負。高校階層分けされいじめがなくなったのは良かったが、勉強の自信は粉々にされた。それで大学には行かなかった。興味を持てなかった。親がもう少し上手くやってくれてればな、と思わなくはない。私の教育には失敗したと言えるかもしれない。彼らは恐らく公平であろうとした。学歴差別を利用しなかった。人間的にそれは褒められるべきことだとは思う。30過ぎても逆方向の学歴コンプレックスを抱えた人間は少なから存在する。彼らは他の部分の魅力を創り出すことに失敗してしまった。私が当時学歴差別を埋め込まれていたとして今より幸せ生活だったかは正直なんとも言えない。ただ、勉強がもう少し好きだったらと思わなくはない。いまは少し勉強をしたい気持ちがある。当時にして9割以上が大学に進学する高校から、私は専門学校に進学した。大好きだったことを仕事にしたいと思った。それ以外のことに興味はなかった。入学してからひどく後悔した。一年次、父親に「やっぱり大学に行こうかな...」と言って「今さら何言ってるんだ」と言われた。今ならもう少しうまくプレゼンできるんだけど、当時はすぐに諦めてしまった。うーん。本当に大学に興味がなかったんだよなぁ。幾つかの大学名くらいは知っていたが、ランクなんて東大くらいしか知らなかった。ランク付けとか下品だと思ってたんですよ。インターネットはあったけど、まだ2chすら無かったんじゃないかな。あと数年遅かったらインターネット的な偏見を身につけて逆に勉強してたかなぁ。わからん。後悔はあるんですよ。うーん。今からでも大学に行く? 今は勉強自体はそこまで嫌じゃないし、受験勉強くらいしてもいいような気はするけど。経済的な余裕もあるし、4年やそこら社会を休んだところで仕事が見つからなくなるような職種でもないし、手を錆びつかせるほど鈍ってないとも思ってるけど。そんなにコンプレックスが強いならそれもいいんじゃない? 専門学校はまあ、客観的にはひどい代物だったと思う。払った金額に対して授業内容は薄かった。でもまあ楽しかった。それはやりたいことだったし、3年ぶりに神童に戻れた。毎日好きなことがやれて嬉しかったし、学校課題には3倍くらいの量を提出していた。いい時期だったよね。向いてた。もっと子供の頃からやってれば良かったなと思う。中学校からこれをしてれば良かったかなぁ。まあ昔の話だ。後悔が色々とあるんですよね。まあ。取り戻していくこともできるかもしれないけど、そこまで若くもないんだよな。第二の人生がんばるぞ! みたいなことを言いたい。ハングリー精神を完全に失ってしまったし、でも今さら立場を手放せない。いままでフロンティア精神で頑張ったことはあんまりなくて、いつも受動的に追い詰められてから決めていた。今。これから自分未来をどうしていくべきか。いい年になってしまった。どうしたら。どうしていくか。どうしようか。学校は悪くないかもなぁ。日常の通う先を変えたい気持ちがある。うーん。

  • とりあえず改行を覚えてからいんたーねっとには来ような?おとなとのやくそくだぞ

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