聡明でかわいらしい、素敵な彼女だった。
酔狂にも俺というオッサンを選ぶくらい、独特の価値観を持つ女性だった。
おまけに脳内存在ではなく、実在しているときた。二次元相手にすら恋愛という感情を覚えることができないままぶくぶくと肥ったオッサンには過ぎた幸福であった。
三十路半ばに降って湧いたように訪れた初恋は一年と少しで消えていった。
仲違いではないし、ケンカをしようといっていたけれど、それも楽しみにしていたけれど、結局できないまま終わっていった。
わかっていたことだが、未来よりも過去が強く、彼女は聡明でやさしく、俺は弱かった。
「いつか、彼女が俺に愛想を尽かすだろう」と、非モテのオタクらしくビクビクした卑怯で惰弱な予防線をはりめぐらせ、それでも卑屈にならぬようにつとめて一年を過ごした。
それは思い返しても幸福で濃密な一年で、一人で過ごしたこの一年はただネトゲとソシャゲの数値を漫然と増やすのと同じ時間であることがにわかには信じられないほどであった。
我々は遠距離であったから、一年の間にともに過ごしたのは実質3週間かそこらといったところではなかろうか。
俺は身に余る幸福を、軽々に疑うことなく、その一瞬をひとつづつ大切に味わい、決して忘れないようにしようと思ったのだ。いつか失われるものだと予感していたから。
別れを告げられる前の、楽しそうだった最後のデートで時折見せた憂いの表情で確信にかわった。
もちろん決裂を回避すべく、さまざまな方策が取られた。しかし、竹ヤリで飛行機は落ちない。俺にできることはこの先のお互いの平穏を用意することしかなかった。
万全の心の準備があった。
傷付かずにいられると思った。
やせ我慢などではなく、こんな甲斐性も主体性もない男に生まれてきたことを感謝させてくれてありがとうな。なんて思っていた。
愛想をつかされたわけではない、しかし、どうしても避けられぬ別れを。一緒になるには俺が俺であること自体が障壁になる理由を、来るべき三行半をLINEでしぼりだすように送られたとき。
ここからの余生が決定された。
このハッピーにもほどがある一年を思い返し、少しずつキャラメルをなめるように溶かしながら生きていくのだ。
それはそれで悪くないと、口を半開きにして漫然と生きてきた自分には身に余る幸福なのだと本気で思った。
恋をしたことがないオッサンは、恋に免疫はなかった。ぶっちゃけ甘く見ていた、ひどくナメていた。今自分にとりついている無情感、寂寥感、つかれ、首の凝り、残尿感、就寝後喉から込み上げてくる胃液で灼ける喉、そういったものは一時的な症状で、一年もたたないうちに治るのだと。
そうしたら、突然推しが自分ちの台所で白米を炊き始めたのを目撃した女子のごとき切ない声をあげてうずくまるようなこともなくなるだろうと軽く考えていた。
これは失われゆくときに効果を発揮し、一生をかけて宿主を食らう猛毒の類であることに。オッサンはようやく最近気づかされてしまった。
余生のはじまりであったこの一年は短いが、人生を支配するには十分な期間だった。
一年には四季があった、ふたりでいろんな話をしながら、様々なところにでかけた。おそらく、ほかのつがいたちがそうするように。我々もさんざんそうした。行こうと約束したきりの場所が、いくつもあった。
ひょんなところで、どうしても、少しのきっかけで思い出してしまう。
つきあっている間から、ちょっとした瞬間にこねくりまわしていた甘い思い出たちが、刃を剥いてオッサンのやわらけえ心をズッタズタに切り裂いていくのだ。
お揃いで買ったボールペンを筆箱から取り出したとき。町中でてんぷらそばの香りが漂ってきたとき。美しい紅葉を見たとき。バスの中が閑散としていたとき。Twitterにネタ画像を貼ろうとしてカメラロールをたぐったとき。カップル用の写真置き場として導入したアプリに「もう別れた」と告げることもできないままだったから「つきあって2年目ですおめでとう」という通知が臆面もなく画面に現れたとき。テレビにサメがでてきたとき。花火の音を聞いたとき。モネの絵を見たとき。映像の世紀のテーマソングが流れたとき。海。いきつけの居酒屋。空が透き通るように青かったとき。ふたりで行こうと話していたその場所への旅行記。机の引き出し。
容赦なくそれらにまつわる我々のイベント一枚絵がフラッシュバックしていく。
思い出がたのしかったほどに、もはやそれらが二度と訪れないことを突きつけていく。無能で怠惰だった自分を上っ面だけなじって、甘い記憶の反芻にくたびれる。
そして文字通りくたびれたオッサンは何度目か忘れた記憶の反芻の果てに、ふと気づいてしまう。
たった一年だ。
たった一年でも、強い記憶でも、そのすべてをわすれないように目に、鼻に、耳に、手がかりをのこして脳の一番とりだしやすい引き出しにこうしてしまいこんだつもりでも。
どうしたって、あせていくのだ。あせていく割に、思い出したときのダメージは軽くなりはしない。ただうすくらがりの割合が増していき重くなっていく。
なんて意味のない自問をして、やめて、また自問して、夜が明ける。
どうすればこの変質を止めることができるのか。
高校生のうちになやんで置くべき事をいまさらやりはじめているから、だれもその無意味な思索を止められない。
俺の印象に沿って変質した思い出を、きっと刻み込んだ瞬間から変質しつづけているその代替品を、いつまで、いつまで舐め続けることができるのか。俺が改竄したのは、いったいどの部分か。彼女の行動か、表情か、懊悩か、それらを突きつけられまいと先手をとって口先で蓋をしていった愚かで卑しい自分の行動か。
傷つけるかもと言おうとして言えなかったうわっつらの言葉か。
いや、それに妥協する自分を、自己愛を自覚していますみたいなメタい達観視点で、別の自分を用意したあげくのいぎたないマウントをキメる惰弱な自分への嫌悪感だ。
こんなものが、二度とこない、見ることのできない美しい追憶の邪魔をする。
しかしこんなものがなければ俺はきっと、こんなこともわかりはしなかった。
冒頭で「フラれたときに、余生を決定した」と言った。
20代のはじめに自分というハードウェアの脆弱性に愕然とした自分は、ここより余生という看板を高々とかがげ、レールにトロッコを設置してゆっくりと坂を下りはじめた。山にぶつかるまでが人生だと割り切ってみると、けっこう空は綺麗だったし、白米は噛むと甘かった。
思い出じゃなくて、君と君と一緒にいる自分自身を。
なんて、ありあわせの後悔を口に出せば、どうしたって、安っぽくなる。
感謝の言葉を書き連ねたいが、それここでやるにはあまりにも浅ましすぎる。
誰の目にもつかず埋もれるか、「貴様の贅沢な懊悩など見る価値ないわ」と吐き捨てるように扱われたいだけなのに。
そうでもされないとやっぱりやってられないくらいにただひたすらに、いまだに、恋しさだけが、こびりついていく。
こんな寒い日に、さびれた地方都市のビジネスホテルで、小さなシュトーレンを分けて食べた。
みんな! 現実には存在しないキモオッサンの気持ちになって書いたキモポエムをここまでよんでくれてありがとうな! 愛してるぜ!
失恋した気分を追体験できた。ありがとう。
me too。俺もだよ。 って嘘かーい。
嘘であってもどっちでもいい すごくよく分かる話だったし心にズシンとくる話だった 俺が言葉にできなかった言葉がすべてここにあった 経験もなくここまでかけるとしたら本当にすご...
リアルタイムで失恋中のわたしには充分響く。 こんな冷静に言語化できない。。。
はじめに 個人的にも数年ぶりのヒットで、ただの自慢です。 既婚未婚問わずオジサンが若い子に受け入れられるための最低限だと思うので書き残しておきます。 40を超えたオジサン以...
当方、40代フツメン低収入低身長。 仕事柄、東南アジア出張多し。 もう、いいオジサンなので風俗多めなのはご容赦ください。 10位 クメール人 店員 20歳前後 ガールズバーで連れ...
想像以上に国内の一般女性(店員ではない)がいなかった。
私の友人で何人か40超えのヤ◯チンがいますが、少数派だと思います。 40代フツメン低収入低身長は国内一般女性に相手にされないとです。 そういうものですよ。
言われて考えてみたけど、今年は新規開拓を一人も抱いていないことに気付いた。 というか、嫁さんとすらやっていないので童貞年だったかも。
せめて奥様は抱いてあげてください。
いまさらですがブクマでcomment頂いてたので。 masahiro1977 小金持ちの独身貴族の特権やな。 すいません、、、低収入の既婚40代です。 仕事で行く先々で夜遊びしてますが、東京みたい...
クメール人てRPGの中にしか存在しないのかと思った。 クメールという国が実在することを初めて知った。
必死過ぎて涙が出る。普段何してる人なの。 普通の会社員です。 「結婚してえな」という未婚オジサンに限って、まったくモテる努力をしていなくて「お前必死だな」とか人をdisる...
その「必死過ぎて涙出る」と言ってるの、既婚女性だけど。 女性からしたら「ここまでして20代女子とセックスしたがるおっさんが必死過ぎて涙出る」んだよ。
あと、その「落とした20代女性」の裏に その何倍もの「こいつ必死過ぎてきめえwwwww」と思って丁重にお断りした女性がいたんだろうな…ってのも 相手の女性にしてみたら、無理に誘わ...
頭は大丈夫か? どこにも書いてないことで妄想を広げて、ありもしない登場人物を増やして、何がしたいんだ? キモい。
必死とか書いてる人いるけど、これくらいのことはするよね。 実際はこれだけじゃ足りないけどさ。 このまんまじゃ、つまんない人扱いされちゃうから、2度目は難しいんじゃね?
おっしゃるとおりです。 ここに書いたのは「オジサンが若い子に受け入れられるための最低限」だと思います。 これを全部やって、やっと20代の男の子と同じ土俵に立てるわけです。 ...
すばらしい。とても参考になった。あなたはモテて当然の男だと思う。ありがとうございます。
素直に受け取りますね。ありがとうございます。 ただ、これだけではモテないのも事実でして、あとは本人のキャラクターで勝負するしかないかと。
素晴らしい!素直に尊敬します。 僕も40代半ばですが近々約20歳年下の女性とデートする予定でして、肌とか臭いとかの身だしなみは言うまでも無く当然として「割り勘」の下りが大変参...
よかった。フラれたときに、余生を決定したキモオッサンはいなかったんだね。