これ何度も目にするけど、AIによる学習と人間のそれを一緒にする理由が良く分からない
百歩譲ってAIに人権が認められてAIの生成物の著作権がAI自身に帰属するならまだ分かるんだけども、現状そうではないよね
AIの開発者もユーザーも、絵の技術も理論も知らないで他人の学習成果を用いて利益を出しているだけの第三者に過ぎないでしょ
そういうプログラムが作れるのはすごいことだと思うし研究やプロモーションのために他人の作品を使うことに対しては何の反感もないけれど、AI開発者・AIユーザーを「クリエイター」として扱い、その作品を既存の絵描きのものと対等に市場に供給するのは一線を超えてるでしょ
工学の知識を活かした発明で利益を上げた人物とその発明を用いる一般人が、数学や物理学の基礎研究に対して「あいつらのやっていることはつまらない仕事だし、あいつらに1円も利益を還元してやる義理なんかない」なんて言ったらとんでもない話だってひと目で分かるのに、それがクリエイターとAI開発者の関係になったら突然分からなくなる人がこんなにもたくさんいて少し困惑してる
【追記】
「絵の技術や理論を知ってるかどうかは絵そのものの価値になんの関係もないじゃん」という意見について
あなたは日頃利用する食品や交通インフラについても「農学や建築学を知ってるかどうかはそれらの価値になんの関係もない」と言って農学や建築学の研究者への支援に反対するの?
しないでしょ
直接何かを生産する人間だけでなくその理論や技術を構築してきた人々の役割も重要だと理解しているから
重ね重ね言うけど、なんでアーティストに対しての話になるとそうではなくなるのか本当に理解できない
AI熱にあてられてみんなちょっとおかしくなってるんじゃないか
【追記2】
『絵描きの絵のデータは所詮はソシャゲしてるとき、プレイしてるデータからの分析をその企業が集めて別のことに利用してるようなもんだからなあ
嫌ならデータを公開しなければ良い
基礎研究は基礎研究で人工知能とかの分野の研究が元なんだから』
一般人がソシャゲをプレイすることと、クリエイターが長い年月をかけて技術を学び培ってきたことを同じにするのはどういう根拠がある?
嫌ならデータを公開しなければ良いと言われても、公開しなければ収入がなくなるんだから結局AIを肯定できないクリエイターは筆を折れという意味でしょ、それは
そもそもソシャゲのプレイを含む各個人情報は提供者に契約面で利用の可否を問うことが義務付けられているのに、なぜクリエイターはそれに対して無防備である必要があるのか
あと基礎研究はあくまで工学の支えに当たるものとしての例示であって、クリエイターの作り出した作品はAIアートの構築に必要な情報であるという意味、それは自明でしょ
【追記3】