中学3年の時から楽器を始めて、僕は高校は軽音楽部のある学校に行こうと決めていた。
そんなことはさておき、高校入試も無事終わり、僕は晴れて軽音楽部のある高校へ入学した。
仮入部をしに練習場所である視聴覚室に入ると、そこには目が大きくて、背が小さくて、ショートカットの女の子が1人、端のほうで練習風景を見ていた。
「あ、まだ一人しか来てないんだ。入部希望少ないのかな…まあいいか。」
僕はその子をよそ目に、反対側の端に座って先輩たちの練習風景を眺めていた。
今となっては練習時の音の大きさなんて全く気にならなくなったけど、当時バンドなんか組んだことがなく、ましてやスタジオで練習なんてしたことがなかったので、練習時のその音量の大きさに圧倒されるばかりだった。
そんな大音量の中での練習風景に気を取られていたら、ふと隣に反対側に座っていたはずの女の子がいた。
「○※□▲○■?」
僕に質問しているんだろうけど、大音量の中何を言ってるか聞こえない。
「きこえない!」
僕はありったけの声を出して返事をした、はずだが、やはり彼女にも聞こえてなかったっぽい。
君も入部希望?もしそうだったらよろしくね!
と書いてこちらに渡してきた。
僕はその丸っこくてかわいい文字の下に、無骨で角ばった文字で
入部するよ!君は?
と書いて渡した。すると、僕の目を見て首を縦に大きく、2回頷いた。
僕はこんな可愛い女の子もバンドやるのかー、どんなバンドやるんだろうなーといろいろ妄想しながら、また練習風景を眺めていた。
先輩方の練習に夢中になっていたら、いつの間にかその子はいなくなっていた。
しまった、名前もクラスも聞いてなかった。まあいいか、入部すると言ってたからそのうち会うこともあるだろう。
僕はまた再開する日を思いながら視聴覚室を後にし、帰宅することにした。
それから1周間、正式入部の日まで毎日視聴覚室に足を運んでみたものの、彼女は一回も来なかった。
ある種の一目惚れ的展開を期待していた僕は、まあそりゃ女の子はバンドなんかやらないでしょと半ば諦めていたが、その時、視聴覚室の重い扉が開いて、彼女が入ってきた。
それと同時に、複数の男女がどやどやと入ってきた。
僕は入部希望者が多数いることよりも、その彼女が入ってきたことに震えたし、安堵した。
程なくして僕は軽音楽部に正式入部し、新入生歓迎ライブ終了後ギター希望だったのに先輩に誘われたヘビメタバンドで何故かベースをやることになった。
目標は秋の文化祭の成功。それまでに僕は先輩たちに追いつかなければならなくなった。
彼女と一緒に部活にはいったはいいが、特別絡むこともなく…というのは、1バンドの練習中は他のバンドの人は視聴覚室に入れないというルールがあったから…特に彼女と会話することもなく毎日は過ぎ去っていった。
唯一分かった名前とクラスも、クラスはフロアが違うせいで部活以外彼女を見かけることもほぼなかった。
それでも毎日借り物のベースでTAB譜とにらめっこしている高校生活は何よりも充実していて、気がつけば夏休みになっていた。
夏休みでもこんなに学校に片道40分も掛けて通っていたのは、やはり彼女がくる「かもしれない」から。
いつしか僕は彼女をずっと目で追いかけるようになり、アイスを買いに出るときは僕も一緒に出て、他のバンドが練習してる時は積極的に近くに行って話すようにしたり。
「君さあ、彼女のこと好きだろ?」
ケンジは童顔で、背もちっちゃくて、色白で、当時の見た目的にはどちらかと言うとそんなにモテそうには見えなかった。
僕はその問に対して首を縦に振る。
ケンジはやっぱりなーという顔をして、
と続けて僕に行ってきた。願ったり叶ったりだ。同じ中学ってことは彼女の別の面を知ることができるかもしれない。
その日から、ケンジは彼女のいる輪に積極的に誘ってくれるようになり、帰宅時も一緒に帰ることが多くなった。
最高の夏休みだった。毎日彼女に出会えて、協力者もいて、会話も増えた。こんなに楽しかった夏は今思い出しても無いほどに。
2学期が始まっても3人で一緒に帰る日々は続く。時にはマックで晩御飯を食べたり、カラオケ行ったり。
ベランダで彼女が僕を見かけると、上から手を降って大声で名前を読んだりしてくれたりもした。
そしていつしか僕は、
と思うようになった。
告白するか。いつするか。僕は悩んだ。文化祭前に告白してカップルになって、より充実したライブをやるべきか、それとも文化祭で僕のカッコ良い所を見せた後、その余韻でもって告白するべきか。
僕は後者を選んだ。
文化祭当日。彼女はとても可愛らしい衣装でライブをやってのけた。正直、僕はますます好きになった。
僕はといえば、ライブ後の会話をどうしようかと悩んではいたものの、ライブ自体はうまく行ったと思う。半年でベースをここまで弾けるようになった僕かっけええええええとか思ったりもした。
ライブが終わった後、僕はケンジに呼び出された。そうだ、ついでに今日告白するから何とか二人で帰れるような感じにしてくれないかなと言おうかと思ってた。
「あのさ、俺、彼女と付き合ってんだよね。」
僕は何言ってだこいつ、冗談はやめろよと思ったが、ケンジの目は明らかに冗談ではなかった。
「実は君に彼女の事好きだろ?って聞いた時あったよね?あの時にさ、あーこいつには取られたくねーと思ってその日の帰りに告白したんだよね。それでオッケーもらってさ、その日から付き合ってるんだよね。」
ごめんの言葉もなかった。僕はだったらなんでそれ言ってくれなかったん?何協力するとか?ふざけんなよ。と罵詈雑言を尽くしてケンジを問い詰めようかと思ったが、一気になにもかもやる気が無くなった。
「あ、そう、よかったね。お幸せに。」
僕はそういって、その場を立ち去った。
ああ、僕は二人に手のひらで踊らされてたんだと。僕が舞い上がってるの見て二人でゲラゲラ心のなかで笑ってたんだろ。そう思うともう学校なんかいいや、軽音とかどうでもいいわって気持ちで満たされた。
僕はその日、1人で帰った。
次の日、視聴覚室で文化祭の後片付けをしていると、彼女が僕に声をかけてきた。
「あの…大丈夫?」
その言葉を聞いて、彼女への思いは一気に憎悪に変わった。何大丈夫って?大丈夫なわけねーだろ?
僕はその問に対して何も返答しないで黙々と片付けをしていた。
その日の帰り、当然ながら1人なんだけど、僕の前を二人が仲良く並んで帰ってるのを見て、ただただ涙が止まらなかった。
その後1年ほどして、彼女はケンジと別れたと聞いた。ケンジはろくに学校にも来なくなって、そのまま退学したと聞いた。
似たような経験あるが、いまとなっては フライングゲット≠裏切り というように思うようになった。 略奪や浮気のことを思えばかわいいもの。