2021-08-25

祖母が死んだときのこと。そして懺悔と後悔の記憶

祖母が死んでからもう二年がたつ。

祖母の死に関連して、自分の感じた後悔と、自分気持ちに対する懺悔を、ただでさえ持ちの悪い僕の記憶が風化する前にどこかに残しておきたくてここに記す。

あれは僕が大学院入試を控えたコロナ以前の夏の日だった。

祖父が死んでから10年目のあの夏、言い換えればばあさんの一人暮らしが始まってから10年目の夏。ばあさんもも結構参ってしまっていたんだと思う。

からばあさんの家が近かったこともあって、何かあったらばあさんの家に遊びに行くほどのおばあちゃんっ子だった僕は大学に入って一人暮らしをしてからも暇を見つけてはばあさんに電話を掛けたりしていた。

そんな僕から見ても電話をするたびにばあさんがやつれていっている気がしていたのを今でもなんとなく覚えている。

そんな夏のある日に、いきなり親父から電話がかかってきたのを覚えている。

「ばあさんが危篤だ。なんとか帰ってこれないか?」

つい数日前にばあさんと電話をして、来週帰るからその時にあいさつに行くねなんて言っていた僕はその電話を聞いて信じられない思いだった。

その直後に教授とのミーティングの予定だったのだが、それをキャンセルしてすぐに帰省の準備を始めた。……はずだ。

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すごいね人間記憶ってのは大事なことに対してもすごく曖昧で、ここに帰省の準備を始めたって書いた瞬間に、帰省の準備を始めた記憶とその実感がわいてきてしまう。

出来る限り覚えている事実を元に書きたいけれど、あいまいな記憶をもとに手探りで書いていくからたぶん事実と違うこともたくさん書かれてしまうと思う。

なるべくあいまいな記憶をもとに書かれた文章には「はずだ」とか、注釈だったりをつけて対応していきたいと思うよ。

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そして帰るまでだったか帰ってからだったかのどこかで、父親から追加で連絡があったはずだ。

いつ連絡が来たか記憶すら定かではないし、どのような媒体で連絡をされたのかも定かでないけれど、知らされた内容だけは覚えている。

「ばあさんが死んだ。それは自然死ではなくて、自殺だった。そしてこのことは秘密にしておいてほしい。」

どうやら、ばあさんは自殺を試みて、無事死ぬことができたらしい。今の僕の価値観だと自分で死を試みるほどにこの世界から去りたくて、これを完遂できたのならそれはもう僕がとやかく言えることじゃないのかなという気もするけれど、この時の僕はまだそこまで割り切ることができていなくて純粋に悲しんでいたのだと思う。

僕の叔母(つまりは父の姉)の元にばあさんからまるで最後挨拶かのようなメールが届いたらしい.

それを見た叔母は父に連絡を取ってばあさんの家に行ったとのことだ。

そこでばあさんが首を吊っているのを見つけたという。

ばあさんをおろした時はまだ、ばあさんの体は温かかったらしい。

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あぁ、たぶんこの話を聞いたのはまだ実家に帰る飛行機に乗る前だ。飛行機の中でどうしようもなく自分に問いかけていた覚えがある。さっきと一緒でもう今の自分の中には飛行機の中で自分に問いかけていた記憶ができてしまっているけれど、たぶん飛行機に乗る前だ。

当時の人との連絡の記録を後で見返そうかなとも思うけれど、自分がそれで死んじゃわないか心配

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どうにかして実家に帰った後、ばあさんの家に遊びに行った。

ばあさんの家の机の上には遺書が置いてあって、そこには涙の跡もついていた。

この時、本当に涙の跡ってつくんだって思ったのを覚えている。

多分この涙の跡は叔母の涙の跡で祖母の涙の跡ではないのだけれど、それでも涙の跡のある遺書というのはなかなかに来るものがあった。

そのまま遺書を読み進めると、もう、一人でこの世界で生きていくのが辛かったらしい。

遺す人たちに対する謝罪のあたりで読んでいた僕まで泣いてしまった。

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遺書の内容は要確認。ほかにどんなことが書いてあったか確認しておきたい。

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遺書を読み終えた後はばあさんの遺体*が安置されていた祖母宅の近くの葬儀社に向かった。どうやら叔母がばあさんの近くに付き添ってくれていたようだった。

最初無意識のうちに死骸と書いていた。どうやらあれだけいとしく思っていた祖母でも、死んでしまえば等しく死骸であるみたい。

丁度、父の従姉妹たち(つまり祖母の姪)が到着したところみたいで、ばあさんを見てみんな泣いていた。僕が到着するのを見ると、みな僕がばあさんっ子だったのを知っていたみたいでせっかくだからと僕とばあさんを二人きりにしてくれていた。どうやら、泣かない僕を見て「他の人がいる状態では僕が泣くことができないだろうから」という思いやりかららしい。

ここからが僕の後悔と懺悔のキッカケが始まる.

せっかく最後にと僕と祖母を二人にしてくれたのに僕は全く泣けなかったのだ.

それどころか, その時の俺の心にあったのは, [首を吊った死体首には本当に縄の跡が残るのか]という好奇心だった.

せっかくの首を吊った死体と僕しかいない状態で, 僕が部屋から出てくるまでは誰も部屋に入ってこないと約束されている状況である. そんなの今後の人生で二度と来ないであろうチャンスじゃないかと.

そこで死体の様子をうかがうと, やすらかな顔をして化粧をされている. そして肝心の首は, 状況が状況だからかしっかりと隠されていた. ここをめくるだけで僕は僕の好奇心を達成できる.

ただ, どうしてもなけなしの倫理観邪魔をしてその覆いをとることはできなかった. やはり遺体を、それも僕が生前一番なついていたばあさんの遺体自分がいじることはできない……と。どうしても僕の記憶に残すばあさんとの最後の二人きりの思い出をそんな穢れた好奇心で汚すことはできない……と。

せめてもの抵抗にと最後祖母の頬を触った. ドライアイスに冷やされてとても冷たかった.

ただ, どうしても俺は, 祖母首に縄の跡が残っているかいないのかを確かめたいという好奇心を消すことはできなかった. あれだけ僕を愛して, かわいがってくれていた祖母に対して孫が抱く最後の望みが, その死にざまが残す跡を見せてくれという穢れた好奇心で本当にすまないとは思っている. ただ, 本当に僕はただ好奇心ケモノとしてここまでの時を過ごして来てしまたからか, どうしてもその欲望を消すことができないんだ.

このあとは、もう普通の人が死んだ後の風景だった。

ばあさんの眠る部屋を出て叔母にあいさつをして実家への帰路に就いた。このとき、泣くことができた?という質問に対して僕は苦笑を返すことしかできなかった。きっと叔母は僕が照れていたと思っているのだろうけれど、僕としては泣けてないんだよなぁという思いしかなかったわけだから

実家に帰った後は通夜葬式に関する準備をすすめ、親族として葬儀の受付などを行い、最後に棺に花を添えてばあさんを見送った。この時、火葬場に送り出されるばあさんをみて泣けて少しだけほっとした。

そして火葬場で焼かれた祖母が出てきたときに俺が思ったのは, やはり[もう, 祖母首に縄の跡が残っているかどうかを確かめることはできない]というおもいだった.

父と叔母に[祖母首に縄の跡が残っていたか]ということを聞くこともできない俺にはもう, これ以上事実を確かめるすべはない.

この後悔は一生ついて回るだろうし, 祖母の死骸を前にそんな穢れた好奇心が湧き出してきたということに対する懺悔も一生続くことだろう.

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