2020-08-23

朽ちていく 2

anond:20200822033803

ホテルエントランスに戻り、濡れた傘を折りたたんだ。

一泊二千円台の安宿に部屋を借りている。安宿ではあるが、値段の割にサービスも質も悪くないのだ。しかし、どうやらこのホテルは霊がいるらしいと、Google検索ボックスが教えてくれた。確かに、このホテルは何かうら悲しい感じがしないでもない。礼儀正しいフロント従業員から鍵を受け取り、エレベータに乗り3階で降りると、真っ暗でソファの置かれた空間にでる。そこの奥には普段は使われていない宴会場があるようで、いつも消灯されているのだった。そして、数段だけの小さな階段を降りて、私の部屋のある棟へ歩く。私の部屋の前にもソファがあって、壁に時計がかかっている。その時計は一分ごとに、「ギイ」という錆びた螺子の音をさせて、心霊ホテル演出している。

ハムスターが餌をとって自分の巣へ戻るように、私も外から戻るときはいつもなぜか足早に部屋へ急ぐ。いつも通り駆け足でエレベータから私の部屋に向かって、鍵を開け、私の部屋につくと、濡れたパーカーを脱ぎ、帽子をとった。靴下にも雨水浸食して気持ちが悪い。「Do not disturb」の札を下げて何日も封印している私のもので散らかった部屋に帰ってくると、少し安堵した気持ちになった。

この日は確か、目的もなく、見知らぬ駅の周りを歩いた日だった。駅には隣接するビルがいくつかあったが、私が出歩いた時には、商業施設も、映画館営業してなかった。

飲み屋街を歩いてみた。老夫婦が、腕を組んで歩いていた。若者グループテントの下で何か民族的楽器を鳴らしながら歓談していた。スーツを着た3人の男たちが、「じゃあ、また!」とご機嫌に挨拶していた。私は、なんだか自分お化けになった気持ちになって、ゲームセンターに向かってみた。ゲームセンターはもうすぐ閉店するようだった。湿っぽい雨の夜に、真っ白な蛍光灯で照らされて冷たく乾燥した空間は、とても無機質だった。カラフルな景品たちがガラスの中に入っていて、それが無数に繰り返されていた。私は、暇だったので、景品の一つ一つを見て、欲しいか、欲しくないか、考えてみることにした。愛らしい丸みを帯びたデザイン動物モチーフぬいぐるみ、あどけないの顔つきの成熟した身体の女のフィギュア原色で彩られた小包装のお菓子。どれも夢のようであったが、今欲しいものは、そのどれでもなかった。

スロットアーケードゲームのコーナーをうろつくことにした。そちらのコーナーは少し薄暗く、音も大きかった。広くて新しい店内ではあったが、時間時間なので、人はほとんどいなかった。仕事帰りの若いサラリーマン風の男が何かロボット系のアーケードゲームをやっていた。レーシングゲームのコーナーには、若いカップルがいて、二人ともマクドナルドの青い飲み物を飲んでいた。音楽ゲームのコーナーには、もう一人、メガネをかけたサラリーマン風の男が、グローブをしてゲームに熱中していた。

私は、何回も彼らの横を通り過ぎながら、どのゲームをしようか考えていた。でも、うろうろと歩きすぎていいかげん不審者に思われているかもしれない、そう思って、考えるのはやめて個室風に覆われたシューティングゲームをやることにした。そのシューティングゲームでは、ゾンビが次から次へとやってきて、それを銃で撃ち殺していくゲームだった。何かゲームについての説明があったが、その説明の画面が流れるのが早すぎて、理解する前にゾンビが襲ってきた。とりあえず照準を合わせトリガーを引くと、簡単ゾンビたちが死んでいった。ゾンビたちで埋まったパーティ会場から脱出するべく、次から次へと撃っていった。「いけてるかも」普段ゲームをしない私であったが、私がトリガーを引くたびに死んでいくゾンビたちをみて、そう思った。そして、救出しにきたヘリコプターに群がるゾンビにも、乱射をお見舞いした。しかし、次の画面で、何やら今までとは体格の違うゾンビが出てきたと気がついたときには、「Incert coin to continue」と表示されていて、しばらく経って、ようやくゲームが終わって現実に戻ったのだと気がついた。

私が遠回りをして、ゲームセンターからホテルの部屋へ帰る頃には、頭にこびりついたゲームセンター騒音は消えかけていた。

ふと、私は、黄色が嫌いなことを思い出した。黄色、というのは何か溌剌としたエネルギーを感じる色である。けれど、気狂いっぽいそんな雰囲気も私は感じ取ってしまう。ところで、「ち」というひらがなを見ると、私は、黄色をなぜか連想する。

霊(ち)、地、血、乳。

ち、という言葉には、生生しい印象をうける。

ぴちぴち、みちみち、ぱちぱち、かちかち。

ち、という音は、何か瞬時に飛び出していく感じがするのだ。

私が、黄色を好きになれないのは、私に生気が足りないことを叱られているような気持ちになったから、というのもあるのかもしれない。

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