東京都での1日あたりのコロナウイルスの感染者が100人を越えて、なんだか気持ちが落ち着かないので以前の事を書いてみようと思う。
7年前、癌の宣告を受け、手術をした。
その後長い抗がん剤治療が待っていた。
抗がん剤治療にも色々あるが、自分は通院で週3回受けて1週休み、それを6ヶ月間続けるというものだった。
意外に知らない人が多いのだか、抗がん剤治療中は白血球値が下がって免疫が弱まってしまうことが多い。
白血球値が下がりすぎて危険な状態にならないために、まず血液を取って白血球値を調べて、問題なければ抗がん剤治療をして、ダメならば次週に持ち越して白血球値が上がるのを待つ。
自分は白血球値がかなり下がってしまい、計18回の治療の間、「全く問題ないですよ」と言われたことは2回しかなかった。
病院に行っても「今日は無理ですね」と言われればそのまま帰るしかない。
医者からは免疫が下がっているので人ごみには行かず、外出時にはマスクをするようにと言われた。
1週だけでもきついが2週連続で治療を受けられなかった時は相当落ち込んだ。
当初半年だったはずの治療は伸びに伸びて、最終的には8ヶ月となった。
とにかく一日一日が長かった。
治療を受けられればまだ少しでも前進している実感があったが、受けられない時が続くと地獄だった。次の治療までの1週間が永遠のように長く思えた。
6ヶ月先とか、いったいどれだけ先なのか。
月に1回治療を受けるタイプの人は体調の良い時に出かけたりもすることがあるらしいと後で知ったが、自分は副作用もひどく、病院を往復する以外はたまに家の近所を散歩する程度だった。
病気を心配した母親が田舎から出て来て身の回りの世話をしてくれたが、それも良し悪しで、心配のあまり家から一歩も出すまいとした。
10分程度の散歩に行くのすら、今日は暑すぎるだの寒すぎるだの顔色が悪いだの、何かと難癖をつけては阻止しようとした。
ちょっと遠回りして帰るのが遅くなるとスマホに電話が掛かってきたこともある。
帰ると「どこかお店にでも入ったんじゃないでしょうね」と詰問された。
何もすることがなかった。
でも、今、コロナで自粛を続けて不安を感じても相談に乗ってくれるカウンセラーがいないのと同じように、自分にも相談する相手はいなかった。
日本はそういう面では遅れているのだと思う。
抗がん剤治療中の患者の心のケアをしてくれる専門家はいないのだ。
友人には「神様がくれた休暇だと思ってゆっくり休んで」と言われたが、何をバカなことを言っているんだと思った。
自分の癌は再発したら助からないのだということはわかっていた。
希望などどこにもなかった。
当時の自分と今のコロナ渦の状況と比べてどちらがどうということもないと思う。
全世界で同時に人々が災厄に見舞われてるこの状況は大変なことだ。
周りはみんな元気だった。
Twitterで目にした「スタバでカフェラテ中」という書き込みが胸に突き刺さった。
やがてTwitterも見なくなった。
散歩でいく公園から見える遠くの線路を眺めながら、自分はあの電車に乗って出かけることもできないと泣いた。
少なくとも今はみんなが同じように苦労をしていて、その気持ちを共有することができる。
それはすごいことだと思う。
8ヵ月の治療の間、いつかはそれが終わり、また社会に戻ることができるという事がどうしてもイメージできなかった。
それが実感できたのは治療が終わる1週間前だ。
暇つぶしに見ているどうでもいいバラエティ番組の次週の予告を見て、ふと「そうか、来週のこの時間は治療が終わっているんだ」と気づいた。
勤めていた職場が休職扱いにして待っていてくれたというのも大きかった。
誰かに仕事を与えるというのは生きる希望を与えるということなのだ。
職場に復帰した初日、帰りの電車の中で、車窓を流れる景色をずっと眺めていたことを今でも覚えている。
川沿いにならぶマンションに夜の明かりが灯って、それが水面に映って揺れていた。
こんなにも世界は美しくて輝いているのか。
治療中「行ってみたいところ」と書き出していたところを毎週末訪れて、全部まわるのに半年かかった。
ずっと夢見ていたのは、世界のどこかに絶景を見に行くとかではなく、普通の日常に戻ることだった。
朝起きて、行くところがあるというのは素晴らしいことだ。
ドアを開けてどこでも行きたいところに行けるということは本当に素晴らしいことだ。
きっと日本にもこれからもっともっと大変な状況が訪れるのだろう。
たとえ乗り切れたとしてもその先にどんな世界が待っているのかわからない。
そして今現在も抗がん剤治療を受けいてる人はたくさんいる。その人たちはどんなに不安に毎日を過ごしているだろう。
それがどれぐらい先かわからない。
まだ光は見えないけれど、いつかこの困難を乗り越えて、普通の日々を取り戻す時がやってくる。
その時ドアを開けたら、輝いている世界がきっと待っているのだろう。
グッドラック。
今ドトールでカフェラテ中
泣くまいと思ったけど最後泣いてしまった。今は元気なんだろうか。