昔の話。
中学2年生だった頃の話。
思い返せば、最も異性と交流があった時期だ。
それから1年後、俺は女性恐怖症になり、高校、大学と、女性との関わりを避けて生きてきた。
中2のあの頃の自分にそんなことを言っても、きっと信じてもらえない。
季節は夏だった。
当時、学年の過半数はもう自分の携帯電話を持っていて、当時の主な連絡手段はメールだった。
俺の電話帳には、無数の男女の名前とともに、電話番号とメールアドレスが登録されていた。
いつもと変わらない学校生活を送った、ある日の夜のことだ。
知らないアドレスから、知った名前とともにメールが送られてきた。
ニュアンス的にはこんな内容だったように思う。
送られてきた名前は、一緒のクラスになったこともなければ、一度も喋ったことのない女子のものだった。そういう名前の女子がいるということだけは知っていた。
人からアドレスを聞いてメールをするというのは別によくあることで、それは男女間でも同様だった。
適当に返信した。よろしく。
「昨日は突然メールしてごめんね。驚いたでしょ」
なんだ、こいつ。
面と向かって話しているんだから、今、直接言えばいいのに。
釈然としなかった。頭の片隅には恋愛沙汰的な予感も、なくはなかったかもしれないが、直接は結びつかなかった。
その日の夜、昨日とさほど変わらない時間に彼女からのメールは届いた。
どうでも良すぎてほとんど忘れてしまったけれど、確か、違うクラスの女子についての話題だったと思う。
適当に返した。正直面倒くさかったけれど、何通かメールのやり取りはした。
ほぼ初対面であったことには代わりはなかったし、彼女と仲のいい友人もいたため、あまりにそっけないと申し訳ないと思ったからだ。
何回かに分けて「1 + 1 = 2」という内容のメールを送られているようだった。
俺はそのメールに対していちいち「そうなんだ」みたいに相槌を打っていた。俺がどう反応しても、話の終着点ははっきりと「2」と決められていた。
彼女はそれでも喜々としてメールを送ってきた。何がそんなに楽しいのか分からなかった。
そんなやり取りを続けていくうちに、少しずつ、彼女は自分に好意を抱いているということを俺は理解し始めた。
学校ではたまに会う程度だった。しかも、仲のいい友人とグループで話す程度。2人だけの会話はメールでのやり取りに留まっていた。
この状態が1ヶ月以上続いた。
携帯の画面を眺めて夜を過ごすことが、一種の習慣になっていた。
そんなある日の夜、次のメールが送られてきた。
『お祭り、一緒に行かない?』
幾度となく他愛のない話題でメールを交わしていた彼女からの突然の誘いのメールに、俺は少し戸惑った。
しかし、断った。友達と周る予定だから、ごめん。とメールを送った。それは事実だった。
『明日、話があるんだけど、いい?』
すると、こう返ってきた。ああ、これは多分そういうことなんだろうと察した。
これに関してはどうやっても断れそうになかった。承諾した。
今思うと、彼女は、どちらかというと人気のある方だった。
常に笑顔で過ごしていたし、人と衝突するのを嫌っていたように思う。
加えて、ルックスは良かった。
美人というよりは可愛い系で、小動物、という形容が似合っていた。
背は低かったが、それがプラスイメージの個性として成り立っていた。
彼女のことを想う男子は少なくはなかったが、彼女はどちらかというと平等で、友人といることを好んでいた。それ故に、その類の話は(自分を除いて)卒業まで聞かなかった。
彼女の周りには、マイナスの因子はひとかけらも存在していなかった。
俺は断った。
理由は言わなかった。
俺は怖かったのだ。
それを承諾してしまうと、途端に何かとてつもなく重い責任が自分にのしかかってきそうな気がして、怯えてしまったのだ。
その重荷に自分は耐えられる気がしないと、はっきりとわかった。
ビビって逃げたんだ。
知り合う前までは、それこそなんとも思っていなかった。
けれど、突然のメール、そして初対面で突然声をかけられた時から、その心境は少しずつ変化した。
最初は投げやりだったメールのやり取りも、いつしか楽しみになっていた。
それなのに、俺は断ったのだ。
俺に失恋させられた彼女は、涙目になって、その場から立ち去った。
去り際に、何か言っていたような気がするが、俺も気が気じゃなくて、聞き返す余裕なんて無かった。
直後、ものすごい後悔に襲われた。
死にそうになりながら俺は帰った。飯も食わずに寝た。
翌日、廊下で見かけた彼女は、外見からはいつもどおりのように見えた。
それだけで安心した。
途端に、昨晩の出来事はもうとっくに終わってしまったことで、遠い記憶のように思えた。
それでも、お祭りには行かなかった。行けなかった。
彼女と出会う以前の生活を現在まで続けてきたように自分を偽った。
そうして、心の奥底に強引に蓋をして閉じ込めた。