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2017-05-13

[]「速読実践トレーニング

速読実践トレーニング

著者→照井留美

ページの四隅に描いてある挿絵を瞬間に覚えて

再現するっていうトレーニングは、よかった。

こういうのって難しいよね。選択問題があとで

出されてそれに正解すれば次に行けるっていう

トレーニング

選択問題なので四つとも挿絵を覚える必要はなく

対角線にある2つだけ覚えることにすれば

正解し続けられることに気づいた40男な俺。

速読教材が指定してあり、これらも図書館

借りてきた。

けどしかし、これらがまたしょうもない本で。

どひゃー。

社会成功することと

まともな本を執筆することになんらの

正の相関がないってことを証明した本だよね。

フォトリーディング系より一億倍まし

フォトリーディング系は、トランス状態

はいることによって速読できるようになるっていう

話。

関連する本だけでは不十分で、高い金を払って

講習会を受けなければならない。

受けたところで習得できるのか?不明

トランス状態とか瞑想巧者とかそういうのは

嫌いじゃない。けど、確実に習得希望する者が

マスターできる道筋ってのがあるのか?

自律訓練法っていう副交感神経優位にするための

メソッドもだいぶやったけど、結局ものにならなかった。

副交感神経優位にするだけなら星状神経節あたりに

お灸据える(星状神経節ブロックに相当?)か、

耳にあるツボをモミモミすれば

いいだけってわかった瞬間、自律訓練法どうでも

よくなった。

星状神経節ブロックしながら、フォトリーディングっぽい

ことやったら、少しは速読できるようになるとか( ^ω^)・・・

Hypothesisに過ぎないけど。

[]おいち不思議がたりの単行本の方

おいち不思議がたりの単行本の方

元々は「ガールストーリー」だった

。のちに文庫本となり、この題目になった。

あさのあつこ

おいちは主人公家族構成は、父親医者さん。義姉というのがいる。死に別れた

医者の妻の姉だろう。

医者は優秀だったようだ。若いころはお抱え医者推挙されたこともあった。でも

ならなかった。その理由は見つけられなかった。単行本「1」には載っておらず

「2」を参照しなければならないのか?文庫本は「2」の内容までカバーしてあって

その理由が書いてあるのか?とはいえ「2」を借りて読む気にはなれない。

第2弾

おいち不思議がたり 桜舞う

https://plaza.rakuten.co.jp/katagami/diary/201204120000/

このサイトによると父の過去もここで明らかにと書いてある。

おそらく第2弾を読まないとならないのか?

ううダルイカンジ

十斗は松庵が病の母を見捨て、身分の高い姫の診療に行ったために母が亡くなり、

そのショックで父は自害妊娠していた母が産むはずだった弟か妹も一緒に死んだと

松庵のことを恨んでいた。

自分の罪だと松庵はうなだれるが、見捨てた訳ではなく彼の母の病状が急変したのは、急に産気づき

出産に耐えられなかったために亡くなったからだと、そして死産だったと

おいちの伯母・おうたが明かす。

だが、そのことで自分を責めた松庵はさる大名家の御抱医者地位約束されていたが、

それを捨て、医者にろくにかかれない人たちの役に立ちたいと一介の町医者になった

お絹の本名は、おとく。お梅という薬屋の女中母親

おカヨは、直介や直右衛門に「自分は高貴の身、おたくらのような下賤な者とは違う」

といった。女中のお梅に毒を盛ろうとした?

「「きゃお化け」と、おいちが驚いたのはお姉さんのおうた。気絶から目が覚めて

化粧の濃い姉さんが大写しに眼前にあったのでお化け勘違いしたらしい。

以上、主人公父親医者)の過去についてわからず、もどかしさが( ^ω^)・・・

小説を読むことでリラックスできると期待されるが速読教材として

見ると新たなストレスソースになるのね。

[]入社10年目の羅針盤

入社10年目の羅針盤

著者→岩瀬大輔

PHP研究所

人脈の広げ方

好きな人、気の合う人を営業とかパーティーとか積極的にやることにより見つけ、それを起点に人脈を広げる。

理不尽な人対処

相手立場になって考えることで理不尽さの理由理解できる

みんなから好かれる法

相手を好きになることで自分を好きになってもらう。直接会いに行くようにする

話し上手

共通項を見つける。質問しながら相手の思っていることを聞き出す。自分のことを話す。

4つと書かれているが、3つしか書いてない。

プライベートについて

家族の方が大事重要なことという質問事項が分からない。プライベート人間関係を充実というかうまくしておくことが重要とは書いてある。

行き詰まり対策

仕事に行き詰まったらうまくいってない時はどっしりと構えろという金言を思い起こす。

困ったときは神頼み。

単純作業でも楽しめるような方法論を思いつく。気分転換のために単純作業にのめりこむ。

外出時の工夫

外出時に携帯電話を持参せず手帳を帯同するのも手。自分内面と向き合う。

2013-11-04

[][]『人と思想 パウロ

路上の人』つながりでキリスト教関係の書を読んでいる。今回取り上げるのは『人と思想 パウロ』(八木誠一・著 asin:4389410636 )。キリスト教現在につながるものに体系化した人物であるパウロがどのような人生を歩んで、どのような思想を持つようになったのかが解説されている。

パウロを通して語られるキリスト教の「赦し」や「愛」の観念の解説が新鮮だった。キリスト教というと、同性愛の禁止といった聖書の教えを忠実に守ろうとする人びとの宗教というイメージ勝手に合ったのだけれども、そういう教えを厳格に守ることを重視するのはユダヤ教的発想で、そういう態度への批判から生まれたのがキリスト教であるとしている。

なぜ教えを守ることにこだわることが問題なのだろうか。

ユダヤ教では旧約聖書にある様々な律法を守ることで神に救われると信じる。そこでは律法を守ったか否かが重要だ。しかし、自身も厳格なユダヤ教信者であったパウロはそれを否定した。律法完璧に守ることができる人間はごく少数であり、たいていは律法を守ることができず、絶望に陥る。または律法を守り切ったことの優越感が、やがては本来の神への信仰を忘れさせてしまい、そのことを自覚した時そこでも絶望に陥る。つまるところユダヤ教律法主義は必然的絶望へと至ってしまうのだとパウロは考えた。

そこでパウロは、イエス神の子と信じる原始キリスト教に意義を見出す。すなわち、人間の罪はイエス十字架によってすべて赦された。だから人はただ神を信仰することに集中しさえすれば救われるという理屈を展開したのであるパウロユダヤ教の持つ厳格な律法踏襲しつつ、それを守りきれない人間の心も考慮に入れて、堕落絶望もしない状況に人を導くように教義設計したのだ。

以上がパウロキリスト教教義への貢献であり、それがゆえにキリスト教教義を学ぶうえで重要な人物足りうるのだという。まあキリスト教についてまともに学ぶからすれば当たり前なのだろうけれども、無学な自分にはパウロに対する自分偏見が訂正されたので面白かった。

2013-11-02

[][] 『路上の人』(堀田善衞・著)

 堀田善衞の小説路上の人』( asin:4198618230 ) を読んだ。

 13世紀のヨーロッパ舞台で、カタリ派と呼ばれるキリスト教異端教派の十字軍による征伐を背景に、路上放浪する中年の男ヨナがキリスト教世界放浪する物語である

 読了後に知ったのだが、最近ジブリの森美術館で、もし映画化するとしたらという前提のもと宮崎吾朗氏が作成した絵コンテポスターが展示されていたらしい。来年夏公開予定の新作がこの『路上の人』なのではという噂が流れているが、私はそれは到底できないと思う。もし映画化するとしたら、ジブリ子供向けアニメを届けるスタジオというイメージを完全に捨て去ることになるだろうなと思う。

 『路上の人』というタイトルキリスト教世界おいて安住する場所の無い東洋である堀田善衞自身を指している。堀田分身であるヨナの目線で、当時のカトリック僧院生活かいま見て、そこで当たり前のように行われている不正や腐敗を描き出す。そして、カトリック教会とは異なる教義を持ち、慎ましく暮らすカタリ派信者異端審問にかけられ、虐殺されていく様を描く。これは書籍に挟み込まれた堀田と誰かの対談において、堀田自身が述べているのだが、『路上の人』は「ヨーロッパへの異議申し立て」なのである

 ここで題材となっているカタリ派について、あまり作中では詳しく語られていないので、簡単な副読本として『カタリ派 ーー中世ヨーロッパ最大の異端』( asin:4422212206 )を読んでみた。これによると、カタリ派とは現世は悪によって生み出された地獄のものであり、この世には一切の価値がないと考え、ただただ世界の終わりに神によって救済されることだけを願って一生を生きるという教義を持つ教派であるらしい。現世に生まれることは地獄に居ることと同じなので、生殖目的とする性交を禁じている(ただしそれ以外の性交は禁じていないというところがユニーク)。カタリ派にとって死ぬことととは救済であるが、自殺は禁じられているので、信者はただ死が訪れることを希望として生きる。カトリック教会特に問題視したのはキリストの人性を否定したこと、洗礼などのサクラメント必要性を否定したことにあるようだ。

 異端という考えは正統があるからこそ生まれる。宗教正統性日本人にはピンと来ない問題だからこそ、『路上の人』で描写される凄惨異端審問の様子にやるせない気持ちが生まれる。

 
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